〈2〉バグってログってラグってサグる

「それではこれより、『リハ 〜鼓動修正大作戦その1〜』を決行するわ。

 何か質問は?」

「隊長ー。

 質問というより疑問なんですが、この状況からしてず謎過ぎますー」

「『何故なぜ作戦ではなく、作戦なのか』。

 い質問ね。

 答えは簡単。

 この方が燃えるからよ」

「そこじゃない、てかあんたはなから俺の話聞く気全まったく無いだろ!?」



 初っ端から破綻してるんだけど、大丈夫か?

 この作戦。



 てか、一体、俺達はなにをやってるんだろう。

 これから彼女になるやもしれない人の部屋に折角せっかく、初お呼ばれされたってのに。

 いや、それ言うなら恵夢めぐむさんに招かれた時点で「あ。私物の量や間取りはともかく内容は、おれの部屋と大差無さそう」なんて思う辺り。

 俺も慣れてるってか、どうかしてる気がする。



 なんだろう。

 この、「間違っても間違いは起きないだろう」という、絶対ぜったい的な安心感と信頼感と残念感と悲壮感は。

 倦怠期なんて目じゃないぞ?



「とまぁ、アラタくん遊びは置いといて」



 椅子に座りつつ足を組み、それでいて限り限りギリギリなラインを維持しつつスカートを鉄壁なまでにガードしつつ、先輩は続ける。



 ところで、なんで当たり前のようにホワイトボードが置いてるの?

 現役女子高生の部屋に。



「『リハ』とは、『リハーサル』『リハビリ』『リハート』の略称。

 これまでの経験により、どうもあたしは、こと自分に関してのみ、恋の指針が梃子でも動かない。

 だから、あなたに協力してもらことで、それを調整したいの」

「な、なるほど……」



 その割には、どこか他人事ごとというか、あきらめてる節が見え隠れしてる気がするが……いや、止そう。

 ここは、恵夢めぐむさんの作ってくれた流れに、しっかり乗らないと。



「そういえば、恵夢めぐむさん。

 今まで異性からのアプローチは数あれど、一度もオーケーしたことかったですよね?」

「ええ。

 大抵、心の琴線に触れなかったもの。

 誰も彼もが皆、『美しいから』『イケジョだから』『モテる』からと、botみたいな告白しか、してくれなかった。

 うれしくはあったものの、申し訳ないけれど、ひどく退屈だったわね。

 最後に至っては、本来は感心しない語源であるがゆえに、あたしが意図的に使うのを避けているのを知らなかったらしいし。

 不愉快なまであったわ」

「そこは、まぁ、寛大な御心みこころで許して差し上げましょうよ。

 大抵の人は、由来なんて知らないし、そもそも知ろうとすら考えないんですから」

「あなたは、最初から知ってたじゃない」

「俺みたいなのはレアケースなんですよ」



 まぁ、俺も知ってからは、言わないように心掛けるようになったけどね。

 まさか、『モテる』が『女の子をテイクアウト』的な意味だったなんて。

 ……日本語って、怖い。



「その話は、置いといて。

 本当ほんとうに、グッともグラッとも来なかったんですか?

 ただの一度も?」

「まさか。

 あたしだって、年頃ではあるのよ?

 人並みに興味、願望はるわ」

「じゃあ、どんな告白に、ドキッとしたんですか?」

「そうねぇ……。

 バーストにされた時。

 それから、あなたみたいな可愛い系、男の娘にされた時。

 だったかしら?」

「ねぇそれ、まるで違う意味で興奮してない!?

 しかも、オーケーしかけてない!?

 俺の時みたいに!」



 完全に趣味丸出し、恋愛そっちのけ。

 望みも脈もエモさもぎる。



「そうは言ってもねぇ。

 それでしか上がらないんだから、為すすべが《な》いわね」

「それじゃあ、困るんですって。

 俺は、あなたとだってお近付きになりたいんですよ?

