〈3〉『メリー・ウィズ・クリスマス』

 気付けば俺と依咲いさきは、人気のいプラネタリウムで佇んでいた。

 ややって、追って友花里ゆかりが到着。

 俺達の前に、慣れた様子ようすで着地した。



「さて、と。

 それじゃあ、聞かせてもらおうか。

 君の、プランとやらを」

「あ、ああ」



 友花里ゆかりが、右手を出す。

 く分からないまま、その手を俺は取る。

 刹那せつな、繋がれたてのひらが青く発光。

 腕を伝い、友花里ゆかりの脳内へと入って行く。



「なるほど。

 こういう感じかぁ。

 結構、すごことしようとしてるね」

「わ、分かるのか!?

 結織ゆおりだけじゃなく、俺の思考も読み取れるのか!?」

「うん。

 私は元々、君が結織ゆおりを理解するために、改良された存在。

 君と結織ゆおりの架け橋になるべく生まれ、生きているから。

 っても、メーカーにアンロックされてるから、夢の中限定だけどね。

 現実世界でのオーナー以外との記憶の共有は、心身に負担が掛かるし。

 プライバシー保護の観点からも、問題視されるし」

「そ、そうなのか……」



 俺の記憶のダウンロードを終え、手を離す友花里ゆかり

 すると、何故なぜか意味深に微笑ほほえまれた。

 同じく、依咲いさきにジトを向けられた。

 相当、名残惜しそうな顔をしていたらしい。



「あれぇ?

 もしかして、未希永みきとくん」

「ち、ちちち、違うぞぉ!?

 断じて、違ぁう!!」

「実セ。

 ボコる」

「だから、そんなんじゃないって!!

 依咲いさき、ストップ!!」



 ハイ・ライトの消えた瞳で、拳を構える依咲いさき

 彼女の腕を下げ、友花里ゆかりは冷静にげる。



「でも、この調子じゃ、ちょっと非効率かも。

 なので」



 目を閉じ、今度は全身を輝かせる友花里ゆかり

 少しして、水色のロング・ヘアとなった。



「どう?

 これなら、結織ゆおりと同一視して、ドキマギしたりしない?」

「あ、ああ。

 割と、落ち着く」

「やった。

 クールなカラーにして正解だった」



 クルッと回転し、髪を掻き分け、靡かせる友花里ゆかり

 見惚れかけていると、再び依咲いさきに睨まれた。

 


「さて、と。

 今ので、君の作戦の方向性はつかめた。

 君の思考も読み取れたし、君が気付きづいてない分野のシミュレーションも出来できそう。

 名付けるなら、そうだなぁ……『メリー・ウィズ・クリスマス』。

 って、所かな」

「それはなんだ?

 作戦名か?」

「そう。

 なんか、名前がった方が、効率的でしょ?

 あと、単純に上がる」

「そうだな。 

 助かる」

「ありがと。

 それで、次に。

 激痛コースと、ゆっくりモードがるけど。

 どっちにする?」

「ビーフ・オア・チキン感覚で、聞く?

 その2択」

ちなみに激痛コース、『ゼンシンクロ』。

 これは、他者に発動した場合、想像を絶する威力だし、コスパ最悪だから、私としてはオススメしない。

 ドクター・ストップ付きだし、結織ゆおりからも禁じ手扱いされてる。

 ここで大事なのは、『奥の手』ではなく、『禁じ手』って所。

 代わりに、タイパは最高だけど。

 もし、これを乗り越えたら君達は、現代医療やテクノロジーすら凌駕する。

 他のデータなんてたちまなんの意味も発揮しなくなる。

 天下御免、天下無敵の相思相愛バカップルってことになるけど」

「じゃあ、それで」

「……君、ドM?」

「さぁな。

 それより、頼む」

「言っとくけど。

 責任は、取らないよ?」

「安心しろ。

 俺が、結織ゆおりの責任を取るために、やるんだから」

「この、真性」



 俺の手を取り、今度はてのひらを合わせる友花里ゆかり

 刹那せつな、触れた箇所が透明になり。

 腕、肩、次に全身。

 気付けば俺の内側に、友花里ゆかりの肉体がすっぽりと収まってしまった。

 それも、異物感など、まったいまま。



「ゆ、友花里ゆかり

 生きてる、よな?」

「AIに、それを聞くかな?」

「わ、悪い。

 無粋だった」

「冗談だよ。

 ありがと、未希永みきとくん。

 私を人間扱いして、気遣ってくれて。

 それより、そっちは?

