魔女狩り、目覚め 2-1 Shindo

 天溟が急遽入った別の依頼で遠方まで出向いている間、零夜は単身で新幹線、在来線、バスを乗り継いで、某県の小さな町へと赴いていた。

 慣れない長距離移動と古めかしい電車の座席に腰を痛めてはいたが、移ろう車窓の景色と都会ではお目にかかれないボタン式の電車に翻弄されたおかげで、どうにか気を紛らわしながら辿り着くことができた。

 道中は晴れていたものの、町に近づくにつれて雲行きが怪しくなり、ようやく着いた頃には今にも降り出しそうな鈍色の雲が空を覆っていた。苦労して来たわりには、あまりに災難である。

 行き先の天気予報を見忘れていたのもあり、手元に傘などない。バス停近くの商店街も閑散としており、開いているのか閉まっているのかの分別もつきにくい。頭をかきながら、往来のない道路を見渡して溜息をついた。

「……ここ、人住んでるんだよな」

 今回の目的はあくまで聞き込み調査に過ぎないのだが、誰かがいなければそれも難しい。ともかく雨が降り出す前に動かねばと、重い足取りで人気ひとけのない商店街に踏み込む。商店街といえども活気はなく、閑散とした屋根のない通りには乾いた靴音がよく響いて、曇天の中に吸い込まれていく。

 遠目から見れば閉店しているような雰囲気を出している店も、いくつかはよく見れば薄ぼんやりと電灯が着いており、店主が暇そうにテレビを眺めていたり、商品棚に積もった埃をはらったりして、時間を潰している。店舗の入口付近に窓が少ない、あるいは小さい……もしくは磨りガラスになっているせいで、見分けがつかないのが原因である例が多いが、果たしてこの町の住人はこれで開店しているとわかるのか。そして店主たちはこれで生活ができているのか……。

 一軒、入口の引き戸を半開きにしている商店があったので、零夜はそこに踏み込んだ。店内は古い電灯に照らされており、陳列している商品のいくつかはパッケージが色落ちして、年代ものに見えた。食品関係だけは定期的に変えているのか、それとも売れているのか、比較的新しそうに見える。

 壁に貼られているカレンダーは数年前の12月のままで、紙は劣化して黄ばんでいた。この店の時は止まっているのだろうか。

「すみません」

 客が入ってきても反応しない、眼鏡をかけた高齢の店主らしき男性に声をかける。頭髪は薄く、シワとシミだらけの顔は眉を顰めており、レジの前に座ったままレジ台の上に置かれたテレビでワイドショーを観ていた。

「あい、何」

 男性はぶっきらぼうに応え、一瞬だけ零夜に目を遣ったが、すぐにテレビへと視線を戻した。街ではなかなか見かけないタイプの人間に、零夜は少しだけ口を開けたまま呆然とする。

「少し聞きたいことがありまして」

「ああ、何」

 相変わらず男性は零夜に目を合わせない。

 核心からは少し遠ざけた質問を男性に投げかける。

「このあたりの地域に、村ってありますか?」

「…………」

 男性は答えない。沈黙の合間にテレビからキャスターの声が店中に反響する。零夜の質問自体は聞こえているものの、テレビに集中して見るようにみせかけ、一度聞かなかったことにしていた。

「あの、もう一度言いますよ。このあたりに村ってありますか。民俗学の調査をしていて、このあたりにある村について興味がありまして。近くに来たのはいいんですが、詳しい場所がわからないので。もしご存知なら教えてほしいのですが」

 ろくに学校に行っていない学生が、学生らしい言い分で一般人を装う。ちなみに、これは調査へ向かう前に天溟から指示されていた設定だ。民俗学とやらが何なのか、零夜はよく知らない。

「ないよ」

 二度目の問いかけで、鬱陶しそうに口にする。眉をさらに顰め、これ以上追及するなと言いたげに。

「ない! 村なんて、そんなのは知らん! 帰んな」

 終始テレビの画面から視線を離さないまま、男性は追い払うように告げる。

「いや、でも……」

「客じゃないなら帰ってくれ!」

 あまりの高圧さに面食らったままの零夜だったが、どうもこれ以上追及したところで答えてくれそうにもないのを察する。

「うるさいねぇ、何を騒いでるの」

 怒号に気づいたのか、店の奥から男性と同じくらいの年代に見える女性が、腰を曲げながら出てくる。年齢のせいか歩幅こそ小さいが、漂う険しさは男性に負けず劣らずといった具合だ。