 仮に俺とは付き合わなかったとしても。

 恵夢めぐむさんだっていやでしょ?

 このままじゃ」

まったく。

 我ながら、難儀な設定よね。

 使い辛いったらないわ。

 今の時点で明らかにもっとも入れ込んでる結織ゆおりはともかく。

 依咲いさきにまで先に書かれ、作り込まれ手を込まれ、最後に回されただけはあるわね。

 おまけに、締め切り限り限りギリギリだというのに、相変わらずネタが思い付かず追い込まれ手をこまねき。

 結果、『やっぱり後付で個別イベント増やすんじゃなかった! 依咲いさきの過去編なんて、メイン回まで取っとけばかった!』なんて後悔に苛まれ。

 こうして、グダグダと管を巻いているんだもの。

 始末に置けないわね」

「今そういうメタいの入れなくていよね!?

 ねぇっ!?」



 駄目ダメだ。

 てんで、話が進まない。

 手詰まりもい所じゃないか。

 実際問題、どうすればいのか。



「……そうだわ。

 名案が思い付いたわ、アラタくん」

「どんな!?」

「あなたが、結織ゆおり依咲いさきとくっ付いたあとあたしも一緒に行動すればいのよ。

 そうすれば、あたしにも出番、台詞セリフわけだし。

 形式上は問題、違和感いわかんいわ」

「すみません本当ホントにお願いだから、どうかせめて、あなた主体メインでラブコメさせてくれません?」

「あら、ご不満?

 ならいっそ、思い切って開き直って、ハーレムルートにする?

 今そういう、ネオスタンダード、新定番、新発明、新機軸が流行ってるじゃない。

 100カ◯とか、カノか◯とか、三幸製◯とか。

 あるいは、本編が完結したあと、パラレルストーリーとして、あたしとのIFルートを設けるとか?

 ぼく◯、俺◯、恋と◯みたいに」

「万が一それに挑戦したとして二番煎じの烙印を読者に押させないだけの奇跡的かつ圧倒的な才能が、この作者に備わってると思うなよぉ!?

 頼むから、もっと本腰入れてくれっ!!

 自分から、なげうたないでくれよぉ!!

 てか、漫画や小説、ソロ重視のラブコメと、ギャルゲーを筆頭とする、マルチなラブコメを、一緒くたにしないでくれ、ターゲットもイメージもニーズもてんで畑違いなんだよぉ!!」

「つまり、もしそれを『ニアカノ』でやったら、伝説になる?」 

「悪い意味でな!?

 黒歴史、あるいは炎上、風化待った無しだけどな!?」



 もう滅茶苦茶だよ、本当ホント!!





「というわけで、色々と考えてみた結果。

 やっぱりあたしはROM専を貫く方向になったわけだけれど」

「『これに着替えなさい』という命令と服だけ残してなくなって、戻って来て開口一番に、それですか……。

 今までの会話、まったもって無意味だったのでは……?」

「収穫ならったわ。

 やはりあたしには、普通の恋はままならない、ということが判明したもの」

「やる前からすでに分かり切ってたことを、いけしゃあしゃあ、自信満々に言われても……」

「とまぁ、こんな煮え切らないやり取りはさておき。

 これから、作戦その2に移行するわ」

散々さんざん巻き込んどいてからに、まるで俺だけが悪いみたいな一方的な物言いは、あとで詳しく言及するとして。

 作戦その2って、なんですか?」

「ボォクのことさ、アラタくんぐへぇ!!」



 おいコラ、出て来んな。



恵夢めぐむさん。この部屋、ちょっと掃除が必要では?

