5月14日木曜日

 次の日の朝。いつも通り登校していると前の方に赤城さんが見えた。今日は遅刻しなかったようで何だか安心した。

「おーい、ノブ~」

 急に呼び止められて声をした方を向くと、朝練中の啓子が封筒を持って僕の方に走ってきた。全速力で走ってきたせいで息を切らせながら僕の前で止まった。

「お願いがあるんだけど。この手紙、優成に渡してくれない?私が直接渡すの恥ずかしいし」

 と言って僕の答えを聞かずに封筒を押し付けるとグランドの方に走っていた。封筒には「優成を愛する啓子より」と書かれている。持たされたこっちが恥ずかしい。さっさと鞄にしまった。その時、ふと前を向くと前を歩いていた赤城さんがこっちを見ているのに気が付いた。僕と目が合うと慌てて昇降口に走っていく。嫌われてはいないけど警戒されてるのかな。



 教室に入ると既に赤城さんは机に座っていた。僕の席は隣なので自然と赤城さんと目が合う。何気なく「おはよう」と声をかけると驚いたような様子で「おはようございます」と返してくる。鞄から「キツネ」さんへの手紙を取り出して赤城さん差し出した。

「キツネさんへの手紙、お願いしてもいいかな?」

「キツネさん、ですか?」

「手紙の主が「キツネ」と呼んで欲しいって書いてあったので」

「そうなんですね。何でだろう。と、とりあえず手紙を預かります」

「よろしくね」

 赤城さんは手紙を丁寧に受け取った。今回の返信はこんな感じ


「キツネさん、返信ありがとうございます

 僕のことも少し話しておきます

 僕は中学の時は陸上部の長距離をしていました

 今でも時々趣味で海岸を走っています

 他にも趣味として写真撮影をしています

 風景や動物など決定的瞬間を撮影するのが楽しいです

 ボランティア部でも腕を見込まれて記録係をやったりしてます

 どこか景色のいい場所があったら教えて欲しいです

 

 キツネさんに質問なんですが

 芸能人や有名人で言うとキツネさんは誰に似ていますか?

 別に探したいと言うわけでなく

 どんな人か想像しにくいので可能な範囲で結構なのお願いします」



4限目が終わり、食堂のいつもの席でAセットのランチを食べながら優成を待っていた。今日のAセットはご飯、豚肉の生姜焼き、味噌汁、カッププリンだ。お願いすれば無料でご飯を大盛にしてくれる。

 ふと、見知った顔がキョロキョロしていた。うどんが乗ったトレーを持って席を探している赤城さんだ。空席を探しているようだけど昼休みが始まったばかりの食堂なのでどこも一杯の状況だった。幸い僕のいつも座っている席はカウンターから少し遠いのでまだそこそこ空いている。

「赤城さん、こっちの席空いてるよ」

 声をかけるとビクッとしてうどんがこぼれそうになった。赤城さんは僕に気が付くと再度キョロキョロした後に一つ席を空けて僕の隣に座った。

「ありがとうございます、助かりました。学食は初めてで」

「結構人が多いからね。少しゆっくり来ると空いてることが多いよ」

 そんな話をしていると優成がラーメンどんぶりと箸を持って僕の向いに座った。

「よう、彼女でもできたの?」

 優成は冗談半分で言ったつもりだったんだろうけど、赤城さんが首をブンブン横に振って赤真っ赤にしてうつむいてしまった。

「優成、赤城さんすごい恥ずかしがり屋なんだ。そう言う冗談はよしてくれ」

「あーごめんなさい」

 素直に赤城さんに頭を下げる。赤城さんはそのまま二度頷いた。それを見て、優成もラーメンを食べ始める。そのタイミングで僕は啓子の手紙を取り出した。

「優成、啓子から手紙を預かってきたぞ」

「啓子から俺に?」

 優成は手紙を受け取り、封を指で切った後に手紙を読みだした。そして落ち込んだ表情をして頭を抱えた。

「ど、どうした?」

「ああ、うん、まあ、俺が悪いとしか言いようがない」

「・・・手紙読んでもいいか?」

 優成に許可をもらい手紙を手に取った。大きな力強い字で書かれた手紙の内容は非情に短い。


「もう半年も付き合ってるのに

 なんでキスどころか手をつないでくれないの?

 ずっと待ってるんだからね、バーカ     」


「ラブレターと言うよりクレームだな」

 僕は思わず言葉を漏らした。

 詳しく話を聞くと二人の問題点が浮かび上がってきた。


・優成も啓子もお互い初めての彼氏彼女らしい。

・それゆえにお互い付き合い方が分からない

・お互い恋愛に関しては奥手である

・デートはしたことはあるが普通に友達と遊ぶ感覚で終わった


 と言う訳で手紙の内容通りキスどころから手も繋いでいないということらしい。その気はあるらしいが、そのタイミングが分からないそうだ。

「デート中に手をつなぐタイミングはいくらでもあったんじゃないの?」

「でも、啓子にはそんな気配なくって」

「普通に『手をつなごう』て言えばいいじゃないか」

「そんな裏心あるようなこと言われたら引かないか?」

「ねえ、本当に啓子と付き合ってるの?」

 成績もいい、運動もできる、顔もいい優成。それがこの有様とは予想できなかった。今まで二人が付き合っているのを隠している理由が分かった気がする。隠している訳ではなく、何もしてなかっただけと言うことか。

「とにかく、手をつなぐ、キスをするつもりはあるんだよね?」

「ある」

「分かった、今回も以前と同じようにお膳立てはするよ。ただ、実行するかどうか優成次第だよ」

「助かるぜ、頼む」

 そう言ってさっさとラーメンを食べてしまうと優成は席を立って行った。僕は残ったらランチを半ば押し込むように食べようとしていると、赤城さんに声をかけられた。

「あの、白井君。白井君は彼女いるの?」

「いいや、いないよ」

「キツネさんは?」

「キツネさんは手紙だけの付き合いだし」

「そ、そうなんだ。恋愛相談にのってるから慣れてるのかなって」

「彼女がいたこともないよ。優成の場合はもっと素直になればいいと思っただけだよ」

「えっと、ごめんね、変なこと聞いちゃって」

 そう言って赤城さんはペコリと頭を下げた後、お椀がのったトレーを持ち上げて逃げるように席を立った。そう言えば赤城さんと初めてたくさん話した気がする。その背中を見送って、これから優成と啓子をどうやってくっつけるか考えながら冷えたAランチを片付けた。

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