5月15日金曜日
次の日の朝、いつも通り通学路を歩いていると優成が後ろから肩を叩いてきた。どうやらうまくいったらしい。と言っても、僕は特別なことをしたわけじゃない。「人気のない静かな場所を二人に伝えたこと」「啓子に優成が本気で来るからリードして欲しいと伝えたこと」の2つしかしていない。要は二人のやる気とほんの少しの勇気があればいい。優成は僕を褒め称えたけど、頑張ったのは優成と啓子だ。そう言うと優成は「やっぱりお前には敵わないなよ」と言って笑った。
教室に着くと既に赤城さんが席についていた。その机には白い封筒が置かれている。
「赤城さん、おはよう」
「お、おはようございます。これ、キツネさんからです」
「ありがとう。・・・あれ?」
赤城さんの姿に小さな違和感を覚えた。赤城さんの顔を見ると少し化粧している気がする。
「えっと、その、何か御用ですか?」
「あっと、ごめん。何でもないよ」
手紙を持ったまま席に着いた。赤城さんは顔を真っ赤にして僕を見ている。ちなみに化粧は校則で禁止されているが、薄い化粧をしている人はそこそこいるらしい。そのまま特に何も起こらずにホームルーム、授業が終わり、昼休みになった。
学食での昼食の後にいつもの部室でキツネさんの手紙を開いた。今回も万年筆で書かれた手紙だった。
「マラソンと写真撮影が趣味ということは
とてもアウトドア派なんですね
私はあまり外に出ないので憧れます
私の容姿ですが、特に有名な人に似ていませんね
ただ、強いて言うなら手紙を渡してもらっている
赤城さんに似ていると言われます
書道教室では同じ服装で行くと間違われたりしますね
高校に入学して1か月経ちますがもう慣れましたか?
もし学校生活聞きたいことがあったら
答えられる範囲で答えますよ
お返事お待ちしております 」
キツネさんの容姿は赤城さんに似ているらしい。赤城さんの凛とした顔はやや周りとの距離を遠ざける雰囲気があり、表情の変化も乏しいせいもあって冷たい印象を受ける。ただこの数日関わってみて分かったことは、印象とは違い素直で恥ずかしがり屋のかわいい女の子だった。彼女は僕のことをどう思ってるんだろう。正直言うと僕は彼女に惹かれている。
キツネさんの手紙を読み終えて封筒に戻そうとしてところ、封筒にもう一枚何か入っていることに気が付いた。入っていたのは手紙と言うよりもメモに近いもので短い文章が走り書きされている。その文章すぐに読み取れた。
「赤城さんはあなたに恋しています
手を引いてくれるのをずっと待ってます」
午後の授業が始まったけど授業内容がまったく頭に入らない。隣の席の赤城さんをちらっと見るとちょうど目が合ってしまい、さっと視点を前に戻す。
あのメモの真偽はわからない。でも、赤城さんを意識してしまった今の状態ではメモの内容は刺激的過ぎる。これが恋というものなのか、今までにない感覚にどうしたらいいか分からない。もどかしい状態のまま放課後になった。
ホームルームの前の短い時間、意を決して赤城さんに話しかけた。
「あの、赤城さん」
「あ、はい。何ですか?」
「良かったらでいいんだけど、今日一緒に帰らない?」
「え?!」
もの凄く驚いて大きな声を出した。そして顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。ついでに周りの目線が集まってしまう。
「ご、ご、ごめんなさい、今日は無理かな」
「あー、そっか。ごめん、無理言って」
突然過ぎた。周りの目線も集めてしまったし、これで「はい」と言われるわけがない。後悔しながら僕は席に戻ろうとすると、慌てて呼び止められる。
「あのね、白井君が嫌いとか、そう言うわけじゃなく・・・そう!!予定があるの、だから、その、えっと・・・」
顔を赤くしたままバタバタしている赤城さん。嫌われているわけではないらしい。でも、これ以上何か言うと赤城さんを困らせそうだ。
「無理しなくてもいいよ」
それだけ言って席に戻った。その後の赤城さんは終始うつむいていて、ホームルームが終わると逃げるように帰っていった。一緒に帰るだけでこんな状況。告白したらどうなるか検討もつかない。でも、今の自分の気持ちを抑えるのは難しい。どうすればいいんだろう。
少しへこんだ状態で部活をした。今日は会報の作成だ。数人で別々の記事を書いて最後に合わせて完成させる。ボランティア部は全員で10人。全員で机に向い記事を書いていく。
「白井、何だか元気ないぞ。どうかしたのか?」
ボランティア部部長の甲斐先輩。身長が高くてガッシリした身体つき。スポーツをしているわけではなく家業の農家作業で鍛えたらしい。
「ちょっと考え事してまして」
「ほう。相談にのるぞ」