 なんか今、やたらでっかい上に鬱陶しい、イタリア製の粗大ゴミを踏んづけましたよ?」

「らしいわね。

 ごめんなさい。

 今度、掃除しておくわ」

ひどいなぁ、アラタくん。

 ボォクは、君の年上だというのに」

「せめて最低限、それ相応の対応をしてくださいよ。

 年功序列に則りたい、振りかざしたいのであれば」

「断る。

 何故なぜならボォクは、自由の象徴だから、だっ」

「さぁ、恵夢めぐむさん。

 さっきまでより詮も実もいやり取りは無視して、早く始めましょうよ。

 理由は不明ですが、指示通り、俺もジャージに着替えたわけですし」

「そうね。

 じゃあ、未希永みきとくん。

 手始めに、そこのイケジョとキスなさい。

 それを見ることで、あたしのリアル恋愛免疫を高める寸法よ」

「ははっ。

 恵夢めぐむさん、ご冗談を。

 類人猿となんてキス出来できませんよ。

 いくらルックスが整ってて人語を解してるからって」

「君、本当ホントにボォクに手加減無いな!?」

「そう言うあんたは、なんでハァハァしてんだ」



 そういうのは結織ゆおりだけで事足りてんだよ。



未希永みきとくん。

 そうカッカしないで頂戴ちょうだい

 別に、マウストゥーマウスとは言ってないわ」

「そうじゃなきゃ最初から乗りませんて。

 でも、まぁ……分かりましたよ。

 はっきりしないで振り回すのも、しゃくですし」

「分かればよろしい。

 あ、いけない。

 大事なことを失念していたわ。

 未希永みきとくん。

 これも付けて頂戴ちょうだい

「……これは?」

「見ての通り、ウィッグよ。

 あなたが女子高生ミキちゃんに扮するための」

「そういうこっちゃないんですが、もういです。

 これ以上、話しても一向に平行線なので」



 そんなわけで、大人おとなしく女装させられる俺。

 まぁ、相手がスーツで現れた時点で、こうなると予測してたけども。



「……いよいよ、フィナールェだ。

 心の準備はいかい?」

「不承不承です。

 もう勝手にしてください」

「分かった。

 じゃあ、行くよ。

 アラタくん……」



 対面し、目を閉じ、近付いて来るイケジョ。



 あー……こうして見ると、本当ほんとうに綺麗だな、この人。

 雰囲気に流されたとかじゃなく、きちんと冷静さを保った状態で。

 なんならファーストキスさえ捧げてもいと、そう思うほどに。



「待った」



 まぁ……なーんてのは結局、単なる勘違いに他ならないわけだが。

 


未希永みきとくん?」

「どうしたんだい?

 アラタくん」



 あー、やっぱりか。

 やっぱ、そういう感じか。

 止めて正解だったな。



「……どうした、って。

 聞きたいのは、こっちの方ですよ。

 なんですか?

 この意味不明な状況は。

 恵夢めぐむさん、俺を馬鹿バカにしてるんですか?」

「べ、別に、馬鹿バカになんて「あんたじゃない」」



 恵夢めぐむさんの言葉を遮るという、普段なら絶対ぜったいにしない愚行に走る俺。

 そう。なら。



 俺は、目の前の相手の髪……いや。

 ウィッグに触れ、そのまま取る。



 思った通り。

 たった今、俺がキスしかけていたのは、巡瑠めぐるさんではなく。

 勿論もちろん、粗大ゴミでも類人猿でもなく。

 巡瑠めぐるさんに変装した別人ーー恵夢めぐむさんだった。



「……いつから?」

 謝りもせず、悪びれもせず、腕を抑えながら、先輩は目線だけ、俺に寄越した。

「いつから、気付いてた?」



「強いて言うなら、最初からですね。

 恵夢めぐむさんが巡瑠めぐるさんを連れて来るまでの間に、俺は着替えを済ませてもまだ余裕があった。

 在宅中の巡瑠めぐるさんの部屋から往復するのに、そこまで時間を要するのは不自然。

 それに、恵夢めぐむさんは俺を、『未希永みきとくん』ではなく『アラタくん』って呼ぶし。

 俺は少し前から恵夢めぐむさんを、『先輩』とは呼ばなくなった。

 加えて言うなら、巡瑠めぐるさんは、俺を『アラタくん』だなんて呼ばないし。

 巡瑠めぐるさんの一人称は『このボォク』ないしは『この、ボォク』であって、『ボォク』なんていう、野球みたいな感じじゃないんですよ。

 ついでに、半音上がる、間延びした口調もオミットされてる。

 で?」



 早口で論破し、髪を掻いたあと、やや億劫そうな演技をしながら、俺は続ける。

 


