〈Ⅶ〉謳歌嵐満で日日是好充日

〈1〉ハキダメ人間、アワバレ咲き

 まるで、あれだな。

 結織ゆおりと初めて出会った、入学式直前の教室みたいだな。

 そう思いながら、俺は告げる。



「思った通り。

 やっぱり、ここだったか。

 さかしくて、嘘きで、秘密主義者。

 気遣い屋で、遠慮しがちで、平和、博愛主義者。

 そんな君なら、ほぼ間違いく、ここに来ると確信してたよ。

 どうせ、『今日が終わるまで別の町に行って、ホテルででもやり過ごしてかったことみたいにして、明日からは今まで通り、普通に振る舞おう』とか。

 察するに、そういう所だろう?

 キャリー・バッグもく、旅行っぽくない、最低限の軽装の時点で、日帰りレベルだと看破出来できる。

 如何いかにも、君の考えそうな手だな、結織ゆおり

 正直、い線は突いてたと思うよ。

 残念だったのは、勘定に入れ忘れたことだ。

 俺との波長と、俺の執念深さを」



 結織ゆおりが使おうとした裏技。

 それは、「エリアから離れ、逃げおおす」という離れ業。



 蓋を開けてみれば、どこも不思議じゃない。

 俺達はなにも、「時間」はさておき、「場所」までは指定していなかった。

 だから、「公共機関を使って移動」するのは、決してズルではない。

 といっても、違反スレスレだし、やられて面白い気分ではないが。


  

 惜しむらくは、それすらも俺は先読みしていたこと

 こと発端ほったんである『ニアカノ同盟』、及びグループRAINレインの発足。

 その時点で、あれでも最年長でエリートな恵夢めぐむを差し置いて、自分が仕切り。

 影でコソコソと画策し、俺を出し抜こうとした結織ゆおり

 きっと今回も、俺を欺き通すもりだったのだろう。


  

 だが、残念ながら。

 今度ばかりは、そうはさせない。



 俺は今、ここに1人で立っているんじゃない。

 恵夢めぐむに、依咲いさき

 ついでに、七忍ななしの

 そして、友花里ゆかり

 みんなの想いを背負って、ここにる。


 

 俺にフラれても、ぞんざいに無茶振りされても、協力してくれた、優しい、大切な仲間。

 やっと正しく仲良くなれ始めたのに、あっという間に、その命を散らした、大切な戦友。

 彼女たちの気持ちを、無下むげには出来できない。



「……なんで……。

 なん未希永みきとくんが、ここにるの?」

  


 苦し紛れなのを自覚した上で、腕を抑え、声を震わせ、うつむきながら、彼女は尋ねる。



「今日、なんの日か、忘れてないよね?

 先輩の、卒業式だよ?

 中学時代から5年間も、君が絶えず憧れて止まない、恵夢めぐむ先輩の。

 恋ではないけど、『君を好き』だと真正面から言ってくれた。

 君を求めてくれた、恵夢めぐむ先輩の。

 最後の、晴れの、舞台なんだよ?

 私達『ニアカノ同盟』にとっても、最終日なんだよ?

 なのに……そんな大事なセレモニーそっちのけで、なにしてるの?

