〈3〉ノロい呪い、いつかは祝い

「謝ります。

 謝る気がいのを、誤る気しかないのを、謝ります」



 多矢汐たやしお家の自宅に備えられた、小規模なVRスペース。

 その中で待っていた依咲いさきは、俺が来て早々、開口一番に、そうげ。

 のっけから、俺を押し倒して来た。



 蒸気した頬。

 こぼれる吐息。

 潤んだ眼差し。

 戦車級の戦力を誇る上半身。



 極めつけに。

 これまで二人で取って来た数々の写真のポップ。



 仕込んでるとは思っていた。

 じゃなきゃ指定してまで、こんな所に招くはずいと。



「……なんで……。

 なんで、抵抗しないんですか……。

 なんで、サキじゃ駄目ダメなんですか……。

 理由なんて、役職なんて、形なんて、どうでもいじゃないですか……。

 サキは、カイせんが……未希永みきとが好きです。

 サキは、メグ先輩みたいに、都合く潔く割り切ったり、絆されたりしません。

 サキは、あの女みたいに、誤魔化ごまかしも騙しも隠れもしません。

 サキは、相手が誰だろうと、遠慮も油断もしません。

 サキは……。

 サキ、はぁっ……!!」

依咲いさき……。

 ……俺は……。

 ……俺は、ゆ」



 依咲いさきが、口封じをして来た。

 自分の唇を、もってして。



「サキは、あなたを、愛してます。

 サキは、あなたを、愛し続けてみせます。

 サキは、あなたからも、未来からも、現実からも、決して逃げません。

 なのに……なんで、サキじゃ、駄目ダメなんですか?

 サキの、なにが、不満なんですか?

 言ってくれれば、サキは直します。

 未希永みきとためなら、サキは、なんだってします。

 世界だって、変えてみせます。

 いくらだって重課金、お布施、忖度します。

 それでも……不足ですか?」

 


 伝わった。

 多矢汐たやしお 依咲いさきは、本気なのだと。

 本気で俺を、陥落しようとしているのだと。



「……ははっ」



 無意識に、俺は笑っていた。



 依咲いさきは、面食らった。

 ここで憤怒しない辺り、本当にい子だ。

 なんて言ったら、「また子供扱いして」って拗ねられるだろうから、伏せとくけど。



「……昔みたいだな。

 君と出会ったばかりの頃みたいだ」

「……なんことですか?」



 さらに、可笑おかしくなってしまった。

 まさか、本当に忘れているとは。

 もしやとは思っていたけども。



「俺達さ。

 会ってるんだよ。

 まだ依咲いさきが、『眠れる氷の美少女』だった頃に」

「……でしたっけ?」

「そうだよ。

 んで、ひっでー言葉で誘われて、こっ酷くフラれたの。

 そしたら数分後、バイト探し中に再会して、今度はなんか気に入られて。

 家に案内されて、一緒に働くようになって、世界に喧嘩売って、同居し始めて。

 んで今、依咲いさきに押し倒されてるわけだ。

 改めて考えてみるとハイ・ペース、意味不明ぎて、笑えて来ちまってさ」

「ま、まぁ……。

 分からなくはないです、けど……」

「それでいて、こう、じゃれ合ってるだけってーか。

 色めきだった感じには絶対ぜったいにならないから、さら巫山戯ふざけてるよな」

「ぐっ……。

 それも、まぁ……。

 悔しいけど、分かります……」

「だろ?

