〈Ⅱ〉波嵐(はらん)の当日(デート)

〈1〉恵夢と巡る物語

「……はい。確かに、読ませてもらったわ。

 あなたの読書感想文、及び入部届」

 ザッと目を通し終えたタイミングで、庵野田あんのだ先輩が口にした。



ずは、お疲れ様。

 出来できていたわ。たらたらと粗筋を連ねただけでもなく、かといって的外れな見解や推論、感想だけで構成されているわけでもなく、それでいてきちんとオリジナリティに富んでおり、整合性も取れている。

 これからも大切に培ってしい、面白い着眼点と発想力ね。あたしも、唸らされちゃったわ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 憧れの相手に労いの言葉をかけられ、かえって畏まってしまう。

 膝の上に手を置き、綺麗な姿勢で座っていた先輩は、ふと立ち上がり、俺の肩に触れた。



「三年間、待ち焦がれただけはあったわね」

「……気付いてたんですか」

「当然でしょう。

 思った通り、面白くて可愛い子。

 そして実に、あたし好みの部員に育ってくれたわ」

「何それ、詳しく」



 言葉の真意を確かめようとするも、唇に人差し指を当てられ、口封じをされてしまう。

 そのまま先輩は、俺に背中を向け、少し距離を取った。


「あらあら。

 お年頃なのは分かるけど随分ずいぶん、ガツガツしてるのね。

 さっきの契約。

 本当ほんとうに守ってもらえるのかしら?」



『文芸部に入る以上は、庵野田あんのだ先輩目当てじゃなく、本への探究心から活動されたし』といった旨の、契約。



 確かに小説は好きだ。

 けど、男子高校生らしく、優しくて可愛い彼女もしい。



 ましてや相手は、あの庵野田あんのだ先輩。

 この中学、高校に通う男子なら、誰もが知っていて、目が合っただけで赤くなったり、悪戯な行動の全てに一喜一憂させられるほどの美女。



 これで、恋に落ちない自信はい。

 けど、先輩の意図は取れないが、どうやら先輩は部活内恋愛をしたがっていない模様もようだ。



 となれば……この部活に所属し、先輩と恋仲になる。

 そのための選択肢は、一つしかい。



「先輩っ!!」

「な、なにかしら?」



 覚悟を決めぎた所為せいで、うっかり大声を出してしまう。

 先輩は、少し驚きながら振り向いた。



さっきの話。

 俺が先輩を好きになるのは、NGってことですよね?」

「ええ、まぁ……望ましくはないわね」

「だったら」



 一歩、前に踏み出し、そして踏み込んだ。



「先輩が、俺を好きになったら。

 部員としてではなく、異性として気に入ってくれたら。

 そしたら、俺と付き合ってください。

 それなら、契約違反にはならないはずです。

 だって、そんなこと、一言たりとも言ってませんから」



 やや呆気に取られた、少し間の抜けた顔をする先輩。

 しばらくして唐突に吹き出し、涙が出るくらいに笑い出した。



「あなた……本当ほんとうに、面白い子ね。

 まさか、こうもあっさり、仕込んでいた隠しルート、第三の選択肢を見抜かれるなんてね。

 未曾有の緊急事態よ。

 大抵の子は、あたしが契約を出したと同時に、私と睦むのを諦めて一部員に成り下がるか、引き下がって逃げちゃうから。

 それが第一関門だなんて、知らずにね。

 でも」



 俺に近寄って来た先輩は、俗に言う顎クイを仕掛しかけ、穴が開きそうなまでに、俺の表情をまじまじと見詰めた。

 突然の展開に、俺は堪らず目を逸らしてしまった。



「読解力といい。

 さっきの、強気でぐで男らしい、格好かっこい姿といい。

 あなたは、今までの子とは、ちょっと違うみたい。

