〈3〉目冴(めざ)める偽妹の寝かせかた

 遡る事、今から一年ちょっと前。



「初めまして。

 突然ですが、先輩。

 サキと、寝てくれませんか?」



 無事、高校への進学が決まり、卒業間近となっていた、とある日の放課後。

 その日、俺は、こんな感じの誘いを受け。

 違う意味でも卒業しかけていた。



「……えーっ、とぉ……」

「……伝わらなかとです?」

「まぁ……。

 ……そっかなぁ……」

「なーる。

 しからば、言い方変えます」

 


 少女の言葉を受け、ホッとする。 

 正直、惜しい事をしたとは思うけど。でも、こういうのはやっぱ、段階を追ってする必要がわけで……。

 ちゃんと、階段を踏んで行かなきゃいけないわけで……。



「先輩。

 サキを、抱いてくれませんか?」

 などと思ったら、再び踏み外しかけた。



「先輩。

 平気ですか?」

「あ、ああ……」



 正直、死にそうだけど。

 ぜぇぜぇしてるけど。

 驚きぎて心臓破裂しそうだけど。

 理性と本能が跡目争いしてるけど。

 って何、言ってるんだろ俺。



 てか、本当ほんとうにこの子、無自覚なの?

 違うよね? 誘ってないよね?



「どうやら、これも違うらしいです。

 じゃあ、先輩。

 サキの、枕になってください」



 ついに、階段が崩壊し。

 俺は、まっさかさまに堕ちてDESIREした。



「……って、してたまるかぁ!!」



 極限の戦いをかろうじて制し。

 俺は立ち上がり、彼女の方を掴み、懇願した。



「えと、サキ? ちゃん?

 そういうのは、くないよ?

 君みたいに、年端もいかない可愛い子は、同世代の異性に向けて。

 そういう発言するの、控えた方がいよ?」

「そうでますか?

 なぜでござんしょ?」

「君が思ってる以上に、男ってのは悪魔寄りだからだよ」

「……く分からんですが、ロジャりました。

 じゃあ、次は同性の先輩にしますです」

「それも、駄目ダメェ!!」



 いや正直ちょっと興味なんでもない、収まれよこしまな俺ぇ!!



「……先輩。

 さっきから、大丈夫ですます?」

「ご、ごめん、騒がしくして。

 かくめて? ね?

 頼むから。

 本当ホント、お願いだから」

「は、はぁ……分かったでございます。

 でも……となるとサキ、割とピンチなんですが……」



 ……なんてこった。

 この子、やっぱり、そういう手段でお金を……!?



 いや、断定するのは早計だ。

 きちんと、確かめねば。



「ど、どうしてかな?

 どういう意味、かな?」

「いや……サキ、保健室から追い出されちゃって」



 こ、これは、あれですか……?

 保険の授業こっそりしてたら、バレた感じですか……?



 て、だからっ!

 妄想猛々しんだよ、俺の馬鹿バカッ!



「ねぇ、あれ……」

「あの子、またやってるよ……」

「あー、あれでしょ?

 あの、『眠れる氷の美少女』……」

「うわぁ……あの先輩、可哀想……」



 ヒソヒソ話が耳に入り、我に返る。

 周囲を見渡せば、気付けば俺と後輩は注目の的になっていた。



「……どうやら潮時のようでごぜぇますわね」



 後輩も察したらしく、あっけらかんと背中を向け、立ち去る。

 かと思いきや、シャフ度しつつげる。



「乗ってはくれなかった人。

 感謝しますです。

 今まで、断った人は数いれど、忠言してくれたのは、あなたが初めてでしたです。

 あなたはきっと、向こう数秒は、サキの記憶の中で生きるです」

「短いな。

 まぁ、その、なんだ。

 力になれなくて、すまなんだ。

 これからは健全、安全に過ごしてくれ」



 なるべく気を悪くしないよう、精一杯、言葉を届ける。

 すると少女は、ムッとした表情を見せて。



「……どちら様でありんすか?」 

「秒にも満たないっ!」

なんの話でござるです。

 く分からんですが、無性にドゴルドです。

 何故なぜか分かりませんが、先輩?

 を見ると、裏切られたような気持ちになるです。

 心外だ、不快だ、不愉快だ。

 今ぐサキの前から消えなさいませ」



「んごっ!?」



 中々の気紛れっりを披露しつつ、サキと名乗る少女は、俺の顎目掛けて上履きをシュートして来る。

 かと思えば、倒れた俺の体から靴を回収し、あかんべぇをして、そのまま立ち去る。

 そんな俺の痴態の傍観者達は、細やかな拍手を送るのだった。



 これが、俺と彼女……多矢汐たやしお 依咲いさきの初コンタクトだった。

 もっとも、向こうが覚えているかどうかははなはだ、怪しいが。





「いやぁ。

 さっき散々さんざんだったな、相棒」

「誰が相棒だ」



 赤くなった顎を冷やしてから教室に戻ると、速攻で七忍ななしのに冷やかされた。

 


「まぁ、相手が悪かっただけだって。

 なんせ向こうは、『眠れる氷の美少女』。

 悪名高い、かの多矢汐たやしお 依咲いさきだからなぁ」

「……それ、さっきも言われてたな。

 なんなんだ? 一体」



 情報通でもある七忍ななしのに尋ねる。

 やつ椅子いすをブラブラさせながら答える。



「学園切っての才女だよ。

 授業中は常に寝てばっか。

 それでいて当てられると、寝惚けながらも即答するっつー。

 まぁ、とんでもないエリートだ」

「それは、まぁ……すごいな」

「だろ?

 でも、私生活は謎。

 クラスメートとは真面まともな会話はしないでリアルに既読スルーしてばっかだから評判悪いんでボッチ。

 課題と副教科とイベントはサボリ常習犯。

 そのくせ、テストは数分で解いてから熟睡してるのにほとんど満点っつー。

 やたら単位だけ取るの上手い大学生みたいなやつ

「なんだ。

 取れなかった時もったのか」

「途中で寝落ちした、あるいは名前の書き忘れ」

「ただのイレギュラーじゃないか」



 つまり、本来、本調子なら余裕で取れたと。



「なんてーか……るんだなぁ。

 ああいう努力家タイプが」

「はぁ?

