04 「天狗と女子高生、単身赴会」Ⅰ




 一週間前。


 祥子の青春は、突然に終わりを告げた。


 祥子のしたう先輩であり、壬宮高校の番を張っていた本間カオリが、死んだのだ。


 単車バイクで町内を巡回している最中の、事故死ということだった。


 運転の技量に関しては誰よりも凄腕だったカオリが、転倒して死んだなどと。


 祥子にはとても信じられなかった。


 だから、狂ったように事故の情報を聞いて回った。


 そして、調べるうちに真相に行き着いた。


 卑怯なケンカをすることで有名だった、南杜高校の番格・八生はぶ郁子ゆうこ


 この女が、カオリたちの走る道に先回りして、文字通りに網を張ったのだ。


 夜中のことで、張られた荒縄に気付かなかったカオリは、その後の残兵狩りを待つことなく息絶えたという。


 長年敵対関係だった壬宮と南杜の抗争は、それで片が付いた。


 カオリの後ろを走っていた副番の御堂朱音も、意識不明の重体。


 主だった面々も、手負ったところに南杜生の襲撃を受けてやられてしまった。


 壬宮は、負けたのだ。




「——なるほど。それは、面白くもない話だ」




 欠けた湯呑みを傾けて、天狗——まつ、という名らしい——が言った。


 揺らめく行灯あんどんの光が、白磁のような頬をかすかに照らしている。


 本殿の奥。


 小奇麗な一室に通された祥子は、これまでの経緯いきさつを洗いざらい話していた。




「お願いします、天狗様。どうか、お力添えを」




 願ってもない好機を逃す手はない。


 正座のまま、床にこすり付けんばかりに頭を下げた祥子を見遣って、だらりと胡坐あぐらを組んだ松が問い掛ける。




「松でよい。……しかし、分からんな。聞いた感じでは、お前さん随分と非力みたいじゃないか。その、不良ってわけでもないのだろう?」




 居住まいを正して、祥子は松と目を合わせた。




「カオリさんは、いじめられて泣いてばっかだった私の人生を変えてくれた、大切な人なんです。とっても、大切な……他のみんなだって、私に良くしてくれて……私、このまま黙って泣き寝入りだなんて、どうしてもできないんです」


「それで、特攻覚悟で単身仇討あだうちに行こうってのかい。虫も殺せそうにない面ァして、泣かせる話じゃないか」




 ことりと、松が湯呑みを置いた。


 真意を確かめるような鋭い眼光に、祥子は気圧されそうになった。




「……私が一人で行っても、何もできないだろうっていうのは、分かってるんです。自分がどれだけ弱いかは、私が一番知ってます。正直、今だって怖くて仕方ないぐらいです」




 自分から頭を突っ込むなんて、と世間の人は言うだろう。


 そんなに怖いなら、やめておけばいいのにと。


 事が成ったとしても、消え失せた光が再び輝くわけではない。


 それでも。


 たとえ、それで死んでしまおうとも。


 あの温かで幸せだった時間を、自分から手放したくはないのだ。




「でも、私はあの人の……あの人のために、せめて何か……助けられて、居場所を与えてもらって、それなのにいざとなったら素知らぬふりをするだなんて——」




 膝に遣った拳を、強く、痛いほどに握る。






「——そんなにだけは、なりたくないんです!」






 腹の底を刺すような怖気と、胸の中で騒ぐ熱いものが、せめぎ合っている。


 吐き出すように叫んだ祥子を見ていた松が、ぴしゃりと膝を打った。 




「——面白い。変わった女子おなごだな、お前さんは」




 暗くてよく分からないが、松は口元をゆがめていた。




「本気で、仇討ちをしようというのだな」


「本気です。今、かなければ、私は何者でもなくなってしまう」


「人を、殺すのだぞ? あるいは、お前さんが殺されるかもしれぬ」


「すべて、覚悟の上です。私の命も、あの人のために使えるなら本望です。たとえ果たせなくても、事切れるまで八生の首を狙い続ければ、あの世で合わす顔も立ちましょう」


益々ますます、面白い。正気とも思えぬ」




 正気など。


 松から視線を外さないまま、祥子はそう思った。


 今更、そんなものを保って何の意味があるというのか。


 と烙印を押し、弾き出したのはが先なのだ。




「私は、になろうと決めました。だから、常識にも、にも縛られない。そんなものより大事にするべきものが、他にあります」


「簡単なようで、それが難しい。とはいえ、お前さんは良い眼をしている。狭間から踏み出そうという、その危うさは実に。自慢にもならぬが——この松も、人のことわりには縛られぬ外道げどうの類ぞ」




 口の端をつり上げた松の気配に、ぞわりと背筋が震えた。




「名を聞いていなかったな」




 思い出したように、松が言った。




「梅田、祥子です」


「祥子か。お前さん——」




 さっと、そでを払って松が手を差し出した。






「——?」





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