 君は、こんな大切な時にサボるような。

 主賓ほっぽって、他の女の所にホイホイ行くような。

 そんな不義理、軽薄な人じゃないでしょ?」

生憎あいにくだったな。

 もしもの時に備え、卒業式なら、もう済ませてある。

 君の代理で友花里ゆかりを招いて、5人だけでな。

 無論むろん卒業式きょうも出席するもりだ。

 そのために、早寝したし。

 てか、それを言ったら、君もだろ。

 君はさっき、自分で言った。

 俺達『ニアカノ同盟』の、最後の日だと。

 君だって、俺達の、恵夢めぐむの仲間だろ。

 なのに、こんな所で、なにしてるんだよ」

「ふーん。

 もう、呼び捨てにしてるんだ。

 その分だと、もう心配、私の出番はさそうだね。

 にしても、先輩だったかぁ。

 私は、てっきり依咲いさきちゃんだと睨んでたんだけどなぁ」

「そういう話をしてんじゃねんだよ、結織ゆおり



 得意の作り笑いで、脱線させんとする結織ゆおり

 わざと口調を戻し、彼女の腕をつかみ、壁ドンをお見舞いし、俺は訴える。



「悪いがな、結織ゆおり

 こっちも、終わらせに来てんだ。

 今度こそは、年貢の納め時だ。

 逃げ延びようったって、そうはいかねぇ。

 互いに無傷でなんて、帰してなるものか。

 今日まで俺達は、幾度とく、2人を苦しめて来た。

 無自覚にも、意図的にも。

 それに、お前の分身を……友花里ゆかりを、死なせた。

 そんな俺達が、のほほんと、間抜け面ぁ晒して、幸せだけ享受したまま、ゴールしてい道理はぇ。

 俺達だって……それ相応に、背負わなきゃなんねんだよ。

 罪も、痛みも、悲しみも」

「違うじゃん……。

 そんなのって、いじゃん……」



 腕を振り払い、俺の体を軽く押し距離を取り。

 ここに来て、やっと顔を上げ、涙ながらに、結織ゆおりは叫ぶ。


 

「そうだよ!!

 私は、2人を引き込んだ、巻き込んだ、抱き込んだ!!

 恵夢めぐむ先輩も、依咲いさきちゃんも!!

 2人は、ずっとニアカノ希望だった!!

 恋にならなくても、片想いのままでも構わないと!!

 ただ、これからも君のそばられさえすれば、それでいと!!

 一緒に本読んだりゲームしたりアニメ観たり、振り回したり家事やったり悪戯いたずらしたり!!

 それで満足、充分だって!!

 なのに、私がそそのかしたんだよ!!

 2人を焚き付けて、君と引っ付けて!!

 自分を当て馬にすることで、片方と結ばせようとした!!

 そうすることで、君の恋愛対象から外れようとした!!

 君と、ずっと、『友達でいる』ために!!

 そのために、2人を!!   

 私自身さえ、友花里ゆかりとして利用したの!!

 本性が、本命がバレて、君に拒絶されるかもしれないリスクを、覚悟させてまで!!

 私は、そういう人間なんだよ!!

 君にあれだけの苦痛を与え、大切な仲間を、目の前で死なせた!!

 君みたいな、綺麗な人間と、釣り合うわけいじゃん!!」


  

 俺をベンチに倒し馬乗りになり、胸倉をつかみ。

 俺の顔に涙を零しながら、結織ゆおりは続ける。


 

「そもそも、私にはなにい!!

 君との、印象的な出会いも!!

 君との、エモい今も!!

 君に好いて、愛してもらえるだけの理由、保証も!!

 私から君に捧げられる物なんて、1つたりともい!!

 君を養うビジョンはっても、現実が伴うとは限らない!!

 未来なんて曖昧な要素だけで、君を繋ぎ止めて、引き止めてなんておけない!!

 そのくせ、こんな肝心な時に、告白たたかい参加みまもりすらせず、さきに、望んで退場、敗北する卑怯者、根性し!!

 大切な相棒を犠牲にしてまで、君に私を溶け込ませよう、刷り込ませようとした悪女!!

 あまつさえ、『2人にフラれたら、流石さすがに引き取ってあげよう』とか、そんな都合のことを切望してる悪魔!!

 私は、そんな最低な、忌むべき魔女なの!!

 私みたいなやつ、君とは出会うべきじゃなかった!!

 友花里ゆかりよりも、私の方が余程よほど!!

 1日でも、1秒でも早く、忘れられる、消し去られなきゃいけないんだよ!!

 この世界からも、君の記憶からも!!」

「ざっ……けんなぁぁぁぁぁっ!!」



 結織ゆおりを押し退け、攻守逆転させ。

 そのまま肩を掴み、俺は否定する。


 

「……わけぇだろ……!!

 ってたまるか、そんなことぉ!!

 マジで巫山戯ふざけろよ、このカメレオンナ、インチキン、頭脳派気取りの煩悩派がっ!!

 いっつも、いっつも、周りに合わせてばっかで!!

 笑ってばっかで、まれに薄気味悪くて!!

 ことる毎に、透明化して、色々と隠して、仕掛けて!!

 大人おとなしそうなりして、その実、断トツで肉食系で!!

 極めつけに、結構な頻度で、最悪なタイミングでばっかヘラヘラとヘラって爆弾投下しやがる気分屋!!

 自分のメンタル切り取って、彼氏候補と一体化させて、自分色に染めようとするエゴイスト!!

 こっちだって、そんな厄介者に、好きで焦がれてんじゃねんだよっ!!

 気付きづいたら、不覚にも、こうなっちまってたんだよっ!!」

「じゃあ、とっととあきらめてよ!!

 そこまで分かってるなら、きらってるなら、不満なら、もうっといてよっ!!

 とっとと、先輩か依咲いさきちゃんか、その辺の他の子と、適当にでも引っ掛けて!!

 私以外の誰かと、サクッとくっ付いてよっ!!

