追伸(ネタバレ注意)

 力尽きて寝てしまった結子をベッドに寝かせ、何度も直しが入った手紙の下書きに目を通した。結子の初めて好きになった人「白井信行」とは、どんな人なのだろうか。

 下書きを読み進めていくと自分の仮名を決めていないことに気が付いた。今結子を起こして考えさせても、すぐには決めることはできないと思う。ここは私が決めよう。部屋をキョロキョロ見回して一冊の本が目に留まる。「新美 南吉 童話全集」。小学生の国語の教科書で誰も読んだことであろう「ごんぎつね」で有名な童話作家「新美 南吉(にいみ なんきち)」。私は仮名を「キツネ」にすることにした。「ごんぎつね」の方でなく「手袋を買いに」の方のキツネのイメージで。


 「手袋を買いに」は簡単に言うと冬の夜に狐の子どもが手袋を買いに行く話。

 冬の寒い山に住んでいる親子の狐が主人公で、親狐は子狐に手袋を買ってあげようとするところから始まる。手袋を売っている町の人間はイタズラをする狐を嫌っていて酷いことをする、ということを知っている親狐は子狐だけ行かせることにした。

 親狐は子狐の片方の手だけ人間の子どもの手に変えてこう言った。「町の帽子屋をノックして少しだけ戸が開いたら、人間の手に化かした方を出して『手袋をください』と言うんだよ」

 言われた通り子狐は町までやってきて帽子屋の扉を叩いた。帽子屋が少しだけ戸を開けると眩しい明かりに照らされた。子狐は気を取られてしまい誤って狐のままの手を出し「手袋をください」と言ってしまった。帽子屋は狐だと分かっていたが、差し出されたお金が本物だということを確認してから手袋を黙って渡した。子狐は親狐の元に戻り「ちっとも怖くなかったよ」と話して物語が終わる。


 私は親狐で結子は子狐。私は結子の手紙を代筆することで白井信行君へ近づけている。あとは結子が本当の手紙を出すことができるかどうか。白井君はきっと優しい帽子屋に違いない。子狐のように手袋を受け取れますように。



 今日は前回よりも早く下書きができたので目を通す。今回は容姿を聞いてきたので誤魔化すかと思っていたら、「結子に似ている」というかなりストレートな答えを書いてきた。自分ですよと言わんばかりの返答に驚いた。

「結子、本当にこれ大丈夫?」

「うん、大丈夫。頑張るって決めたから」

「何かあったの?」

「白井君に素直になれって、言われた気がした」

「ふーん、そう。まあ、それならもう一押ししてみたら?」

「どうやって?」

「例えば~」

 大きな付箋紙に「赤城さんはあなたに恋しています 手を引いてくれるのをずっと待ってます」と書いて結子に見せた。

「どや~」

「これは、ちょっと、うーん、これはダメ」

 顔を真っ赤にして拒否された。刺激的過ぎたかな。

「ふーん、まあいいけど」

 と言って付箋をゴミ箱に入れる「フリ」をした。そのまま下書きを清書する。書き上げたものを結子に渡して確認している間にさっきの付箋を封筒に隠した。

「これで大丈夫。お姉ちゃんありがとう」

「ほら、封筒開けておいたわよ」

 結子は4つ折りにした手紙を私に手渡した。そこで私が封筒に封をして結子に渡す。

「まあ、頑張れるだけ頑張りなさい。私も応援してるから」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 結子はそのまま部屋を出て行った。我ながら鮮やかな仕込みに大満足。今日はよく眠れそうだ。



 昼ごはんのカップラーメンをズルズルと食べていると結子が慌てて私の元へ駆けてきた。理由は当然知ってる。彼からのプロポーズだ。

「ど、どうしよう、お姉ちゃん」

「どうしようじゃなくて、どうしたいの?」

「それは、その、えっと」

「彼と恋人として付き合いたい?!」

「は、はい」

「それじゃあ、会いに行けばいいじゃないの」

「それは、そうだけど。会って何を話せばいいの?」

「話さなくてもいいんじゃないの?」

「その、確かに、公園に行くだけでいいって言ってるけど」

「何か問題が?」

「友達として付き合うと思われたらどうしよう」

「大丈夫、彼は恋人として付き合ってくれるって」

「えっと、あの、その、本当に?絶対?」

「私はそう聞いたわよ」

「うーん、でも」

 しばらく自問自答する結子。そして思いついたように部屋に戻っていった。部屋をのぞいてみると手紙を書いていた。今度は自分で書いているのでベッドに座って見守っていた。

 ところが、一向に完成しない。何度も書き直しては頭を抱えている。これって今日完成しないんじゃないかと思ってしまう。白井君は公園でずっと待っていると言っていたが、彼にどれほどの忍耐力があるのか心配になるレベルだった。日はだいぶ傾き、空色はどんどん赤を増していく。4時半頃にやっと完成した。私は結子に1万円札を握らせて事前に呼んでおいたタクシーに乗せる。タクシーは学校に向かって走っていった。白井君は付き合い始めても苦労するんだろうな、そんな心配をしながら家に戻った。

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