〈4〉サキガケル思い

geateゲート』。

『gate』『get』『Target』『forget』から名付けられた、若者を中心に大ブレイク中のアプリ。



 リアルタイムに話すだけで、顔出しせずに、誰でも気軽に配信可能。

 さらに、大手に登り詰めれば生業にすら出来できるとあって、登録者数が急増中の人気アプリ。



 バックグラウンド再生は勿論、スマホの画面をそのまま配信すること出来でき

 それぞれの会社から承諾を得ているので一部、ゲームやアニメのツッコミないしは実況、カラオケなども出来できるという優れ物。



 ライブだけでなく、お題に沿ったボイス・メッセージを送ったり、あらかじめ録音した声を残したりも出来できる。



 他にも、今をときめく超人気声優が毎週、冠番組を行ってたりもする(アーカイブも無期限で残る)。



 そんな感じの『geateゲート』だが。

 何故なぜ、これについて今、説明しているのかと言うと。



「『goaldゴールド gamesゲームズ』、プレゼンツ。

 サキの、ラクラジー。

 というわけで本日も、性懲りも恥ずかし気も無く始まりやがりました」



 ……うん、まぁ。

 そういうことだ。



「おっと。

 高速高価スパチャ、あざっす、ナイスパ、ナイバズ、ナイショーでーす。

『その課金、先々まで大事にするですぜ』。

 でも、先に自己紹介させて欲しいでごんす。

 『geateゲート』をお聴きの、全国100Kのサキズキの皆さん、こんばんは。

 ナビゲーターは、皆さんご存知。

 楽に気楽にバリ楽しくがモットー、『goaldゴールド gamesゲームズ』唯一の公式アンバサダーにしてワンダバダー、自由ゲーターのサキです。

 そして」

「ま、マネージャーの、ミキです……」



 わー。

 我ながら、変な声ー。

 まだ慣れなーい。



「というわけで、本日も参りましょうか。

 この番組は、『レトゲーを神ゲーに』でお馴染み、『goaldゴールド gamesゲームズ』の提供でお送り致します。

 もう何度目かも分かりませんが、いい加減、ここら辺、録音で流して欲しいです。

 そんな、本音はさておき。

 今日も、リスナーの皆さんのパートナーたるパーソナリティ、パーソナーを心がけつつ、緩くやって参ります。

 ご新規様、ハー落ち、初潜、ステルス、流れ星、階段投げ、ヘラ投げ、枠周り、寝落ち、無言入室、無言退出、宣伝、コラボ、いずれも大歓迎です。

 但しアンチ、荒らしなど、周りの迷惑になる行為は固く禁じます。

 不審、不愉快な言動を取った方は、見付けた時点で直ちにキック、及びブロックさせて頂きます。

 というわけで、シックなのはこのくらいにして。

 いつもの、行きますか」

「「『あなたをターゲット、数多をフォーゲット。

  レディオで、レディー、オー』」」



 うん。

 今日もタイミング、ばっちりだ。

 流石さすがは、もう一年も毎週、こうして二人でラジオを続けて来ただけはある。



「どうぞ本日も、平和に、自由に、気楽にお寛ぎ、お付き合いください魔閃こんにち殺法ー」

「よろしくお願いしまーす」

 


 さて。

 そろそろ、現状を説明しよう。



 恵夢めぐむさんとのデートの翌日。

 俺は、依咲いさきと一緒に、ラジオ配信アプリ、『geateゲート』のバイトをしていた。

 ……ボイス・チェンジャーによってバビってる状態で。



 誤解をしているだろうから、言わせてしい。

 別に俺とて、好きで脳トロさせられてるわけじゃない。

「高校生になるし、なにかやる」という大義名分の下。

 依咲いさきが配信する上での安全確認を目的として、七忍ななしのとセットで始めただけだ。



 そこそこイケボだった七忍ななしのは、半年で500人もファンを付けた。

 本来の趣旨も忘れるほどに、悔しかった俺に、七忍ななしのは言った。



「お前の古風な口調で萌え声で喋り出したらバズるんじゃね?

 リアクションが可愛いサラリーマンの父親が、そんな感じで娘とゲーム実況者やる漫画、見たことあるし」

 と。



 そんな馬鹿バカな。

 と初めは相手にしていなかった。



 が、試しにやってみると、意外や意外。

 今までの変動の無さが嘘みたいに伸び始めた。



 これに味を占めた俺ことミキ。

 こうしてアニ声を武器に、未だに七忍ななしのと日夜、ファン数を競ってる、というわけだ。



 まぁ……だからって、この声で、他の実況者のマネージャーまでやらされるとは、思いもよらなかったのだが。

 しかも相手が、今や超絶人気ゲーター、サキだなんて。

 安全を確認したら、引退する予定だったんだがなぁ。



「さてさて。

 本日も仕方なく始めます。

 いやね? 毎度毎度のことじゃあごぜぇますが。

 内の姉が、またしても飽きもせず、あの有名ゲームを無課金仕様でリメイクしよーってんじゃありませんですか。

 てことはですよ?

 もう何度目かも分かりゃしませんが。

 この枠で、その紹介、及びフライング実況しろってぇことわけですよ?