 ……私に、君を!!

 さっさと、あきらめさせてよぉ!!

 私は、友花里ゆかりを犠牲にしてまで、君を手篭めにしようとした!!

 そうまでしないと、君に本気になれなかったから!!

 そのくせ友花里ゆかりの今際のさいに、呑気に国外逃亡してた!!

 私は、そんな最低女なんだっ!!

 君だって、そう言ってたじゃん!!

 私は、君になんか、相応ふさわしくないっ!!

 君にフラれて、幻滅されて、叱られて、しかるべきなんだよぉ!!」

「お前がっ!!

 俺にフラれる、拒絶されるだけの理由を、他でも俺ですらない!!

 お前自身が作ってんじゃねぇよぉ!!」



 ぐ捉え、背けさせぬよう、懇願する。



「俺のことを、フッてもい!!

 お前に、好かれなくてもい!!

 それだけの言動、振る舞いをしてる自覚はる!!

 あるいは、それ以外の敗因、弱点だって!!

 なんだったら、ここで、木っ端微塵に引き裂いてくれ!!

 けどなぁ、結織ゆおりぃっ!!

 ふいに、袖にする理由が、『結織ゆおり』であってはならねぇ!!

 お前は、俺を惚れさせる、その気にさせるだけの上玉なんだよっ!!

 人気いとはいえ、冬に早朝から、駅のホームで、仲間の卒業式蹴りかけてまで、他の恋人候補を手放してまで、こんなこっ酷い告白してでも引き止め、射止めたくなるような、高嶺の花なんだよっ!!

 そんなお前が、自分から率先して敷居下げてんじゃねぇよ!!

 高嶺なら高嶺らしく、いつもみてぇに、何考えてるのか分かんねぇ顔して、微妙に期待させて匂わせて落胆させて楽しんで、俺を揶揄からかい通せよっ!!

 俺に『あきらめさせて』って頼んでるってことはっ!!

 俺に、ほんの少しは気がるってんだろ!?

 だったら、それを信じてくれよっ!!

 ちょっとネガるだけならまだしも、そこまで落ちぶれてんじゃねぇよっ!!

 そんなお前は、見たくねぇ!!

 それだけは、どうしても許容、納得出来できねぇ!!

 そうじゃなきゃ、友花里ゆかりは……!!

 お前の分身は、なんために、自分の命を断ったんだ!?」

「それは、君が勝手に抱いた偽物!!

 単なる幻想、二次創作に過ぎないよ!!」

「させたのは誰だよ!?

 それほどまでに俺を誘惑、夢中にさせたのも!

 そもそも、俺を3人に向き合わせたのも!

 俺に、友花里ゆかりを送り込んだのもっ!!

 全部、お前の仕業、仕込みだろうが!!」

「君の想像力、読解力が至らないだけだよ!!

 今からだって、遅くない!!

 2人なら、なんだかんだ、許してくれる!!

 君と、やり直してくれるっ!!

 私なんかと結ばれない方が、友花里ゆかりも浮かばれるに決まってる!!

 お願いだから、もっと考えてよ、未希永みきとくんっ!!」

「考えたさ!!

 この3ヶ月!!

 冬休み返上で、ノートも食事も睡眠も真面まともに取らず、赤点そっちのけで、いやってほど、考えたさ!!

 その上で導かれた、最適解!!

 それが、お前なんだよ、結織ゆおりぃっ!!」


  

 前と同じ主張をする結織ゆおりから離れ、鞄を取り、彼女に渡す。

 中を開け、再び結織ゆおりは、ギョッとする。

 


 レジュメだ。

 3人とのアレコレをフィクションに見立て、シミュレーションした証。

 友花里ゆかりが、俺達に託してくれた存在理由。



 給料3ヶ月分の代わりに用意した。

 俺の、俺達の、3ヶ月の成果。



 言ってしまえば、爆風ばくろ大会の焼き直しだ。



 再確認したよ。

 やっぱり俺は、相当だ。



 書いてるのは、まぁいとしても。

 それを他者、しかも本人に見せようだなんて。

 友花里ゆかりの死を、こんな形で了承だなんて。

 控え目に言って、あたおかだ。

 こんなの、結織ゆおりを説き伏せるための、ただの自己満足に他ならない。



 自分で自分に、怖気を震う。

 こんなに気持ち悪いだなんて、想定外だ。



 でも、こうなるのが自然なのかもしれない。

 善意も悪意も仕分けずに、ごちゃ混ぜのまま、りったけの思いを詰めた。

 その線引きさえ曖昧になるほどに、気持ちが篭ってるってことだ。

 それだけ結織ゆおりに、そばしいってことだ。


 

「『やっぱり俺には、結織ゆおりしかないっ』!!

