5月13日水曜日

 次の日の朝のホームルームに赤城さんはいなかった。先生の話だと遅刻して来るそうだ。昨日の出来事が頭をよぎる。別に悪いことを言ったわけじゃないと思うけど、彼女がどう感じたかは僕には分からない。ホームルームは普通に終わり、1限目の数学の授業が始まった。

 1限目の途中で息を切らせながら赤城さんが教室に入ってくる。先生に報告した後に自分の席に座った。僕と目が合うと少し会釈する。その目の下にはうっすらとクマが出ていた。寝不足のようで授業中もうつらうつらしている。そのまま特に何事もなく授業は終わった。授業の後に赤城さんが白い封筒を持ってやってきた。ややふら付いているように見える。

「あの、大丈夫?」

「少し寝不足なだけです。これ、お返事です」

「ありがとう。昨日のことだけど、もしかして気にしてること言っちゃった?」

「そ、そ、そんなことないです!むしろ、嬉しかったです!」

 ものすごく強く否定された後に同じくらい恥ずかしがった。うつむいて顔を真っ赤にしている。この後どう声をかけるべきか。昨日みたいにまた走り出す気がする。

「とりあえず、手紙もらってもいいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 第一目標達成。さっきの一連の動作で少しシワが入った封筒を受け取った。

「ゆっくり読んで返信を書きたいから、明日の朝に手紙を渡すよ」

「分かりました、そう伝えておきますね」

 そう言って彼女は席に戻った。彼女は一安心と言った風に大きなため息をついた後、次の授業の教科書を鞄から取り出していた。うまく受け渡しができたようだ。別に僕を怖がったりしていたわけではないかもしれない。



 昼休みにボランティア部の部室である多目的ホールで手紙を開いた。手紙は万年筆で書かれている。万年筆で書かれた手紙なんて初めてだ。


「お返事いただきありがとうございます

 最初に軽く自己紹介をしますね

 私は白井君の上級生になります

 赤城さんとは同じ書道教室に通っている親友です

 赤城さんから白井君の話を聞いて興味を持ちました

 人と話すことが苦手な赤城さんのために手紙を使って気遣ったり

 ボランティア部で他の人の為に働く姿魅力的です

 私のことは「キツネ」と呼んでください

 キツネが好きなのでそう呼んでもらえると嬉しいです

 趣味はガーデニングと料理と読書です

 休みの日は花の手入れをしたりお菓子を作ったりしています

 良ければ白井君のことも教えてくれませんか?

 お返事お待ちしております                 」


 手紙を読んで顔を上げるとニヤニヤしながら啓子が立っていた。

「ラブレターの返信?」

「そうだよ」

「どう?いい感じの人っぽい?」

「昨日話した赤城さんと同じ書道教室に通ってる上級生らしい。ガーデニングや料理が趣味だってさ」

「ふーん、だから字が綺麗だったわけね。ねえ、少し読ませて」

「人に見せるものじゃないからダメ」

「えーいいじゃん」

「ダメったらダメ。啓子も優成に手紙書いてみたら?」

 話を逸らす為に違う話題で返した。ちなみに啓子と優成は付き合っている。その架け橋をしたのは僕だ。優成の方が啓子にベタ惚れで、二人っきりになれる場所のセッティングと予定合わせをして無事に結ばれた。ただし二人は付き合っていることをお互いに秘密にしている。理由は二人とも言わないけど、それでもうまくいっているようだ。

「うーん、手紙ね。確かにメールよりもらったら嬉しいかもしれないけど、私って字が下手だから笑われそう」

「大丈夫、大丈夫。啓子からの手紙なら喜んでくれるって」

「ノブがそう言うなら、書いてみようかな。とても私の口から言えないような情熱的な言葉をぶつけてみるわ」

「そうそう、その意気だよ」

 その後残っていた便箋と封筒を渡して啓子は自分の教室に帰って行った。

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