03 「落日の行路」




 夕陽に照らされて、街が燃えていた。


 建物はことごとく朱に染まり、道行く人々は路面に薄暗い影を落としている。


 玉章たまずさ町。


 鳴鼓山を含む一帯であり、都市部からはやや離れているものの、私鉄の玉章駅が通っていることから人口もそれなりに多い。


 都会ではないが、目も当てられないばかりの田舎というわけでもない町だ。


 最近オープンしたばかりの駅前のショッピングモールが、わずかばかりのいろどりを町にもたらしている。


 その駅前の大通りを、一人の学生が歩いていた。


 緩く縛った黒髪を肩口で垂らした、小柄な少女だ。


 身に纏った紺色のセーラー服から、町内の私立校・壬宮じんぐう高等学校生なのだと分かる。


 すれ違う学生やサラリーマンが思わず息を呑むほど、少女は剣呑な様子で茜色の街を一人進んでいた。


 道を譲る男女に構わず歩いていると、不意にポケットの中のスマホが音を立てる。


「……もしもし」


「ショーコ! オメー今どこだよ!? 家から出るなって言ったじゃねェか! ——もう先輩たち居ないんだからさァ!」


「ごめんね、チャコちゃん……大丈夫。すぐ、帰るから」


 有無を言わせず、通話を切った。


 掛け直してくるだろう相手には悪いが、そのまま電源を切って鞄に仕舞しまう。


 梅田うめだ祥子しょうこ


 それが、少女の名だった。


 壬宮高校の一年生。


 転校からしばらく、いじめを受けていた女子生徒の名前だ。


 そして、、翌日の新聞・ニュースの類をさわがせることになるであろう少女の名だった。


 祥子が向かう先は、町外れの鳴鼓山。その頂にある鳴鼓神社である。


 一身上の都合で、祥子はこれから数駅離れた南杜なんと駅周辺まで、乗り込もうとしていた。


 道連れなど、誰も居ない。


 ケンカもしたことがない自分が、たった一人で殴り込みを掛けなければいけないのだ。


 正直なところ、怖くて仕方がない。


 それでも、往かねばならない。


 震えの止まらぬ怯懦きょうだな自分を叱咤しったしている時に、ふと先輩から聞いた昔話を思い出した。


 鳴鼓の山の言い伝え。


 気休めにでもなれば、というぐらいのものだった。


 それで、戦勝祈願のご利益があるという神社に、立ち寄ってみるかと思い至ったのだ。


 鳴鼓山に着いた時には、既に宵闇よいやみが迫りつつあった。


 荒れた石段に苦労しながら、山頂を目指す。


 初秋とはいえ、まだ暑さが残っている。


 汗ばむ額をぬぐいながら、体力のない祥子はひたすらに登っていった。


 頂上が見えて、祥子は大きく息を吐いた。


 山中のちた鳥居を見た時から薄々勘付いていたが、うわさに聞いた鳴鼓神社は人気ひとけもなく、境内も荒れ放題だった。


 足下に雑草の感触を感じながら、薄暗い境内を突っ切る。


 奥に置かれた本殿の前まで至り、予想以上の荒れ具合にいささか面食らった。


 気を取り直して財布から小銭を出そうとした時、つと後ろから足音が聞こえてきた。




「——そこ、もう誰もらぬぞ」




「えっ?」


 風が、頬を打った。


 振り返った先には、斜めに被った面で顔の半分を隠した、赤眼の女が立っている。




「少し前に、引っ越していきおってな。さんざ止めたのだが」




 背丈は、自分とそう変わらない。


 このご時世に、和装で下駄だ。


 首に掛かる程度の、うっすらと紫色をした白い髪が、いやに目を引く。




「まァ、いつかは帰ってくると思うが。今は銭の無駄だから、やめておいた方がよい」




 人間ではない。


 不思議と、そう思った自分に違和感を覚えなかった。


 たたずまいというか、んだ声というか、とにかく目の前の存在が人外のものだと、祥子はすぐに分かった。


 ぞくりと、身体が震える。




「あ、あなたは……まさか——」




 気が付けば、女に駆け寄っていた。


 興奮のままに、その手を取る。


 驚いた顔——それすらも、端正で——を浮かべる女に顔を近付けて、祥子は声を弾ませて言った。






「——天狗様、ですか?」






 それから間もなく、祥子は古びた本殿に通されることになる。




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