 冬休みの直前で、そう決めてた!!

 だから、見詰め直そうと思った!!

 お前への想いを、より強固、頑固に凝固させようと!!

 そのために閃いたのが、この秘策!!

 いつぞやのトリプル・ラブレターすらも上回る、クレイジーで激痛なアイデア!!

 俺は、『ニアカノ同盟』で妄想した!!

 もしかしたら恵夢めぐむ依咲いさきルートも、ったんじゃないかって!!

 結織ゆおりすらも凌駕するような魅力が、ギャップが、思い入れが、秘密が、まだ発掘出来できるんじゃないかって!!

 阻まれる、脱線させられる危険が少しでもったから、くれぐれも結織ゆおりにだけは内密だったがなぁ!!

 七忍ななしの恵夢めぐむ依咲いさき友花里ゆかりにも協力してもらって、そこまでした上で、俺は成し遂げた!!

 個人の趣味の範囲内とはいえ、未成年の分際で、18禁にまでしたさ!!

 そんなふうに、色んなルール破って、まれみんなをドン引きさせながら、性懲りもく深手を追わせながら、俺はやり遂げた!!

 小説、ゲーム、漫画、ドラマ、アニメ!!

 色んな手法で、角度で、VR駆使して死に戻りして、何度もチェックしたさ!!

 性自認、タイプの再確認さえした!!  

 恥ずかしぎて、不気味ぎて、何度も自殺、挫折しかけた!!

 そして調査、実験結果を、そこに纏めた!!

 友花里ゆかりが残してくれた、俺達のシンクロ具合、相性、問題点なども添えてな!!

 その果てに、気付きづいたんだよ!!

 そもそも、『恵夢めぐむルート』だとか、『依咲いさきルート』だとか!!

 2人とのイチャイチャを、未来を、そんなふうにしか捉えられなくなってる時点で!!

 俺にとっては、恵夢めぐむ依咲いさきは『if』、『マルチ・エンディング』でしかなくて、なくなってて!!

 俺はうに、結織ゆおり一筋、一辺倒だったんだ、って!!

 だって、そうだろ!?

 俺は一度たりとも、お前のことを、『ルート』だなんて考えたことぇ!!

 最初にイメージしたのも、最長、最後に書き上げたのも、何度もリライト、リテイクしたのも、お前のシナリオだった!!

 よく、『CLANNA◯は人生』って、言うけどさぁ!!

 俺にとっては、お前が人生だった!!

 母神家もがみや 結織ゆおりこそが、俺の人生において、唯一の、生涯の、魂の、情熱の、最強の、運命のメイン・ヒロイン!!

 お前だけが、俺の公式、正式だったんだよぉ!!」

「嘘……。

 こんなのって……」



 ただ、ただ、呆気に取られる結織ゆおり

 俺が、ここまで自分に占領されていたとは、予想外だったのだろう。



 俺はずっと、自分を駄目ダメ人間だと思っていた。

 恋に現を抜かし、恋に恋し、ちょっと優しくされるだけでコロッと行く、彼女募集厨。

 


 けど、違った。

 この3ヶ月で、俺は更に、駄目ダメさに磨きを掛けた。

 吐息なり血反吐なりを何度も吐いて、みんな溜息ためいきばっかかせて。

 そんな、『ハキダメ』人間になった。

 流石さすがに、『コエダメ』にまではなってないと思いたいが。



 我ながら、本当に……とんでもない所まで来てしまったもんだ。

 これじゃあ、『未希永みきと』ってより『末期永まきと』だな。

  


「なぁ、結織ゆおり

 これで分かっただろ?

 俺は、君が思ってくれてるほど、綺麗なんかじゃない。

 こんな、『ハキダメ』人間だ。

 哀れに暴れる、『アワバレ』咲き人間だ。

 君の相棒が、自分を賭してまでくれたデータを、こんな形でしか参考に出来できなかった、クズだ。

 逆に言えば……だからこそ、君に相応ふさわしくなれたかもしれない」

  

 

 冷静を装い、俺は笑ってみせた。



「どーだ、参ったか。

 俺は、恥を忍んで、ここまでやってみせたぞ。

 夢の中で、友花里ゆかりと戯れる君に負けず劣らず、欲望を全開にしてみせたぞ。

 君と付き合いたい。

 君に、君を認めて、好きになってしい。

 友花里ゆかりに報いるためにも、君に一矢報いたい。

 その一心で、ここまでのマジキチにしたためた。

 これでもう、『俺に好かれるだけの理由がい』だなんて、口が裂けても言えまい。

 俺は完全に、完膚きまでに、君を論破した。

 むしろ、君は恐怖すべきだ。

 ここまで、君だけで一杯になってるストーカーもどきの自惚うぬぼれ野郎が、こんなにも身近にたという、この現状と事実にな」



 腰に手を当て、胸を張り、見下ろす。



「万策尽きたか?