 具合は、どう?」

「あ、ああ。

 特に、異常はい。

 下さえ見なければ、平気だ」

結織ゆおりの見た目に、ご不満でも?」

「ち、違うよっ!」

「冗談。

 ちゃんと、分かってるよ。

 気付けば、別の人間が自分の中にるんだもん。

 そりゃ、違和感いわかんは禁じ得ないよね。

 さぁ、集中して。

 まだ私は、君に入り込んだに過ぎない。

 本番は、ここからだよ

 今から、私を介して、結織ゆおりと君をゼンシンクロさせる。

 私が宿した彼女の、記憶や感情などのデータ、思考や行動などのパターン。

 17年分のインプットを、君と統合する。

 そうすることで、結織ゆおりすべてを、君の脳と精神、体に叩き付け、染み込ませる。

 同時に、その中から、二人の共通項の他、相性診断、互いの苦手箇所などを検索する。

 彼女と、完全に一つになるために。

 言うなれば、『現代で最速、最的中の占い、心理テスト』だね。

 無論むろん、夢の中といえど、負荷は凄まじいけどね。

 さっきも言った通り、本人以外へのゼンシンクロは、なにが起きるか予測不可能だけどね」

「ああ」

「それに、夢の世界での活動限界は、最大で1時間。

 しかも、こっちでの時間の流れは、現実世界のおよそ10倍。

 つまり、ここでの1時間は、向こうでは1日の睡眠時間に該当する。

 今後は、ゼンシンクロの結果を元にしたシミュレーションを毎日、ルーティーンとして組み込む。

 結織ゆおりと決着を付ける、3月まで。

 ただ、ゼンシンクロさえ済ませてしまえば、あとは現実世界のVR空間でも代用出来できる。

 私の本体、ナノマシンに入ってるメモリーを使えば。

 依咲いさきちゃんの部屋でも、似たようことが行えるはず

 それも、こっちより余程よほど、長くね」

「……分かった。

 元より、覚悟の上だ」

「話が早くて助かるよ。

 流石さすが、あの子とシンパシってるだけある。

 次に、依咲いさきちゃん。

 君は、未希永みきとくんと私を観察してて。

 なにか不調がったら、ぐに止めて。

 力尽ちからずくでも構わないから」

「お目付け役ですね。

 お任せを」

「お願いね。

 それじゃあ、未希永みきとくん。

 改めて、聞くよ?

 本当ほんとうに、いんだね?」



 深呼吸し、目を開き、下を向き。

 俺は、俺の中の、友花里ゆかりを見る。



「……やってくれ、友花里ゆかり

「……分かった。

 でも、ずはストレッチから。

 じゃないと、本当に体が崩壊する。

 少しでも、結織ゆおりに馴染ませ、免疫を付けないと。

 いね?」

「ああ。

 どうすればい?」

「目を閉じて、イメージを膨らませて。

 君は、たった今から数分間だけ、母神家もがみや 結織ゆおりになる。

 恥も外聞も、プライドも掻き捨てて。

 感覚を研ぎ澄まして。

 口調も、意識して。

 これは演技、なりきりなんかじゃない。

 完全に、結織ゆおりになるんだ。

 出来できそう?」

「やってみる」



 指示通り、結織ゆおりを想像し、自身に言い聞かせる。

 


「飲み込み早いね。

 流石さすが結織ゆおりに負けず劣らずの猫被り。

 それに君は、く言えば感情移入型、悪く言えば単純。

 通りで、スムーズに進む訳だね」

「褒めてる?」

勿論もちろん

 次に、ちょっと体を弄るよ」

「へ?」

「君の体を、完全に結織ゆおりその物にする。

 ようは、入れ替わりだよ。

 勿論もちろん、お触り厳禁ね」

「だ、誰がっ!!」

「あははっ!

