前世日記

こめ処

きっかけ 1

 金曜日。明日は休日で何も予定がないのをいいことに夜更しをしながら、電気の常夜灯だけが光る部屋で紙の音が響いた。

 私は、この間実家に帰ったときに渡された日記帳を読んでいた。

 母がこれを渡した時、なかなか面白いわよと言っていたが確かにそうだと思う。

 ただ毎日平凡に暮らしているだけの私にとっては、とても好奇心をくすぐる代物だった。実際、日記帳をゆっくり読める今日までうずうずして仕方がなく、閉まってある引き出しを何度も開けようとした。

 そしてついに、夕飯を済ませ、お風呂上がり、万全の態勢でその日記帳を手に取る。

 渡された日記は全部で3冊。幼稚園から小学2年生頃までで、毎日書いてある訳でもなくその日心に残ったことを書いてあるだけ。内容は至って普通だった。

 最後の1冊だけ違った。

 いわゆる、夢日記だった。他の2冊にも見た夢のことは時々書いてあったが、どれも内容は『同じ組の友達と遊園地で遊んだ。』『好きな男の子と雲を食べた。』などと書いてある内容はばらつきがあった。が、しかしこの1冊は雰囲気といい内容といい、何から何まで違っていた。

 そして、これら2冊の日常日記と1冊の夢日記を私自身、書いた覚えがない。これは単なる記憶力の問題か。


『着物を着ている女の人と男の人が楽しそうに話していた。花を見ました』


 成長していくにつれて言葉や文字を覚えていくとしても子供っぽくない。


『女の人が男の人と一緒に手を繋いで歩いていた。街はいつも通りでした』


『二人がかんざしを選んでいた。結局、お話をしているだけで満足して何も買いませんでした』


 使っている漢字も小学2年生で習う漢字なのかと疑うところがある。あと、少し達筆のような気もする。ただ字が汚いだけかもしれないが。


『二人で団子を食べた。とても美味しくて、とても楽しかった』


『縁側で月見をしました。もちろん、隣はいつも通り』


 私が書いたはずの日記なのに、とてもリアリティーのある文章と言葉使い。

 なんだか、あまり日記を読んでいる気はしない。夢日記というより本物のデートを読んでいるようだった。

 それも、読んでいくにつれてどんどん男女の仲が深まっていき、まるで自分自身が日記の男性と過ごしているように思えてくるほどに。


『今日は良い事がありました。いつもの団子屋に行くと、常連さんだからと言って1本ずつおまけしてくれた。

ふたりで喜んでいると、近くにいた女の子が食べたそうにしていた。

1本あげると、とても嬉しそうに親のもとへ走っていった。可愛らしい』


『背広を新調した。今まで着ていた黒色のやつとは違い明るい茶色をしていて、気分までも変わった気がした。似合うと良いのだけれど』


『今日はひとりで街を歩いていると、いつの日かの女の子が駆け寄ってきて、お団子のお礼と言って可愛らしい簪をくれた。

似合うと良いのだけれど』


 簪ってとこは日記を書いているのは女性だろうか。だけどこっちには背広ってある、というか、小学校低学年で背広って。

 この日記は、やはりイマイチつかめない。登場人物は女性と男性。恐らく恋人同士なんだろうけど、この日記はどちらの視点で書かれたのか。一人称があれば多分分かるのに、生憎それがない。あくまでもこの日記は男女の日常を描いた日記なのだろうか。

 小学生だった私は、どんな夢を見て、このような日記を残したのか。

もっと知りたい、この2人について。もっと詳しく。


『愛する人が病で倒れた。とても悲しい』


『療養の為、しばらく会えなくなる。そうなる前に、もう一度だけ散歩をする』


『二人で出掛けた。昼間は人が多く騒がしいので夜中のうちに。月がとても綺麗に見えた。しばらく会えなくなるのは寂しいと伝えたら、病を治せばいいと言われた。確かにそうだ。病が治ればまた二人で』


 日記にはもう続きはなかった。ここで終わっていた。

 私は悲しい結末を察しながら日記を閉じた。

 とりあえず全部読んだ。

 夢日記の内容をまとめると、とある男女、恐らく恋人同士のふたりがいて、そのどちらかが亡くなったんだ。昔の医療では手に負えない病を患い、そのまま亡くなってしまった、でいいのだろうか。

 正直、だから何だよと思ってしまう。

 この夢日記のふたりと私に何の関係があるのか。

 当時の私はなぜこれを書いていたのか。

 お母さんは何で私にこの日記帳を渡したのか。ただの遊びか?

 何で私は日記を書こうと思ったのか。それすらも覚えていない。


「はぁ……」


 心底自分にイライラする。でもまぁ、こんなことでイライラしていても仕方がない。

 暇なとき、明日にでもお母さんに日記のことを電話で聞けばいいのだから。

 そのためにも、要点だけでもまとめておこう。出来るだけ話を短く切り上げてもらうために。

 もう一度日記を開き、最後の1文の隣ののページに夢日記の要点をメモをする。


『登場人物は男女、恋人?

とても仲が良さそう

顔と名前は分からない→多分知ってもピンとこない

片方は亡くなった、病死?

着物を着ていて、背広と書いてあったから明治時代?』


 メモを書き終えボールペンを置く。

 用意しておいてほとんど飲んでいないお茶をひと口飲む。既にぬるくなっていた。申し訳ない。

 そのお茶を持ってベランダに出る。

 ちょうど月が見えた。でも少し欠けていて、雲も被っている。

 こういうのが朧月って言うのかな。

 風が吹くと涼しくなって心地よい。夜風ってこんなに良いものなのか。


「はぁ……」


 俯きながらまた溜め息を溢した。

 完全に夢日記に影響されている。普段はこんなことしない。月を眺めて感傷に浸ったり、夜風を楽しんだりしないのに。

 残っているお茶を一気に飲み干して部屋に戻る。ぬるくなっていて良かった。もし、淹れたて熱々のお茶だったら冷めるまでベランダにいないといけなかったかもしれない。

 その間、ひとりで月を眺めないといけなかったかもしれない。

 湯呑を流しに置く。洗うのは明日。

 日記帳を引き出しに閉まってベッドに落ちる。

 深夜1時を過ぎていた。もう寝る、余計なことを考えずに。

 でも、ふと思った。

 今眠ればあの夢日記の続きを見れるかもしれない。

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