 それとも、まだ奥の手でもるってか?

 もしくは、このまま逃げて、学もく振り切ろうってか?

 勝手にしろよ。

 だが、俺は負けんぞ。

 地獄の果てまでだろうと、君を追いかけ続ける。

 君のトラップにも、運命や神様にだって屈さん。

 最後の最後の最後まで、抗い続けてやる。

 それが、俺だ。

 新甲斐あらがい 未希永みきとという、マジモンの化物だ。

 君が悪魔だろうと、引けを取りはせん」



 隣に腰掛け、空を仰ぎ、俺は本心を明かす。



「正直言うとな。

 俺だって、楽して、幸せになりたいよ。

 家事も勉強も仕事も面倒だし、必要性と面白味も感じない。

 けど、美味しい、好きな物はたらふく食べたいし、なんなら綺麗な人が作った物を食べさせてしい。

 趣味だけに明け暮れて、悠々自適に暮らしたいし、リッチにだってなりたいし、それでいて長生きはしたい。

 無論むろん、イチャイチャだって。

 世間からすりゃ、異端児だわな。

 でも、常識外れってだけで。

 みんな、似たような感想、願望は抱いてる。

 だからこそ、ATMおねえさんだとか、家事万能で天使な幼馴染だとか、対価も求めずに尽くしてくれるスパダリ社長だとか。

 そういう作品が主流になって、席巻してたりする。

 結局の所さ……人間なんて、そんなもんなんだよ。

 誰だって本能、欲望に忠実に、ヌルゲー的に謳歌したいんだよ。

 でも、そんな相手が現れる奇跡は起こり得ない。

 本来なら一生、縁遠いどころか、縁がいんだよ。

 でもさ……俺には、ったんだよ。

 そんな、理想的な相手が。

 目の前に、てくれたんだよ。

 だったら、その恩恵に、思し召しにあやかって、なにが悪い。

 悪いことなんて、なーんもしとらんだろ」



 バッグを見ながら、開き直る。



「俺は、これだけ恥ずかしいことをした。

 そんなもりはかったけど。

 人前どころか、この場でさえ言えないよう真似マネもした。

 もう恥ずべきことい。

 喜んで、君に飼われよう。

 勝負は、俺の完敗だよ、結織ゆおり

 君に家事を、俺の命を、一世一代の恋路を委ねる。

 どうぞ俺を、君のヒモノンにしてくれ。

 っても最低限、働かせてはもらうが。

 その辺りは、また折を見て話し合おう。

 さいわい、時間ならまだる。

 で、その合間に、ついでに受験勉強しよう」


 

 アメリカンっぽい感じで演技をする。

 結織ゆおりは、レジュメを持ったまま、固まる。



 さては、まだ疑ってるな?

 猜疑心強いなぁ。

 そういう所も、好きだけど。



「誤解すんなよ?

 俺は確かに、君に負けた。

 だが、人生というゲームにおいては完勝、圧勝、優勝だ。

 何故なぜかって?

 君みたいな、声も見た目も可愛かわいいくて、家事万能で、いっつも親身になれる子と、カモフラでもなく、堂々と付き合えるんだぜ?

 それも、たいして利点と美点のい、筋金入りのあきらめ知らずってだけの、そこら中に転がってる凡人が、だ。

 こんなシンデレラ・ストーリー、他にっかよ。

 どう考えても、男として、人間として、俺は勝ち組だ。

 お陰様でな」



 ようやく、信用を得られたのだろう。

 結織ゆおりは、やっと開口する。

 


「こんなの……こんなのって、いよ……。

 私みたいな物好きは、まだ、どっかにるかもしれないじゃん……。

 身バレしてないだけで、潜伏してるかもじゃん……。

 でも、君みたいな奇人は……そうはないよ」

「だろうな。

 そもそも常人なら、他者とのゼンシンクロは耐えられないらしいしな。

 それを凌いだ俺は、やはり君と共通項が多い。

 従って俺も、君に負けず劣らずの変人ということになる。

 でも、仕方しかたいだろ。

 これが、俺の本心だ。

 もしかしたら、まだ全部ではないかもしれんけどな」

「本気にするよ……?

