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「あーあ、やるとしてもパソコンは欲しかったなぁ……」


 そう愚痴溢しながら、俺はプラスドライバーに改造された右中指で、勇者様の鎧を軽く叩き硬度を確認している。

 魔王用に加工しようが一般人用に加工しようが、まずは設計図が必要だ。

 俺のいたデジタル世界だと、そんな作業は大体パソコンのソフトとかでやるもんだ。

 だけど、パソコンどころか電子機器がないこの世界では、直接紙に描いて作るしかない。

 子供の落書きレベルほどの画家力しかない俺にとっては、この時点でもう詰み状態だよ。


「さっきから何やっているか分からないけど、貴方の名前聞いていいかしら?」


 親玉オークに頼んで相部屋になった女勇者が話しかけてくる。

 俺はひとまず詰み状態の作業から離れる事にした。


「俺は武藤ツクル、あんたは?」

「私はエクレシア。エクレシア・バナスタインよ。気安くエクレシアって呼んでも大丈夫」


 ……こんな状況にも関わらず、頭おかしいのかって言いたいほど希望に満ちた顔をしてやがる。

 まあ今もひぃこら働いてるロリ宇宙人よりはマシだが、勇者っていうのはこういうキャラばかりなのかしら?


「じゃあエクレシア、あんたは勇者って奴なんだろ? なんであんな連中に捕まったんだ?」


「……立ち寄っていた村に魔王軍が押し寄せてきて戦闘になったの」


 エクレアは、先ほどの希望満ちた表情から一変し、険しい表情で経緯を話し始める。


「私の力で魔王軍は壊滅寸前だったんだけど、あのオーク……、魔王軍幹部トカッツンが村人達を人質に取ったの」


 ……え? 魔王軍幹部!? あのオークが!?

 そう聞いた途端、俺の額から冷や汗が……。


「私がここに来れば人質はみんな解放するって言う条件を出されて、それに従って今に至るってわけなの。貴方はなんでここに?」


 話し終えた途端、今度はこっちの経緯を聞き出してきやがったよこの子。

 話したとしても信じてくれるわけがないと思っている。

 だって今までの異世界物語をアニメや本でちょこっと読んだり見たりしてきたけど、ある程度進まないと誰も信じてくれないのはお約束だ。

 下手したら頭おかしい人だと思われちゃう。



 ……そもそも◯S4の修理のためにキャトルミューティレーションされて、再び気絶された間に色々あって事故が起きていつのまにかこの世界に来てましただなんて、恥ずかしすぎて死んでも言えない。


「ああああもう!! 経緯とかなんとかはもういい!! こちとらは生きるか死ぬかの瀬戸際状態なの!! この鎧を魔王用に加工しないと俺殺されちゃうの!! あんたには悪いけどこの鎧壊すから!! そうしないと俺死んじゃうから!! 悪く思わないでく……」


 俺はもうヤケクソ感覚で作業台をばんと叩き怒鳴り散らしちゃったら、気づいた時には、エクレシアから笑みが消えていたよ。

 

 ……この時俺は、彼女から嫌われたと確信したと思う。

 だって、作業台に置かれているのは、勇者しか着れない伝説的な鎧だ。

 それを手に入れる為には、相当大変な試練とか乗り越える必要性があるはず。

 だけど、彼女はそれを乗り越える事ができた。

 だから鎧を手に入れる事ができた。

 その苦労の代償として手に入れた鎧を、守るべき人類に……、俺が自分を生かすために壊すって宣言しちゃったんだから。

 

 …………よく考えてみたら、この異世界に来てから俺、心が荒んだなって思う。

 無理もないよ。

 だって人身売買と似たような被害者になった直後に、いつの間にかこの世界で目覚めて魔王軍に拾われ奴隷にされ、今もボロ雑巾のように扱われてる。

 そして俺と同じ立場のみんな、食事の奪い合いや睡眠場所の奪い合いでの醜い乱闘の日々。

 それを魔物共は娯楽感覚で見ながら楽しんでいる。

 そんな地獄のような場所で、貧弱な俺にできることと言えば、ただ今回のような機転を生かすだけ。

 どうやって魔物に媚入れて食事貰うか、特別な寝床を与えて貰える方法とか。

 そんな生活している内に、気づかない間に心が荒んでいたんだなって、能天気な彼女と話している内に感じたよ。


 …………本当、何やってんだろうな? 俺って。


「……ツクル、貴方はそんな事絶対にしない」


 …………え?


 エクレシアの表情に笑みはないが、それでも初対面の時と変わらず、優しさと希望に満ちた眼差しで俺をみている。

 それ故に怒りもせず、本気で壊すつもりでいる俺に対して優しく、そんな事はしないと自信満々に言い切った。

 全く訳がわからない。


「なんでそんな目で俺を見るんだ? 俺は本気でお前の鎧を壊そうとしてるんだぞ?なのに、どうして……?」

「最初に見た時から今まで、貴方のあらゆる表情からして言えることよ。私が見る限り貴方の顔は、女風呂を覗き込んだり女性の下着を剥ぐ程度の小さく姑息な犯罪しかやらない人間の顔をしている。伝説の鎧を壊すことなんて到底できないのは間違いないわ」


 ………マジで鎧破壊しようかしら?


「それ以上に、オークが鎧をみんなに見せた最初の時の貴方の目は輝いていた」


 そう言うと、エクレシアは再び俺を見て微笑みを浮かべる。


「鎧のデザインに見惚れてしまったのか、伝説の鎧を見て感激したのかはさておき、あんな輝きがまだ出せる貴方にそんなことはできるはずはない。私は信じているよ、ツクルも、ここにいる奴隷達も」


 ……自分も危険だってんのに、なんで希望に満ちた顔で堂々と言えるんだこの人?


 ………あれ? なんでかよくわからないけど、目から涙が……。


 俺は溢れ出してくる涙を拭い、彼女を無視してハンマーを握る。

 そしてそのハンマーを使って鎧を壊そうとしたが、一向に振り下ろす事ができない。


 ……やれ、やれ!! やるんだよ!! じゃなきゃ俺が殺される!! 俺は魔物共に殺される!!

 そう思いながら意地にでも振り下ろそうとした時、彼女が後ろから優しく抱きしめてきた。


 「よく一人で頑張ったわね、大丈夫。ここから先は、二人で力を合わせましょ? きっと大丈夫」


 エクレシアの体は、心が洗われるって言ってもいいほど暖かく感じた。


 ……ずるいっていうのはこういう事なんだなって思った。

 俺はハンマーを地に落とし、彼女の胸元で大泣きした。

 胸の中に溜まっていたのを全て吐き出そうとする感じに泣いていたと思う。

 この世界に来てからひとりぼっちで心細かった俺にとって、彼女の言葉が一番の救いに感じた。


 ……そして何より、顔に押し付けている豊満な胸の感触が超心地よい。

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