 なんでそうなる。

 どう考えても、天才タイプだろ。

 根拠は?」

「直感」

「当てにならなっ」



 煽って来た七忍ななしのを肘で小突き。

 俺はさらに質問する。



「んで?

 そんな彼女が、なんであんな真似マネを?」

「さぁ?」

「お前……。

 散々さんざん引っ張っといて、本題が、その有様か……」

「知らないんだから仕方ないだろ。

 噂によると、黙認しない教師が何人かはて、その授業の時だけ、最初から保健室でボイコットしてるらしいが」

「それもい加減、拒否られた?」

「だろうな。

 さいわいなのは、あの子を毒牙にかけるような不届き者は、内の学校にはなかったことだな。

 歯牙にもかけない代わりに。

 他の学校じゃ今頃、不祥事起こして、くて停学、退学処分だろうな」

「そうだな。

 さて、と」



 話も一段落したので、俺は鞄を携え、席を立つ。



「お?

 帰るのか?」

「いや。

 バイト探し」

「カックイー。

 まぁ、頑張りたまえ」

「へぇへぇ。

 情報、サンキューな」

「お代はカラオケでいぜ?」

「言ってろ」



 そんな感じで憎まれ口を叩いてから、俺達は別れた。



 ※



 バイト探しをしていた俺は、幾つも貼られた求人募集の張り紙と、にらめっこをしていた。



 ……正直、弱っていた。

 ここまで沢山あるなどと露知らず、軽率だったかもしれない。



「……どれもお勧めしないでごぜぇやんすよ」

「うおっ!?」

 


 いつの間にか俺の横にちょこんと立っていた少女。

 彼女が、低いテンションと機械的な声、そして風変わりな丁寧語で、俺ではなく掲示板を見上げながらげる。



 マフラーにイヤマフ、それからニット帽、重ね着した手袋とコートが特徴的で、見るからに冷え性っぽかった。

 というか、『眠れる氷の美少女』だった。



「飲食店は、ピーク時や宴会中に、スタッフ達が豹変するし。

 酔っ払いが面倒臭いし。

 当日になって勤務時間延長させられたり早く出勤させられたりするし、名前が書かれてなかったり。

 特製カレーが市販のレトルトを温めただけだったりするし。

 そもそもクレカの裏面に名前が未記入だったり、性別が判別しづらい名前と外見で本人不在のまま名義が違うクレジットをしれっと堂々と使ってたり。

 あるいは払ってからサイン拒否し、本の数百円のためにヒス起こして『訴える!!』とか抜かす、原告側だって裁判沙汰になればお金払わなきゃって一般常識さえ知らなさそうな、その癖案のじょう、そのまま電話越しでの謝罪すら済ませないまま尻尾巻いて逃げるような。

 そんな、傍迷惑かつ不届き千万な無法者共が多過ぎる」

「お、おう……」

「コンビニは、やらされること多いし。

 夜間だとおにぎりや弁当はタダだけど飲み物は自腹だし、落としたデリカは自費で買わなきゃだし。

 煙草の番号覚えるのギガ手間だし。

 やっぱり当日になってからシフト変えられるし、おまけに口頭では伝えられずシフト表確認するのが億劫だし。

 そもそも『揚げたてですよー』とかアピってるくせに、肝心な揚げたてのは最後尾に入ってるので誇大広告乗り越えて虚偽詐欺だし」

「ちょ、ちょ、ちょ、待って……」



 ロー・テンションとは対象的にまくし立てられる、なんともエグい、それでいて生々しい実態。

 そんな暴露を俺が慌てて止めると、少女は眠た気な左目だけボーッと俺に向けた。



「……俺、もう少しで高校生の現役中3だから。

 夜勤は無理だから。

 法令的にもスケジュール的にも」

「そうですか。

 失礼さーせん」

「いや。

 親切に教えてくれたのは、助かったよ。

 ありがとう」

「……別に。

 単なる姉の受け売りなんで。

 じゃあ、見ず知らずの新世代高校生さん。

 精々せいぜい、そこそこ好条件なのを見付けて社会貢献でもしておくんなませ。

 オッケー、失敬、渡辺いっけ◯」 

「あ、ああ……」

 


 なにやら謎な挨拶を最後に、防寒少女は、その場を去った。



 てか、本当ホントに覚えてないのな。

 照れ隠しの線もると踏んでたんだが。

 しかも、意外とお喋りってか、コミュニケーション取れてるかはさておき、話しやすくはあるのな。



 と思いきや突如、立ち止まり、振り向いた。



「一応、言っとくです。

 くだんの姉は、今は名作ゲームのリメイク版を合法的にソシャゲにして稼ぐという荒業会社、『goaldゴールド gamesゲームズ』で大成功を収め。

 激務に追われながらも、楽しくやっているみたいですので、ご安心しなさいませ」

「あ……そ、そう?

 良かったね。

 ……て、え……?