 どう思う? ミキせ」

 


 俺に話を振ろうとした依咲いさきの目が、スマホ画面に表示された、見覚えのある名前に釘付けとなった。

 かと思えば、明らかにムスッとした顔色を見せた。



 あーあ。

 俺、知ーらなーい。



「パパ上、ママ上。

 ちーっす、お疲れ様ー。

 晩ご飯、ちゃんと食べたぁ?

 ところで、あとでリアルの方で個人的に話があるので。

 大分お覚悟して首洗って本気狩るマジカル待ってろです」



 補足、及び改めて解説しておこう。

 ここで言う『パパ上』『ママ上』とは、依咲いさきのご両親ではなく。

 彼女が扮する我が家の偽妹、為桜たおの両親……すなわち、俺の実親である。



 あー……。

 これは、確実に、あれだな。

 この前、結織ゆおりが準備してた、俺との婚約届に勝手に判を押してた件についてだな……。



 てか、揃いも揃って何やってるんだ、内の親は……。

 まぁ確かに、依咲いさきはもうれっきとした家族だし、依咲いさきないとガチで餓死するんで、同情はするが……。



 てか、実の息子の方は無視ですか。

 いや、女装っぽいことしてる時に応援されるってのも、それはそれで複雑だが……。



「おっと。

 ご機嫌取りをするかのごとく、早速、10101とうといが貰えましたですね。

 ナイスパです。

『あなたはもう、サキズキ超えて嫁通り越して、お気サキ様です』。

 さっきのは冗談なので、ご夫婦でサキを愛娘がごとく溺愛してくんせぇ。

 決して、ヤンデレでモンペなサバ読みコスプレJKになんか負けないので」

「違うから!?

 ちゃんと現役だから!

 度を越して大人っぽいだけだからぁ!

 あーもう、コメ欄が質問、追求、揶揄からかいの嵐!

 お願いだから、どっちも止まってくれぇぇぇぇぇ!!」

「なお、ヤンデレでモンペなのは否定出来できない模様もよう

「だ〜か〜ら〜っ!!」



 その辺にしとけって!

 本当ホントに!



 君のファンの中には、俺のクラスメイト達だってるんだぞ!?

『くれぐれも内密に』とは頼んであるけど!

 そこから仮に、結織ゆおりの耳に入るような間違いがあったら、どうするんだ!?



 あるいは万が一にも、結織ゆおり本人が今、これを聴いている可能性、危険性だって、無きにしも非ずなんだぞ!?



 教えてないのに、俺の自宅に平気で来て、両親を勝手に懐柔するような手練れだぞ!?

 むしろ、その方が自然なまであるじゃないか!

 


「新妻気取りいじりは、これくらいにして。

 もうこれ、締めて良いんじゃないでしょかね? ミキ先。

 今からやっても、消化試合ってか、惰性感が夥しいと思うんでございますですよ?

 ね? 先輩」

「あ、あの、サキさん……。

 いい加減、先輩扱いは、ちょっと……」

なんででございやんすか。

 ミキさん、サキより早くゲーターしてましたし、100仲間じゃありませんですか」

「俺の場合は、100人ちょっとなの!

 でも、サキさんは違うでしょ!?

 同じ100でも、そっちは後ろに『K』が付くでしょ!?

 3桁違いだよ!?」

「おっとぉ。

 またしてもバビってるのが露呈したぁ。

 そんなだから先輩、サキのマネやってても、未だにファン数が伸びませんですよ。

 その手のキャラって、余程よほどの人気が無いと、正体バレするや否や、たちまちファンが離れたりするですからね」

「誰の所為せい!?

 ねぇ、誰の所為せい!?」

「付け焼き刃で浅はかにも愚行、曲芸に驀進した、カイせん自身の所為せいですね」

「プライバシー!!」

「はい、愚行については認めましたー。

 マジ、プギャー」



 もう少しだったのに……。

 ルール違反スレスレとはいえ、もう少しで七忍ななしののファン数を超えられそうだったのに……。

 サキとの初コラボで身バレして以降、たちまち激減して、今や同情してくれてるクラスメイトしかファンが残ってくれてないっつーね……。



「さてさて。

 ばくれつカブトムシ、ベロリンガ寿司、ファミスタの雪合戦、ピカチュウげんきでちゅう、スーパーモンキーボールのモンキーファイト、ファイナルファイト、じゃんけんシューティング、奇々怪界 月夜草子、邪暗拳、モグラ〜ニャ、ミッキーのマジカルアドベンチャー、グーフィーとマックス海賊島の大冒険、モンスタ〜タクティクス、ザ・ファイヤーメン、ゼノギアスのバトリング、クラッシュ・バンディクーカーニバルのタマやホッピンやタンクやレーサー、ゆけゆけ!! トラブルメーカーズ、武蔵伝、ロックマン バトル&チェイス、チャリンコヒーロー、ボンバーマン ファンタジーレース、ESPNストリートゲームス、エアライド、ザ・グレイトバトルシリーズ、ゴエモンインパクト、チョコボレーシング、キンハーⅡのグミシップ、ビューティフルジョー、パワーストーン、サターンボンバーマンファイト、二人対戦版ロックマンの格ゲーやエグゼ、大工の源さん、ドロンボー、ロックマンDASH、トロンにコブン、サルバト〜レ、モバファクのギャルゲー、なみいろ、ヒメこい、初恋の歌、恋愛リプレイ、キミと母校で恋をする、Aqours vs エイリアン、ぷちぐるラブライブ、クロス×ロゴス、コンシューマーゲーム多数。 

 これまで数々の名作レトロゲー、ミニゲーム、アプリゲームの当時版、あるいはリメイク版を先行プレイにて紹介して来た当枠。

 今回のゲストは……おっとぉ。

 これはこれは。ラブクロスさんじゃあないか。

 リリース発表して一年待たされた挙げ句、後付でもう一年上乗せされ、サ開して速攻でメンテ祭りが始まり、一ヶ月近く休んでラッツ&スターのメンバーを落ち込ませ、復活して八ヶ月で敢え無くサしゅう、かと思えばオフライン後の神アプデでむしろワープ進化するという、同社のときめくアイドル達と全く同じくルートに入った。

 あの、ラブクロスさんじゃあないか」

「それくらいにしとこうね?