「・・・それじゃあ。うまくコミュニケーションを取ることができない人に対して、どうやったらうまく話ができますか。聞きたいことがあるんです」
「そうだな・・・」
顔を天井に向け「うーん」と唸った後、手元にあったA4のプリントの裏に何かを書き始めた。先輩は説明をするときは必ず資料を作成する。書き終わるとプリントをホワイトボードに張り出した。箇条書きで3つ書かれている。
「1.答えの幅を狭くする
YES/NOで答えられる質問をする
2.言語に頼らない方法を使う
ジェスチャーや相づちで答えてもらう
3.返事を必要としない方法を取る
行動を起こせば分かる選択にする 」
甲斐先輩は他の部員にも紹介するために声をかけた。
「白井がいい質問をしてくれたから皆にも一緒に説明する。俺が介護施設や特別支援学校にボランティアに行った時に教えてもらったことだ。施設には満足に自分の気持ちを伝えられない人も少なくない。そこで、この3つを覚えておくといいぞ」
甲斐先輩がそれぞれ説明していくなかで、あるアイディアが浮かんだ。自分の担当記事を早々に書き上げて、鞄の中に入れていた便箋を取り出した。
部活が終わり校門を出たところで、一人の女性が目に入った。その人は僕に気が付くとゆっくりとこっちにやってくる。その姿は「赤城さん」に似ていた。顔つきはよく似ているけど髪はロングでより大人っぽい姿をしている。
「こんばんは、白井信行君」
「えっと、はじめまして、ですよね?」
「一応ね。私が誰か分かる?」
面白そうに尋ねてくる女性。どうやら僕と何らかの関係があるらしい。赤城さんに似ている年上の女性って、まさか?
「まさか、キツネさん?」
「半分正解、さすがね」
「半分?」
「ちょっと、お話したいんだけど時間あるかな?」
「ええ、いいですけど」
学校の近くにある公園のベンチに座った。キツネさんも隣に座る。
「さて、何から話そうかな。そうだ、まず自己紹介しないとね。私は赤城漣、君の隣に座っている赤城結子の姉よ」
キツネさんこと、赤城漣さんが生徒手帳を出した。3年生で手紙で言っていたことは本当らしい。
「手紙のやり取りだけどね、本当の差出人は結子なの。一番最初に送った手紙は私が書いたんじゃなくて、結子が自分の筆跡や癖を抑えて書いた自作自演なのよ」
「一番最初、確か『手紙を通じて話をしませんか?』でしたっけ」
「そうそう。それでね、自分で君の靴箱に入れる勇気がなくて私にお願いしてきたの。それが私の最初の協力だね」
なるほど。啓子が見た靴箱に手紙を入れている人は漣さんだったわけか。
「ただ、君の鋭さは想定外だったみたいね。以前結子が書いた文字と見比べてたでしょ?あれで、自作自演がバレたと思ったみたい。私に代筆を頼んできたわ」
「万年筆で書かれた手紙は漣さんが?」
「そう言うこと。万年筆だと筆跡や字の癖が全然違うからバレないと思ってね。でも、趣味や君への思いは結子が考えたものよ。あーでも、最初の手紙はちょっと訳ありかな。結子が遅刻した日に渡した手紙、私が書き足したの。結子ったら返事を考えるために徹夜して、そのまま寝ちゃったの。聞いていた内容と少し書き足して私が書いたものを封筒に入れておいたわ。私は朝補習があるから先に家を出たけど、結子は寝坊して遅刻しちゃったみたいね」
手紙の返事を書くために徹夜してたなんて。
「ところで、何で急に僕と接触したんですか?」
「今日家に帰ってみたら、結子がすごい落ち込んでたの。理由を聞いても答えてくれないし、今まであそこまで落ち込んだ姿を見たことがないわ。まさか振った?」
「えっと、一緒に帰ろうって誘いました。断られちゃいましたけど」
「それだけ?」
「それしか思い当たりません」
「うーん、思った以上に落ち込んだわけね」
漣さんは僕の目をじっと見てきた。赤城さんのお姉さんなのでよく似ている。だから赤城さんに見られているような気になってしまう。
「白井君、結子のこと好き?」
「好きです」
力強く頷いて返した。漣さんは満足げに頷いて話をつづけた。
「結子は君が思っている以上に感情豊かなの。君からの最初の手紙をもらった日、目を輝かせて何度も読んでたわ。人前ではうまく感情を出すことができないの。でも、昨日急に「素直になる」って言ってきたの。手紙に「容姿が結子に似てる」って書いたの、結子の意見なのよ。書いたら自分をもっと見てくれるかもしれないってね。今日、薄く化粧して行ってたから本気みたいね」
「素直になるって、あの時の言葉か」
「君の言葉で結子は変われるみたい。そんな君に結子を励ましてもらいたいんだけど」
「あの・・・実は明日告白する予定です」
「おっと、これは急だね」
「ダメですか?」
「いいんじゃないの。手伝えることがあるなら手伝うよ」
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