 多分、それが原因だよ。

 きっと、『依咲いさきじゃ駄目ダメ』なんじゃない。

 俺が、『あいつじゃなきゃ駄目ダメ』なんだよ。

 きっと、向こうも」



 跨がっている依咲いさきに向けて、俺は続ける。



自惚うぬぼれかもしれんけど。

 あれから依咲いさきにも、理解者が、抱き枕が、生き甲斐が増えたけど。

 それでも、依咲いさきは。

 俺がないと、生きては行けないか?」

「愚問です。

 カイせんき世界など、なんの価値も未練もりません」

「そっか。

 ありがとな。

 ……俺もさ。

 正直、うれしんだよ。

 依咲いさきみたいな可愛かわいい、家庭的な子にそんなふうに言って思ってもらえてさ。

 けど、悲しいかな。

 それは、別に『恋人』である必要まではい。

 今の、付かず離れずのポジションでも、特に問題はい。

 妹と兄、先輩と後輩、ソフレと抱き枕、バイトと部活の仲間。

 それでも、なんら不都合はい。

 けど……あいつは、違うんだよ。

 俺が、『恋人』として、『ペット』としてそばなきゃ。

 あいつは、きっと、消えちまう。

 俺の前からも。

 最悪、この世界からも。

 それほどに深いんだよ、あいつは。

 欲も、闇も、業も、奥も、味わいも、執念も、用心も」

「だから、サキを、捨てるんですか……?

 今のままでも、平気だから……?」

「『捨てる』なんて言うなよ。

 大体、そんなわけいだろ。

 お前がなきゃ、内の料理は壊滅するんだぜ?」

「だったら、あの女にでも住み込んでもらえばいじゃないですか」

「斜めんなって。

 前にも、本人の眼前で言ったろ?

 俺は、依咲いさきの料理のが好きだ」

「あの女のお手製ではなく。

 サキの手料理こそが、カイせんの生き甲斐だと?」

「いんや。

 それどころか、『新甲斐あらがい家』の、生き甲斐だ。

 その点に関しては、依咲いさきに軍配が上がってるんだよ。

 トータルはさておきな」

「サキの方が、バーストですけどね」

「そこはまぁ……センシティブだから、ノー・コメントで」

「勝った。

 無様ですねぇ、あのモンペなサバ読み新妻気取りコスプレJK」

「止めとけって」

「あんな束縛しいの、どこがいんだか。

 シンケ◯の最終回ばりに『縛』って来るじゃないですか。

 流石さすが、糸専門。

 名前に2本も『糸』を冠しているだけありますね」

「それに合わせて、『友』を外して『結ぶ』にしたらしいからな。

 てか、あんま言ってやんなよ?

 どこで聞かれてるか、分かったもんじゃないからな?」

「別に、なんだっていです。

 あの女に、カイせん絡みで、白星が増えた。

 それだけで、もういです。

 本当ほんとうは、まだ言い足りないですけど。

 仕方しかたいので……満足してあげます」

「……依咲いさき……」



 俺から降り、依咲いさきは横に寝転がり。

 最初にラジオに挑戦した日に撮った、笑顔の写真に、手を伸ばす。



「……感謝しなさいませ。

 サキは、あなたの生き甲斐で、かった。

 あなたが生き甲斐で。

 サキは、本当ほんとうに良かった」

「……あ……」



 それは、いつぞや、俺が彼女に捧げた言葉。

 あの時の誓いを、依咲いさきは果たしてくれた。



「ねぇ、カイせん

 サキは……あなたの『最推さいおし』に、なれましたか?

 恋人には、理想には、心には入り込めずとも。

 最愛にまでは、届かずとも。

 手や声が届く所には、位置付けられましたか?

 助手席は無理でも、後部座席。

 それが無理なら、トランクやボンネット、なんなら車上でも構いません。

 あなたの近くに、これからも居座っても。

 永住しても、構いませんか?」

「お前……。

 まさか、それで……」

「……カイせんの、おたんこなす。

 サキだって、ノリばっかで生きてるわけじゃないです。

 ちゃんと考えた上で、言ったんですよ。

 だって……他に、思い付かなかったんですよ。

 これでも必死こいて、枯渇しそうになりながら、引き出し家探やさがしして、掘り起こしたんですよ。

 なのに、カイせんと来たら、『そこまで考えてない』だの、『取って付けた、出落ち感』だのと」

「わ、悪かった……。

 それに関しては、素直に謝るよ……。

 七忍ななしのにしか言った覚えがい気がするけど」


  