 それとも、単なるまぐれかしら。

 あたしとしては、前者であることを願うけれど。

 いずれにしても、興味が尽きないわ」



 言いながら先輩は、俺の胸、心の辺りを人差し指で滑らかに撫で、最後にツンツンと可愛らしく突っついた。

 不覚ながら、ドキドキしぎた所為せいで、何も言えずに固まってしまった。



「その調子で熟読し、熟考し、解き明かして御覧なさい。

 あたしという、謎めいた一冊の本を、ね。

 もし、あなたに、あたしすべてを紐解くことが出来たなら。

 あたしは潔く負けを認め、身も心もすべて、あなたに差し出し、委ねるわ。

 まぁ……あなたに、それが可能であればの話だし。

 仮に成し得たとしても、それからは誤答を繰り返し、私を退屈させるようなら、そこまでだけれど」



 知らなかった。

 予想だにしなかった。

 先輩に、こんな魔女みたいな面がったなんて。



 おかげで、実際にはヘタレ気味な俺は早くも、断念する道を選びそうになる。



「それ……かなり厳しくないですか?」

「そうかしら?

 常に心に飢えを抱え、それを紛らわすための刺激を求め続ける。

 女性とは、そういう生き物なのよ。

 あなたも、覚えておくといわ。

 後学のためにも、ね。

 もしかしたら、あたしと縁が無かった場合も、想定し得るもの」

「……なんですか。

 その、お祈りメールみたいなの。

 生憎あいにく、そのご心配には及びませんよ。

 こちとら三年間も、先輩と文通みたいなことし合った仲なんですから。

 てか、もし縁が無くっても作り出すし。

 それでも足りなければ、今度は運を呼び込みます」



 なおも俺の体に指を這わせている先輩の腕を、痛くならない程度に掴み、宣言する。



「今の内に、覚悟しといた方がいかもですよ?

 俺は多分、先輩が言う所の前者。

 今までの柔な連中とは、一味も二味も違います。

 何せ、年季からして上回ってますから」

「そうだと助かるわね。

 こちらとしても。

 い加減、不逞な輩に辟易していたの。

 白馬の王子様。

 なんて本気で信じ、願うほどではないけれど。

 丁度、切望していた所だもの。

 あたしを守り、導き、癒やしてくれる、気高き騎士を。

 今の所、あなたが一番いちばん、それに近い様子ようすね。

 打算は有っても、悪意は覚えないもの」

「先輩……!!」



 ひょっとして、オーケーのサインでは?

 そう捉え、抱きしめようとすると、ヒラリと躱された。

 そうして、地面とキスする俺のさまを見て、先輩は悦に入っていた。



「たっぷり楽しませて頂戴ちょうだい

 あなたの、すべてをもって、ね。

 ただ、ご注意なさい。

 こう見えてあたしすこぶる気紛れで悪趣味なの。

 だから、伏線やヒントをちりばめ本題は誤魔化ごまかすし、ミスリードも仕掛しかけ捲るかもね。

 この話だって、あるいは無かったことにしてしまうかもしれないわ」

「だとしてもっ」



 口を拭い、立ち上がり、面と向かって言い切る。



「俺は、屈しませんよ。

 先輩が幾度も俺を罠に嵌め、弄ぼうってんなら。

 先手の予測は敵わない代わりに、俺は何度だって、その度に先輩の言葉、心を読み取り、読み込んでみせます。

 先輩を、読了し、魅了してみせます」

「楽しみにしてるわ。

 末尾で待ってるわよ……アラタくん」



 夕日に照らされる部室で、初めて先輩と真面まともに会話した、あの日。 

 ここから俺達の、文芸部員としての関係が始まり、生まれたのだ。





「うむ。

 手前味噌かつ簡易的ではあるが、中々の出来できだ。

 そうは思わんか? アラタ」

「……ソーデスネー」

なんだ?