「今度は、こっちの番ですよ。

 なんで、こんな三文芝居を?

 正直、初めて笑えなかったんですが。

 恵夢めぐむさんの悪戯いたずらにしては」



「〜っ!!」



 恵夢めぐむさんは質問に答えず、バタンッとドアを開け、部屋を飛び出した。

 その場には、妙に落ち着いている俺と、気不味きまずそうに扮装を解いている巡瑠めぐるさんだけが残された。



「あー……未希永みきとくん?

 悪く思わないでくれたまえ。

 あの子も、あの子で、そのぉ……」

「分かってます。

 すみません。

 ちょっとこれ、お借りします」



 そうげ会釈すると、俺も恵夢めぐむさんを追い掛け、部屋を出た。





 やや拍子抜けするほどに、恵夢めぐむさんはぐに見付かった。

 住宅街のど真ん中、恵夢めぐむの自宅からも程近い公園で、宙ぶらりんな心境を表すかのごとく、一人寂しくブランコを漕いでいたのだ。



 なんてーか。

 スーツ来た男装の麗人が、夜に一人でポツンと公園にるとか、ちょっとツッコミ所が多過ぎる気がするが……。

 ……まぁ、いか。



恵夢めぐむさん」



 無策のまま、背後から忍び寄り、持って来た巡瑠めぐるさん変装用のウィッグを被せる。

 肩を揺らし、ぐ様距離を取る恵夢めぐむさん。

 しかし、ほどなくして警戒心を解き、俺に背を向けた。



「何のもり?

 まぁ、いわ。

 それより。

 さっきはごめんなさい。

 悪巫山戯ふざけが過ぎたわ。

 もう帰るから。

 あなたも、自分の家にお帰りなさい」



 雑に話を終わらせ、そのまま帰宅しようとする恵夢めぐむさん。

 透かさず、迷わず、その手を俺は掴んだ。



「……逃げないでくださいよ」

「帰るだけよ。

 逃げてないわ」

「そっちじゃないって!

 その話じゃないって、分かってるくせに!」



 話題を逸らそうとする恵夢めぐむさんの手を、さらに強くにぎる。



 逃げないし、逃がさないと。

 そう、主張するように。



 そのためこそ、恵夢めぐむさんを巡瑠めぐるさんに偽装した。

 敬語を、後輩というポジションを、ツッコミ以外でも取っ払えるようにしたのだから。



「俺だって……俺だって、不安なんだよっ!

 いきなりこんな、予想だにしない、わけ分からん展開になって、消化不良てか不完全燃焼みたいな感じになって、不満たらたらで!

 中学入っていよいよ、本格的に異性を意識するようになって、リアル恋愛試みて!

 なのに、憧れの異性に! ……あんたにっ!

 遠回しに、間接的にフラれて!

 けど、あきらめ切れなくって! 踏ん切りがつかなくって!

 3年間、必死に、小説とか辞書とか少女漫画とか読み漁って!

 高校生になってやっと、本当ほんとうにやっと認められて、そこそこ隣に立てるようになって!

 かと思えばいきなり、『同士になれ』とか『バスター』だとか、『可愛い顔が好き』だとか『出会って数時間のイケジョと、女装してキス』だとか!

 意味不明で的外れで、ただただやる気削ぐだけのようことばっか言われ始めて!