 怒られるから」  

「カシコマリンチョー。

 はい、ここまで、ノー原稿で噛まずに言えましたー。

 サキ最強、略してサキ強、サキってばマジカワ、はい☆お布施ー。

 リアルに支障を来さない程度に、じゃんじゃん、じゃぶじゃぶ寄越しんしゃーい」

「キャバじゃないんだけどぉ!?」

「なお、サキにご投資頂いた分は、金額そのままに、goaldゴールド gamesゲームズの各種アプリで使えるコインにもなります。一石二鳥だねフシー、やったー。

 っても、ゴルゲー製のアプリって、回数制限などの縛りも無く、ほとんど無課金で遊び尽くせるけどねー。よりスムーズに進めたい、せっかちな、一部のガチ勢用ってことで、ご了承願います」

「脚本の意味っ!!」

 


 なんてーかさ……こんなやり取りしてれば、そりゃあれくらい、即興で出来るよなぁって。

 恵夢めぐむさんのリアクションももっともだけどさ。



 本当ホント

 ロボット染みてる性格や口調と正反対な、軽快かつ痛快なトーク力、そして物凄い記憶力だ。



 嫌いなことや無駄は極限までカットし、ショートカットを続ける。

 その代わり、好きなこと、関心事には、常に真っ向勝負。



 そんな彼女が、この大役を高校生の身空で任されたのも、社長の妹だからってだけじゃないし。

 こうして100Kのファンを魅了したのも、goaldゴールド gamesゲームズのブランド力が物を言っただけでは断じてない。



 全力で楽しみ、遊ぶのを信条としている彼女が、ひた向きに突き進んで来た結果に他ならないのだ。

 それらは、サキという筋金入りのゲーマーの人気を爆発させる為の、単なる起爆剤、けにぎないのだ。



「とりま、早速やってみますかね?

 いつも通り詳細は知らないですが。

 お。シームレス。ストレスフリーですね。

 リメイク版かな?

 あ。縦横どっちも行ける。ちゃんと切り替わる。

 DSみたいで良き。

 おっと。れいちゃん。

 れいちゃんがぁるじゃないか。

 ちゃんと喋ってる。

 はい、この時点で100点中200点差し上げ、おんやぁ?

 パズルだまのみならず、リズムゲームが追加されてる。

 え? しかも、ライブラリアンズの仲間もプレイアブル?

 他の子達も?

 これ最早、ライブ・ライブラリアンズじゃないですか、マジGJ。

 サラッと加わってるママン達の違和感無職っりに大草原不可避。

 あー、可愛い、可愛いよー。

 サキの方が可愛い? ナメんな2次元。

 スパチャ、サンキュー、サキンキュー」



 とまぁ、こんな調子で、棒読み加減とはミスマッチなほどに、実に饒舌に宣伝する依咲いさき

 終わる頃には見事、俺の分も含めて、いつも通り、本日のバイト代を勝ち取ってくれそうだ。



 ……よくよく考えると、開始早々に万単位で稼いでたね、この子。

 俺の両親から。





「なぁ。

 本当ほんとうに、良かったのか?

 こんなデートで」



 ライブを終え小休止していたタイミングで尋ねる。

 ジュースを一気飲みした依咲いさきは、依然としてクールに答えた。



「何言ってるでやんすか。

 夜はこれからっしょ焼き肉っしょ」

「だ、だよな……安心したわ」

「それより、カイせん

 カイせんを見込んで一つ、折り入って頼みがありんすが」



 妙に真顔で、俺を見詰める依咲いさき

 当てられ俺も、気を引き締める。



「な、なんだ?」



 急展開に気後れしながらも構えると、依咲いさきぐ向き合ってげる。



「誠に遺憾ながら。

 サキが独占しようと目論んでいた、『カイせんからの呼び捨て権』は。

 不覚にも他の女狐、狸女にも強奪されてしまいました」

「言い方……」

「しからば、次にサキが欲するは、『カイせんからの雑な二人称』。

 すなわち『お前呼び権』です。

 さぁ、先駆けて、どうぞ」

「『どうぞ』て……」



 案のじょう、まーた変な事、唐突に言い出した、気にし出した……。

 でも、まぁ……こうなった以上、この子は頑として引かない。



 となれば。

 次に俺がすべきアクションは一つ。



なんかさぁ」

なんでしょか?」

「それって、ちょっと乱暴な気がしないか?

