5月16日土曜日

次の日。土曜日は3限目で授業が終わる。朝教室を訪れると赤城さんは既に席に座っていた。僕と目が合うとペコリと頭を下げる。ただ単に朝の挨拶なのか、昨日のことを謝っているのかは分からない。

「赤城さん、手紙は帰りのホームルームの後に渡すよ」

「わ、分かりました」

 そう言って自分の席に座った。手紙は既に準備してある。ただし、これを今渡して学校にいる間に読まれると赤城さんと気まずくなる。渡すのは帰りのホームルームの後だ。普段通り授業を受けて帰りのホームルームの時間になるのを待った。

  ホームルームが終わったところで赤城さんに手紙を渡した。赤城さんはまだ僕が漣さんと会ったことを知らないので、「キツネさんへの手紙」として渡した。漣さんの情報によると赤城さんは手紙を自分の部屋に入ってから開封するらしい。移動するには十分な時間があるはず。普段と変わらない様子で教室を出た後、教会前展望公園に向かった。



 学校近くの整備された山道を少し登ったところに小さなキリスト教の教会がある。その前にはベンチがいくつか並んだだけの公園があり、そのベンチから眺める景色は街を一望できる隠れたスポットだ。日曜日にミサがあって、その時は多くの人が集まるけど普段は閑散としている。教会にはシスターが一人いるけど、昼間は他の教会に出向いている事が多いので今この公園の周りには誰もいなかった。

 ベンチに座って、途中で買った菓子パンを食べながら街を眺めていた。今日、赤城さんに渡した手紙はこうだ。


「赤城結子さんへ


 本当なら言葉で伝えた方がいいのは分かっています

 でも、前みたいに慌てたり驚いたりして断られる気がするので手紙にしました

 

 数日前から手紙のやりとりをして少しだけ赤城さんのことが分かりました

 漣さんから手紙のことは聞いています

 手紙や普段の会話を通じて

 赤城さんの気持ちや僕に対する一途な気持ちを感じました

 そんな赤城さんに僕は強く心惹かれています

 あなたのことが好きです

 もっと仲良く、もっと関係を深められたら思ってこの手紙を書いています


 できれば今にでも付き合いたい気持ちです

 でも、まだ関係が浅いのは確かです

 それならせめて、友達としてこれからお付き合いしてもらえないでしょうか


 もし、僕と付き合ってくれるのなら学校の近くにある公園に来てください

 付き合いたくなければ、この手紙を捨ててもらうだけで結構です

 今まで通りクラスメイトとして過ごすとします


白井信行                                 」

 

 公園までの地図も同封したけど、念のため漣さんに公園の場所を教えておいた。そして、できるだけサポートして欲しいともお願いした。あと僕にできることはこの公園で待ち続けるだけだ。きっと来てくれる・・・と思う。でも、絶対とは言い切れない。期待と不安が渦を巻きながら僕の心の中で周っている。菓子パンを食べ終えてぼんやりと景色を眺めた。



 夕方になってしまった。腕時計を見ると、もうすぐ5時を指そうとしている。手紙での告白が気に入らなかったのか、来る途中で事故にあったとか、そもそもこの一連の出来事がドッキリだったのかも、など色々な考えが頭をめぐる。考えがどんどん悲観的になって来ていく。待つことって、こんなにも辛いことなんだな・・・。

 そう思っていると、遠くから駆け足と息を切らせて走ってくる音が聞こえた。少し待っていると制服姿の赤城さんが公園の入り口に立っていた。僕を見ると、ゆっくりと僕の元へ歩いてきた。全力で走ってきたのかとても息が荒く、少しよろよろと歩いてくる。

「大丈夫?少し休んで、深呼吸しよう」

 そう言われて少し赤城さんは休んだ。額には汗をかき、顔は走ってきたせいか赤くなっている。少し落ち着いたところで、まずペコリと頭を下げた。

「遅くなって、本当にごめんなさい」

「大丈夫、来るまで待つつもりだったから」

 まだゼーハーと息が荒いままの赤城さんは僕に何かを手渡してきた。それは白い封筒。「白井信行様」と書かれている。手紙だった。受け取ると赤城さんは地面の方を向いてしまった。

「今、読んでもいいの?」

「今読んでください」

封はされていなかったので、すぐに手紙を取り出せた。一番最初にもらった手紙と同じ筆跡の美しい字で手紙は書かれている。


「白井信行くんへ

 

 私は極度の恥ずかしがり屋です

 自作自演の手紙で他人を装うことでしか

 あなたと付き合えない臆病者で

 うまく人付き合いや会話ができない人見知りです


 でも、あなたを思う気持ちは誰にも負けません

 少しずつですが素直に行動ができるようにがんばります

 どうぞ、よろしくお願いします


 赤城結子                     」


 手紙を閉じて赤城さんの方を向いた。相変わらず下を向いたままの赤城さん。そっと名前を呼ぶとゆっくりと顔をあげた。

「これから、よろしくね」

 次の瞬間、赤城さんはポタポタと涙をこぼした。ハンカチを取り出して涙を拭いていく。日はさらに傾き黄昏時になった頃にようやく落ち着いた。そして一言、僕の目を見て言った。

「あなたのことが大好きです」



 もう時間も遅くなったので今日は帰ることにした。受け取った手紙を封筒に戻そうとすると、もう一枚何か入っている気がする。確かめると以前見たことある筆跡に似た走り書きのメモが入っていた。今回は漣さんは関わっていないはず。

「あの、赤城さん?」

 メモに気が付いたことを察したのか露骨に顔をそむけた。さっきからずっと顔が赤いので表情の変化は分からない。メモの内容は「手をつないで 結子って呼んでもらえると嬉しいな」というもの。前の走り書きのメモは赤城さんが書いたものだとすると、意外と積極的な性格なのかもしれない。

 僕は手を前に出して「結子」と名前で呼んだ。すると今までとは違いスッと手を伸ばして手を繋ぎ、僕の隣に並ぶ。上目遣いで僕を見ると「信行くん」と言って静かに微笑んだ。そして、自分の取った行動に心底恥ずかしそうにしている。大胆だけど向こう見ず。これが普段の彼女なのかもしれない。

 駅のホームに着いた。赤城さんの家は電車で2駅隣にあるらしい。

 別れ際、手を離すと寂しげな目で僕を見る。明日は日曜日だから一緒に出かけよう、そう誘うとパッと明るい顔になった後に恥ずかしそうな顔をしてコクリと頷いた。後ろ髪を引かれるように何度も振り返っては僕に手を振る。赤城さんの姿が見えなくなるまで見送って自宅に帰った。

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