 それもそうだ。

 そんな勇気がれば、もう付き合ってるもんね。

 このムッツリーニ」

「ねぇ、本当ホントに褒めてる!?」

けなしてる。

 お遊びは、これくらいにして。  

 そろそろ、フィッティングを開始するよ。

 色々と減るし、上半身は増えるけど、慌てないで」

「お、おお。

 ところでこれ、結織ゆおり、怒らない?」

「平気、平気。

 隠しとくし、お互いさまだから。

 なんなら、どうしても眠れない、ムラムラする夜なんかは。

 夢の中で、私を使って君に成り代わって、自分を慰めたり。

 あるいは、君の分身を私に作らせて、バチャセしてるから。

 っても勿論もちろん、記憶は封印してるから現実世界には影響しないし。

 そんな毎日ってほどではな……。

 ……くもない気がしないでもないけど、まぁ……。

 ……思春期だから、仕方いよねっ!!

 君の周りには、ただでさえ、普段から下ネタっぽいことばっか言ってる人もるし!!

 当てられた結果、理性が薄れた世界で開放的になっても仕方しかたいよねっ!!」

「すみません始めてくださいお願いします、てかさっきからえて聞きたくないことばっか言ってるし無駄口多くねぇかなぁ!?」



 怖い……。

 友花里ゆかりがここまでリークしたと、結織ゆおりに知られるのが怖い……。

 あと単純に、聞きたくなかった……。

 結織ゆおりの、まだ辛うじて残ってた、清純さがぁ……。



 なにはともあれ。

 こうして俺は、身も心も結織ゆおりとなった。



 所感。

 肩、痛ぇ。



「これで、手筈は整った。

 そろそろ、始めるよ。

 気を引き締め直して」

「ああ。

 ……頼む」

「行くよ……!!

 ……ゼンシンクロ、開始!!」



 友花里ゆかりの言葉を合図に、俺の体が煌めき。

 濁流が、一気に押し寄せて来る。



「ぐぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 それは先程、友花里ゆかりが入って来た時とは比較にならないほど違和感いわかんだった。

 例えるならば、頭や胸から捕食し直接、脳や心に運んでいるような。

 それほどまでに、嫌悪感を催していた。

 頭のみならず、全身がはち切れそうだ。

 それでいて、まるで火達磨にでもなっているかのように、熱く感じてしまう。



 続けて、キャパシティを満たさんばかりの情報量。

 あまりの新常識の膨大さに、早くもフラフラする。

 思わず、夢の中なのを忘れるほどだ。



 なるほど。

 これは、確かにキツい。

 一人分の器に、二人分が収まるというのが、これほどまでにハードだとは。

 


 考えてみれば、当然だ。

 いくら似た者同士でも、すべて同じわけではない。

 生活環境や遺伝子、性差などにより、どうしても齟齬は生じる。

 


 無理もいだろう。

 最適化なんて、出来できる道理はい。

 どれだけ近付けても、この体は結織ゆおりの紛い物なのだから。



未希永みきとぉっ!!」

依咲いさきに確認するまでもいっ!!

 これ以上は、危険だよっ!!

 このままでは、現実の君の肉体も、ただじゃ済まない!!

 最悪、即死だっ!!

 一旦、中断を」

「続けてくれっ!!」



 激渦に巻き込まれながら落雷まで受けているような。

 そんな感覚に覆われながらも、必死に訴える。



「こんな状態で、君が離れたらっ!!

 それこそ、かえって危険だ!!

 俺も、君も……!!

 ……そうだろっ!?」

「でもっ!!」

いんだっ!!

 これが、結織ゆおりの感情なら……!!

 結織ゆおりの、艱難辛苦かんなんしんくならっ……!!

 今も、彼女を玉にしてるダメージならっ……!!

 ……俺も、支えなきゃ、嘘だろ……!?

 ……甘んじて、受け入れなきゃぁ……!!」

 


 床に伏せ、前後不覚に陥り。

 五感さえ定まらないまま、重たく震える足に鞭を打ち、なんとか立ち上がろうとする。

 完全に麻痺してる口角を上げ、笑ってみせる。



「安心しろ……!!

 俺は、負けないし、曲げない……!!

 俺の、恋愛脳っりを……!!

 彼女募集厨の底力ぁ、侮んなよっ……!!

 この程度で挫ける、砕けるようで……!!

 三人宛てのラブレターなんぞ、1年も日課に出来できっかよっ……!!

 ……確約したんだよ、結織ゆおりとっ!!

 絶対ぜったいに、守る……救ってみせる、ってなぁ!!」

「〜っ!!

 あぁ、もぉっ!!」



 見るに見兼ねた依咲いさきが、俺の背後に周り。

 俺の背中を支えつつ、抱き締めてくれた。



「クレイジーだよ!!