 ともすれば、君にとって失礼に値するんじゃないかと」

「要求しているのは、他ならぬサキ自身です。

 それに、カイせんの素振りに関して失礼だと思ったことなど、ほとんどありません。

 なんの問題もはずでは?」

「何度かはるのかよ」

「ええ。

 今みたいに、ウジウジしてる場面とか」

「そいつは悪いございやしたね。

 でもさ……そういうわけにはいかないんだって。

 こういう態度でいたら十中八九、ヘタレとか甲斐性無しとか優柔不断とか言われそうだけどさぁ。

 もっと、こう……段階を踏むべきだと思うんだよね」

「一年以上も一緒にバイトして、寝食共にしてて、あまつさえ『早く恋人になりたーい』と終始訴えてるくせに、どの口が」

「ごめん誤解されるしかい事実言わないで?」



 折角せっかくデート(?)してるというのに、今日も今日とて、我ながらハッキリしない俺。

 煮え切らない態度に痺れを切らしたのか。



「あーあ……。

 ……もーーです、うんザリ王です。

 そっちがその気なら、あきらめます。

 もう、こっちから行きます」



 などと怠そうにげ、少し下がり、かと思えば助走をつけ。

 ガバッ、と。勢い任せに、抱き着いて来た。



「おわぁっ!?」

 不意打ちに慌てふためきながらも、即座に踏ん張り、彼女の庇うべく、その背中に手を回す。

 さいわい、背後に依咲いさきのベッドがったので、どうにか無事で済んだ。



「助かっ……たぁ!?」



 いや。

 まったもって、無事じゃない。



 依咲いさきの擁するフワフワで凶暴なメロメロン爆弾が、俺の胸を、脳を、下腹部を強烈に刺激する。

 こ、これは、流石さすが不味まずっ……!?



 理性崩壊の予感を覚えた俺は、条件反射的に、彼女を引き離さんとする。

 が、それよりも先に、両手を捕縛され、動けなくなる。



 え?

 なに今の早業?

 なんで縄とか持ってるの?



 なにこの、一部の女性陣(取り分け結織ゆおり)垂涎の状況!?

 



「……なーんだ。

 やれば出来できますじゃないですか」



 上気した頬。

 滴る汗。

 こぼれる吐息。

 着崩れたシャツ。

 二人っきりの、異性の部屋。

 押し当てられた魅惑の双丘。

 依咲いさきの、高校生にしては幼い外見。

 


 ……ねぇこれ、ギルティぎない?

 どう見ても足掻いても事後ですよね? これ。



 既成事実→児ポ→逮捕、炎上待った無し→ロリコンという、濡れ衣でしかない反社会的烙印。

 それが頭を過り絶望しかけ、一言も発せなくなる。



 対する依咲いさきは、さらにくっ付き。

 幼気な外見とは裏腹な、大人びた、得意気な、魔性の笑みを見せる。



「ギリ合格です。

 ちゃーんと、咄嗟にサキを守ってくれたので。

 追試を受けざるを得なかったのは、ちと残念でしたけど。

 良かったですね、カイせん

 落第、脱落は免れて」

「あ……あはは……」



 人生からは絶賛、脱落しそうなんですが……。

 ともすれば君に手を出し兼ねない状態なんですが……。



 あ。

 そういや俺、今、手は封じられてるんだった。

 それならセーフだよね(←錯乱中)。



「カイせん

 改めて、注文……いや。

 忠告です」



 ズイっと顔を近付け、吐息がかかる距離で、依咲いさきは俺に告げる。



「とっとと、サキを、い意味で雑に扱いなさいませ。

 さもなくば、この明らかに意味深でしかい状況を捉えた、サキ渾身の写真達が。

 ネットで火を吹き、猛威を振るいますぜ?」

「ひぃっ!?」



 依咲いさきが指差す方向、テーブルへと視線を向ける。



 なんてこった。

 そこにったのは、俺達の現状、現場、あやまちを、正確かつ間違って記録しているだろう、彼女のスマホだった。



 あ、あれ?

 これもう、詰んでない?

 言い逃れ出来できんくない?



「カイせん

 サキのオーダー、命令は、実にシンプル。

 たった一言。たった一言、『お前』と。

 そうお呼びなさいませ。

 そうすれば、先輩は潔白。

 晴れて社会的安全は保証されたままです。

 勿論もちろん、写真を投稿したりもしませんとも、ええ。

 未来永劫、サキのスマホとPC、USBと記憶、脳内と心にしか、存在しません。

 もっとも?

 カイせんが、ヘマをしなければ、の話ですけどね?