 自分は『名前で呼べ』とか言ってるくせして、俺のことまったく呼んでくれなくって!

 俺が名前呼んでも、大して顔色とか反応とか変えなくって!

 そのくせ結織ゆおり依咲いさきことは、最初から呼び捨てにしててっ!

 俺、もう……惨め通り越して馬鹿バカみたいじゃん、って自暴自棄になって!

 そんな些細な所から、拡大解釈だって承知で、いじけて!

 意中、眼中にはいんだって、思い知らされて!

 距離は近付いたはずなのに、なんでかかえって、遠のいたような気がしてっ!

 それでもっ! 暗中模索、優柔不断なのは百も承知で精一杯、チャレンジだけは続けようって!

 折角せっかくのチャンスを、みんなの手だけは絶対ぜったいに放さないって、覚悟してんだよぉっ!!」

「アラタ、くん……」



 あぁ。

 本当ほんとうに……俺はなんて、どこまで子供なんだろう。



 もっと、要領良く、格好かっこく決めたいのに。

 てんで様に、当てにならない。



 メンヘラ彼女みたいに泣きじゃくって、激重長文みたいな本音を晒して、立てなくなって。

 顔だって、とてもじゃないけど見せられない有様で。

 こうやって、恵夢めぐむさんの腕を掴んで、文字通り袖にすがることしか出来できないなんて。



 そんなふうに、自己嫌悪に陥っていた時だった。



 ポンッ、と。

 恵夢めぐむさんが、俺の頭を、優しく撫でてくれたのは。



「あなたも……戸惑っていたのね。

 あたしと、同じ」

「……恵夢めぐむ、さん……」



 屈んで目線を合わせ、微笑ほほえみ。

 恵夢めぐむさんは、両腕で、俺を包み込んだ。



「……安心したわ。

 物足りなかったのは、あたしだけじゃなかった。

 あたしだって、モヤモヤしてたのよ?

 あなたが、ずーっと、タメ口になってくれなかったから。

 だから、それまでは、呼ばないって固く決めてた。

 はず、なのにね……」



 自嘲し、ポケットに常備していたハンカチで、俺の顔を整え。

 恵夢めぐむさんは凛々しい、けれど慈しむような表情で、俺を見た。



「……『未希永みきとくん』。

 あなたの気持ちは、痛い程、いたく伝わったわ。

 あなたにも、あたしの気持ちは届いた。

 正直言うと、あなたが意図的に、最初のデート、テスト相手にあたしを選んでくれた時点で、予感はしていたけれど。      

 そうと分かれば、もう……お互い、変な遠慮はらないわね」



 立ち上がり、俺に手を差し伸べ、恵夢めぐむさんは続ける。



「受けて立つわ。

 あたしはもう、逃げない。

 全力で、真っ正面から、恋に挑んでみせる。

 だから……あなたも、立って。

 あたしと一緒に、戦って。

 リアル恋愛なんていう、現代でもっとも残酷、過酷な試練に、共に打ち勝って。

 あなたなら……いいえ。

 あたしとあなたなら、きっと出来できる」

「もし……勝てなかったら?

 納得する答えが、出せなかったら?」

「その時は」

 俺の手を掴み、引き上げ、起き上がらせ、先輩は勇ましく即答する。



「最初の方針からは外れないわ。

 あなたを、あたしの同士に任命するだけ。

 あなたにとっては肩透かしかもしれないけれど。

 未来のあたしは、それ止まりだと不満かもしれないけれど。

 少なくとも。

 今のあたしは、それで充分、満足だわ」



 この人は、本当ほんとうに……とんでもない。

 3年も、文通みたいな真似マネして。

 1年も、二人だけで部活やって。



 自分の趣向を暴露する所までは、攻め落としたのに。

 追い詰めたし、追い求めたのに。

 それでも、まだ飽き足らず。

 俺を、こんなふうに、一喜一憂させる。



 本当ほんとうに……とんでもない憧れひとだ。

 だから、ほら、まただ。

 なんやかんやで、最終的には、こうやって、その気にさせられる。



恵夢めぐむさん。

 一緒に、攻略しよう。

 全力で……試行錯誤して、恋に向き合おう」

「あら?