 君、『goaldゴールド gamesゲームズ』の社長の妹!?」

「知ってますですか。

 シンプルに意外ですますね。

 あれの主流は、なん世代も前のレトゲーやミニゲーム。

 あるいは、ポテンシャルは確かだけど、マーケティングで盛大に自爆ったソシャゲばかりなのに」

「あ、ああ。

 広告で見かけてさ。

 隙間時間に手軽に出来できるし、面白いから、重宝してる」



 『goaldゴールド gamesゲームズ』。

 『過去オールド遺産ゴールド神作ゴッド頂点ゴールへと導くこと』を社訓とした、新手のゲームメーカー。

 クオリティや種類もことながら、課金や周回、広告や制限など、現代に根強く息衝いた、様々な阻害要素を極限までスポイル。

 そんな、最近の流行とは正反対、時代と想像の遥か上を行く強気で自由、そして少し罪悪感と不安を覚えるスタイルが絶賛話題沸騰中な、超人気会社。



 今、自分の目の前に立っているのが、その社長の妹だなんて。

 あまりに現実、自分と乖離し過ぎてて、とてもじゃないが、にわかには受け入れ難い。

 そんなわけなので、俺の思考は自ずと、彼女の姉ではなく、それらの要素から外れた、彼女自身に向けられていた。



 ……にしても、なんだか、独特な子だな。

 そんなふうに思いつつ、当たり障りない感想を述べると。

 少女は俺の方にゆっくりと近付き、まじまじと見詰めて来た。



「……変わってるですね。

 ここまでサキと話したがる人は、初見ですます。

 大多数の人は、サキを相手にすると決まって、引くかあしらうのに。

 あるいは、社長がプロフィールをまったく明かしてない背景も相俟って、家柄いえがらことを話しても、てんで信じようとしてくれないのに。

 何故なぜですか?

 お答えなさいです」



 ……ここだけの話、思ってしまった。分かる、と。

 そうだろうな、と。



 この子は、俗に言う天然タイプ。

 こういった子を相手にするには、長年の人生経験で培った大度や冷静さ、大人っぽさ。

 もしくは生まれながらに持ち合わせていた嘘偽り無い優しさ。

 あるいは彼女に引けを取らない強い個性が必須だ。



 彼女が何歳なのかは知らないが。

 人格形成の途中である少年期に、彼女の理解者を求めるのは、至難の業だろう。



 おまけに、大企業の社長が姉で。

 さっきの話を聞く限り、関係も良好と見た(むしろ、ちょっと開けっ広げ過ぎるのでは?)。



 となれば。

 意図的にせよ無自覚にせよ、顰蹙や反感を買うことを言って、要らぬ厄介事に巻き込まれるリスクだって容易に伴う。



 しかも、学校生活でのあれこれだ。

 あんな調子じゃあ、友達なんて夢のまた夢だろう。



 しかし、幸か不幸か。

 図らずも俺は、後者はさておき、少なくとも前者は、そのご多分から外れていた。



「確かに、ユニークだとは思ったさ。

 それに、君の姉の偉業に、ビビりもした。

 でも、そんなの関係ないだろ。

 初対面で、おまけに無視して無関係であり続けることだって容易に出来できたのに、俺にアドバイスしてくれた。

 その時点で、君自身の人となりが取れた。

 い人だって確信した。

 どうして、えて構える必要がある」

「ふーん……不思議な人ですね」

「読書経験が豊富なおかげで、行間と空気を読むのに長けてるだけさ」



 かすかにチャラい台詞セリフを言い残し、その場を去ろうとする。

 が、彼女に先回りされた。



「……気が入り変わりました」

「『気に入った』し、『気が変わった』ってこと?」

「左様でござるです。

 あなたを、サキのパートナーに任命しますです。

 元々ここには、バイト募集の張り紙をする為に赴いたので」

「……はい?」



 こうして俺は、一風変わった少女……多矢汐たやしお 依咲いさきに、認められ、認識されたのだった。





「おー、かえりー、我が妹よ。

 おんやぁ。

 やぁやぁ、君は誰だい? 少年。

 私は、その子の姉、多矢汐たやしお 知稲ちいな、どうぞよろしく。

 んじゃ、仕事に戻るんで、バイナラー」



 多矢汐たやしお家に案内されるやいなや。

 シワだらけの白衣に身を包んだボサボサ髪の女性が、そんな感じに一方的に挨拶を済ませ、とっとと階段を上がっていった。

 ……多矢汐たやしおの家系は、マイペースさでももたらすのだろうか。



「パイセン。

 こっちです」

「あ、ああ。

 って、ちょっと待った」

「待つでます。

 なんでございマスタング?」



 部屋に案内しようとしてくれた多矢汐たやしおが、素直に従った。



 なるほど。

 頼めば、きちんと聞いてくれるのか。



「あー、いやー……。

 その、『パイセン』っての、めない?」

何故なぜでやんす?

 あなたはサキが初めて認識した、家族以外の存在、謂わば友達です。

 であれば、愛称を込めたいで候です」

「その気持ちはありがたいんだけどさ。

 その……下ネタっぽいってーかー……」



 俺が正直に言うと、サキは押し黙った。



 やっば……!

 もしかして、今の発言自体が、それっぽかった!?



「なるほど……確かに。

 先輩、すごいです。

 サキに見抜けなかったことを、こうもあっさりと。

 スゲーナ・スゴイデス」



 と思ったら、なんか思わぬ形で尊敬された。

 この子、本当ほんとう謎過ぎる……。

 と、それは置いといて。



「普通でいよ。

 って。そういや、まだ名乗ってなかったっけ。

 俺は、新甲斐あらがい 未希永みきと

新甲斐あらがい未希永みきと先輩。

 じゃあ、『カイせん』ですね」

「 『ガイ先』じゃないのか?」

「それだと、ゲイ専みたいに」

「カイせんでどうぞよろしくお願いします」

「承知仕りましたでござんす。

 まったく松田◯太。

 そっちに合わせたんだから、少しは汲み取りなさいまし」

「す、すまん」

「それと、サキに話す時は、最初にサキの名前を呼んでからにしておくんなまし。

 なに分、ボッチ期間が長いゆえ

 そうでないと、認識出来できず、聞き逃してしまうでござんす」

「了解。

 気を付けるよ」

「シェーシェー」



 ……ちょくちょく思ってたけど、確かに賢い。

 なにより……根はい子だな。



「で、多矢汐たやしお

 俺は今、どうして呼ばれたんだ?」

「カイせんと、バイトの内容を決めようかと」

「……まだ決まってないのに、俺を採用してくれたの?」

「それはそれ、これはこれです。

 いから、さっさとささっと行くでますよ、カイせん

「あ、ああ」



 ……本当ホントに大丈夫なのかな? この子。

 などと不審がりつつも、俺は彼女に付いて行く。



 案内されたのは、実に質素な、ミニマルな部屋だった。



 意外だ。

 てっきり、もっとこう、ゲームとか玩具とか沢山たくさん、所狭しと置いてる感じかと。



「趣味の部屋は、別にるです。

 それより、カイせん

 サキ達の方針を決めるです」

「そ、そうだな。

 して? どんなバイトをご所望で?」

「楽して楽しく稼げる仕事なら、なんでもバッチこーい」

「ってなっと、出来できそうなのはなにいな」

「けっ。

 世知辛くなったもんです」

「そこは、今も昔も、未来も変わらないと思うぞ?」

「偉そうに。

 無職先輩のくせに」

「中学生だからね!?