 その、驚くべき電話がごときリアクションは。

 シャキッとせぬか、シャキッと」



 あっさりと物凄いことを言ってのける恵夢めぐむさんにわずかばかりの怒りを覚え、俺は反撃に出る。



「……じゃあ、シャキッとした上で聞きますけど。

 今日って、俺と先輩のデートの日ですよね?」

「そうだ」

「じゃあなんで。

 朝から勝手に俺の部屋に侵入した挙げ句。

 俺の耳を甘噛みして強制的に目覚めさせただけに飽き足らず。

 さながらプラネタリウムがごとく、プロジェクターによって天井一杯にまで拡大された状態で。

 こんな恥ずかしい、キザったらしいエピソードを元ネタに、加筆修正とモノローグを付け足し改良を加えた自作ノベゲーのシーンの視聴を余儀なくさせられ。

 あまつさえ、感想を求められてるんですかね?」

「長いな」

「あんたが早朝からアポ無しで噛ましてくれた自己中謎ムーブのオンパレードに比例した、順当かつ適正かつ最小なボリュームだよ!!

 そもそも、今回は確実に俺の声だった!!

 寝起きでも分かるほどに!!

 どういうことですか!?」

なにを今更。

 部室で普段から日夜、熱く議論を繰り広げているだろう」

「おい!

 盗聴、流用してたっていう、容易に想定されるってか唯一、導き出せる、最悪かつ最低な答えを、サラッと仕込むな!!

 自分にしか非がい、こんな時ですら、なんの悪びれもく読み取りごっこさすな!」

「うむ。

 ぬしのツッコミ、読み込みは今日も絶好調だな」

「例によって、流されるぅー!!

 そんで、なにより!!

 一体全体、どういうもりなんですか!?

 その格好!!」



 ショートケーキ仕立てのメイド服て!

 背中パックリて!

 しかも、鼻とか谷間とかクリーム塗れて!!



 どうせ、またあれだろ!?

 ピシゲのシチュに憧れて再現したとか、そういうオチだろ!?

 てか、和風美人のくせして洋風メイドにもなれるとか、どんだけハイスペなんだよっ!!



「うむ。

 折角せっかくぬしと水入らずの休日なのでな。

 存分に堪能すべく、勝負服にて馳せ参じた次第である」

「大変、目の保養です、ありがとうございます!!

 あとで写真撮らせてください!!」

すでRAINレインで送ってある」

「あざっす!!

 準備万端かよ!!」



 調べてみたら、本当ほんとうに届いてた。

 それも何枚も。

 流石さすがに自撮りは専門外なのか、不慣れ感が出ていたのが余計、いじらしかった。



「で?

 先輩は今日、俺と何をするもりで?」

「うむ。

 よくぞ聞いてくれた」



 苺のメイド姫と化した恵夢めぐむさんは、まるでチャクラムか手裏剣みたいな手捌きで、何枚かのディスクを両手に広げた。



 いや、マジックかよ。

 どんなトリックだよ。

 無駄に格好かっこいな。



「アラタ。

 我は、考えた。そして、改めた。

 確かに主は、未成年。

 仮にも18歳以下の青少年にピシゲを薦めるなど、大人のすることではないと。

 ……この前は、すまなかった。

 話が急過ぎたな」

恵夢めぐむさん……」



 そう。そうだ。

 こういう人なんだよ、恵夢めぐむさんは。



 悪戯好きで、思わせりな態度で俺をいじってばっか。

 おまけに最近、無類のピシゲ好きだと。

 一年にも渡って、冗談混じりではあるもののアピってたのに、やっぱ駄目ダメだったんだなって。

 正直、幻滅しかけてた。



 でも、それだけじゃない。

 驚かされたあとは決まって謝られてたし、ヒントを読み解けば褒めてくれたりもした。

 恵夢めぐむさんは、ただ意地悪いだけではないんだ。

 現に今回だって、自分の悪い部分を反省し、謝罪し、改善に努めようとしてくれた。

 