 どう考えても、ただのドアホだよ、紛れもくっ!!

 でも!!

 そんなんでも、助けるって決めた!!

 そんなだからこそ、そばなきゃ、って!!」

依咲いさきっ……!!」

「勝てっ!!

 この私を完全にフった以上、ド根性見せろっ!!

 あんた、一端いっぱしの男だろっ!?

 それが、『男』って者なんだろっ!?

 私に見せた『覚悟』を、あいつにも示せっ!!

 惚れた女もろくに助けられなくて、どーすんだよっ!!

 あんた、私の人生の主人公だろうがっ!!

 いつまでも、あんな魔女王まじょうおうにばっか、ように弄ばれていんなっ!!

 とっとと、負かせ、泣かせて来いっ!!

 彼女として、私の元に連れて来て、どつかせろっ!!

 それが、私を袖にした、虚仮こけにした、唯一の贖罪だっ!!

 だから、立って、お兄ちゃん……!!

 永遠無敵の、私の最強ヒーロー……!!

 ……新甲斐あらがい未希永みきとぉっ!!」

「っ……!!

 ……依咲いさきっ……!!」



 応えようとするも、縺れる両足。

 バランスを崩し、地面に着きそうになる両腕。



 それを、支えてくれた。

 恵夢めぐむと、七忍ななしのが。



「うんうん唸ってるから、駆け付けてみれば!!

 何やってるのよ、あなたたちはっ!!

 さきに、最年長あたしをお呼びなさいよぉっ!!」

「大した兄妹だよ、お前っ!!

 さっきは悪かった!!

 撤回するよ、多矢汐たやしおちゃん!!

 君が付いててくれて、かった!!

 おかげで、新甲斐あらがいがギリ踏ん張れたっ!!

 俺と先輩も、間に合えたっ!!」

「あと数秒で、ゼンシンクロが完了するわっ!!

 ここが正念場よ、未希永みきとくんっ!!

 持ち堪えなさいっ……『ニアカノ同盟』っ!!」



 両足を支える、七忍ななしの

 肩を抱いてくれる、恵夢めぐむ

 倒れそうになるのを抑えてくれる、依咲いさき

 俺の内側から鼓舞してくれる、友花里ゆかり



 ここで怯んだら……!!

 男じゃ、ねぇっ!!



みんな……っ!!

 ……ありがとよぉっ!!

 はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 激痛を吹き飛ばすかのごとく、全身全霊で猛る俺。

 


 やがて、俺の体に灯る光と共に、違和感いわかんは消え去り。



 依然として、友花里ゆかりは憑依しているだろうけど。

 俺は再び、元に戻った。



「や、やった……!!

 やったぞ、友花里ゆかりっ!!

 君のおかげ



 俺は、台詞セリフを遮られた。



 俺の体内から吐き出され、消え掛かり、バグが走っている。

 そんな、友花里ゆかりを見て。



「ゆ……友花里ゆかりぃっ!!」



 慌てて駆け寄る俺達。

 彼女の映像を投射していたナノマシンが落下し。

 危うく地面に衝突する所を、彼女の体ごと、辛うじて拾い上げる。



「お、おいっ!!

 どうしたんだよっ!?」

「言った、でしょ……。

 他者への、ゼンシンクロは……。

 負荷が、物凄い、って……」

「まさか……!?

 ……お前にもっ!?」

「当たり前じゃん……。

 私を起点としてたんだから……。

 そもそも試作品、サンプルだし……。

 オーバー・ヒートするに、決まって……」

「〜っ!!

 バッキャロー!!

 なんで……どうして、隠してたっ!!

 こうなるって、分かってたんだろ!?」

「……おにぶさん。

 そんなの、愚問じゃん。

 私は、結織ゆおりの分身だよ……?

 君の傷付く、苦しむさまなんて……。

 コンマ1秒ですら、拝まされたくない……。

 君になら、なんでもするに、決まってる……。

 結織ゆおり本人と、同じだよ……。

 君のためなら、こんな体……。

 朽ち果てようと、一向に……」

「……友花里ゆかりぃっ!!」



 抱き締めようとして、空振ってしまった。



 友花里ゆかりの体は、もう。

 触ることすら、叶わなくなっていた。



「悲しいなぁ……。

 もう少し、君と話したかった……。

 君に、抱かれてたかった……。

 もっと……君と、一緒に……。

 ……こんなことになるなら……。

 正体なんて、隠したまま……。

 君達と、沢山たくさん……。

 普通に、遊んでれば……」

「お前……!!

