きっかけ 2

 あれから何日か経ったが一度もそれらしい夢は見ていない。

何でだ? やっぱり、私とあまり関係ないのかもしれない。

 とりあえず今日は二度寝を試みようと目を瞑ったが、ちょうどアラームが鳴ってしまった。アラームより先に起きたのはいつぶりだろうか。

 何をしよう。やることが無い。

  一応、母には日記の感想を大まかに連絡したがあまり興味が無いのか思ったよりドライな反応だった。

 ぐだぐだと考えながらトイレの扉を開けた。

 寝室に戻り窓に目を向けると、朝日がいつもより眩しく見える。淡い空色がとても綺麗だと思った。

 前世の相手が今この世にいるのだとしたら、相手は前世の記憶を覚えているのだろうか。覚えていたらどんな風に今を過ごしているのだろうか。

 私に会いたいと思っているだろうか。


「だめだな……」


 今日の私は朝から想像力が豊かだ。まず、この世に生きている前提で考えている時点でアウトだろう。

 朝ご飯でも作って気分転換しよう。お腹すいてないけど。

 こういう時、誰かいれば気持ちが楽になるのだろうか。

 キッチンより先にスマホを取りに行こう。

 そういえば朝は苦手だと言っていた彼女は起きているだろうか。

 微かにそう考えながらスマホを起動させると、例の彼女から連絡が来ていた。


『おはようございます

久しぶりにアラームより早起きです

それはさておきなんですが、

今日の仕事は定時ですか?遅くなりますか?』


 朝が苦手なのに起きれて偉いな、それに私と同じでアラームより先に起きたという。彼女の成長とちょっとした偶然の重なりだけで破顔しそうになる。成長も偶然もどちらも平等に嬉しいが、その事を朝から私に報告している彼女を想像するとなんだか癒やされてしまう。


『おはよう、早起きえらいね

今日は午後出勤だから22時過ぎるかも』


『午後出勤なのに早起き偉いですね

私も学校のあとにバイトです

帰りが重なればギリギリ会えますかね?

会えたら嬉しいです。』


『そうだね、だからと言って

遅くまで待ってたらダメだからね

終わったら帰るんだよ』


 そうやって年上らしく言っても内心は会いたいの一択である。

 それから出勤しても時間を空けながら、ささやかにスマホのメッセージを咲かせていく。

 それまでの間、これといった問題もなく仕事を進めていた。強いて言えば、同じフロアだがあまり関わることのない人に話しかけられた事くらいだ。その内容も「彼氏出来たんですか?」というありきたりで大変突飛な質問だった。どうやら本人の集中力が切れた頃に辺りを見渡したら休憩室を利用する私が目に入り、その私がニヤニヤとスマホを弄る姿がとても気になったらしい。とりあえず「友達と話が弾んだだけですよ」と答えておいた。

 そして帰宅時間になり会社を出たとき、彼女からメッセージが入っていた事に気がついた。


『今終わりました』

『捕まったので駅ついたら教えてください』


 どうやら同じバイト先のお友達とお話をしながら私の帰りを待つらしい。

 私は『了解、今から駅に向かいます』と返信して早足で駅に向かった。

 駅に着いたのを報告したら、彼女はバイト仲間との話を切り上げて私を優先するのだろうか。彼女は別に友達がいないわけではないのに、なぜ私を優先させるかは解らないが嬉しいと思ってしまう。

 駅に到着し電車から降りたところでメッセージを送る。

 改札を出るとコンビニの前でちょうど彼女が友だちと別れている姿が目に入った。振っていた手を下ろしてスマホに目を移すとき私と目が合った。彼女は私にも手を振ってくれた。


「お疲れ様です。タイミングぴったりですね、梅乃さん」


「うん、そうだね。芳ちゃんも学校とバイトお疲れ様」


「えへへ……」


 そうやって首を竦めて笑う彼女はとても可愛くて仕事の疲れがどんどん消えていく。きっと彼女からはマイナスイオンか何かが出ている気がする。午後しか働いていない私と比べて、朝から動きっぱなしなのに人を癒せることが出来るとは一種の才能だ。彼女はきっと私より疲れているだろうに。