 ニートみたいに言わないで!?」

「ダイナストライカ◯(独学)の趣味・特技すらくせに」

「そもそも、なに!? それ!」



 待て待て。

 俺まで熱くなったら、ダメだ。



 ここは、冷静に。

 落ち着いて、リードしないと。



多矢汐たやしお

 君はお姉さんに、コンプレックスとか、いよな?」

「微塵も。

 むしろ、誇りです」

「じゃあ、それをアピってく方向で、どうかな?

 楽とか楽しいとかは分からないけど。

 それなら、少なくとも、目には止まりやすい」

「……確かに。

 『金亀きんがめ』を武器にすれば、行けるかもでござるます」

「『金亀きんがめ』?」

「『goaldゴールド gamesゲームズ』の、『ゴルゲー』以外の略称です。

 金爆みたいな物です。

 実際、ロゴデザイン、金亀きんがめです」

「あー……」



 そういや、確かに亀だったっけ。



「じゃあ、方向性は決まったな。

 次は、媒体、方法だ」

「であれば、ネットでやりますです。

 それなら、手段は楽ですし」

「確かに。

 顔出しはしない感じで?」

「サキの可愛かわいさをもってすれば、より楽に大量ゲット出来できそうですが、めとくです。

 ネットは、怖いでごぜぇますからなぁ」

「俺も賛成だよ。

 てなっと、Vで攻める感じ?」

「残念ながら合成、編集力は、サキも未踏、未履修です」

「となっと、声だけか?

 それでいて、リアバレ、顔バレしなさそうなのは……」



 少し考え、閃いた。

 取って置き、最適のアイデアが。



多矢汐たやしお

 こと思い付いたぞ」

なんでやんすです?

 お教えおくんなまし」

「ちょっと待ってろ。

 その前に言質……じゃない、確認取るわ」



 口を滑らせたのを拙くフォローしつつ、俺はスマホで電話をかける。



『おう。

 どしたー? 新甲斐あらがい

「突然だが、七忍ななしの

 高校生になるのを期に、ちょっと勝負しないか?」

『乗った。

 で? なにでするんだ?』



 しめた。

 よし。俺共々、安全を保証するための、実験体にしてくれる。



「どっちがより多くファンを稼げるか、だ」





「ん……んぅ……」

 


 バイト初日。

 仕事中に寝落ちした多矢汐たやしおが、やっと起きた。



 良かった。

 やはり、大事だいじかったか。



「よぉ。

 よく眠れたか?」

「カイ、せん……?」



 俺を見て思い出したらしく。

 ベッドで熟睡していた多矢汐たやしおは、たちまち飛び起きた。



「バイトは?

 どうなったですか?」



 行動の勢いの割にクールな調子で、多矢汐たやしおが俺に尋ねる。

 俺も、平静を装い答える。



「どうにかなったよ。

 七忍ななしのが、助けに来てくれたおかげでな。

 君のことも、心配してたよ。

 あとで、お礼は言っておきな」

「そう、ですか……。

 ……ありがとうございます、カイせん

「俺じゃなくて、七忍ななしのに。

 俺はただ、格好かっこ悪くパニクってただけだからさ。

 しくも、あいつが参加してくれてて、救われたよ」

「それは、後でします。

 でも、今は……カイせんに、ありがとうを言う時です」

「そっか。

 んじゃ、素直に受け取っとくよ。

 悪い気はしないんでな」

「はい。

 どうぞ差し上げます、持ってけ泥棒です」



 どうやら、調子も戻って来たらしい。

 が、だからといって、ベッドから降りようとするのは、流石さすがに止めなきゃな。



「待て、多矢汐たやしお

 少しじっとしてろ。

 何日か、寝てなかったんじゃないか?」

「そうですけど……感謝は、態度で示さないと」

「気持ちだけで充分だ。

 君みたいな可愛かわいい子にお礼言われるだけで充分、役得だ」

「それは、まぁ……サキは可愛かわいいから、そうかもですけど……。

 それとは別に、カイせんために、何かしたいんです……」

「だったら、俺のために、今は休んでくれ」

「……その言い方……卑怯です。

 カイせんくせに、生意気です。

 ズルパワフルは、柿◯さんとサキだけの特権、専売特許です」

「誰だよ、◯原さん。

 まぁ、かく

 今は、休んでくれ?

 お・れ・の・た・め・に。な?」

「……仕方ないです。

 でも、今に見てろです。

 いつか、倍返しに致しますです」

「怖いな」



 なにはともあれ、大人おとなしく枕に頭を置いてくれた多矢汐たやしお

 俺は、その体に布団を掛け、ついでにポンポンと布団ふとんを叩く。

 すると、子供扱いが不服だったのか、多矢汐たやしおが小キックして来た。

 割と元気だな、この子。



「……お腹空いたです」

「何か買って来るか?

 あるいは、出前でも奢るか?」

「カイせんの、朴念仁ぼくねんじん

 カイせんの手料理を所望するです。

 何か作れです」

「あー……そういう感じ?

 それは無理だな。

 俺、生まれてこの方、料理したこといんでな。

 っても、親もだけど」

「……そんなへっぽこステータスで、彼女欲しいとか二言目には言ってたんですか?

 あれですか? 付き合ったら、家事は相手に押し付ける感じで?

 だとすれば、老害極まれりで幻滅亡迅◯です」

なんだ、その、テイル◯みたいなの。

 勉強しないとは言ってないだろ?