 まさか、それで、あんなにしゃべって……!?」

「だって、熟知してたもん……。

 君なら、きっと……。

 即答で、ゼンシンクロだって……。

 だから……折角せっかくの、1時間っぽっち……。

 無駄口にしちゃっ、たぁ……」

「……馬鹿バカ言うなよ……!!

 無駄なわけいだろ……!!

 有意義でしかいに、決まってんだろ……!!」

「あははっ……。

 本当ホント……お馬鹿バカだよ、君……。

 そういうの、さ……。

 言う相手、間違えてる、よ……」




 死にかけてるのに。

 未練たらたらなのに。

 友花里ゆかりは、それでも満足そうに。

 脱力し切った、顔をした。



「でも、良かった……。

 私は、恵夢めぐむさんとも、依咲いさきとも、わけが違う……。

 本人が、必死に禁欲してる時にさぁ……。

 結織ゆおりの許可く、私が……。

 いつまでも、君に抱えられているの、はっ……。

 ……ルール違反、だよねっ……」

「何言ってんだよ……!!

 そんなこと言うなよ、友花里ゆかりっ!!

 もっと、俺を助けてくれよっ!!

 そのために、俺の元に来てくれたんだろっ!?」

「私は、もう……。

 お役御免、だよ……。

 ゼンシンクロにより……。

 君と結織ゆおりのデータは、回収した……。

 君達や、結織ゆおりのスマホ……。

 依咲いさきちゃんの、機材に……。

 バック・アップも、送信した……。

 私の中の、結織ゆおりの心も、じきに……。

 主の元に、返還され、る……。

 私の……破損と共、に……」

なんだよ……!!

 ……なんなんだよ、それぇっ!!」

「だから、言ってるじゃん……。

 もう……終わり、だよ……」

「〜っ!!」



 ピキッという、わずかな亀裂音。

 まるでコンタクトを踏んだ時みたいな、小さな音。

 ナノマシンから発せられたのだと、瞬時に察した。



なんで……なんで、こうなんだよっ!!

 お前も、結織ゆおりもっ!!

 なんで勝手に、なんもかんも終わりにしようとすんだよっ!!

 俺……まだ、なんも癒えて、えてねんだよ!!

 まだ、始まってすらいねぇだろがっ!!」

「……そうだね。

 ……うん。

 なんく、分かったよ……。

 未希永みきとくん……。

 私の、結織ゆおりは、君の……。

 そう言う、とこがっ……」



 俺の首に手を回し、体を浮かせ。

 友花里ゆかりは、俺の唇に、キスをした。

 触ることも、かなわないまま。



「……あははっ。

 結織ゆおりに、謝んなきゃ……。

 私……ドッペル、失格だ……。

 君のこと、頂いちゃった……。

 主より先、に……。

 本当ホント……強欲、だぁ……。

 生まれる前から、君を……。

 愛してたなんて、さ……」

友花里ゆかりぃっ……」


  