「もう遅いし、芳ちゃんはお家帰った方がいいんじゃない? ご飯だって待ってるだろうし」


「大丈夫ですよ、うちには遅くなると連絡してあります。それに、信用できる大人が一緒にいるので大丈夫です」


 倫理的にはそれを断って真っ直ぐ家まで送らせた方がいいのだが、彼女の笑顔にめっぽう弱い私はそのまま二人でスーパーに向かう。スーパーだって閉店間近なのでそう時間はかからないはずだ。

 周囲からはどんな風に見られているだろうか。

 女子高生とOLがふたりで夜を歩けば、犯罪者に見られるのだろうか。


「今日の夕飯は何にするんですか?」


 彼女は一日中活動しっぱなしだったにも関わらずまだ体力があるようで、スーパーに向かう道中もカートを押しながら店内をウロウロしている今もおしゃべりをしている。


「決まってない。一応ご飯は炊いてあるからお惣菜だけ買う予定ではあるんだけど……」


「野菜も取らないとダメですよ。サラダ買いましょ、サラダ」


「サラダねぇ……あ、お肉って気分じゃないから魚にしよっかな。そうだ、芳ちゃんも何か欲しいのある? お菓子とかジュースとか」


「えっいや、いいですよ。買い物だって好きで付いて来てるんですから」


「そっか、ご飯前だしね」


「いややっぱ遠慮なく」


 付き合わせてしまい申し訳ないと思ってそう言うと、冗談っぽく断られた。私もそれに続くと素早くミルクティーとポテトチップスを強請ってくれた。

 学生にとってお菓子のひとつをとっても節約の対象であり、それはバイトをしている彼女も同じだろう。今のうちに趣味や友達付き合いに全投資して青春を謳歌してほしい。

 結局私はレトルトのさばの味噌煮とサラダを購入した。もちろんお菓子たちも一緒に。

 彼女を家まで送っている時、実家から送られて来た日記のことを思い出した。

 年頃の女の子はスピリチュアルな話は好きだろうか。でも、帰り途中の無駄話には充分だろうと思い日記の概要を話した。


「……それで、普通に友だちと遊んだ事とかもあったんだけど、そのなかに自分がその日見た夢とかも書いてあったの。その夢の中で恋人のどちらかが死んじゃったの。でもね、その日記の書き方が何か主観的って言うか、本当に経験したことを日記にしてるみたいで……とにかく不思議だったの」


「確かに、そうですね。夢って人間の深層心理を表しているって言われたりするので、梅乃さんの深層心理だったりして」


 真面目なトーンで呟いたのにちょっとドキッとして彼女の方を見たらいつもの笑顔だった。


「ほんとに不思議ですね。私も探したら昔の日記とか見つかるかな」


「芳ちゃんも日記書いてたの? 私、その日記が見つかるまで全然覚えてなかったんだよね。 もうおばさん化が始まってるのかなぁ」


「いや、梅乃さんは全然まだですよ、そんな歳じゃないでしょ。それに私だって書いた記憶無いですよ? 見つかったら面白そうですねってだけですから」


 さっきと同じように真面目なトーンで否定してくれる。今度は表情まで真面目だった。

 そんな彼女にもう家に到着したことを伝えれば、辺りをキョロキョロしながら少し寂しそうな顔になった。


「……あの、私もその日記読んでみたいって言ったらダメですか? 夢のところだけで良いので!」


「えー恥ずかしいよ。出来れば見せたくないけど」


「そこをなんとか!」


「……分かった、今度暇なときにね」


「やったー、ありがとうございます! じゃあ、送ってくれてありがとうございます。それに、お菓子も買って貰っちゃって」


 たくさんお礼を言ってくれる彼女をはいはいとあしらって、家に入るのを見届けてから私も足を動かす。

 私が自宅に着いた頃にはもう日付が変わっていた。


『帰り遅くなってごめんね

親御さんに怒られたりしなかった?』


『大丈夫ですよ、そんな厳しい家じゃないので』

『こちらこそお菓子とジュースありがとうございます』


『いいえ、ちょっとしたお詫びだと思ってよ

明日も早いだろうから、もうおやすみなさい』


『はい、おやすみなさい』

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