第6話・ミモザ屋敷とのお別れ


 サルロスは自分だけが罰せられるのが癪に障って、妹が先妻の子を貶めてきたことも暴露したようだ。教皇様の名を出され父は顔面蒼白になった。

 この国アマテルマルスの国教はルシアス教だ。王都にはその総本山がある。教皇は先代国王の弟で幼い国王の後見役も務めていた。

この国の絶対的存在でもある御方に睨まれたなら先がないのは確かだ。

 サーファリアスは継母をねめつけた。


「パールス伯爵夫人はプロテ派なのですね? 婚姻の際、伯爵にもプロテ派に改宗するように勧めたとか?」

「はい。それが何か? 他の方もなさっていることでは?」


 国教であるルシウス教では残念ながら一枚岩ではなく、伝統性を重要視したカトリ派と、時代と共に簡略化されてきたプロテ派とに分かれていた。

 初めカトリ派は特権階級者で占められ、プロテ派は庶民向けの宗派として生まれたものだったが、亡き先王の在位中に先の王妃を離縁したことで、カトリ派の教皇に不満を持った元王妃の実家である五宝家のルビーレッド家や、一部の貴族らがプロテ派に改宗していた。


「確か五宝家のルビーレッド家もプロテ派だったのではないですか?」

「その通りです。別に改宗を批難する気はありませんよ。ただ、あなた方はパールス伯爵の先の挙式そのものを無いことにしましたね?」


 それはと言いよどむ父に代わり、今度は継母が応えた。


「ええ。私たちは元々許婚の仲でしたし、そこに割り込んできたのはあの女の方でしたから。私達の仲は両親やお義父様方にも祝福されていたのですよ」

「私はカトリ派でね。カトリ派ではプロテ派のように一度神の前で誓って挙式をあげたものをなかった事にはしないのですよ。教皇さまはそれを聞いて大変ご立腹のご様子でした」


 父は初めの婚姻式(わたしの母との)をカトリ派の司祭の元で行った。その後、継母と挙式する際にプロテ派に改宗し初婚と偽った。プロテ派ではお金さえ詰めば過去の婚姻歴も改ざん出来るらしい。

 その行為を教皇はよく思っていないと宰相は言った。

 伯爵夫人は、自分達はお互いの両親が取り交わした正式な婚約者が夫婦になったのだからと強気の姿勢を見せ、プロテ派としては婚外児になるわたしのことなど知ったことではないと悪びれる様子もなかった。


「それにしても酷い話だ。貴族令嬢として産まれながら実の父親に見放されて、なさぬ仲の継母に使用人として貶められていたとは。マーリー嬢が憐れだ」


 宰相は継母と父を責めるように見た。そしてわたしの手を引いた。


「こんなところに長居は無用だ。マーリー嬢、行くぞ。パールス伯爵夫妻。あなた方には陛下からお沙汰があるだろう。心して待つように」

「お待ち下さい。その子は当家で面倒見ますわ」

「たった今、我が家の娘ではないと切り捨てたのはどこのどなただ?」


 意見をころりと変えた継母の態度を宰相は訝った。継母は宰相のもとへわたしをやってしまえば、自分達のしてきた行いがバレることに気がついて、慌てて口を挟んできたのだ。


「マーリーも見知らぬ場所へ行って気を遣うよりも、住み慣れたこの屋敷でこれからも暮らしていたほうが良いでしょう? 今までのこと謝るわ。あなたのことは娘として見るから。だから一緒に暮らしましょう」


 継母は掌を返したように作り笑いを浮かべて言う。取り繕うのに必死だ。でももうご免だ。嘘っぱちの家族なんていらない。


「ご遠慮申し上げます。パールス伯爵夫人。わたしは母親がこの屋敷を出て行き、あなたさまがやってきてから何もかも失いました。宛がわれていた立派な部屋も、美しいドレスや宝石も全部取り上げられて使用人部屋へと追いやられました。当時九歳だったわたしにあなたは使用人服を宛がい、水汲みや洗い場の仕事をさせ、他の使用人達に手出し無用と言い捨てた。それを見かねた使用人達があなたに物申せば皆、解雇しましたよね? それに人権すら無視されてきた。これから待遇が良くなるなんてとても思えませんわ」

「パールス伯爵。あなたはそれに対し何もしなかったのか?」


 わたしの告白にサーファリアスは憤りを隠さなかった。父を詰る。父は何も言えなかった。継母は今まで大人しく従ってきたわたしが断ってくるなんて思わなかったようであ然としていた。


「さあ、行こう。マーリー嬢」

「宰相さま。マーリーをどうなさるおつもりですか?」


 宰相閣下に促されて退出しようとすると、それまで大人しくしていた父が縋るように聞いてきた。


「マーリー嬢は私がしばらく預かります。ここに帰すのは得策ではないでしょう。本人の意向も聞いて今後どうするかはこちらで決めます。娘のことを思いやれない父親のもとにいても幸せにはなれないでしょうから」


 宰相の言葉に胸を突かれたような表情を浮かべてから父はわたしに向かって頭を下げてきた。


「済まなかった。マーリー」

「わたしの父は死にました。母がこの屋敷を出て行ったあの日に。ここにいるあなたはわたしの父ではありません。今まで大変お世話になりました。パールス伯爵さま。奥方さま」


 今更謝罪を受けても何も心には響かなかった。見事に関心が薄れていたようだ。パールス伯爵夫妻に深く一礼し、宰相に連れられてミモザ色のお屋敷を出た。

 それでも宰相が乗ってきた馬車に乗り込んだ時には、感慨深いものが胸に押し寄せてきた。立派な馬車の中から見たミモザ屋敷には幸せだった頃の思い出がいっぱい詰まっていたから不覚にも涙を浮かべてしまった。感情を殺すことには慣れたと思っていたけど、それでも十六年間住んできた屋敷にはそれなりの思いや執着が残されていたようだ。

 切ない思いに駆られ俯いていたら、膝の上で握る手に大きな手が乗った。


「泣きたかったら泣いていい。ここでは私以外に誰もいない」


 サーファリアスさまの気遣いが嬉しかった。鉄壁の心を持つと称されている彼が心優しいのはゲームをしていたから分かっている。画面越しにでしか伝われなかった彼がこうして三次元で存在している。その事が有り難かった。


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