一緒に 1
「こんなに服買ったの初めてです! はぁー散財したー」
母が家に来た日から1カ月ほど経って、芳ちゃんと出掛ける機会が出来たのでショッピングモールに来た。
その前までは、ちょうど彼女のテスト期間が重なってしまい、それが終わってからはテスト中に出られなかったバイトに励んでいたらしい。その間に母と日記の話をする余裕がなかったので今日、世間話程度には話しておいた。
あまり昔ではない自分の高校生時代と現役高校生を並べて考えると学生時代というのは本当に貴重な時間なんだなと思う。
何しろやることが多すぎる。そんな現役高校生の貴重な時間を私が奪ってしまっていいのだろうか。彼女はこんなにも良い子なのだ、誰かに引き止められて話をするような子なのだ、学校でもバイト先でも友達は多いだろうになぜ私の隣でポップコーンなんて食べているんだろう。
もし彼女の人生、その内の高校時代という期限付きの時間を返せと言われたら返せるだろうか。いいや、過ぎた時間など返せる訳がない。同等の何かを返そうとするならば、私の財産、時間、人権を擲てば少しは足しになるだろうか。そうなる前に今から家に帰して私以外の友達と日々を過ごすことを勧めるか? せっかく買った映画のチケットを無駄にするのか、いや、彼女の時間に比べれば安いものか。
ドキュメンタリー番組で見た援助交際加害者は安い金と体を引き換えに少年少女の全てを奪ってそれでものうのうと生きている。裁きが下ろうとも下らなくとも。今の私はその人たちと一緒のように思えてきた。
少年少女たちも、自分の価値を見誤らないでほしい。自分がどんなものを背負っているか、これからどんな生き方をするのか。
私は決心した。
「……あの、芳ちゃん……もう帰ろうか」
「えっ嫌ですけど。どうしたんですか急に。人混み苦手でした? すみません、長い間付き合わせちゃって」
一応帰ろうと言ったが、彼女は顔色ひとつ変えず即答した。あまりの勢いのよさにそう言う事じゃと口ごもってしまった。
「じゃあ他に理由とかは……もしかしてさっきまで黙ってたのってずっと帰りたいって思ってたからですか?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱり芳ちゃんに悪いかと思って。テストも終わってバイトも休みなんだし、ゆっくり過ごしてた方が良いんじゃないかなって。服だってお友達に選んで貰った方がもっと似合うのが見つかったんじゃないかなって……」
「それは人それぞれだと思いますよ。同級生だからって価値観が絶対に合うわけではありませんから。私は出掛けたい人と出掛けてるだけですよ」
どうしちゃったんですかと言ってポップコーンを分けてくれたのでありがたく頂く。
帰るのは一旦諦めよう。冷静に考えてみると今日は彼女が提案して誘って来てくれたのだった。
私は何かと影響されやすい人間らしい。
せっかくの楽しい雰囲気を盛り下げてしまったと反省する。
「元気無いのって、お母様と話したからですか? もしかして仲悪いんですか?」
なぜかと聞くと、芳ちゃんは目と鼻の先にあるゲームセンターに顔を向けた。3人家族だろうか、父親がクッションのようなぬいぐるみのような何かをゲットしたみたいだ。3人とも笑顔で喜んでいて見ているこっちまで和んでしまう。
「良いですね、こっちまで嬉しくなります」
「うん、ほのぼのするね」
あの様子は彼女にも同じように映ったのか顔が緩んでいた。
この状況から明るくはない話をしたくないのだが真摯に答えなければ。別に隠すことでも、辛くなるような内容ではないのだから。
「母とは、仲が悪いわけじゃないんだけど、考え方が少し違くて、私は自分の意見が強く言えないからこの間のも含めて話し合いって感じにならないんだよね。だから少し苦手なのかも、もちろん大好きなんだけどね」
「家族の間でも、友達と同じような好き嫌いがあっても良いんですか?」
「それは良いんじゃないかな、人間だし」
もちろん恋愛感情や性的欲求は別だけど、と付け足そうとしたがやめておいた。下品だと思った。
そろそろ劇場への案内が始まる頃かと思いスマホを確認したらちょうど10分前になり場内のアナウンスが流れた。
彼女をチラッと見るとあの家族がいた場所を見つめていた。家族は別の場所に移動したのかもうすでにいないのに。
私たちも準備を始めようと立ち上がろうとした時、芳ちゃんが私の腕を掴んで謝った。
「もっと早く言えば良かったんですけど、本当にすみません。私、映画より梅乃さんの話の方が聞きたいです」
「…………でも、チケット買った後だし、映画見てからでも話せるけど」
「梅乃さんの話が聞きたいです」
立ち上がろうとしていた体はまたソファに沈んでいて、彼女がゆっくり立ち上がっていた。彼女の手は私の手首に移動して優しく掴んで、優しく撫でているように思った。
私は一瞬、ほんの一瞬だけ、この世で1番不純な人間は自分だと思った。彼女はなぜこんなどす黒く汚い人間をこんな風に触るのかと思った。
それでも彼女は綺麗に微笑んでいた。
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