 さぁ、カイせん

  ここまでお膳立てされて、それでもまだ素直にならない、ましてや解さないカイせんではありませんことですますわよね?」



 これは最早、単なる脅しだ。

 ここまで追い詰められた以上、常人であれば、取れる行動は一つに絞られる。

 そうーー常人であれば。



「……ははっ」



 ベッドの上で両手を縛られ。

 年下の異性に組敷かれ。

 雑に扱え、さもなくば社会的に滅すると命じられて。



 そんな状況下で、気付けば自然と笑っている自分は。

 明らかに、どこかズレていると思う。



「な、なんですか……サキは、本気でっ」

「ああ。

 そうだよ」



 上体を起こし、彼女を少し離れさせ、俺は穏やかに胸の内を明かす。



「分かったんだ。

 依咲いさきが、俺に対して、ちゃんと『本気』だったんだって。

 だから、それがうれしいんだ。堪らなくな」



 安堵、脱力し切った声で、俺は続ける。



「俺、ずっと思ってたんだ。

 君は俺の、俺とのこと、そんなに大事でも、真剣でもないんじゃいかって。

 考えてもみてくれよ。

 君はいつだって俺と、俺で遊んでばっかで、色めきだった雰囲気なんて、他の二人と比べてもほとんい。

 こんな調子で、あんな要求、告白されても、単なるジョーク、気まぐれ、お遊びにしか取れなかったんだ」

「ま、まぁ……。

 サキが平時こんな調子なので、分からなくはないですが……」

「否定はしないよ」

「しなさいませ」



 依咲いさきが、俺の頬に軽くパンチした。

 二つの意味で擽ったさを覚えながら、俺は言葉を結ぶ。



「だからさ……俺も、本腰入れる。

 もっと、真剣に考え、向き合う。

 最推さいおしこと

 『』とのこと



 目を見張り、あんぐりと口を開け。

 やがて依咲いさきは、満足気に、心から笑い。



「……花丸星丸宇宙丸ですよ。

 カイせん



 そっと。

 手の甲に、口付けをした。



「……え……?」



 驚きのあまり、温もりを確かめんとする。



 って、おいぃ!!

 なに勿体ないことしようとしてるんだ、俺!

 ここは、もうちょっとゆっくり余韻に浸りながら味わうとこだろがっ!!



「ふふっ。ドギマギしちゃって。

 大層お可愛いですね、カイせん

 そんなに、サキの初めてを奪えて本望ですますか?」

「チューだから手の甲だから敬愛の印だから!?

 誤解しか招かない物騒な発言、慎んで!?」

「キスの意味、知ってますですね。

 流石さすがは先輩。

 サキに推されるだけはアルデンテ」

「今の、ドン引きる所じゃない!?

 ポイント高くないよね!? ねぇ!?

 ちょっとは揺らいで!?

 色々、疑問持って!?」

「それはそうと、カイせん

 これからは、ガンガン呼んでくださいね?

 それによって、サキの機嫌の安定、及び他のモブヒロイン達への牽制にもなるですゆえ

「せめて、サブ・ヒロインにして!?

 あと俺、みんなの前では言わないぞ!?

 前の二の舞になるからな!?

 同じ轍は踏まんぞ!?」



 俺の包み隠さない言葉を受け、依咲いさきは露骨に鼻を曲げ。

 俺の背中に両手を運び、極限までに密着して来た。



 ここまで来たら接着じゃない!?

 てか、これ、完全に実セなんでもなぁい!!



本当ホントに鼻持ちならない人です。

 ファンのリクエスト、ファンサには全力で応える。

 それが最推さいおしってもんでしょが。

 この、すっとこ・すけこま・すかたんたん」

「リズムいな!?

 そして、ずっと思ってたけど!

 君達の、俺に求める理想像の乖離性、汎用性ったらないよね!?

 特に君のは、不透明だよね!?

 正直、大して考えてないでしょ!?」

「ゼロワ◯のシンギュラリティばりですね。

 ところで、おい、こら、最推さいおし

 なに二人っきりの時まで、『君呼び』に戻ってくれてますですか?

 はー、つっかえ、つっかえた。

 やってられない、止まらない。

 こうなれば、仕込み仕立ての禁じ手、遠距離最推さいおし爆撃ミサイル、カブーン」

「軽ぎるだろ!?

 てか、ぁめぇぇぇてぇぇぇぇぇ!!」



 テーブルに向けて足を伸ばし、スマホをクルクルと宙に浮かせ、特に動かすことも無かった右手に実に綺麗、器用に着地させ。

 依然として俺に悪魔の果実を押し当てたまま、例のスキャンダル写真をネットに挙げよう忙しくスマホを動かす依咲いさき

 負けじと俺も止めようとする……も、かなわない。



 そうだ!

 両手、封じられてるんだった!



「うへへへへへへへへへへへへへへへへへ!

 勝っつぁ!

 確実に、勝っつぁぁぁ!

 これでもう、誰にも邪魔されない、止められない!

 先輩は自分の中の滅亡迅雷ドライバ○を起動してしまったんスよ、もうしゃべんなでしゃばんな、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!

 さぁ、先輩! こうなった以上、どんな言い訳も乏しいっス!!

 この期に及んで自分に素直に従わない、意気地無しの先輩が悪いんスからね!!

 大人おとなしく、自分に誓うっス!

 将来を! 忠誠を!

 単推し、神推し、劇推しをぉ!!」



 あー、これ、マジで不味まずいー、完全にスイッチ入ってる豹変しちゃってるー。

 掲げられたスマホが、なんかもう、地球破壊爆弾の起動ボタンみたいになってるー。

 これ、本気で終わったんじゃ……?



 あー、そっか。

 ここで終わりかぁ。

 これで俺は、流石さすが恵夢めぐむさんからも、結織ゆおりからも、愛想尽かされるわけか。

 で、依咲いさきに、意味不明のアイドルごっこを強要されるわけだ。



 なんか、もう……。

 ここまで来ると、引き下がるしかないな。



 さよなら、俺の青春。

 さよなら、花の高校生活。

 さよなら……俺の初恋。



 涙を堪え、現実を直視したくないあまり、目を閉じ、無我の境地に至る俺。



 が……しばらくしても、なにも起こらなかった。

 依咲いさきがスマホを操作する音も、ガヤしおの不気味な高笑いすらも、聞こえなくなった。



「……は?」



 やがて、普段の平坦な口調に戻る依咲いさき

 何事かと怪しんでいると、彼女はうつむいたまま、俺の体から離れた。



「……上等じゃないですか。

 乗ってやりますです」



 空間を歪ませそうなまでの、彼女の敵意剥き出しのオーラに圧され、なにも聞けないでいる俺。

 やがて彼女はベッドから降り、スマホをテーブルに置き、イヤホンとマイクをセットした。



 え?