 本当ほんとうに、君を甘やかし、溺愛し尽くすよ……?

 容赦せずに、養うよ……?

 今までよりも、友花里ゆかりの時よりも、傷付けるかもだよ……?」

「是非とも、そうしてくれ。

 その方が、俺もうれしい。

 そこまでしてくれるのは、信頼の証左だからな」

「知らないよ……?

 私みたいな駄目ダメ女に、鞍替えなんてして……。

 こんな負けヒロインを、ろうことか本命にしよう、勝たせようだなんて……。

 そのために、大人っぽい先輩を、妹っぽい後輩を、断ろうだなんて……。

 これが、どれだけ罪深いか、勿体無いか……。

 どれだけ馬鹿バカげてるか、分かってる……?」

「前も言ったろう。

 俺は、負けヒロインが大好きなんだ。

 それに、人聞きの悪い言い方は止してくれ。

 これでも俺は、少なくとも今冬からは、結織ゆおりオンリーだ」

「やっぱさぁ……反則だよ、こんなの……。

 こんなに、私にばっか都合くって、いのかなぁ……。

 あんなに、みんなを振り回したのに……。

 織り込み済みではなかったとはいえ、友花里ゆかりだって死なせたのに……。

 こんなに幸せで、愛されて……。

 私……未希永みきとくんの、彼女で、飼い主で……。

 ……生きてて、いのかなぁ……?」

「ったり前だろ。

 じゃなきゃ、俺が困る。

 だって、大変に決まってるだろう。

 君みたいな厄介者を、また1から探して、あまつさえ攻略し直すなんて」

「あははっ。

 ひどーい」



 やっとこさ、笑ってくれた結織ゆおり

 そのままレジュメを戻し、ジッパーを締め。

 ギュッと抱きしめ、目を閉じる。



 頃合いだと、思った。



「あのさぁ、結織ゆおり

 前に言ってた、『折衷案でも、ましてや妥協案でも代替案なんかでもない、俺達だけのハッピー・エンド』っての。

 あれ、覚えてるか?」

むしろ、なんでも忘れられると思ったのかな?」

「君、さっき、『記憶から消して』とか言ってなかったか?

 不平等ってか、矛盾してね?」

「細かいなぁ。

 老けるよ?

 で、それがなに?」

「いや、小早川◯子かよ。

 立ち返ってみるとさ。

 やっぱ、無理じゃね? それ」

「どういうこと?」



 俺達って、本当ほんとうに似た者同士だと思う。

 ここで泣いたり、パニクったり、ジトにならない辺り。

 あるいは、結織ゆおりに免疫が出来できて来たか。



 ……うれしいんだか怖いんだか、微妙だな、それ。



「『恋』なんてさ。

 とどのつまり、『妥協』、『折衷』でしかないと思うんだよ。

 ものっそい、個人的な感想だし、我ながら達観してるけど。

 性格も、声も、趣味も、見た目も、年齢も、収入も、背景も、言語も。

 それらすべてを同時に満たせる相手と、同じ時代と場所と生物に生まれ、あまつさえ巡り逢おうだなんて。

 そんなん、土台無理な話だろ?

 オーダー・メイドとは、わけが違うんだし」

「うん」

「アプリとか相談所とか。

 確かに今なら、そういう馴れ初めもるけどさ。

 手間でしかないし、怪しいし、それなり以上の金額も飛ぶ」

「うん」

「紆余曲折を経て、晴れてタイプと付き合えたとしても。

 実際にデートしてみたら、コレジャナイ感が凄かったり、理想と現実の違いに面食らって、失望したりする。

 もしくは、さらに好条件の相手と出会って、別れたりする」

「うん」

「要はさぁ……そんなこと言い出したら、切りがいんだよ。

 人間の寿命、時間、テリトリーには際限がるけど。

 それに反比例して、欲望やリビドー、フェチズムには無制限。

 人間が、自分のすべてを把握しているとは決まってないし。

 もしかしたら、誰かと触れ合うことで目覚めたりもする」

「うん」

「そういうわけで。

 その実、『恋愛』なんて、『妥協』、『折衷』でしかいんだよ。

 青天井のオーダーから、一部抜粋して。

 その条件をいくつか満たしてる、身近な人で、良くも悪くも適当に、満足する。

 他にも、少しずつ擦り合わせ、折り合いを付けて行く。

 それが『営み』、『人並み』ってもんなんだよ。

 てなわけで、結織ゆおり



 なぁ、結織ゆおり

 自惚うぬぼれもはなはだしい勘違いなら、一笑に付してくれて一向に構わないけどさ。



 ようは、あれだろ?