 ちゃんと、するさ。

 付き合うために必要ならな」

「結局、恋愛絡み……。

 これは、望み薄ですね……。

 分かったです。じゃあ、サキが作って来るです」

「だからぁ。

 君は、じっとしてなさい」

「……今、子供扱いしやがりました?」



 あ、あれー?

 いつの間にか、窓が開いてたかなー?

 なんだか、やにわに極寒になったぞー?



「し、してない。

 いから、寝てな……いと、ダメだろ?

 な? 頼むから。

 飯なら、七忍ななしのにでも作らせればいし」

「ちょくちょく思ってましたが、カイせん

 七忍ななしの先輩のこと、召使いか使用人かパシリに思ってません?

 雑に扱われて、羨まけしからんです」

なんでだよ。

 あと、あいつはこのくらいんだよ。

 どうせ大した出番もいし」

さっき、『感謝する』って言ってたような……」



 などと話していたら、スマホが通知を知らせた。

 七忍ななしのからのRAINレインだった。



『おっす。

 そろそろ多矢汐たやしおちゃん、目ぇ覚ましたか?

 お姉さんから許可取って、有り合わせで軽食作っといた。

 台所に置いといたから、適当に食べとけ。

 感謝しろよ?』



「……多矢汐たやしお

 俺があいつを雑に扱う理由を今、確信した。

 あいつが下手ヘタに便利、有能、使い勝手がいからだ」

「……みたいですね」

「んじゃ早速、取って来るわ」

「じゃあサキは、ちょっと喋って来るです」

「それがい。

 みんな、心配してくれてたからな」

「はいです」



 二人でスマホの画面を見たあと

 多矢汐たやしおが目覚めたのを知稲ちいなさん(ついでに七忍ななしの)に伝えてから、俺は食事を取りに行き。

 用事を済ませた多矢汐たやしおと一緒に、二人でご飯を食べた。



 悔しいが、七忍ななしのお手製の夕食は美味だった。

 あいつが作ったとは信じ難いほどに。



「で?」

 食事と後片付けが済んだタイミングで、俺は思い切って切り出した。

なんで、寝不足だったんだよ?」



「……」

 多矢汐たやしおは、顔を逸していた。

 しかし、やや経ってから、往生した顔をした。



「年貢の収め時ですね。

 白状するです」

 神妙な面立ちで、多矢汐たやしおは語り出す。



「ーー不眠症なんですよ。

 サキ」



 想像以上に、重い一言をもって。



「……どういう、こと?」

「読んで字のごとしです。

 サキは、不眠症なんです。

 っても、『寂しがり屋であるがゆえに、一人では眠れない』。

 って意味ですが」

「あー……」



 そういうことか。

 言われてみれば、それらしい節はった。

 


「……その……。

 ……ご家族、は?」

「両親は、仕事で、ほぼ家にないです。

 なので、今までは姉が、サキに付き添ってくれました」

「けど、知稲ちいなさんは……」

「ええ。

 ご覧の通り、今は忙しくしてて、家にも大してません。

 ゆえに最近は、サキは睡眠ボッチなのです。

 て言っても、多矢汐たやしお一家は元来ショートスリーパーだし。

 クラスメートか校医の先生がる学校で寝れば大丈夫だったので。

 そこまで問題はりませんでした。

 しかし……」

「事情を話しても理解してもらえず、保健室から追い出され。

 おまけに、春休みが始まり、学校で眠れなくなった……?」

「その通り。

 結果、このざま。 

 ざまぁとしか言えませんね」

「そんなことっ」



 立ち上がり、否定しようとする。



 が、かなわなかった。

 あきらめも絶望も通り越して、無我の境地に達していた、多矢汐たやしおの瞳を見たら。



「……りますよ。

 元々、どうにもサキは、みんなとズレてたので。

 サキがなんの変哲もないことを言う。

 それだけでみんなこぞって、サキを無視したり、馬鹿バカにしたりして来るです。

 サキは自ずと、趣味、好きなことにだけ没頭し。

 周りを筆頭に、色んなことに関心を無くしました。

 サキ自身の存在すら、忘れかけました。

 だからサキは、『サキ』って言うんです。

 どんなに変人で、どんなに嫌いで、億劫でも、憂鬱で退屈で鬱屈で屈折してようと。

 せめてサキは、サキだけは、サキを忘れないために。

 サキの、味方であるために」



 ……知らなかった。

 単なる、小生意気な可愛かわいいアピールとしか取ってなかった。

 まさか、そんな悲しい秘密が隠されてたなんて。



「……そんなふうに、歯向かいながら。

 生きてるなんて口が裂けても言えないまま。

 何となく適当に気分でダラダラ過ごして来たツケですね。

 気付けばサキは、満足に寝ることすらままならないまでに、精神的に追い詰められてしまいました。

 いんです。全部、サキが悪いので。

 一緒に寝てくれる、抱いてくれる、枕になってくれる人さえ作れなかったのも、姉の仕事を了承したのも、他ならぬサキですから。

 なんなら、このまま死んだって、別に構やしないんで。

 別に、生きる理由も、産まれた理由もいんで。

 サキは……サキの命には、先がいんです」



 そう、多矢汐たやしおは言い切った。

 

