第5話・ここは恋愛乙女ゲームの世界のようです


「ここって乙女ゲームの……?」


 驚愕に目を見開くわたしに、彼が挨拶をしてきた。


「私はサーファリアス・アンバー。この国の宰相をしている」

「存知上げております。宰相閣下。わたしのことはどうぞマーリーと」


 彼はサーファリアス・アンバー。この国アマテルマルス国の貴族の頂点に立つ五大家の一つ、アンバー家の当主でやり手。この国の若き宰相でもある。

彼は乙女ゲームの中の攻略対象相手。わたしが憧れていたキャラだった。その彼が目の前で息を吸って話している。こうして出会えるなんて思ってもみなかった。

 慌てて深く一礼しようとしたのを、その腕を取られて叶わなかった。


「マーリー嬢。話はサンドラから聞いて分かっている。きみを保護しに来た」

「宰相様。いきなりなんですの? 当家に駆け込んでこられたと思ったらこのような騒ぎを起こされて。困ります」


 聞き馴染んだ名前を耳にして彼を見つめると、そこへ文句を言いながら継母が父を連れて現れた。でもわたしはそんなことを気にする暇はなかった。

彼の口から出た彼女の名前に後出しのようにおもいだしたことがあったのだ。サンドラはこの乙女ゲームの中ではお助けキャラ。ヒロインと宰相の恋を取り結ぶための存在。

 そしてヒロインの名前は確かマーリー・パールス。


「うそ。嘘、嘘嘘──。わたしがヒロインなの?」

「マーリー嬢?」


 両手で頭を抱え込んでその場にしゃがみ込むと、大丈夫か? と、宰相が身を屈めて顔を覗きこんできた。その行動にドキッとする。憎らしいくらい整った顔立ちだ。

 わたしが前世やっていた乙女ゲームの題名は「ときめきジュエルクィーン2」と言い、高校生の弟から就職祝いにもらったものだ。第一段はヒロインが周囲の思惑で王位継承争いに巻き込まれ、攻略対象相手である五宝家の貴公子達の好感度を上げて最終的には王冠を手にする話だったが、バッドエンドを迎える確率が高すぎるとしてプレイヤーに不評だった。


 そこで制作サイドは、恋愛部分を全面的に押し出してきた第二弾「ときめきジュエルクィーン2」を売り出す。それも攻略対象相手事に違うストーリーになっていたらしく、わたしが弟からもらった宰相サーファリアス編の他にも、侍従長アズライト編、辺境伯オックス編等があったらしい。


 わたしのしていたサーファリアス編のゲームのストーリーは、ヒロインが九歳の頃に父が再婚して新しい母親を迎える。継母はヒロインを気に食わなくて使用人扱いをし、いじめ抜いて自分の兄との婚姻を持ちかける。その事に悲観したヒロインだったが──というもの。


 ここまではわたしがプレイした通りだ。でも、その先はわたしが大病を患い進めずにいた。入院して確か手術を待っていたような気がするが、こうしてこの世界にいると言うことは手術日を迎える前に命を落としたのだろう。この先はやっていないからこの先、ヒロインである自分がどうなるか分からない。こんな事ならしっかり最後までプレイしておくのだったと今更、後悔しても遅かった。


「宰相閣下。マーリーはこれから私の兄のサルロスの元へ上がることが決まっていますの。邪魔しないで頂けますか?」

「残念だがパールス夫人。サルロス伯爵はここへ来ることは叶いませんよ。ただ今、ご禁制の違法薬草の販売と人身売買の件で教皇様の逆鱗に触れ、取り調べを受けている最中なので」

「何ですって?」


 頭を抱えるわたしの側ではツンケンした態度の継母と、正義感溢れる宰相閣下が向き合っていた。どうもサルロスが犯罪をやらかしてわたしは嫁がなくても良いことになりそうでそれにはホッとした。継母は愕然としていたけど。


「サルロス伯爵は自分で経営している孤児院を隠れ蓑に、幻覚作用のある違法薬草を育てさせて販売し、しかも孤児を奴隷として他国に売り飛ばしていたそうです」

「そ、そんな……。では兄は?」

「教皇様に睨まれて無事に済むわけがありません。きっと処罰対象でしょう。あなたの実家のグラニノー家はお取り潰しになるでしょうね」

「まあ。酷い」


 違法薬草の栽培、販売、人身売買はこの国では御法度だ。それを神の代理人とされる教皇様から断罪されたサルロス伯爵の先は見えている。

継母は自分の兄がしでかした事だと言うのに、それを伝えた宰相が悪いみたいに睨み付ける。宰相は話にならないと父を見た。


「パールス伯爵。教皇様からわたしの元へお申し出がありました」

「お申し出?」

「あなた方のもとにいるマーリー嬢を速やかに保護するようにと。サルロス伯爵は何もかも告白しましたよ」

「……!」

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