 なんでライブ態勢?



「配信にお越しの皆様、こんばんわ。

 ゲッターの、サキです。

 こちらは、『ゴルゲー』とも『geateゲート』とも無関係の、サキの歓談枠となっております。

 なに分、ゲーム実況以外は初めてですが、不案内ながらも誠心誠意、心して臨む所存ですので、平にご容赦願います。

 さて。初回、そして願わくば最終回にしたい、本日のゲストは」

「あはは。

 モンペなサバ読み新妻気取りコスプレJKでーす」

「文芸の長よ」

「はぁぁぁぁぁ!?」



 え、ちょ、はぁっ!?

 どう考えても、あの二人だよね!?

 ラジオ配信が趣味だなんて初耳な、あの二人だよね!?

 どゆこと!?



 あと、結織ゆおりっわ!!

 確実に根に持ってる意趣返してる、んでやっぱ諸々教えてないのに聴いてたんじゃん、っわ!!



「いやー、見上げた根性ですねー。

 まさか初手で敵地に凸るとはー。

 ルールもマナーも様式美も段階も無視したパワープレイ。

 とても正気の沙汰とは思えないでストリウ◯」

「あははー。

 よく言うよねー。

 ああまで露骨に喧嘩売って油注いでたくせにねー」

まったくだわ。

 このあたしをノー・マークだなんて。

 舐めてくれるわね、依咲いさき

生憎あいにくですけど、何のこっちゃないでやんす。

 おめおめとサキの主戦場に来た以上、身バレもリア凸もブロックも、身包みもメッキも剥がされるのも。

 なんなら色んな意味でネタにされる覚悟も出来できてるってことでござんしょね?」

「ここって、そういうとこだっけ!?」



 ツッコむ俺を目掛けて、テーブル下の鞄から何かを取り出す依咲いさき

 あれは……銃!?



「ちょっ……!?」



 未だに両手を塞がれている俺に避けるすべなど無く。

 依咲いさきからノー・ルックで放たれた弾丸は、俺の顔の横を掠め……壁に当たり、跳ねた。



 なんことない。

 射的とかで使われてる、ただのコルク銃である。

 もっとも、この場で俺を気絶させかけるだけの力、恐怖は有していたわけだが。



本当ホントに分からない人ですね。

 今は、女子会の真っ最中。

 男子禁制の、女の決戦場真っ只中でありんすですますよ?

 カイせんには悪いですが、しばらくお黙れです」

「ごめんなさい、アラタくん。

 少し待ってて?

 ぐに終わらせてみせるわ」

「先輩、格好かっこいぃ。

 私も、頑張ろぉ。

 ところで、キヌちゃん。

 今、ママの、ママだけの可愛い可愛いエーちゃんに、何かオイタしたぁ?

 事と次第によっては、実力行使も厭わないよぉ?」

「勝手にほざきなさいませ。

 ここは、サキの趣味場であり、仕事場であり、独壇場。

 サキは希望の伝道師です。

 サキの希望が溢れる世界で、サキが負けるわけいんですよ」

「どこのハルトマン?」

「ピンポンパンポーン。

 『geateゲート』初心者のお二人にアドバイスです。

 ここでは、不届き者を強制退去することを、『蹴る』『キック』っていうんですよ」

「何が言いたいのかしら?」

「いひっ、いひひっ!

 いーっひっひっひっひっひっひひっ!!

 ここに軽弾みで足を踏み入れたが最後ぉ!

 態々わぁざわざ、ブロックなんて詰まらない真似マネするまでもないっ!

 要するに、あんた等を積極的徹底的圧倒的根本的合法的壊滅的に蹴散らしてやらぁってんスよぉ!!

 さぁ、始めるスよぉ!!

 欲望と偏見とフェチズムとエゴでドロッドロに彩り象った、自分達の、血塗られたパジェンドォ、あひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!!」



 あーあ……。

 これは、あれだ……。

 ひたすら、あとが怖いだけの奴だ……。



 こうして、薄れ行く意識の中、女同士の熾烈なトークの火蓋が切って落とされたのだった。

 




「そもそもさぁ。

 ニアカノ同盟で隠しごとは無しだよねぇ?

 なーんで二人して今まで黙ってたのかなぁ?

 ゴンちゃん問い詰め……んんっ。

 とっちめてなきゃ私、ずーっと知らないままだったんだよぉ?

 みんなのお母さんとして、それはどうなのかなぁ?」

「そんなルール知らなんだですし、別に母親だとは思ってませんです。

 さらに言うと、七忍ななしのさんは正直どうでもいですが。

 これからも要らんリークして間接的に邪魔しようってんなら、ちょっと懲らしめてやるです。

 具体的には、サキのリスナーに適当なデマ広めて凸らせて、ファン数減らしてやるです。

 大体、あんなチャラい人がカイせんよりファン数上だなんて、最初から気に食わなかったです」

本当ほんとう、失礼よね。

 アラタくんが女装してるなんて美味しい情報、どうして提供してくれなかったのかしら?