 ……チクりやがったな、あんにゃろめ。

 あとで、ボコる。



 ……いや、言ってたな。

 すまん、七忍ななしの



「遅いですよ。

 でも、まぁ……特別に、許してあげます。

 カイせんだけ、特別に。

 誇りに思いなさいませ」

「わ、分かったよ……。

 あと、これからも、よろしく頼むよ。

 なんとか配慮してもらえるよう、俺からも掛け合ってみるからさ」

「畏まりです」



 右手で、俺の手を握りつつ。

 依咲いさきは、開いた左手を、宙に翳す。



 それに呼応し、タオット・カードが3枚、引き寄せられ。

 俺の前で、オープンされた。



「主語しか言えなくなる呪い」

「『゛』が言えなくなる呪い」

「『゜』が言えなくなる呪い」



 ……これはまた、よー分からん展開だ。

 てか、効果、微妙じゃね?



「ちっ、ちっ、ちっ。

 甘いですね、カイせん

 このトリガー、トラップは、合わさると強力ですよ」

「『トラップ』ってんじゃねーか。

 てか、どこがだよ?

 精々せいぜい、ちょっとしゃべづらいだけだろ」

たとえば寒い日に厚着したい時に、『上着』を『浮気』としか言えなくなったり。

 あるいは、どぅぉーしてもスイーツの口の時に、『プリン』を『不倫』としか言えなくなったり」

「家庭崩壊並みの即死ダメージじゃねーか!!

 めたげてよぉ、縁起でもねぇ!!」



 なんつー恐ろしいこと、企ててんだよっ!!

 こんな時に、こんなとこで、頭のさとゲーム力と占いスキル発揮しなくてもいだろがっ!!

 なまじ、お前の予言は的中するんだから、マシマシでおっかねぇよ!!



「安心してください。

 このトラップが発動するトリガーは、『カイせんが本気でグラついた時』。

 つまり、これは、単なるサキの気休め。

 いつになるかはおろか、本当ほんとうに発動するかも分からない。

 いつかは、『祝い』に進化するかもしれない。

 そんな……ただの、『ノロい呪い』です」

「……依咲いさき……」



 器用なのか、不器用なのか。

 計算なのか、無計画なのか。

 本気なのか、意地悪なのか。


 

 相変わらず、読み取れないことばっかで。

 こっちは、振り回される一方で。

 本当に、どこまでも、一方通行で。



 でも。

 それでいて、飛び切りにエモい。

 俺の自慢の、後輩にして、妹にして、ソフレ。



「サキは、信じてますから。

 サキを手放してまで掴んだ恋を。

 彼女募集厨のカイせんが、あきらめるわけいって」

「……ああ。

 その通りだ」


 