 君、本当ほんとうは、今日ここに、俺にしかったんだろ?

 今回もまた、君の言う所の『テスト』なんだろ?

 


 君達、俺でテストするの、大好きだもんな。

 3人揃って、出会い頭から、俺を試してたもんな。

 本当ほんとうに、困った難題美女たちだ。

 


 でもさ。

 自慢じゃないけどさ。

 俺、めっちゃ頑張ったよ?

 おかげでリアルのテストは、恵夢めぐむの赤本の一夜漬けで。

 それでも散々さんざんだったし、しこたま怒られたけどさ。



 結果は、どうだったかな?

 俺は、今度こそ、満点を叩き出せたかな?

 全年齢版、及第点止まりだったかな?



 君の、恋人りそうに。

 少しでも、近付けたのかな?



 その答えは今度、機会がったら、聞くとして。



「もしかしたら、またフラフラするかもしれない。

 あるいは、もっと好きな人が出来できるかもしれない。

 けど、これからのことは置いといて、一先ひとまず。

 少なくとも、今の俺は、君に恋愛だきょうしたよ。

 だから……こんな俺で、かったら。

 どうか、俺と恋愛せっちゅうしてください。

 君のガチ勢、仲間、友達ってだけで終わらせずに。

 俺のこと……君の、君だけの彼氏に。

 君の自信に、してください」



 自分でも、最低だと思う。

 こんな上から言われて、喜ぶ相手なんて、ない。



 でも、こうするしかい。

 ここまでしないと、結織ゆおりが、俺を眼下に見てくれない。

 それくらい結織ゆおりは自意識が低いから。



 だからって、無理に上げさせるのも心苦しいし。

 かといって、話術やコミュ力でレベリングするのも難しい。

 だったら……俺が見下げ果てられるしか、いじゃないか。



結織ゆおりはさ。

 自分に、自信を持てずにいるんだろ?

 だから、意地でも俺を、君仕様にしたかった。

 多分、普通ならさ。

 男として、友達として、仲間として、彼氏候補として。

 そんな君を激励したり、たしなめたり、フォローしたりするべきだと思うんだけどさ。

 俺は、ちょっと違う。

 だったら、もう信じなくたって、いって。

 そう、思ってるから」



 俯いていた結織ゆおりが、こっちを見上げる。

 気を良くしつつ、けど感情的になりぎないよう、注意しつつ、続ける。



「無理に変わろうとするくらいなら。

 その所為せいで、かえって苦しむ、迷う、自信くすくらいなら。

 自信なんか、付けなくて構わない。

 代わりに、俺を信じろ。

 ひたすらに結織ゆおりを追い求める、俺の心を信じろ。

 俺は絶対、結織ゆおりを信じ抜くから。

 どんだけ出し抜かれても、追い抜かれても、度肝抜かれても。 

 ぐにきっと、結織ゆおりまで駆け付けてみせるから。

 これから結織ゆおりが、どんなふうに変わっても、変わらなくても。

 俺は半永久的に、結織ゆおりそば続けるから。

 結織ゆおりを信じる俺を。

 俺の執念を、結織ゆおりガチ勢っりを、ストイックでストロングなストーカー精神を。

 どうか、信じてくれ」



 お辞儀し、目を瞑り、祈る俺。

 対する結織ゆおりは、どこかへ移動。



 しばらくして、何故なぜかダンボールを持って現れた。

 人が一人、座れそうなサイズの、「拾ってください」とメッセージが書かれた、ダンボールを。



「……結織ゆおり?」



 嫌な予感を覚える俺の目の前に、箱を置く結織ゆおり

 そのまま、俺の胸に紙を貼っ付けて来たので、目線を下げて確認する。



『名前:ミキト

 犬種:ヨーキー

 性格:恥知らず

 年齢:17歳

 主食:恋愛

 特技:ハーレム』



 いや、性格よ。

 色々とツッコミたいけど、特に性格よ。

 パープル・◯イズかよ。



結織ゆおりー?

 もしかして、用意してたのかなー?

 やっぱり、期待してたのかなー?」



 え?

 だって今、ベンチの下から引っ張り出して来たよね?

 この場で書いたり、してなかったよね?

 ずっと下見てたのって、そういう?



 しかも妙に色々置いてて、リッチだし。

 マリマリマリ◯……。

 


「ん」



 俺の質問には答えず、箱を指差す結織ゆおり



 あ、うん。

 やっぱ、そう来る?

 捨て犬のりして、この中に入れと?

