盲信者は灯台に登る
葉舞妖風
望遠
「全世界には安全な飲み水を入手できない人が21億人います。」
先生が黒板の前に立って話し始めた。どうやら今日の道徳の時間は世界の恵まれない人たちがテーマなのだろう。
先生は写真を印刷したA4の紙を磁石で黒板にペタペタと貼り付けていく。写真にはバケツで濁った水を汲んでいる少女の姿や、濁った水を啜っている少年の姿があった。それを目にした周りのみんなは辟易としていて、その様子を確認した先生は少し得意げな様子だった。
正直なところ私はこの手の話が嫌いだった。家族でテレビを見ているときに似たような話題が放送されると決まって母は私に、
「日本という豊かな国に生まれてきて良かったね。」
なんて押しつけがましいことを言うのだ。安全な飲み水を入手できる人間が幸せとは限らない。だってそうでしょう?「手が滑った」とわざとらしい声で上履きに給食の牛乳をかけられたり、「あんた、うざい」という罵声とともに水筒の中身を顔にぶちまけられたりされて、飲料に適した液体でよかった思う人間が一体どこにいるのだろうか。少なくとも私はそう思わない。
それに地球上のどこにいるのか分からない安全な飲み水が入手できない人間を心配してもできることなんて、せいぜい自分たちがいかに恵まれているか感謝しようという一晩寝れば忘れてしまう啓発ができるくらいだろう。そんな道徳を説くよりも同じ教室で苦しんでいる人に手を差し出すことの方がずっと有益だということにどうして気づかないのだろうか。
だからのうのうとつまらない道徳を説く先生に冷や水を浴びせたくなった。
「先生、安全な飲み水ってお話がありましたが、そもそもどうやって安全か安全じゃないかを決めてるんですか?」
私の質問に対して先生は回答に詰まり、饒舌だった先生の口が止まった。
「安全じゃない水を飲んだら死んでしまうとしたら、21億人も存在しないと思うんですけど。」
私は追い打ちをかけた。私の質問を聞いていた周りのみんなは私の質問はもっともだと思ったのか、先生へ質問の回答を催促し始めた。
クラスみんなで先生に噛みつかせる疑問を投げかけることができて私はちょっとした達成感に浸っていた。私一人だけではきっとはぐらかされていただろう。けれどふと窓の外を見ると雨模様の雲が渦巻いていた。やつらに折り畳み傘をぶんどられて濡れながら帰路に就く彼女の姿が目に浮かぶと、先ほど浸っていた達成感はどこかに吹き飛んでいった。
盲信者は灯台に登る 葉舞妖風 @Elfun0547
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