 つないだ手を、強くにぎり。

 俺は、改めて誓う。



「確約するよ。

 俺は、絶対ぜったいあきらめない。

 自分の恋路も、依咲いさきたちとの道も。

 全部、全部、つかんで、守る。

 それで、許してくれるか?」

「……分かったです。

 但し、隙らばいつでも潜り込む、抱き込んでやるです。

 こちとら一生、ソフレでは居続けてやる所存です。

 だから……観念、堪忍して、邁進しなさいませ」

「……ありがとな、依咲いさき



 頭を撫でると、依咲いさきは胸に飛び込んで来た。



 今回だけと、固く決意し。

 俺は、しばら依咲いさきを抱き締めていた。

 そうすることで今夜、少しでも穏やかに、熟睡出来できるように。

 それが、依咲いさきのソフレ、兄である、俺の役目だから。



「ところで。

 どっちも、『兄』って入ってるですます。

 もしや、初めから計算づくで」

「安心しろ。

 この作者は、そこまで計画的じゃない」



 かくして、仲間は揃った。



 ここから、始めよう。

 俺達『ニアカノ同盟』の、最後かもしれない部活動を。

 彼女を、俺の恋人にするための、ラスボス戦を。



 ーーなーんて。

 そう温くは、いかんよな。

 やっぱり、はっきり決意表明しとかんと。



「……依咲いさき

なんでやんすか?」



 腕枕をしつつ、頭を撫でられ。

 丸めた体を傾け、俺を見詰め。

 そんな、どっからどう見ても事後な態勢で。

 俺は今更、最低な発言をする。



「……俺は、結織ゆおりが好きだ。

 だから……お前とは、付き合えない」



 例えるならば、天から地獄。

 新築の家の床が、入居して数時間で底抜けるような。

 それほどまでの、残忍な仕打ち。

 


 けど。

 必要な、過程だ。



なん、で……?

 ……なんで、言うの……?

 なんで……なんで、その悪名を……!!

 恨み深き悪魔の、悪名あくみょうを出すのっ!!

 さっき、意図的に私が止めたのにっ!!

 弾頭だって、分かり切ってるのにっ!!

 絶対ぜったいこうなるって、目に見えてるのにっ!!

 なんで……なんでぇっ!!」



 再び、俺にのしかかり、首を掴みに掛かる依咲いさき

 彼女が、緩い敬語と、『サキ』という一人称を捨てる所に、初めて立ち会った。

 


 ちょっと、残念だな。

 割と、好きだったんだけどな。

 もしかしたら、もう聞けなくなるかもしれないな。



「そんなの……そんなの、決まってんだろっ!!

 お前を、『今』の女になんか、したかねぇからだよっ!!」



 ほら、みた事か。

 俺まで、釣られちまったじゃねぇかよ。



 あーあ。

 本当ホント、子供しかねぇのな。

 よく今まで回ってたよ、この同盟。

 っても、内部崩壊スレスレの場面、散見されるけどな。



「そんなの、未希永みきとの都合じゃん!!

 私には、関係いじゃん!!」

「いーや、るねっ!!

 さもなきゃ、俺がモヤモヤすんだよっ、所為せいでっ!!

 そんな状態で、本戦になんか臨めっかよっ!!

 相手、誰だと思ってんだよっ!!

 次から次へと手の内、胸の内を見透かしやがる、策士だぞ!?

 穏便に済ませてると思いきや、急に吹きすさぶ、嵐の魔女だぞ!?

 速攻で看破されて、終わりだろうがっ!!」

「じゃあ、なにっ!?

 結織ゆおりに万全に挑むために、私を完全にフるんだ!?

 そんなの……そんなのって、いよぉっ!!」

「じゃあ、お前は、このままでいってのかよっ!?

 フラれたのかフッたのかも分からないまま!!

 恋心なのか射幸心なのか、尊敬なのか友情なのか、本気なのか家族愛なのか不明なまま!!

 水面下がドス黒いまま、ひそかに全力でバタ足したまま、白鳥みたいに涼しい顔して、俺とよろしくしようってのかよっ!?

 そっちのが余程よほどひでぇだろうがっ!!

 そんな、結織ゆおりみたいな真似マネ、しようとしてんじゃねぇよっ!!

 ただでさえ、『義妹』じゃなく『偽妹』なんて騙りやがってるくせに!!

 いつ切っても、切られてもい二つ名で、活動して来たくせに!!

 それだけに飽き足らず、この期に及んでさらに、詐欺みたいなこと、しようってのかよっ!!」

「……関係いじゃん……!!

 どうでもいじゃん、そんなのっ!!

 どうしようが振る舞おうが、私の勝手でしょぉ!?」

「ああ、そうだとも!!

 全部、お前の勝手だよ、好きにしろよっ!!

