〈4〉想い人(ファイナリスト)は敵前逃亡(くものうえ)

 思い返してみれば。

 それらしい空気は、薄々と感じていた。



 例えば数日、欠席していたり。

 それについて先生に尋ねても、一向に口を割ってもらえなかったり。



 けど、見て見ぬ振りに徹していた。

 今の俺は、『冬休みをどう利用するか』、それしか頭にかった。



「ねぇ、聞いた?

 あの話」

「聞いた、聞いた。

 やっぱ、すごいよね、あの子。

 まだ2年生なのに、選ばれるなんて」

「でも2ヶ月半、約3ヶ月でしょ?

 それってさ……」

「うん。

 だよね……」



 終業式の当日。

 なにやら不穏な空気が流れる中、こちらをチラチラと盗み見るクラスメートたち

 流石さすがに気が散り出したので、聞いてみることにした。



 その時点で、なんで見抜けなかったんだろう。

 彼女は、結織ゆおりグループの一派だと。



「俺が、どうかしたか?」

「いや……。

 新甲斐あらがいくん、『3月までに、3人の誰かに告白する』って話だったんでしょ?」

結織ゆおりから聞いたのか。

 そうだが。

 それが、なにか?」

「『何か?』、って。

 ……もしかして、話してなかったの?」

「誰が、なにを?」



 やや苛々しつつ、答えを求める。

 彼女は、気不味きまずそうな面持ちで、目線を逸した。

 その先にった、未だに空席のままの、結織ゆおりの机。



 めずらしいな。

 じきにチャイムが鳴るというのに、まだ結織ゆおりが来てないなんて。



「お、おい、新甲斐あらがいっ!!

 やべーぞ!!」


 

 血相を変え、駆け寄る七忍ななしの

 ただならぬ物々しい空気に、俺の思考と精神に、暗雲が立ち込める。

 次に七忍ななしのが放った言葉を消化するのに、時間を要してしまった。



結織ゆおりが……。

 ……海外、留学……?」



 優しくて、美人で、可愛かわいらしくて、親しみやすくて。

 そんな彼女を、ずっと、雲の上の人だと認識していた。



 だからといって、思わなかった。

 まさか本当に、飛行機に乗って、精神的のみならず、物理的にまで雲の上に行くだなんて。

 それも、決戦を前に、2ヶ月半も先に。



 ようやく方向性が定まりつつあった、俺達の関係図。

 この日、それを台無しにしたのは、他でもない。

 俺が射止めんと欲していたファイナリスト、母神家もがみや 結織ゆおりその人だった。



 これから本格化しようとしていた矢先の、ヒロイン不在、敵前逃亡、自己防衛、日本脱出、裏切り行為。

 果たして俺は、この最大のピンチを乗り越え、彼女の恋人になれるのか。

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