 まだ、『さん』付けは継続なの?」

「そこは、ほらぁ……年上だし?

 最低限、敬意を払わないと」

「その割には、あなたさっきあたしを足蹴にしたわよねぇ?」

「騙してキスさせようとするとかいう、男の純情弄ぶプレイ強行した、あなたが悪い。

 それに、言い方が悪いぞ?

 オーバーリアクションだっただけだろ。

 ちょんっ、とひざを小突いただけだし」

「まぁ、それもそうね。

 でも、あなたがリードしてるのは不服だわ。

 ここは年上の、大人の女の意地を見せなきゃ、ね……」



 次の瞬間。

 恵夢めぐむさんの有する二つのクッションが、俺の背中に押し当てられた。



「め……恵夢めぐむさん?

 その……当たってる、よ……?」

いのよ。

 当ててんのよ的なのだから。

 それより、未希永みきとくん」



 名前を呼ばれ、振り返る。

 すると額に、柔らかで小さな、温もりと感触。

 さらに、目を凝らした先には、背伸びした恵夢めぐむさんの、今日イチの照れ顔。

 


 キスされたと理解するのに、何秒を要したことだろう。



「め、恵夢めぐむさんっ!?

 なにをっ!?」

「キス。

 思った通り、二次元フィルター越しなら、あなたでも大丈夫みたい。

 それを試したくてさっき、あんな真似マネしちゃったの」

本当ホントにピシゲとかROM絡みだと器用だな、あんた!?

 てか、だったらあらかじめ言ってくれれば!」

「そうね。

 ごめんなさい。

 そこまでしたら、さしものあなたも、あたしを見限っちゃう、他の子に目移りしちゃうかしら。

 そう思ったら、どうしても言い出せなくってね」



 俺の胸に頭を当て、わざと顔を見えないようにする恵夢めぐむさん。



 なんか、あのっ!

 割りと限り限りギリギリなんですけどぉ!?



 えと、これ、あれかな!?

 今、抱き締める流れですか!?

 誰かマニュアル持ってません!?



本当ほんとう……馬鹿バカよね、あたし

 見限るわけいのにね?

 あなたは、年季が違うんだものね」

「え、あ、まぁ……はいっ!」

まったく。

 本当ほんとうに、可愛いんだから。

 折角せっかく、合法的にハグ出来できるチャンスだっていうのに」

「やっぱりぃ!?」



 今からでも遅くはないと手を動かすも、離れられた。



 この人……この人は、本当ほんとうにぃぃぃぃぃっ!!



「それにしても、今日は実にいテストになったわ。

 カップルでも、フィクションでもない。

 フリーのリアル男子のあなたに、あたし本当ほんとうにドキドキした。

 愛しくなった。

 抱き締めたくなった。

 もっと……しくなった」

「ど、どうぞ!

 いつでも!

 今直ぐにでも!」

「結構よ。お引き取り願うわ。

 もう気分じゃないの。

 それにしても、本当ほんとうに、何故なぜかしらねぇ?

 相手が、気心の知れたあなただったから?

 あるいは……その格好の所為せい

 かしらね」

「え!?

 ……あ〜っ!?」



 そうだった!

 俺今、女装してるんだった!

 しかも、ジャージ!



 うわっ、最悪!

 ムードもへったくれも、あったもんじゃない!



「今頃、気付きづいたの?」

「ひっ!?