 


「……ここ、駅ですけど?

 朝5時とはいえ。

 駅員さんとかはるし、流石さすがに、そのぉ……」



「ん」



 俺の黒歴史で満たされた、バッグを指差す結織ゆおり



 いや、まぁ、確かに言ったけども。

 てか、『恥の上塗り』とも言うけども。

 まさか、『恥ずかしさ』を上乗せされるとか、思わないっしょ……。



「はぁ……」



 あからさまに溜息ためいきを零しながら、DVDケースをダンボールに置く結織ゆおり

 そのまま、周囲を確認し、コートを開け、隠していた衣装を披露。

 次いで、これみよがしに片足を上げ、ハートを作り。



「あなたの心の、特効薬♪

 白衣の堕天使ユオリちゃん、再臨♪」



「新撮だとぉぉぉぉぉ!?

 うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」



 仕掛けられた、巧妙な罠。



 まさかの再会、完全再現に釣られ、ダンボールに飛び込む俺。

 刹那せつな、折り畳み、他のダンボールを上から被せ、ガムテープで頑丈にロック。

 さらに、コートのボタンも直す。

 


 いや、すしラーかよ。

 オフィスで叫ばせてた動画かよ。



 こうして俺は、実にあっさりと、結織ゆおりに確保されてしまったとさ。

 めでたし、めでたし。



「めでたくねぇぇぇぇぇ!!」

「なぁに?

 やっぱり、私じゃ物足りない?」

結織ゆおりぃ!!

 言動がっ!!

 控え目な性格と、大胆な言動が、合ってない!!」

「わー♪

 何この子、可愛かわい〜♪

 ミキトくんっていうんだ〜♪

 名前まで、可愛かわい〜♪」

「この期に及んで、白ばっくれたぁぁぁ!?」

「もぉ。

 うるさいよ、ミキトちゃん。

 めっ、でしょ」

すでに、飼い主気分そのきだぁぁぁ!?」

「そうだよ。

 だって、仕方しかたいじゃない。

 この子の、雇い主……『未希永みきと』の恋人かいぬしは。

 この世に、私しかないんだか」

「ーーえ?」



 今……カタカナじゃ、なかった?



 俺のこと……呼び捨てに、してた?



「そうだよ。

 私も、捨てたよ。

 恥も外聞も、大義名分も。

 その代わり……未希永みきとを、拾う。

 君を……私の一番いちばんで、唯一にする。

 私と、未希永みきと

 今度こそ、互いに、両方の一番いちばんになりたい。

 もう、遠慮も、抵抗もしない。

 下手ヘタに、下手したてにばっか出ない。

 そんな焦れったい真似マネ、もう沢山たくさん

 うんざりしそうな程に焦らされて、もう焦げ焦げだから。

 これからは私も、ちゃんと主張する。

 だから……」


 

 玄関のドアみたいに、俺の目線の高さで穴を開け。

 満面朱を注ぎながら、結織ゆおりは頭を下げる。



「あなたの、ご主人様になる代わりに!!

 私の、主人に!!

 旦那様に、なってください!!」



 答えを聞かず、脇目も振らず。

 結織ゆおりは、俺に抱き付いて来た。

 正確には、俺を梱包しているダンボールに。



 えと……これって、もしかして……。

 今度こそ、本当ほんとうに……。



「こ、こらぁ!!

 そこで、なにしてるかぁ!?」

「げっ!?」



 視界が狭くなってても、読み取れる。

 どうやら、駅員さんの目に止まったらしい。



 流石さすがに、悪ノリが過ぎたか。

 そらそーだよなぁ。

 そもそも、こんな朝早くに、男女の学生が逢瀬してる時点で、グレーだったろうしなぁ。



「やれやれ。

 やっぱり息苦しいなぁ、現世は。

 よいしょっと」



 俺が入ったダンボールを小脇に抱え。

 アメフト選手顔負けの速力で、綺麗なフォームで、全力ダッシュを開始する結織ゆおり



 いや、フィジカルおかしない!?

 そういえば、2階から落ちた俺をキャッチしてたっけ!!

 

 

「ねぇ、未希永みきと

 えず、私の家でいよね?

 今後の私達について、もっと話したい」

「そ、その前に、逃げてくれぇ!!

 あと、少しは寝かせてくれぇ!!」

「……エッチ」

「違ぁう!!」

「……おにぶさん」

「詰んだ!!」



 こんな会話をしつつ、結織ゆおりの家に担ぎ込まれる俺。



 ちなみに、揺れとか一切、りませんでした。

 この子、人力車とか向いてるんじゃない?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る