 しかしこの女性なら答えてくれるかもしれないと、半ば期待しながら同じ質問をしてみる。

「この近くに村があると思うのですが、知っていたら教えていただきたくて。大学の調査で来たんです、ここまで」

「大学ぅ……?」

 零夜の実年齢は高校生である。高校生の場合、平日にそのあたりを闊歩していては何かと都合が悪い。そのため大学生を自称することにしている。しかし見た目と年齢が釣り合っていなければ、目の前にいる女性のように訝しむことも何らおかしなことではない。

「ええ、そうですが……民俗学の課題で……」

「あんた、サラリーマンかと思ったけどね」

 そっちか、そこまで老けて見えたか。内心、零夜は落ち込んだ。

「髪が真っ白だから、年がいってると思ったんだけど」

「これは遺伝でして」

 頭をかきながら答える。

「ああそう。それで、村ね。私も知らないよ、そんなもの」

 素っ気なく言われてしまう。期待した答えは返ってこなかった。


 一礼して店を出てもう一度中を見ると、やはり男性はテレビから目を離さずずっと見つめたままだ。他の客が入ってくる様子もない。まるで一日中、そうすることで変化のない日々をどうにか凌いでるかのようにも見えた。

 また別の店にも入って訊ねたが、同じような反応だった。質問には答えてくれそうにない。答えてはいるのだが、「そんなものはない」と断言し、会話を終わらせにかかってくる。を言ってはくれない。別の店も、また別の店でも、同じように会話が閉ざされる。

 零夜が探している「村」というのは本当に存在しないのか。しかし礼華からの報告では、その村は確かに存在しており、またとある異変が起きていることは観測されている。だから村は「ある」はずなのだ。しかし、周辺地域に暮らす彼らは「ない」という。

 ――禁忌タブーか。

 外部の人間には決して知られてはいけない、村社会によって封鎖している機密情報。漏らせば何かしらの損害を受けるため、訊ねられても知らぬ存ぜぬを押し通す。

 村社会において、暗部は隠されがちだ。それは自分たちの弱みや汚点を知られることになるし、何よりも外部からの差別や偏見を生み出す。特に情報化が進んだ現代社会においては、余計な情報が一度ひとたび漏れてしまえば拡散され、歯止めが効かなくなる。

 だから、真実を知る者たちだけで黙殺する。存在するが、存在しないことになっているよう、取り繕う。推測の域こそ出ないが、この町はそれが徹底されていると零夜は感じ取っていた。

 村の存在は確かにある。その情報に間違いはない。問題は、そこに行くための経路がわからないことだ。零夜は礼華から村の情報こそ事前に知らされてはいるが、ルートまでは教えられていない。残念ながら、そもそも存在が不確定なものに対する行き方を特定するのは困難だ。そこら一体を焼け野原にして平地にすれば話は別だが、現実的ではない。

 どうしたものかと立ち往生をしている間に、ぽつりぽつりと水滴が降り始める。幸先があまりにも悪い。零夜はシャッターが降ろされた店の軒先に退避すると、ぼんやりと空を眺める。時間が経つにつれて、灰色の暗さは増していくばかりだ。

 一度戻って出直したいところだが、礼華から伝えられた内容によれば、あまり悠長にはしていられない。携帯を取り出して、事前に知らされた情報を改めて確認する。

「どうしてこれが表に出てこないのか、わけがわからないな……」

 とある村で起きた事件。それは一夜にして全ての村人が消えたというものだ。原因は特定できていない。村の外で住民を見かけた者もいないという。ある日を境に、村の住人だけがごっそりと消えてしまったというのだ。