 馬鹿バカだなって、思う。

 夢見すぎだろって。

 恋心と憧れを一緒にすんなって。



 でも……そこら辺を踏まえた上でも、やっぱり俺は、恵夢めぐむさんを。

 庵野田あんのだ 恵夢めぐむという一人の女性を、どうにも嫌いになり切れない。

 嫌いにさせてもらえない。



恵夢めぐむさん……」



 顔を上げ、期待の眼差しを向ける。

 恵夢めぐむさんは、俺に向かって微笑ほほえみ、締めの言葉を述べた。



「だから、用意した。

 18禁には当たらない、18禁チックなアニメのDVDを。

 共に観よう。

 そして熱く、厚く語り合おうぞ」

 


「でぇすぅよぉねぇぇぇぇぇ!!」



 ……うん。

 なんかもう、開き直った方が得策かもしれない。





「あなたじゃなきゃ駄目ダメな理由。

 あたしなりに考えてみたわ」



 こうしてると、プラネタリウムみたいだな。

 そんなことを思いながら、ムードもへったくれもいまま、二人でベッドに転がり。

 天井に映る『ましろアルバム2』を一気見し終え、プロジェクターを切り。

 また横になっていると、唐突に恵夢めぐむさんが話し出した。



 そういえば、今は兄野田アニキじゃないんだな。

 バースト絡みではないからか。



「あなたは、あたしと主張、波長が合う。

 あなたは、あたしが意図的に難解にしている言葉を、いつも誠実に解き明かそうとしてくれる。

 あたしの、こんな、悪印象に取られ兼ねない一面を目の当たりにしてなお、変わらずあたしを受け入れ、敬い、あたしと接し、そばてくれる。

 明日は、どこまで話そうかしらって。どこまでだったら、乗ってくれるかしらって。

 そんなふうに考えるのが、楽しい。

 そんな時間が、好き。

 あなたといると……毎日、飽きないの。

 楽しくて、楽しくて。

 大切で、大好きで、仕方ないのよ」

恵夢めぐむさ」

 


 名前を呼ぼうとして、ハッとした。

 俺が振り返るより先に、こっちを恵夢めぐむさんが見詰めていた所為せいで、ドキッとしたのだ。



 蒸気した頬。

 潤んだ瞳。

 こぼれる吐息。

 かすかに崩れた衣装と髪。

 緩み切った、幸せそうな笑顔。



 そんな状態の恵夢めぐむさんに戸惑い思考停止していると。

 次に恵夢めぐむさんは、両手を重ねて来た。



「正直……3人の中で最も不利なのは、あたしだと思う。

 結織ゆおりる時のあなたは、いつもよりなんだか、年頃の男子らしい欲望が見え隠れしてるし。

 依咲いさきとのやり取りは実に自然体で、凄く気楽、リラックスしてるのが窺える。口調も雑だし。

 あたしとは、趣味の話をするくらいしか出来できないもの。

 年上だし、先輩だし、部長だし、うれしいことに憧れの対象だからか。どうしてもあたしの前では緊張しちゃうでしょうしね。兄野田アニキモードの時を除外して。

 でも……だからこそ。物語の話をしている時は、心から楽しみ合いたい。願わくば、他の二人とる時より」



 触れ合っていた指を、恵夢めぐむさんが絡めて来る。



 なにも言えなくなる。

 形はともかく、こんなにも俺は、恵夢めぐむさんに気に入られていた。必要とされていたんだ、って。

 そんな喜びで、無性に泣きたくなる。抱き締めたくなる。今直ぐにでも、改めて告白したくなる。

 けど……今は、耐えなくては。だって、まだ二人との予定が残ってる。それに、まだ先輩が喋ってる。



「……平気? 落ち着いた?」



 恵夢めぐむさんの声で、我に返った。

 気付けば彼女は、途中で遮られたからか、少し困ったふう様子ようすだった。



「す……すみません。

 ……はい。平気、です……」

「ううん。気にしないで。

 ごめんなさい。ちょっと、攻めぎちゃったわ。

 こうでもしないとあたし、あなたの心にも、視界にも、頭の中にも、彼女候補枠にも、入れそうにもないんだもの」

「……そんなことせずとも、どこにだって先輩は常にるんで、安心してください。

 でも、役得なんで、こういうのはガンガンしてください。先輩さえ、良ければ。

 年甲斐無いとか、キャラじゃないとか。そんな失礼なこと、少しも思わないので」

「……そう?