 結織ゆおりあたしに教えてくれたのだって、今日の配信、終わってからだし」 

「あはは。

 だなぁ、ユウ先輩。

 私達、同盟なんていうのは単なる大義名分で。

 その実、互いに心理戦で探り合ってる、好みを押し付け合ってる、謂わば敵同士ですよぉ?

 そう容易く、安直に塩を送るわけいじゃないですかぁ。

 エイくんが本気でしいなら、もっと自発的に動いてくれないとぉ。

 じゃないと、こっちも戦い甲斐がい、張り合いがいっていうかぁ」

「カイせんの唯一の親友にしてみずからのクラスメートを、こういう時都合良く当てにして、友情を理由に断られるのも折り込み済みだったので最初から文字通り腕尽うでづくで洗い浚い自供させる心積もりだった、自分だけで調べ上げるもりなんて毛頭無かったラスボスが、なんか矛盾したこと言ってる」

「あはは。

 キヌちゃんは、本当ホントに可愛げ無くて可愛いなぁ。

 あと、エイくんを失神させかけた人が、なんか可愛いこと言ってるー」

「……今の、確実に当てずっぽうよ?」

「可愛い可愛い連呼して、お可愛いこと。

 まだまだ現役アピールでもしてるもりですか?

 将来性という唯一無二の切り札を奪われかけたこと余程よほど、腹を立てているようですますね。

 現世に生きる魔女め。

 まぁ、サキの相手としては申し分ないですね」

「あははぁ。

 キヌちゃん、本当ホント面白ーい♪

 そんなの、ただのハンデだよぉ?

 私ならぐに余裕で追い付けるけどぉっていう、メタ・メッセージも読み取れないなんて、まだまだお子ちゃまだねぇ」

「……こと教えてやるです偽マザー。

 サキがもっと嫌うのは、台詞セリフで子供扱いされることです。

 サキより小さいくせして。

 そのサイズで、どうやって胸を張ろうってんですか?」

「そ、その辺りの話は、しないで頂戴ちょうだい

 あたしにクリティカルヒットするわ!」

「スイッチ入ってる時に口開けば、ハミングでもするかのごと散々さんざん、『バースト、バースト』、『揺れ揺れポロリ』、『ラッキースケスケベ』とか言ってる、タンバリンおじさん回の先輩ばりに決定的に威厳と株価を日々、大暴落させ捲ってる人が今更、なにを言いますですか。

 てか、女が意中の相手を落とし、ライバルを蹴落とし貶め陥れるダーティプレイをしている以上。

 ルックス、特段そこを論点にされる覚悟は最低限、するべきでは?

 タイプ外、対象外、選考外の上司が、とかなら話は別ですが」

なんなら、そのまま上がります?

 お疲れ様でしたー」

「あ、あなた達持ってる側には、持たざる者の気持ちなんて押し測れないのよっ!」

「胸囲対象外だけに、測れないと?」

やかましいわよ、上手い事サラッとダブルで言ってるんじゃないわよ!

 けれど、そうね。

 確かに、あたしの戦士としての覚悟が足りなかったわ。

 それは認める。ごめんなさい。

 でもね……スレンダーにはスレンダーの、サレンダーしない矜持って物があるのよ!」

「スレンダー故に、ネタにサレンダー」

なんなのよっ!?

 あなたのアドリブ煽り力の高さはっ!

 このあたしを、七忍ななしのくんみたいなネタ枠だなんて、甘く見ないで《ほ》しいわね!

 覚悟なさいっ!」

「だったら、ん……。

 証明、はんっ……。

 してください、うんっ……」

「ちょ待てよです。

 なんか今、明らかにピンキーな声がしましたです。

 言うまでもなく、どう考えても枠違い、略してワクチです」

なによ。

 そのダブチみたいなの。

 それで、結織ゆおり。あなた今、何をしてるの?」

「えぇ?

 ただの耳掃除ですよぉ。

 だなぁ、二人共ぉ。

 あんまり変なこと考えるようなら、不健全罪で、もううちのエイくんには金輪際こんりんざい、関わらせませんよぉ。

 吹き込まれても困るのでぇ」

「断トツ、ダンチで不健全な人がなにを」

「エイくんを私より先に縛り付けてる人に言われたくないですぅだ」

「は……はぁ!?

 ちょっと、依咲いさき!?

 あなたもあなたで一体、何やってるのよ!?」

「この女、本当ホントに自分からは動かないでやんすね」



 ……ねぇ。

 俺、そろそろ帰ってい?



 辛い……。

 ただ、ただ、辛い……。

 肩身が狭い……。





「すまない、結織ゆおり

 まさか、この歳で迎えに来てもらい。

 あまつさえクラスメートの異性におぶられるとは」

「あはは。

 まぁ、普段から思ってたらドン引きだよねぇ。

 ていうか、気にしないでよ。

 キヌちゃんがオイタした所為せいだし、私達の激闘を無言で目の当たりにした所為せいだし」

「いや、まぁ……それはそうなんだが……」

「それともぉ?

 エイくんが申し訳無く思ってるなら、私の要望を叶えるとかぁ?