 いや、あのっ、そのぉ……」

「照れちゃって。

 可愛かわいいわね。

 ……そんなにあたしことで、あたしことだけで、頭も心も一杯になっていてくれたのね。

 あなたって子は……。

 優しくて、不器用で、初々しくて、面白くって、気がって……。

 本当ほんとうに……掛け替えの無い子」



 再び俺の前に立ち、先輩はげる。 



さっきのは、ただの前払いよ。

 あたしを選んでくれたら、もっとすごこと、あなたにしちゃう。

 ……かもね。

 それじゃあ、未希永みきとくん。

 今度こそ、おやすみなさい。

 送ってくれて、一緒にてくれて、どうもありがとう。

 また今度、学校で。

 願わくば今夜、夢の中でも、会いましょう」

 


 最後に大人、余裕振ってウインクなんぞしてみせて、けれどぐ真っ赤になって、恵夢めぐむさんは自宅に駆け込んだ。

 一人残された俺は、違う意味で熱くなっている頬に触れる。



「……ROMってるだけのくせに……!!

 ……現実から自分を切り離して客観視した上で、紅潮こうちょうしてる異性を見て満足してるだけのくせに!!

 ……恋人同士にだけは、相思相愛にだけは、絶対ぜったいにならないくせにぃぃぃぃぃ!!

 うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉっ!!

 恵夢めぐむさんの……恵夢めぐむの、バッキャロー!!

 可愛いの覇者か、おんどりゃー!!」



 恥ずかしさで狂いそうになりながら、俺は周囲の目も気にせず叫び、走り出した。

 後日、そんな様が噂となり、七不思議の一つとして定着したのだった。





「お疲れ様。

 楽しかった? 先輩とのデート」



 帰宅し、部屋に戻ったのとほとんど同時に入った、結織ゆおりからの着信。

 未だに冷めない頭と熱をどうにかすべく、俺はベランダに出ながら、結織ゆおりに返答する。



「まぁ……楽しくはあったよ。

 正直、『デートって明言して差しつかえないかどうかは別問題』、って大前提は立ち塞がるけどな。

 そっちはどうだった?」

「それがさぁ。

 聞いてよ、エイくん。

 キヌちゃんてば、『料理する、料理する』って聞かないし。

 作ったら作ったで、私が自信無くすレベルで手際良くって。

 それでいて飛び切りに、飛び級レベルで美味しいんだよ?

 ヒモに仕える身として、恥ずかしいったらありゃしないよ」

「あー……依咲いさきは、料理に関しては、他の追随を許さないからな。

 ……でも、待てよ?

 このまま結織ゆおりの、駄目ダメ女としてのプライドが粉々になれば、俺と普通に付き合えるんじゃあ……?」

「うーん……それは無理なんじゃないかなぁ?

 一番自慢だった料理で完敗したのが悔しくって、家事5番勝負を申し込んだら。

 今度は私が5連勝しちゃってねぇ。

 すっかり、機嫌を損ねちゃってさぁ。

 あれじゃあ、キヌちゃんヒモ計画は頓挫かなぁ」

「何してるんだよ……」



 勝てる訳ないだろ。

 相手は、男を骨抜きにするスペシャリストだぞ?

 一人でマルチな生活力を見せる、駄目ダメ女のプロだぞ?

 見込みなんて、どこにも無いというのに。



すこぶる負けず嫌いだからなぁ、依咲いさきは。

 大方おおかた、『次の勝負は百億万ポイント。よって、一発逆転も夢じゃない』。

 なんて、涙目で地団駄踏みながら、滅茶苦茶な理由、難癖付けて来て。

 そのすえに大敗したんだろ?」

「むー……」



 容易に想像出来過ぎて笑っていると。

 友織ゆおりが分かりやすく臍を曲げた。



「……ユウ先輩も言ってたけどさぁ。

 エイくん、キヌちゃんと仲良しぎない?