 きっと、本心から。

 実に容易く、呆気無く。



「……」



 俺は、無言で窓を開けた。

 深呼吸し、外の風で頭を冷やしてから、クールに言う。



「……言わないでくれよ。

 そんな、悲しいだけのこと

「仕方ないですよ。

 事実なんですから」

「だったら。

 君の知らない事実を。

 それを上回る、上書きするための事実を、俺が教えるよ」

 ベッドの前に座り、多矢汐たやしおの手を包み、俺は訴える。



「君に無関心なクラスメートとか。

 噂だけで君を悪しざまにディスるやつとか。

 頭でっかちな教師とか。

 そんな連中なんて、知るか。

 少なくとも俺は、いつも君を思ってる。

 ふとした拍子に、君のことを考えてるし。

 大切に感じてるし、一緒にて楽しいし。

 振り回されるのも何だかんだで悪くない。

 俺は今……切に、心から願ってるよ。

 君にしい。生きていてしい。

 産まれて来てくれて。出会ってくれて。

 ありがとう、って」

「……カイせん……」



 空虚な多矢汐たやしおの瞳に、薄ぼんやりした光が灯り。

 渇き切った、枯れ果てた多矢汐たやしおの両目から、涙が溢れる。



 俺は、彼女を優しく抱き締め、しきりに頼む。

 負けないでくれ。

 あきらめないでくれ。

 一緒に、てくれ。



多矢汐たやしお

 多矢汐たやしお依咲いさき

 君は絶対ぜったい、永遠に。

 誰が、いつ、どこで、誰と、何で、どうやって見ても。

 決して、一人なんかじゃない。

 仕事に追われながらも、絶えず君を案じる、君を糧に、理由に、生き甲斐に一生懸命、働いてる、家族がる。

 友達の知り合いってだけで、君不在の穴を埋め、君を憂い料理までしてくれる、七忍ななしのる。

 そして……大して取り得のい、頼りない、彼女しいとか抜かしといて甲斐性のい、こんな時でもさほど上手いこと言えたりもしない、君と同じく、生きる理由とか生まれた意味とか無さそうな、どうしようもない俺もる。

 でもさ……こんな俺だからこそ、君が必要なんだよ。

 生きる意味が、生まれた意味がいってんならさ。

 俺が生きる、生きてる、生きて行くための理由に、君がなってくれよ。

 これから先、君と俺が、どんな形、どんな関係になるかなんて、分からないけど。少なくとも、一緒には、そばにはる、続けるからさ。

 そんでいつか、俺に言ってくれ。

 君の生き甲斐で、かった。

 君が、生き甲斐で良かった、ってな」



「世界に……反旗を翻そうってんですか?

 主戦力が二人だけの、たった六人の弱小ギルドで?」

「もしそれが実現したら。

 面白いと思わないか?」

「最っ高ですね」



 袖で目元を拭い、多矢汐たやしおは不器用に微笑ほほえんだ。

 どうやら、もう平気らしい。

 


 一安心していたら、またしても七忍ななしのからRAINレインが来た。

 画像?



「……ふっ」



 見た瞬間、思わず吹き出した。

 あいつ、本当ホントに有能だな。



「カイせん?」

多矢汐たやしお

 君、コメント欄、目ぇ通したか?」

「ご冗談を。

 誹謗中傷で溢れ返ってるに決まってるのに」

「じゃあ、これ見ろよ」



 七忍ななしのが添付して来たスクショを、俺は多矢汐たやしおに自慢する。



 俺の相方……多矢汐たやしお 依咲いさきは、一人じゃない。

 それを、証明するために。



『妹ちゃん、やるじゃん。

 七光りとかじゃなく、ちゃんとゲームが好きだったんだな』

『惜しかった!

 もっと妹ちゃんの声が聴きたかった!

 次もゼッテー来る!』

『妹ちゃんなんて言い方、失礼だわ。

 会社とか関係無く、これからもサキちゃんを応援する』

『今日から、ここをキャンプ地、場所、生き甲斐、本拠地とする!

 是非とも、また楽しませくれ!』



 そんな感じの、暖かいコメントを残し、ファンになってくれる人達。

 延べ、千人。

 これを快挙と呼ばず、なんとする。



「あ……あぁっ……」



 震えながら、俺のスマホを求める多矢汐たやしお

 俺は、彼女の手にスマホを収め、しっかりと握らせる。



「……カイせんっ……」

「ああ。

 喜べ。

 しっかり、噛み締めろ。

 そして、誇れ。

 君がず、世界に一発食らわせた、一勝した、認識された。

 記念すべき、この瞬間を」

「〜っ!!」



 多矢汐たやしおはベッドから降り、窓から身を乗り出す。

 ボサボサな髪がブワァッと揺れ、額を、両目を、両耳を出しながら、彼女は叫ぶ。



「……見たか……!

 見たかぁ!!

 サキに無関心だった世界!

 レイドで、サキに常にソロ強いて来た、分からず屋、唐変木の世界!!

 ……サキには……!

 ……サキには、一千人の部下が、ファンが、家族が、七忍ななしのさんがるっ!!

 サキにはぁっ!!

 不器用で、恥ずかしがり屋で、頼りなくて、甲斐性もいっ!

 誰よりも優しくて、強くて、格好かっこくって、いざって時には頼もしくって!

 いつもサキのことを考え、サキを心配し、サキを大事に思ってくれる、サキを大切にしてくれる、サキのそばてくれてるっ!

 ……大好きな、カイせんがっ!

 新甲斐あらがい 未希永みきとが、ここにるっ!!

 サキはぁっ!!

 今の、サキは、百万馬力っ!!

 ……無敵、だぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」


 

 溜まりに溜まったストレスを、捌け口を失った蟠りを、一気に発散させるような。

 そんな、嵐のような、凄まじい咆哮。



 すっかり荒くなった息を整え。

 晴れ晴れとした面持ちで、多矢汐たやしおは俺に言った。



「一喝、活を入れて、してやったりです。

 サキに理不尽ばかり強いる、底意地の悪い世界に」

「でかした。お疲れ。

 格好かっこかったよ。

 ただ、その……俺、買い被られてない?」

「うーん……ちょっと盛り過ぎたかもですます」

「正直に言うな。

 否定しろ」

「カイせん面倒めんどいです」

「君には、言われたくない、なぁっ!!」



 ひと仕事終えた多矢汐たやしおの髪をグシャグシャにしつつ、健闘を称える。

 本当ほんとうに……大した後輩だ。



「ところで、多矢汐たやしお

 さっき言ってた、『先がい』ってのは……?」

「単なる推測ですよ。

 サキは趣味に没頭して生き急いでる刹那主義者。

 ショート・スリーパーなのをことに夜な夜な、料理や勉強を始めとした、生活する上で最低限の知識や必須スキルを身に着けたりしてるので。

 我ながら、寿命が短そうだなって。

 あるいは、人生に飽き飽きして、いつか自分からゲーム・オーバーにしそうだなぁって。

 ただ、それだけです。

 別に、不治の病とかじゃないです。

 まぁ、精神的に病んでアンニュイではいますけど」

「なーんだ、そうか……。

 安心した。

 それなら、なんとかなりそうだ」

なにがです?」



 髪をいじるのを止めた俺は、少し屈み目線を合わせ、彼女に誓う。

 