 この情報は、ニュースやSNS、ゴシップ好きの週刊誌といったあらゆるメディアにおいて一切表に出ていない。礼華が独自のネットワークで調達した情報で、のみで扱われ、話題になっている事件である。いかに地方で起きたこととはいえ、これだけ不可解な事件が起きていれば、少しは情報が流出してもおかしくないのだが、統制されているとのことだった。情報がたやすく流出する昨今において、ここまで徹底して情報統制するのは国家レベルでも難しいのだが、一地方出来事ですら隠匿してしまうのだから、の人々の手腕には関心と同時に恐怖すらある。

 尤も、それは村で確認されたあるモノが理由となっている。

「死人、ね……」

 零夜たちが追い続けている人物が使役する眷属。どうやらそれが村で確認されたとのことで、表沙汰にするわけにいかず、情報を止められているとのことだった。眷属に襲われたものは新たな眷属となる。人間性を失い、ただヒトの血肉を求め彷徨うだけの屍の如き末路。故に死人。

 一夜にして消えた村人たち、観測された死人。推測するに、村に現れた死人が村人を襲撃して村人たちは残らず眷属となり、死人となった。はじめは一人の死人。その死人が一人増やし二人へ。二人が四人に増やしやがて八人へ。倍々に増えて最終的には全員が死人となった。だとしたら、どこから死人は来たのか。死人が出現するのはあの男が訪れた場所だ。あの男はなぜ存在するかもわからないような村に訪れたのか。

 ――では、死人たちはなぜ消えたのか。消えた村人たちの行方は、死人になって終わりではないのだ。死人になった後、忽然と姿を消した。これが問題だった。

 村人が死人になったのはあくまで推測に過ぎないが、事前に得ていた情報には村人が姿を消したとある。ともかく、人間のままだろうが死人になっていようが、村人が消えた事実に変わりない。

 死人は一般的な人間よりも高い生命力を保っているし、簡単には消滅しない。死人と同等、あるいはそれ以上の人間が対処すれば消滅するが、多数の死人を対処するにはかなりの労力が必要になる。

 零夜は曲がりなりにも能力を持ってはいるが、とても戦闘向きではない。天溟のような高い戦闘能力を備えていれば問題ないが、それはつまり、それほどの実力を持つ者が村にいるということになる。

 あの男が眷属を増やした上で処分したとは考えがたい。では、一体誰が村人をのか。

 軒下で零夜が云々と考えているうちに、雨脚は強くなっていく。足元が随分濡れていると気付いて顔を上げた頃には、来たことを後悔する程度には降っていた。駅まで引き返すべきだったと、後悔した。出るタイミングを見失ったのだ。

 自力で周辺を探索するにもできず、呆然と空を眺めながら雨が上がるのを待つしかできない。同じような模様の雲が、そして変化のないまま時間が過ぎていくだけの町が、思考を停滞させていく。

「――あの」

 静寂にも似た雨粒の衝突し続ける音を切り裂くように、突然現れたのは零夜と同い年ほどの一人の少女だった。老人たちが固着するばかりのこの町で、彼はようやくと遭遇した。

「なにか、お困りですか?」

 首を傾げる仕草に肩まで伸びた髪がふわりと揺れて、白いパーカーをなぞる。思いもよらぬ出来事に、零夜はしばし口を開けたまま硬直していた。

「ええと、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……少し驚いて。大学の調査でこの町に来ていて、この周囲にある村を探しているんだ」

「大学生の方、でしたか」

 さすがに相手が同年代であれば怪しまれてしまうかと、口にしてから彼は気づいた。とはいえ、適当に誤魔化したところでここではすぐに情報の齟齬が明らかになってしまう。それならば、無理にでも押し切ってしまった方が賢明な判断なのかもしれない。

