1万通のラブレター
カモメ水兵
5月11日月曜日
午前7時15分少し前。待ち合わせの公園に着くと既に結子が待っていた。ボブカットで伏し目がちな様子でベンチに座っている。声をかけるとパッと顔を上げて僕に寄ってきた。
白い封筒に「白井信行様」と書かれた手紙を顔を真っ赤にして僕に手渡してくる。裏返すと「人がいないところで読んで」と綺麗な字で書かれていたので言われた通り素直に鞄に手紙を入れた。受け取ったのを確認すると結子の方から手をつないでくる。その顔は少しはにかんでいた。今日も手紙の内容が楽しみだ。
赤城結子と初めて話したのは高校に入学して1か月。話す機会も接点もなかったし、彼女が極端に無口なせいもあって声をかけることもなかった。5月の初めに席替えが行われ彼女の隣になった次の日、授業の間にある10分休憩の時に彼女の方から声をかけられた。
「次の国語の時間、教科書を見せてもらってもいいですか、忘れちゃったみたいで」
周りのガヤガヤとした教室の中で何とか聞き取れる声でもじもじしながらお願いしてきた。僕は特に何も考えず素直に「いいですよ」と答えた。
数分後に国語の先生が教室にやってくると彼女は教科書を忘れたことを報告して席に戻ってくる。机をくっつけてその間に教科書を置いた。よくある事だけど彼女は慣れてないのか、ぎくしゃくしている。授業はそんな中始まった。
授業中、彼女はガチガチに緊張していた。すぐ隣にいるから腕がぶつかりそうになるとサッと引くし、目線がぶつかりそうになると顔をそむける。嫌われているというよりも、怖がられている気がする。そんな感じで授業は終わった。その後に彼女は僕にペコペコと頭を下げてお礼を言てくる。なんだかとても難しい人だな、とその時は思った。
学食から帰ってくると、二つ折りにされたメモ紙が机の引き出しの中に入っていた。メモ紙を開くと、とても綺麗な字で短い文章が書かれていた。
「きちんと謝りたくてこの手紙を書きました
私は人と話したりするのが苦手で
さっきの授業中みたいな態度をとってしまいました
言葉できちんと伝えたいけど
うまく言葉を出せないので手紙にしました
本当にごめんなさい 赤城結子」
隣を見ると彼女はいない。少し考えてノートを1ページきれいに破いて手紙を書いた。と言っても、そんなに長くもないし字も彼女ほどきれいではないけど。
「授業中のことは気にしてないから安心して
直接言ったらまた怖がられるかなって思って
手紙を書きました
また困ったことがあったら何でも言ってね
白糸信行」
手紙を書いたノートを二つ折りにして彼女の机の引き出しにそっと差し入れて、立ち上がったついでにトイレに向かった。
午後の授業の予鈴が鳴って席に戻っていると、彼女が手紙を読んでいる姿が見えた。読んでる途中で手紙を書いた本人が目の前に現れるのはちょっとまずい気がして、一度教室を通り過ぎて授業開始ギリギリに席に戻る。彼女は僕に気が付く顔を真っ赤にして頭を下げた。僕はなんだか照れくさくなって自分の頭を掻いた。
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