「今日から俺は、君の生きる理由、生まれた理由で。

 君が生きるための薬、抱き枕、退屈凌ぎになる。

 俺がる限り、君に寂しい思いをさせはしない。

 確約するよ」

「カイせん……。

 ……光栄です」

「俺もだよ」



 うれしそうに笑う多矢汐たやしおの頭をポンッと撫で、続ける。



「だから、その、あれだ。

 もう、他の人に、変なこと、頼まないでくれよ?

 ほら、その……『寝てください』とか、そういうの」

何故なぜです?

 カイせんない不測の事態に備えて、増やすべきでは?」

「……あのさ、多矢汐たやしお

 芸能界に興味とか、る?」

なんであんな、いつスキャンダるか分からない、感心しない魔境に、関心なんぞ」

「だよな。

 じゃあ、次の質問。

 赤ちゃんの作り方、知ってる?」

さっきから気になってたですけど。

 なんで今、その話です?

 まぁ、サキは寛大ですしぃ?

 カイせんが、どぅぉ〜しても知りたいってんなら。

 伝授して差し上げるのも、やぶさかではないですけどぉ」

「どぅぉ〜しても知りたいから、頼む」

「コウノトリですよ」

「軽いなー、引っ張った割にー」



 そして案のじょう、違うなー。

 いや、当たってもいるか、予想は。



 そう言や、七忍ななしのが言ってたっけ。

 確か、『副教科はサボってる』って。

 つまり……そういうことか。



 ……仕方しかたい。

 この際、はっきり説明しといた方が無難か。

 これからのためにも。



「……多矢汐たやしお

 実はな……」



 俺は、多矢汐たやしおに全て説明した。

 今まで多矢汐たやしおが言って来た発言を、世間では、どんなふうに受け取るのかを。

 結果。



「……カイせん

 今まで、お世話になりました。

 先立つ不幸を、お許しください」

「許さんから、先立つな」



 清々すがすがしいまでに速攻で飛び降り自殺を図った多矢汐たやしおを、条件反射で捕まえる。



「離せですぅ!

 サキは、もう死ぬですぅ!

 サキが痴女とか、巫山戯ふざけろですぅ!」

「どーどー、多矢汐たやしお

 な? これからは、きちんと副教科も、勉強しような?

 こういうことになるから。な?」

「うがぁぁぁぁぁ!!

 やっぱり世界なんて、嫌いだぁぁぁぁぁ!!」



 その後、どうにか抑え込み、なんとか事なきを得た。



「……平気か?」

「平気なもんですかぁ……。

 恥ずか死にそうですぅ……。

 サキは、断じて痴女じゃないですぅ……」

「大丈夫だ。

 俺が証人だから。

 それに、これからは俺がるんだから、平気だろ?」

「ですけどぉ……。

 やっぱり、まく……じゃなくて、抱き枕はしいですぅ……」

「それは、まぁ……」



 他者がないと常に目が冴えてる、目覚めてる多矢汐たやしお

 ぐずつく彼女を、どうにかあやしたい所だが、果たして……。



「……名案、思い付いたです」

 俺が脳細胞を動かしている内に、ふと多矢汐たやしおが、そう言った。



本当ほんとうか?」

「ええ。我ながら、自分が怖いです。

 完璧です。

 サキの抱き枕を増やす。

 カイせんに恩返しをする。

 カイせんを生活改善する。

 これらを全て、同時に満たせる解決策を、キラッとピカッとチカチカッと閃きました」 

「最後だけ分かる上に少し不安だが。

 どんな策だ?」

「ふっふーん」



 得意気な顔をしつつ、多矢汐たやしおは俺を指差し、高らかに宣誓する。



新甲斐あらがい 未希永みきと、通称カイせん

 たった今から、あなたを、サキの兄にも任命するです」

「……はい?」



 ※


 

 多矢汐たやしおとの一件で、調べてみて知ったのだが。

 最近、『ソフレ』という言葉が出来できたらしい。



 これは、『添い寝フレンド』の略称。

 つまりは、『恋人には該当しない、添い寝するだけの男女関係』のことらしい。 


 

 男女がソフレを作るのには、いくつか理由がるのだが。

 多矢汐たやしおみたいに、『寂しさを紛らわせたい』がゆえに求めるパターンもるのだとか。



 概要を説明した所で、本題に戻ろう。

 なんで、こんな話をしているのかというと。

 


「ありがとねぇ、サキちゃん。

 態々わざわざ、美味しいご飯を作ってくれてぇ」

「母さんの言う通りだ。

 それに、掃除や洗濯までしてくれるなんて。

 未希永みきとには勿体ない彼女だ」

「マジカル違う。

 今は、サキじゃなくて、新甲斐あらがい 為桜たお

「彼女については、否定しないのねぇ」

「そ、それは、カイせん……じゃなくて。

 にい次第で、その……考えなくも、ない……。

 そ、それより、さっきの件。

 マジカル問題い?」

勿論もちろんよぉ。

 ママで良かったら、いつでも一緒に寝ましょ?