 例えば……お姫様抱っことかぁ♪」

「ごめんなさい申し訳無くなんかないです、このままで何卒お願いします、もう本当ホント勘弁してください」

「分かれば宜しい♪

 あーあ。でも、ちょっと残念だなぁ」



 お布施により延長に次ぐ延長を繰り返した、犬も食わない同盟争いの後。

 未だに腰が抜けて動けずにいた俺を、結織ゆおり態々わざわざ、拾いに来てくれた。



 なお、離れた場所から参加していた恵夢めぐむさんは元より。

 その場に依咲いさきまでもが、何故なぜ「送り届ける」と名乗り出なかったのかというと。

 先輩とセットで、やはり結織ゆおり口撃こうげきにより、最終的には大敗したからである。



 ショックだったろうなぁ。

 過去最高のスパチャ額だったし、アーカイブにも残してたしなぁ。

 余程よほど、自信あっただろうになぁ。



 挙げ句の果てに、『賞品はスパチャ』とか言ってたから。

 その分、すべ結織ゆおりに根こそぎ奪われるっつーね。



 なんてーか、うん。

 目も当てられない。



「安心しなよぉ。

 今日の臨時収入の半分は、私達の活動費用に補填するからぁ」

「の、残りは……?」

「うんぅ?

 ちょ・き・んぅ♪

 私達二人の未来。

 そして何より、これから産まれる、この子達のために、ね……♪」

「何もしてないから!?

 俺は断じて、なにもしてないからぁ!?」

「あははっ。だなぁ。

 冗談に決まってるじゃん、おにぶさん♪

 貯金には充てるけどね♪」

「勘弁してくれ……。

 その手のは、マジで洒落しゃれにならないんだ……」



 お腹を擦りながら笑う結織ゆおりに、こういう時だけ元気にツッコむ。



 怖い……。

 本当ホントに怖いよ、この子……。



「ところでさぁ、エイくん。

 来週はいよいよ、私の……ううん。

 の、番だね」



 星空を見上げながら、トーンからして嬉しそうな声で、結織ゆおりが告げる。



「……ああ。

 そうだな」

「楽しみだなぁ。

 エイくんは一体、私を、どんな素的な所に連れて行ってくれるのかなぁ?」

「え?

 ……俺が、考えるの?」

「ん〜?」

「ごめんなさいなんでもないです」



 声が……背中が怖いです、結織ゆおりさん……。



まったくもう。

 この、おにぶさん。

 折角せっかく、私が譲ってるっていうのにさ」



 頬を膨らまし、少し拗ねて、結織ゆおりは吐露する。



「エイくん。

 今まで二人と、真面まともなデートしてなかったでしょぉ?」

「ま、まぁ……」 



 してないな。

 向こうの趣味に付き合ってただけだったし。

 色気なんて、ほぼ無かったからなぁ。



 あれじゃあお世辞にも、デートとは言い難い。

 趣味が似通ってて、互いに恋人として気心が知れてるんなら、いざ知らず。



い? エイくん。

 結織ゆおりさんは今、あなたにチャンスを差し上げてるのです。

 なので、是が非でも、有効活用してしいのです」

「あ、ああ」



 多分これ、今決める流れだよなぁ。

 ついでに、それ聞いたら怒られるパターンだよなぁ。



 っても、そうだなぁ。

 他の二人はともかく、結織ゆおりの趣味は、そういえば把握出来できてなかったっけ。

 結織ゆおりも、それを承知の上で、俺に決定権を委ねてるんだろうけど。



 だとすれば。

 俺がしたいデートは、一つだ。



「……結織ゆおり

「うんぅ?

 なんでも、どうぞぉ」

「俺……結織ゆおりと、普通にデートしたい。

 普通に買い物したり、普通に映画観たり、普通に漫画読んだり、ご飯作ったりしたい。

 そういう……普通のカップルみたいな、デートしたい」

「それが……エイくんが今、一番いちばん、したいプラン?」

「ああ」



 考えるまでもなく、答えていた。

 結織ゆおりは、程なくして可愛かわいらしく上品に吹き出した。



「素朴だねぇ。

 でも、不思議だね……私もエイくんと、そういうのがしたいって、思ってた。

 私達って、思ってた以上に、息も気も合うのかもねぇ」

「ひ、ヒモとかじゃなく……?」

「あははっ。

 いきなりそこまで極端なのは、オーダーしないよぉ。

 私だって、それくらいの良識は持ってるよぉ。

 本当ホントはしたいけどぉ♪」

「したいのかよ!」

「でも、我慢するよぉ。

 みんなに、特にエイくんには、是が非でも嫌われたくないからねぇ」

「こんな魅力たっぷりなヒロインを切り捨てるような、男の風上にも置けない輩は。

 俺が即刻、叩っ切って進ぜよう」

「あははっ。

 それなら、安心、安泰だねぇ。

 ……楽しみだね。今度の土曜日」

「ああ。そうだな」

本当ほんとうに、本当ほんとうに……楽しみだよ」

「俺もだよ、結織ゆおり



 こうして、恵夢めぐむさん、依咲いさきとの疑似デートを終え。

 来週は遂に、結織ゆおりとのデートだ。



「あ。

 でも、エーちゃんが料理するのは、禁止ね?

 なんだかママ、すごいやな予感するから」

「……俺が原因とはいえ、折角せっかくいムード、台無しにしないでくれない?」

 


 優檻ゆおりモードで御するレベルですか。



 てか、本当ホントに様にならないな。

 このラブコメ。

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