 今この場でお前をディスるのも、俺の勝手だがなぁ!!」

「……自分だって、ファジーにしたくせにっ!!

 どうせ、恵夢めぐむとだって、曖昧に片付けて来たくせにぃっ!!」



 やっぱ、そこを引き合いに出して来たか。

 まぁ、そうなると思ってたよ。


 

 お前と結織ゆおりは、似た者同士。

 お前が結織ゆおりを目の敵、目の上のたんこぶ扱いするのは、言わば同族嫌悪。



 今のお前なら、このタイミングなら、俺の性格なら。

 こうなるのは、分かり切ってたよ。

 現時点で最新の、まだ消えていない痛み、弱みを突いて来るってな。



「ああ、そうだよっ!!

 あれこれ言い訳並べ立てて手をこまねいてる内に、気ぃ遣われてフラれたよっ!!

 そのくせ、正体隠されたまま、諭されたよっ!!

 あまつさえ、全部ポシャった時のための、キープにしたよっ!!

 っても、おじゃんにするもりもぇけどなぁ!!」

「なっ……!?」



 ここまでは、計算外だったに違いない。

 わずかにたじろいだ依咲いさきの両腕を掴み、俺は訴える。



「俺は、そこまでの男なんだよっ!!

 そこまでされなきゃ、真面まともに先に進めもしない、恋の乞食こじき駄目ダメ人間なんだよっ!!

 お前のことだって、出来できことなら、あのまま荒立てずに済ませたかったよっ!!

 その方が、丸く収まるに決まってるからな!!

 でも、今度ばかりは、そうはいかないっ!!

 俺は、恵夢めぐむに、誓ったんだよっ!!

 全力で、本音で、ぶち当たるってなぁ!!

 大体、もう懲り懲り、うんざりなんだよ、そういう手緩てぬるいのはよぉ!!

 この一年、お前にどんだけ、肩透かしされたと思ってんだよぉっ!!」

「そんなの……そんなの、上手くいきっこない!!

 遅かれ早かれ、瓦解するに決まってんじゃん!!」

「しなかっただろ!?

 今までもっ!!

 お前が、恵夢めぐむ結織ゆおりと直接的に関わるまでもっ!!

 密接にバトるようになった、この一年もっ!!

 限り限りギリギリながらも、なんとかなってたろっ!?」

「それは、まだ本格化してなかったからっ!!

 恋人になるまでの、猶予がったからじゃん!!」

「んなもん、ろうがかろうが、変わんねぇよぉっ!!

 俺は、お前を求め続けるっ!!

 お前も、俺を強請ねだり続けるっ!!

 どうっても、未来は同じだろっ!!」

「じゃあ、なんで、そうしなかったんだよっ!!

 だったら、変えなくて良かったじゃん!!

 有耶無耶のまま、ハッキリさせなくてかった!!

 現状維持のままで、問題かった!!」

「どこが『問題い』んだよ、えぇっ!?

 言ってみろよ、この分からず屋っ!!

 どう考えても、問題しかぇだろうがっ、間違いだらけだろうがっ!!

 お前はなぁ、依咲いさき!!

 そんな、雑に、軽く、適当に、穏便に、不憫に、緩く纏めてポイしてい女じゃねんだよ、ドアホっ!!

 お前が、どんだけ俺に執着してるのかなんて知らねぇよ、けどなぁ!!

 それと同じ、あるいはそれ以上にっ!!

 俺だって、お前を必要としてんだよっ!!

 そこまでドデカイ存在になってる、お前をっ!!

 こんな、ついでみたいな形で、やり方で、文量で!!

 RTA感覚でファストに終わらせるなんざ、真っ平御免なんだよっ!!

 たとえ、その所為せいでお前に、クリティカル与えようともなぁっ!!」

「〜っ!!

 未希永みきとのっ……!!