 あ。でも、パパと眠りたい時は、ママも呼んで、布団は別でね?」

「そうだな。

 それは大事だな」

「マジカル委細承知」



 まぁ……こういうことだ。

 今日から新甲斐あらがい家は、一家総出で、多矢汐たやしおのソフレになったのである。

 


 ドア越しに、キッチンでの会話を盗み聞きする。



 良かった。

 どうやら、なんとかなったらしい。



 にしても、驚いた。

 まさか、住み込みで、我が家の家事担当を買って出てくれるとは。

 無論むろん多矢汐たやしお家には承諾を得たし、バイトのために、週一で実家には帰るが。



 俺の家族なら、なんら心配いってことか。

 随分ずいぶん、信頼されたなぁ、俺。

 


本当ほんとうに、気兼ねく暮らして頂戴ちょうだいね、為桜たおちゃん」

「そうだぞ。

 なんせ、今日から為桜たおも、新甲斐あらがい家の一員、家族、仲間なんだから」

「……じゃあ」

 


 両親からの言葉を受け、多矢汐たやしおは思い詰めてそうな声を出してから、続ける。



「今日から、二人のこと……『ママ上』『パパ上』、って。

 呼んでも、い……?

 サキのママとパパも勿論もちろん、大切だし、大好きだけど……。

 為桜たおの近くにてくれる。

 為桜たおと一緒にご飯を食べてくれる。

 為桜たおと一杯お話してくれる。

 二人は、サキの両親より、少しだけ。

 ほんの少しだけ、上位互換だから」



 あー……いや、あの、多矢汐たやしお

 じゃなくて、為桜たお

 それ今、一番いちばん、言っちゃ駄目ダメやつ……。



勿論もちろんよ♪

 どんどん呼んで頂戴ちょうだい

 ママ、ずっと女の子が欲しかったのよ♪

 こんなに優しくて可愛かわいいくて出来できた娘を持てて、感激♪

 これから、よろしくねぇ、為桜たお

 未希永みきとに捨てられても一生懸命、離さないんだからぁ♪」

「か、母さん。

 気持ちは分かるが、落ち着いて。

 それから、為桜たお

 なにったら、ぐにパパ上に報告しなさい。

 いね?」

「マジカル、了解……。

 マジカル、苦しぃ……」



 ほらぁ。言わんこっちゃない。

 いや、言ってないけどさ。



 家の親、俺の『彼女しい』ばりに常々、言ってたからな。

 『娘がしい』って。



 で、実際に出来できて、こんな殊勝なこと言われちゃ。

 そりゃあ……溺愛するわな。



「しかし、いのか?

 サキちゃんのご両親が、お冠じゃないのか?」

「今のサキは為桜たお

 それに、構ってくれない親なんて、マジカル知らない」

「ダメよぉ、為桜たお

 お二人だって、好きで為桜たおっぽってるんじゃないんだから。

 為桜たおの生活費は諸々、上乗せして負担するって言ってくれてるんだし」

「だとしても……。

 やはり為桜たおは、ママ上とパパ上の方が、にいの次に好き」

「そこは譲らないのね♪ 健気ぇ♪」

「だ、だから、ママ上……。

 ハグは、マジカル苦しぃ……」



 やれやれ。

 先が思いやられる。

 でも、まぁ……悪くはない、か。



「これからよろしく、多矢汐たやしお

 ……いや。為桜たお



 向こうに偽妹ぎまいに小声で言いつつ、俺は祝杯の炭酸を、一人でこっそり、ちびちび呑んだ。



「ところで、にい

 そんな所で盗聴なんて、マジカル悪趣味」

「いつからたの!?

 てか、バレバレ!?」

為桜たおを甘く見ないで。

 罰として、にい

 今から為桜たおと、デビュー戦のリベンジ。

 こっちでも出来できよう、簡単な機材は持ち込み済み。

 分かったら、とっととマジカル用意」

「か、畏まりぃっ!?」

「ところで。

 にいことなんて呼べばい?

 ママ上たちなぞらえて……『ブラ上』?

 いや、当たり前。

 下には付けない」

なんの話ぃ!?」



 ……マジでやってけるのか? 俺。





 そんなこんなで始まった、多矢汐たやしお為桜たおとの家族、同居生活。



 あれから一年が経ち。

 多矢汐たやしお依咲いさきになり、俺は最推さいおし候補(未だにく分からん)となり。

 そして。



「あ、あの……為桜たお

 何してるのかな?」

にいと、添い寝」

なんでまた、忍び込んだのかな?」

にいのセキュリティがザルだから」

「ですよねー」



 いや、まぁ、分かっちゃいたけどね!?

 ていうか、こうなるって、思ってたけどね!?

 デート初日ですら、こんなですか!?



「それより、にい

 さっさと起きて、ご飯食べて、バイトするべし。

 時間がマジカル勿体ない」

「それでいのか?」

「構わない。

 そのあと、ゲーム三昧だから」

「……為桜たおらしいな。

 了解。すぐ着替えるよ」

なんなら、為桜たおがマジカルお着替えする」

結織ゆおりみたいなのはご遠慮くださいっ!」

「……にいのいけず」

「ここでそれ言うのは、違わないか!?」

「……あの女には、させてるくせに」

「あれは、怪我けがしてそうな時とか気絶中とかに、仕方しかたくですけどぉ!?」

「なら、起き抜けで寝惚けてるにい為桜たおが脱がすのも、致し方無し」

「どんな極論!?

 いから、早く外にろって!」

本当ほんとううれしいくせに」

「そ、それは、その、なんだっ……!

 ……うるさ〜いっ!!」



 未だに言っても聞かないので、強制的に追い出す。



 まったく。

 すっかり妹らしくなったもんだ。

 もうちょっと、こう、恥じらいというか、なんというか……。



「あらぁ?

 為桜たおぉ?

 どうして、泣いてるのぉ?」

「うー。しくしく。

 ママ上。にいが……にいが、いじめた」

未希永みきとぉ。

 ちょぉっといらっしゃーい。

 一秒遅れる度に、未希永みきとの小遣い1000円ずつ削って、為桜たおにあげるわよー?」

「ボロ儲け。

 棚ぼた。

 臨時収入。

 =よっしゃよっしゃわっしょい」

為桜たおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」



 新甲斐あらがい 未希永みきと、高校2年。

 今日も今日とて、後輩で妹の依咲いさきに、振り回されてます。

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