「てっきり社会人の方なのかな、と……」

 気まずそうな顔をしながら勘違いを明かされた。

「…………そうか」

「いえ、その。老けて見えるとかではなくて、大人びて見えたというか。雰囲気も落ちついていたので、つい間違えちゃって」

「気にしなくていいんだ、よく勘違いされるから」

 雨が降りしきる軒先で、一体何を話しているのか。

 申し訳なさそうに苦笑しながら誤魔化すと、すぐに逸していた目線をこちらに向けた。

「はあ……。あっ、そうだ。調査ですよね、村についての」

 これまでにない手応えのある反応に、思わず目を見開く。

「村のこと、知っているのか?」

「知ってますよ。知らないわけ、ないっていうか。それ、他の人にも訊いて回っていたんですよね、きっと。誰も答えてくれなかったと思いますけど」

 まるでここに来てからの零夜の動向を知っていたかのような口ぶりに、一抹の不気味さを感じる。彼の動向を見ていたかのような、あるいは記憶を垣間見たような、的確に当てる仕草に、顔を強張らせた。

「言いたがらないと思います。村の出身だけど、あんなこと私だってあまり口にしたくないですからね。祟られちゃいますよ」

 いたずらな冗談にも聞こえるが、彼女は至って真面目な形相のまま、滔々と言い放つ。

 同時に零夜は確信する。彼女こそ今回の調査対象に最も近い人物であると。村の出身ならば尚更、当事者として情報を持っているに違いない。しかしここで本来の目的を明かすわけにはいかなかった。表向き、あくまで民俗学の調査で来ているのだし、村の事件については外部に漏れていないということになっている。

 下手に口走れば素性を追及される羽目になりかねないし、それは確実に避けたい事態である。尤も、零夜自身は取り立てて諜報活動や調査が得意というわけではない。天溟のように前線に立つことができないため、渋々こういった役回りに徹しているだけだ。

「……祟りっていうのは、聞いたことないな」

 あくまで事件については知らない体で、探りを入れてみると「そうですよね」と返された。

「あれだけのことがあったのに、ニュースにもならないから。この町の人くらいしか知らないと思いますよ。でも起きたことの規模が大きすぎて、原因もわからないから不気味がられて、誰も言おうとしない。だからお兄さんが調査だとかで聞き込みをしようとしても、言いたがらないんです」

 ほど近い場所で起きた怪奇現象、そこで何が起きたのか、零夜は礼華から事前には聞いている。だからこの問いは確認と、素性を隠すための手段に過ぎない。

「その、何があったのか良かったら聞かせてもらえないか」

 一瞬、傘で顔を隠した彼女は、困ったような、あるいは諧謔的な口ぶりで、簡潔にその一部始終を明かした。

「私以外の村の人、全員消えちゃったんです」

 情報はここにきて合致する。約一ヶ月前、この町の付近に古くからある村で、ただ一人の少女を除き全員が忽然と姿を消した事件。何の前触れもなく、ある日その村は事実上の廃村となったのだ。これは礼華が運用している人工衛星からも映像が観測されており、言葉通り村はもぬけの殻となっている。

 村中の家々は全て捜索されたが、事件当時村にいた住人は誰一人発見されず、また何かしらの事件性を匂わせる痕跡すら残っていない。血痕もなければ争った跡などなく、熊などの野生生物が襲撃したものも見受けられないのだ。まるで初めからその村は無人であったと言わんばかりに、一夜明けた村は住居や生活の残り香だけを置き去りにして、人だけが綺麗に消えたのである。

 それが町の人々が恐れ、口にするものも憚った事件の内容、秘匿されたタブー。零夜はここにきてようやく裏が取れたと確信する。更に話しかけてきたのが事件の重要参考人なのだ。これには好都合と言わざるを得ない。

 しかし、この事件がただの集団失踪事件として扱われず、警察が深く関わらなかったのには理由がある。むしろ、その原因にこそ町の人々が恐れる所以でもあった。警察は当初こそ介入していたが、捜査の中でとある不可解な現象を目の当たりにするなり、即座に自分たちの手に負えない案件であると判断して撤収を決定。そしてこの事件は、零夜たちの方へとパスされたのだ。

 村人は確かに消えていた。それは例外なく、事件が起きたその夜にいた全ての村人が忽然と、あり得ない消え方をした。もちろん連絡など取れていないし、遺体も遺骨も、未だ何も発見されていない。

 だがただ一時、を除いて、彼らは姿を現す。

 それはまさに、かの男が使役する屍人のような様相となって。

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銀の桜花 夏野陽炎 @kagero_natsuno

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