 未希永みきとの、朴念仁ぼくねんじんぅっ!!」



 涙を流しながら、手を振りかぶる依咲いさき

 そのまま叫び、しばらく溜めて。



 ペチッと。

 依咲いさきは、俺の頬を叩いた。



「……なんで?

 なんで、目ぇ閉じないの?

 なんで、怖がらないの?」

「怖ぇに決まってんだろ。

 マジ、ガクブルだっての。

 でも、覚えとけ。

 男にはなぁ、依咲いさき

 一生に何度か、手前てめえのド根性、見せなきゃならん時がんだよ。

 俺にとっては、『今』が該当してた。

 ただ、それだけだ。

 そんな大事な場面で、目なんか瞑れるかよ。

 お前のが余程よほど、辛ぇ現実、見せ付けられてるってのによ」

「……バッカみたい。

 超絶古過ぎ。

 いつまでも固定観念に囚われてて、あー恥ずかしいったらありゃしない」

「嫌いじゃねんだろ?」

自惚うぬぼれんな。

 かろうじて、まだ構われてるだけの分際で」



 もう一発、依咲いさきが噛まして来た。

 勿論もちろん、弱々しく。



「……気が変わった。

 あんたなんか、嫌いだ。

 大っっっっっ嫌いだ。

 こんな時だけ、子供扱いサボりやがって。

 一人前の女扱いしやがって。

 だから、呪ってやる。

 さっきみたいな優等生、い子ったジョークなんかじゃない。

 今度こそ、本当に、呪ってやる。

 呪って、呪って、呪い尽くして。

 間接的に、破局、不幸にさせようとして。

 お札も、藁人形も、釘も、タオット・カードも無駄にしまくって。

 束縛なんざ凌駕する、無効化するくらいに、呪縛掛けまくって。

 その果てに万が一、まかり間違って、それに飽きたら。

 そんな千載一遇のチャンスが、不運にも巡って来たら。

 そしたら……その時だけは渋々、特別に。

 あんたを、『祝』ってやる」

「……依咲いさき

「……スマホ」

「え」

「スマホ、貸して。

 いから、早く」



 言われた通り、ポケットから出し、スマホを渡す。

 従ったのに、何故なぜか頭を叩かれた。

 え、なんで?



「こんな簡単に、自分のスマホ手渡すな。

 無警戒にもほどる」

なんで、お前に警戒するんだよ?

 必要無いだろ? 今更。

 一緒に住んでるんだし」

「そうじゃない。

 ……もうい」



 く分からないまま、俺のスマホを弄る依咲いさき

 と思いきや、耳に当て。



『もしもし?

 どうかした? 未希永みきとくん』

「ゆっ……!?」



 まさかの参戦者に、驚きを隠せない。

 そんな俺の口を手で覆い、余っていた手で「しーっ……」とする依咲いさき

  


 あ、あれ?

 こんなこと、前にもったよーな……?

 けど、あの時とは、構図が逆なよーな……?



「残念だけど。

 あんたのお宝、私が頂いたから。

 あんたみたいな卑怯者、盗人。

 まだ、認めてなんかないから。

 この、割れ厨女、面倒メンドイン・ヒロイン」

『え?

 い、依咲いさきちゃん?

 どういうこと?』

「あっ……。

 だ、駄目ダメ、そんな……。

 駄目ダメだよ、未希永みきと……。

 いくら、私が可愛かわいい、美味おいしい、愛してるからって、そんな……。

 強引に、私を食べなくても……」

『ちょっ……!?

 ちょっと、依咲いさきちゃんっ!!

 私の未希永みきとくんに、何してるのっ!?』

「残念だったなぁ!!

 お前の未希永みきとは、今、私のっ!!

 私だけの物に、なっちゃったよぉ!!」

『こんんんんんのっ……!!