 じゃあ……」



 俺の言葉で上機嫌になってくれたらしく、恵夢めぐむさんは目を閉じ、コツッと額を合わせて来た。

 俺も、それに倣った。



「前向きに検討してみようかしら。

 あと、リクエストがったら、その都度、教えて頂戴ちょうだい

 公序良俗に則る範囲で、応えるわ」

「何卒、よろしくお願いします。

 ところで、上げてから落とさずに、もう少し隙を見せてくれても、いのではないでしょうか?」

いやよ。

 あたしは年長者で、あなたの先輩で、あなたの憧れの的なんだもの。

 この状態で、あなたと、それも二人きりでられる時くらいは、あなたを失望させたくないわ」

「その割には、すで兄野田アニキ率が過多だと思うんですが?」

「何人たりとも、本心と本能には抗えないもの。

 仕方が無いわね。

 素直にあきらめた方が賢明よ」

本当ホント……そういうとこだぞ」



 兄野田アニキモードの時は、色めいた空気なんて微塵もい。

 普段の恵夢めぐむさんの時は、ガードが硬くて付け入れられない。

 どっちにしても手厳しい上に、向こうからは一方的に攻められるという不平等っり。

 


 本当ほんとうに。

 好きになり甲斐、オトし甲斐のる人だ。

 


「……恵夢めぐむさん。

 ちょっと、恵夢めぐむさんを好きな気持ちが引っ込まなくなって来たので早速、いですか?

 リクエスト」

「光栄ね。

 何かしら?」

「今だけ……今だけで、いんで。

 呼び捨てに、してくれませんか……?」



 思わぬ注文だったのか、恵夢めぐむさんがわずかに目を開く。

 しかし、やがて愛しそうに目を細め、口を開く。



「……『未希永みきと』。

 大好きよ」

「っ……!!」



 ヤバい。何この人、何この人、本当ホント何!?

 両手塞がってさえなきゃ、ず間違い無く顔隠してたんですけどぉ!?



「あら? どうしたの?

 み、き、と……」

「アドリブ込みでなんて、頼んでない……」

「それは、あなたの落ち度じゃなくって?

 もう熟知してるでしょうに。

 あたしが、悪戯好きなこういう性格だと」

「魔女……。

 男の純情を弄んで悦に入る魔女……」

「お褒めに預かり、さいわいだわ。

 ところで、未希永みきと

 あなたのオーダーの分、あたしも何かリクエスト出せなきゃ、アンフェアだと思わない?

 というわけで今だけ、あたしことも呼び捨てにして頂戴ちょうだい

「しかも後付で新ルール追加……」



 多分、露骨に溜息ためいき零しそうな顔してるだろうなぁ、俺。

 そんなふうに少し呆れ、何かをあきらめながら、俺は開口する。



「……あまり調子に乗るなよ。

 ……『恵夢めぐむ』」

「〜っ!!」



 反撃を仕掛けると、恵夢めぐむさんは一気に満面、朱を注いだ。



 へっへーんだ!

 こっちは最初から加筆してやったぜー!



「な、なるほど……。

 これは、その、なんて言うか……。

 ……中々どうして、むず痒いわね……」

「ん? どうかしたか?

 め、ぐ、む」



 ギロッと、こちらを睨む恵夢めぐむさん。

 負けじと、表情を作る俺。

 それが、悪戯合戦、開始の合図。



恵夢めぐむって、本当ホント可愛いよな」

未希永みきとの方こそ、可愛いわよ。

 何だかんだと言いつつ、あたしに付き合ってくれてるんだもの」

「そりゃ付き合うさ。

 別の意味で付き合いたいからな」

「それはなに

 ラブコメコースのみならず、激アツコースやキマシタワーコースもご所望なのかしら?

