手つなぎデート倶楽部。

山岡咲美

手つなぎデート倶楽部。

 その日曜日、私は図書館のある市立公園で待ち合わせをしていた。


「お待たせしました行乃ゆきのさん、こちらの方です」


 この春大学に入ったばかりの私は困っていた、大学に入ったのは良いがバイトの当てがハズレ今はちょっと特殊なバイトをしている。



「こんにちは、住友行乃すみともゆきのと申します」



 本名は赤井糸子あかいいとこ、住友は源氏名だ、赤い糸ではこの職業に向かないと日送ひおくりさん、日送さんは今働く会社[手つなぎデート倶楽部。]社長の日送真司ひおくりしんじさん、その人に言われ行乃と名を付けた、住友は近くにあった会社看板の名前だ。


「じゃあ行乃さん、あとはよろしくお願いします」


「はい、社長」


 私はそっと左手を出しデート相手が手を握り私は握り返す、想像してたより小さく華奢きゃしゃ手の感じがした。


「じゃ社長、いってきます」


「いってらっしゃい」


 社長の日送さんは深々とお辞儀をして私達をおくりだす、コースはとりあえずこの公園の遊歩道を一周、ここからは2人の時間だ。


「航海さん、航海さんは確か舟に乗ってらしたとか、漁船ですよね、私船に乗ったこと無くて、どんな感じです? やっぱり日本海の方だと揺れるんですか?」


 いつも私は一方的に話続ける、私のちから不足もあって相手の方とはあまりコミュニケーションが取れない、それでも話しかける事が大切だと日送さんは教えてくれた。



 コレはデートをするお仕事なのだからだ。



「あっ、でも航海さんのお舟は大きい漁船でしたっけ? 私写真見せてもらいました」


 航海さんはついこの間まで漁師をしていた、日送さんが見せてくれた航海さんの資料には家族の方から提供された航海さんと航海さんの乗っていた漁船が写っていた、年は私と同じくらいの男性で漁船に乗ると決めてバンドをしていた時伸ばしていた髪をバッサリ切ったらしいが写真に写っていた短い髪はピンク色に染められていて強いこだわりがあったようだった。



 航海さん手が震えている……私の左手はそう感じる。



「…………」



 私は少し沈黙し、話を変える。



「そうだ、私知ってますよ、バンド、バントされてたんですよね、確かドラム、ドラム叩いてたとか? ドラマーってやつですよね、なんかドラマーとドラマって似てますよね」


 私はなんだか大学生にしてこの語彙力ごいりょくの無さが悲しくなる程の会話で話を変えてみた。



 船の話は嫌だったかな…………。



「やっぱり航海さんも女の子にモテたいからハンドしてたんですか? 私聞いたことあるんですよ、男の子はモテたくてギターとか買ってバンド組むって、でもドラムって珍しいですよね、私よく解らないんですけどドラマーもモテるんですか?」


「すいません私……」


 なんかまた変な話に……


 私は回りを見渡す、公園の遊歩道を擦れ違う人々が変な顔をして私を見ている、それでも私は言葉を続ける、まるで独り言を言い続けている様に。


「でも男の子もバカですよね、モテたくてバンド始めるのにバンド楽しくなって女の子ほっぽってバンドに夢中になるとか「本末転倒だよ男子」って高校生の頃思いましたよ私」


 私はなけなしの薄い知識と経験を使い必死に会話が途切れない様にした、私にはこの人にそれしか出来ないと知っていたからだ。


 ジョギングして擦れ違う男性が私を目で追い続ける、私はその人に会うのは本日2回目(そのランナーさんは一周して来た)と気づくが私はその視線を無視してゆっくりゆっくりと歩き航海さんとの会話を続ける。


「私の話をしてもいいですか? て言うかしますね、私大学生なんです、この春に入学したんですどバイトの当てがハズレちゃってお金に困ってた時に日送さん、ああ、あの社長さんです、あの人にあったんです、私最初絶対危ない人だと思ったんですけど、でも話してると、ああ、この人は人助けがしたいんだなって思って……」


 私何の話してるんだろ? まがりなりにもデートの最中に別の男の人の話なんて……


「でも私もなんです、私も航海さんの事助けたいんですよ」


 私は少し強めに手を握る……。



「ドラムはあんまりモテなかった……」



 えっ?


 私には航海さんの声がハッキリと聞こえ、笑ってる顔が少し見えた気がした。



「バン……しかっ……な」



「手が……何? 今何て言って? 航海さん?」



 私の左手から航海さんの感じが消えた、航海さんの最後の言葉は……。



***



「お疲れ様」


「…………はい」


 公園を一周してくると日送さんが待っていてくれた、なんだか優しい目をしてこっちを見ている。



「あっ、涙」



 私は泣いていた、日送さんがそんな私にハンカチを渡してくれる。



「航海さんお逝きになられましたか?」


「…………はい」



 私はハンカチを目に当てながらそう返した。



「彼とは何か話せましたか?」


「…………航海さん、「ドラムはあんまりモテなかった……」って……あと最後に」





「バンド楽しかったな」





 コレがこの世に遺された航海さんの最後の言葉となった、そして彼の遺族にはその言葉がそのまま伝えられる。



 日送さんの始めた会社[手つなぎデート倶楽部。]は死んだ人の迷える魂をあの世へと道案内する会社、その変な名前の会社は普通の人からは「公園を独り言を言いながら[ソロデート]でもしているのか?」と思われる様な変な事業をおこなっている、そしてそれは人の魂を救う仕事だ。



 いつも私は一方的に話続ける、私の霊能力ちから不足もあって相手の方とはあまりコミュニケーションが取れない、それでも話しかける事が大切だと日送さんは教てくれた、彼ら死者の魂達は何かを伝えたくて旅立てないでいるのだと……。

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手つなぎデート倶楽部。 山岡咲美 @sakumi

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