 叫ぶ気力もく。

 俺は、ただ、彼女を見詰めた。



 友花里ゆかりも、同じらしい。

 震える、か細い声で、俺に伝える。



さっきも……。

 言ったけど、さ……。

 他者への、ゼンシンクロは……。

 常人なら、耐えられない……。

 それを、君は、クリアした……。

 こんなの、ただの偉業だよ……。

 私は、結織ゆおりの影武者……。

 結織ゆおりが、自分を受け入れるまでの、つなぎ……。

 いつ消えてもおかしくない、曖昧な存在……。

 消えることで、救われる、報われる……。

 ……悲しい、ちっぽけな存在……。

 正直、微妙な心境だけど、さ……。

 ……君達の、ためなら……。

 私の、消滅で、君達の……。

 未来が確定、確約されるなら……。

 この命……少ししか、惜しく、ないよ……」



 目を閉じ、寝かし付けるような調子で。

 最期の言葉を、友花里ゆかりは紡ぐ。



「……あの子を、お願い……。

 結織ゆおりは……。

 本当ホントひどい子だけど……。

 嘘きで、サークラで……。

 ネガティブで、ミザントロープで……。

 ペシミストで、エゴイストで……。

 ヒスで、ヤンデレだけ、ど……。

 肝心な時に、いつも逃げちゃうけど……。 

 ……誰よりも君を、君達を想ってる……。

 本当ほんとうは、誰よりも優しい……。

 私の姉で、従姉妹いとこで、私自身で……。

 ……私の、自慢の、お母さん……。

 君なら、きっと……。

 結織ゆおりの、こと……」

「……友花里ゆかりっ!!」



 光の粒子となり、雨みたいに零れて、雪のように溶けて行く、友花里ゆかりの両手。

 つかもうとしたら、更に早く見失い。

 続いて両足から、徐々に無くなって行き。

 間もなくして、顔だけとなった。



「……ありがとう。

 ……メリー、クリスマス……。

 ……『未希、永』ぉ……」


 

 呼び捨てまで、フライングして。 

 クリスマスさえ、横取りして。



 ついには、顔すら見えなくなって。

 やがて、線香花火みたいな、か細い炎と共に、破裂音が聞こえ。



 夢の世界の、崩壊と共に。

 友花里ゆかりは、完全に消滅した。




 

『ごめん』



 目覚めたあと

 俺の元に、結織ゆおりから届いていた、たった一言のRAINレイン



 きっと今頃、色々と悟っている。

 そこには幾つもの含意が集約されていると、瞬時に察し。

 俺も、『ごめん』と送った。



 次に俺達は、依咲いさきの家にる、VRルームへと来ていた。



 友花里ゆかりからのデータと、それを使用出来るかの確認。

 そして、彼女の墓を建てるためだ。



「……随分ずいぶん、気に入ってたんだな。

 確かに、君と結織ゆおりは似てたからな。

 そんで、特に吹っ掛けられたりもせず、恋敵とかでもなく、きこり◯泉方式で、好かれる部分だけ抽出された結織ゆおりが現れたら。

 そりゃ、まぁ……愛着も湧くか」

「……そうじゃなくても。

 せめて供養だけでもしたくなりますよ。

 あんなムーブ見せられたら」

「……そうだな。

 悪い。失言だった」

「いえ。

 ……本当ほんとうに、なんなんですかね。

 そりゃ、確かに、分かり易くクリスマス枠みたいな属性でしたけど……。

 ……マジになくなることいじゃないですか」

「……まったくだな。

 ところで、『クリスマス枠』っての。

 あとで、ご教授願うよ」

「……激重怪文書でも、可ですか?」

「……聞かせてくれよ。

 是非とも、沢山たくさん

 こういう時くらい、兄貴らしいこと、させてくれ」



 頭に手を置くと、妹はうなず位いた。



 そのまま座り、合掌する依咲いさき

 俺も、それに倣う。



 しばらくしたら、依咲いさきが静寂を破った。



「……カイせん

「……ああ」



 いつもの呼び方で、いつもより低めのテンションで、俺を呼ぶ依咲いさき

 俺も、それに応える。



「……あいつを、ケチョンケチョンにしてやりましょう。

 あいつの予想なんか、全部、っ壊してやりましょう。

 友花里ゆかりが、少しでも浮かばれるように」

「……任せろ」



 依咲いさきに誓うように、彼女の頭を撫でた。

 依咲いさきは無言で、しばらく、俺の胸で泣いた。

 


 それから依咲いさきは、青いカーネーションのVRを出す機械を置いた。

 彼女の名付けた、最終作戦を、成功させる決意表明として。





 時は満ちた。

 機は熟した。

 アラーム、アラート、ゴングは鳴った。


 

 今日こそが、待ちに待っていた、伸ばしに伸ばしていた、悲願成就の日。



「すぅ……。

 ……すぅ……」



 添い寝してる妹の頭を撫で、着替えを済ませ、髪を整え顔を洗い、スマホと財布、鞄を携え。

 その寝顔を、最後に見る。



「……行って来るよ。

 いや……来るよ。

 安心して、待っててくれ」



 そう言い残し、俺は部屋を出た。



「行くぜ、友花里ゆかり

 俺に、力を貸してくれ。

 お前のご主人様を、攻略するために」



 バッグを開け、クリスマスに旅立った戦友に告げ。

 俺は一人、家を去った。



 さぁ……作戦開始だ。

 発令コードは、友花里ゆかりが名付けてくれた、『リンカネーション』のアナグラム。

 


「始めようぜ、結織ゆおり

 俺達の千秋楽、ラグナロク。

 ……『レイン・カーネーション』を」

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