 他の異性に入れ込みぎるのは、流石さすがに許容範囲外、ルール違反だよ?」 

「どうしろってんだよ……。

 てか、これくらい、まだ良いだろ。

 まだ付き合ってないんだし」

「そうだけどぉ……う〜。

 なぁんか納得行かない……」



 さっきまでの先輩もそうだけど、こうしてると一見、ただの普通のカップルみたいなんだけどなぁ。

 実際には、同士候補と仮想内ヒモと非実在最推さいおし

 イケビジョとアブナイチンとファンク・ラブと来たもんだ。



「てことは、何か?

 今日の先輩とのあれこれも、事細かに伝えた方がい感じか?」

「あー。

 いよ、そこまでしてくれなくって。

 プライバシーは尊重しないと」

「……意外だな。

 てっきり逐一、報告しろと強制されるもんかと」

「しないよぉ、そんなこと

 まぁでも、感想とかをもらえるのは、嬉しいけどね。

 エイくんと、こうして何気ない話をするの。

 私、好きなんだぁ」

「そうか。

 俺も同感だ。

 ところで今の台詞セリフ、もう一度、言ってくれないか?

 具体的には、最後の方。

 録音し忘れた」

「もぉ、おにぶさん。

 それくらい、前もって用意しときなよ。

 じゃないと、立派なストーカーになれないよぉ?」

「目指してないし!

 てか、ストーカーに立派もスリッパもるか!

 しかも、録音して私的に悪用するのはいのかよっ!」

「うん。

 全然、オッケー。

 だってぇ。私と話してない時でも、私の声や言葉や吐息で、エイくんを虜に、独り占め出来できるってことでしょぉ?

 Win-Winじゃない」

「ヤバい。

 俺の周り、勝てそうにない相手しかない」

「あははははっ。

 何それ、おっかしー」



 声を上げしばらく笑う結織ゆおり

 今頃、目尻に溜まった涙を拭ってる頃だろうなぁと思っていると、不意に向こうから話し出した。



「ところで、エイくん。

 さっきの話だけど。

 明日は、キヌちゃんと遊んでくれないかなぁ?

『損傷深刻。これは明日にでも、カイせんで遊んで直さなくては……』とか言ってたから」

「……俺の後輩が、迷惑を掛けた。

 でも、いのか?

 それだと結織ゆおり、最後な上に、来週だぞ?」

いの。

 私が、みんなを巻き込んでるんだもん。

 それくらいは、譲歩しないと」



 いや、まぁ……『ニアカノ同盟』の発案者だし、なかばリーダー的ポジに収まってはいるけどさ。

 そこまで、負い目を感じなくても……。


   

本当ホーント……気遣い屋だな、結織ゆおりは」

「それに、ほら。

 その方が、事前準備に勤しめて、ヒモにランクアップしてもらう勝率が上がるし」

「あー、あー。

 聴ーこーえーなーいー」



 どう考えてもランクダウンだろ、それは。

 いや、本音を言えば今直ぐに結織ゆおりのヒモになりたいけど。



 ……仕方ないんだ。

 人間、誰でも本当ホントは、好きな事好きなだけ好きなようにやって、だらけて過ごしたいんだ。

 それに、母性と慈愛に満ちた女性に甘えるという願望は、男だったらかならず一度は思う筈だし。



 でも……少なくとも今は、抗いたい。

 可愛い子の前で格好かっこ付けたり、普通に恋をしたいって思うのだって、男として当然の心理なのだから。

 その思いが残っている内は、まだあきらめたくない。



「何はともあれ。

 お言葉に甘えて、明日は依咲いさきに遊ばれるとするよ。

 ただ、結織ゆおり。覚悟しとけよ?

 俺だって、無策かつ不用意なまま、ラスボス戦に挑むもりはいからな?」

「あははっ。

 ラスボスって。

 ひどいなぁ、エイくんてば。

 まぁ、あながち間違ってもいないけど」

「否定しろよ……」



 そんな感じで互いに笑い合う俺と結織ゆおり

 そのまま俺達は、夜の帳に包まれながら、もう少しだけ、電話で話し込んでいたのだった。

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