 ……偽妹ぎまい風情ふぜいがぁぁぁぁぁっ!!』



 結織ゆおりに過去一、叫ばせたまま、通話を切り。

 そのまま、電源を落とし。

 俺には返さず、自分のポケットに封印する依咲いさき



「ふーっ。

 スッキリしたぁ」



 腫れ物が落ちたように、チャージル・サイフォド◯の発動後かのごとく、満足気に笑う依咲いさき

 


 あー、うん、ですよね、やっぱりね。

 二人の仲が完全にこじれたの、その辺りからだったもんね。

 あれだけじゃ、アフター・ケア足りなかったかぁ。



「分かった。

 認めるよ、あんたのこと

 あいつと結ばれようが、フラれようが、関係い。

 一生、あんたに付き纏ってやる。

 あんたの心に、家に、脳内に、隣に、過去に、永住してやる。

 意地でも、スタンバってやる。

 その証として」



 ツンツンと、依咲いさきが自分の唇を突く。

 そういうことか、と俺が目を瞑ると、膝を蹴られた。

 


「バーカ。

 そっちから、するの。

 私の唇に、キスを」

「な、なんで……?」

「最後くらい、マウント取りたいじゃん。

 それくらいには、思い出しいじゃん」

「……そんなもん?」

「そんなもん。

 いから、あくしろよ。

 どーせ恵夢めぐむにも、向こうからされたんでしょ?

 あの野獣女にだって、先制されるに決まってる。

 こんなチャンス、二度といかもよ?」

なんで、そこまで決め付けますかねぇ」

「ヘタレだから。

 事実だから」



 ケロッとした調子で返し、俺とセットで後ろに倒れ。

 依咲いさきは、本気の顔をした。



「これは、私達だけの秘めごと

 恵夢めぐむも、あの女も関知しない。

 二人だけの、内緒の記憶」

「……依咲いさき

本当ほんとうに、最後にするから……。

 もう、そんなに我儘、言わないから……。

 だから、今だけ。

 私にだけ、余さず、頂戴ちょうだいよ。

 ねぇ……未希永みきとぉ……!!」


 

 満面、朱を注ぎ、懇願する依咲いさき

 俺は、言われた通りにした。



 これもまた、彼女に言われた通りだろう。

 一世一代、最初で最後の、こっちからのキスを。



「……馬鹿バカ言うなよ、依咲いさき



 抱き締めながら、俺も懇願する。



「お前は、ズルパワフルなんだろ?

 ダメカワこそが、多矢汐たやしお 依咲いさきの真骨頂だろ?

 だったら、遠慮すんな。

 折れんな、倒れんな。

 無駄撃ちになんかならんから、どんどん我儘、言えよ。

 絶やさずに沢山たくさん、好きの矢印、向けて来いよ。

 俺も、なるべくは応えるから。

 公序良俗に則った範囲内でな」

「……知らないよ?

 本当ホントに、占領するよ?

 こちとら、『希永の』。

 合わせて、『妹』だよ?

 ソフレだって、キスくらい、するよ?

 それでいて、あんたからばっかだよ?」

「それで気が済むなら、好きにしてくれよ。

 なんだかんだ義理堅いお前なら、もう唇になんて、しないだろ。

 2年も同居してなにかった俺達なら、それ以上のこと出来できないだろ。

 どーせ」

「……シスコン」

うるせー、ブラコン」


 

 互いに罵り、笑い合い、抱き締め合い。

 いつもみたいに、添い寝して。



 朝になったら、依咲いさきはいつも通りになっていた。

 彼女なりのケジメらしい。

 


 俺は、特に触れたりせず。

 代わりに、スマホだけ返却してもらい。

 彼女の用意してくれた、最高の料理を馳走になるのだった。



 これで、今度こそ、依咲いさきの件は解決。

 あとは、結織ゆおりだけだ。



 って、思ってたんだけどな。

 流石さすがの俺も、計算外だったよ。



 これでも、なんだかんだ、疑わなかったんだけどな。

 お前は、そこまでする相手ではないって。

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