5月12日火曜日
次の日、いつも通り登校すると靴箱に白い封筒が入っていた。封筒には何も書かれていない。中身を確認しようとしたらきちんと封がしてあって開けられないようになっている。これは世に言う「ラブレター」という奴か?と、その時予鈴が鳴った。鞄に入れて教室へ走った。
2限目が終わり15分の少し長い休み時間に靴箱に入っていた手紙の封を切る。中には一通の手紙が入っていた。
「突然のお手紙申し訳ありません
あなたと少し話をしてみたいと思い手紙を書きました
私の名前は訳あって言えません
でも、あなたにとても興味があります
もし良ければ手紙を通じてお話がしたいです
お返事をもらえるのなら
隣の席の赤城さんに手紙を渡してください
彼女が私に手紙を渡してくれるようにお願いしています 」
という内容だった。確かに送り主の名前はなかった。だけど、この手紙に書かれている「とても綺麗な字」には見覚えがあった。僕の目星が間違っていなければ間違いなく赤城さんの字だ。トイレに行くフリをして彼女の様子をそっと覗いた。彼女はうつむいていてその表情は見えない。判断に困るが、十中八九彼女からの手紙だろう。これは、どうすればいいんだろう。
悩んだ結果答えが浮かばなかったので学食で友人に相談することにした。
学食のいつもの席に優成がいる。優成は僕よりかなり顔も成績も運動神経いい。小中学校から人気者だった。だけど優成は「お前には敵わないよ」が口癖で威張ったりしない。何が敵わないのか聞いても答えてくれないが、何となくウマは合うので一緒にいることが多い。
手紙の出来事を話すと「ふむ」と言って頬杖した後に答えた。
「それで、手紙の送り主である赤城さんのことをどう思ってるわけ?」
「よく分からない人、かな。あまり話したことないし」
「ふむふむ、ノブはその娘のこと好みなわけ?」
「付き合いないから何とも。ただ、字はすごく綺麗で好印象かな」
「赤城さんの字が綺麗って何で知ってるんだ?今日の手紙の字が彼女の字って言ってたけど、どうして一緒だと思った?」
昨日の昼休みにもらった手紙と今朝もらった手紙を並べた。それを見て優成は不思議そうに訊ねてくる。
「確かにどちらも綺麗な字だけど違う気がする。筆跡にも違和感があるし文字の癖も違うぞ」
「そうかな?確かに多少の違いはあるけど、僕には同じ人が書いた文字に見えるけど」
優成が近くにいた知り合い数人を呼んで確認してもらったが、やはり書いた人物は違う人物ではないかという結果に至った。
「つまり、赤城さんとは違う人がノブに興味があるってことだな。まあ、どんな奴なのかは分からないけど。もしかしたら、男だったりして」
「まあ、その可能性もあるかな。名前を明かさないぐらいだし」
こうして今朝下駄箱に入っていた手紙は僕の知らない人物ということで落ち着いた。納得したわけじゃないけど。
昼休みはまだ残っているので学食の帰りに部室に寄った。僕が所属しているのはボランティア部。「校内・校外に関わらず人助けをすることでより良い学校生活・社会を作ろう」というコンセプトで活動を行っている。中学校時代は陸上の長距離をしていたけど、色々な人と関わりたいという理由からボランティア部に入った。
部室は普段は出入り自由なホールになっている。部活で使っているパイプ椅子出して座り、今日もらった手紙をもう一度開いた。やっぱりこの字は赤城さんの字だと思うんだけどな、と思って見ていると突然声をかけられる。
「ノブ、何見てるの?ラブレター?」
通りがかりの啓子がブラブラとこっちにやってくる。中学時代に陸上部で一緒に長距離を走っていた同級生。啓子は相変わらず陸上部をやっている。サバサバした性格の姉御肌。中3の時は陸上部女子の部長をしていた。
「まあ、ラブレターなのかな」
「え、マジで?・・・あ!!」
と突然大きな声を出した。思わずこっちがビックリする。
「そう言えば今日の朝練始まる前に、ノブの靴箱付近で何かを入れてる人がいたわ。まさか本当にラブレターだったとは」
「え、見たの?」
「見た見た、年上の女性だったよ。すごい美人さん」
「へぇ~」
「あれ、嬉しくないの?」
「いや、何と言うか釈然としない」
今日もらった手紙と隣の席の赤城さんの字が似ているという話をした。啓子も2つの字を見比べたが「やはり別人が書いたものではないか?」という答えになった。
「まあ、私が靴箱で見たのは上級生だったわよ。それで、返事返すわけ?」
「返すつもり。どんな人か分からないけど」
「まあ、話してみないと分からないこともあるしね」
「そうだね、相談にのってくれてありがとう」
「はいはい、それじゃあねー」
そう言って啓子は部室を出て行った。とりあえず返事書いてみないと話は進まないのは確かだ。どんなことを書くか考えながら教室に戻った。
「赤城さん、手紙の受け渡しをしてくれるって話を聞いてる?」
帰りのホームルームの短い時間に彼女に話しかけた。突然話しかけたのがいけなかったのか、ものすごく驚いた表情で僕を見てきた。
「ごめん、驚かせちゃって」
「わ、私こそ、驚き過ぎました。ごめんなさい。な、慣れてなくて。それで、手紙の件は聞いてます」
「これ、えっと、名前は知らないけど相手の人に渡してもらえる?」
「あ、はい。分かりました、預かりますね」
僕は赤城さんに手紙を渡した。購買で急ぎで買ったレターセットはかなり地味で少し色焼けしている気がする。これで返信するのは申し訳ない気がしたが仕方がない。受け取った手紙を彼女は大事そうに手紙を受け取り鞄にしまった。渡した手紙の文面はこんな感じ。
「興味を持ってくれて嬉しいです
そんなに面白い人間だとは思っていませんが
手紙を通してこれから話していければと思います
これからよろしくお願いします
それとあなたのことを何と呼べばいいでしょうか
もちろん仮名でもかまいません
返信お待ちしています
白井信行 」
当たり障りのない文面になってしまったけど短時間で考えたので仕方がない。相手の返信を待つことにした。
「あの、白井君。何で返事を書こうと思ったの?」
自分の席に戻ろうとしていたら赤城さんが恐る恐る訊ねてきた。返信を書いた理由を聞きたいようだ。
「一つは色々な人と関わってみたいから。もう一つは手紙の字が綺麗だったから、かな」
「そ、そうなんだ」
何とも言えない表情をしている赤城さん。何か悪いこと言ってしまったかな?
「そう言えば赤城さんの字もすごく綺麗だよね」
「えっ!あ!その~!」
ものすごく挙動不審な様子の赤城さん。顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。これどうすればいいんだろう。そう悩んでいると、ちょうど担任の先生が教室に入ってきて帰りのホームルームが始まった。そしてホームルームが終わると赤城さんは逃げるように教室を出て帰って行く。難しい人だな、と改めて思った。
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