 別に構わないわよ?

 万が一に備えて、今日も準備済みだし」

「案のじょうそっちも範囲内かよっ!

 あと、出来ればもっと、違う意味で入念にしててしかった!」



 ……確信した。

 俺、悪戯いたずら向いてない。





 そのあと本当ほんとうにバトルアニメと百合アニメのフルコースを喰らい。

 またしてもムードとかけ離れた雰囲気で時間を過ごしたあと

 夜の帳が降りたタイミングで俺は、大人びた私服に着替え直した恵夢めぐむさんを自宅まで送り届けた。



「ありがとう、アラタくん。

 素敵なナイトっりだったわ」

「そりゃ……それが恵夢めぐむさんに求めてもらえてる一因ですから」

「うふふ。

 可愛い子。

 道中も、とても楽しかったわ。

 あなたとると、本当ほんとうに。

 退屈とは無縁ね」

「当たり前でしょ。

 部活ふだんと変わらない調子で、あれだけラブコメやギャルゲー、少年漫画や百合漫画について熱弁し合ってるんですから。

 めっちゃ奇異な視線で見られましたが」

「そうね。

 何故なぜかしら?

 あの人達、全員、フリーなのかしらねぇ?」

「それ以上深追いすると確実に刺さるし刺されるので止めることをお勧めします。

 それじゃあ、おやすみなさい。

 失礼します」

「ええ。

 おやすみなさい」



 玄関前での最後の会話を終え、俺は恵夢めぐむさんに会釈し、背を向ける。



「おぉーっとぉ。

 ダーァメじゃあなーぁいか、ハンサムくん。

 折角せっかくルェディーをオトして、個別ルートに進むチャンスだーぁというのにさーぁ」



「はい?」

 


 なんだ?

 この、兄野田アニキにチャラ男属性を足したような、中性的な声は。



「無視かい?

 ツーゥレないなぁ、ハンサムくーぅん」

「おわっ!?」



 体を反転させられた!?

 と思いきや、視界を埋め尽くさんばかりのイケメン顔っ!?

 眩しいぃぃぃっ!!



「だ、誰ぇ!?」



 もっともなことを言う俺を差し置いて。

 謎の中性的イケメンは、顎クイし、指で唇を塞ぎながら、俺の顔をめつすがめつ見詰めて来た。



「ちっ、ちっ、ちっ。

 いけないなぁ、ハンサムくん。

 この、ボォクの正体くらい、瞬時に見抜きたまーぁえよ。

 想像、読解、察知。

 もっと、クールに、スタイリッシュにならないとねーぇ。

 この、ボォクみたいに、ね。

 ウイットに富んでないと、今時のルェディーは落とせないぜーぇ?

 もっと、理知的に。

 情熱的にならなきゃ、あだっ!?」



 やにわにフェードアウトし、地べたに伏すハンサムさん。

 見上げた先には、何故なぜかハリセン装備している恵夢めぐむさんの姿。



「……あたし可愛かわいい後輩に、初対面でなにしてくれてるのよ。

 姉さん」

「姉さんぅぅぅぅぅ!?」



 え!?

 この、やったらめったらキラキラしてる、なんか一人だけ作画の違う、花のトーンとか貼ってそうな、ジョジ◯世界から来たみたいな喋り方してる、フォルゴ◯みたいな人が!?

 女性!?



「……いたたたた……。

 ご挨拶だなーぁ、恵夢めぐむ

 この、ボォクは、ちょっと自己紹介しようとしただけじゃあないかーぁ」



 立ち上がり、ズボンを払いつつ、ケロッと返すお姉さん。



 ……タフだな、この人。

 特にメンタルが。



「どこの世界に、出会い頭に顎クイするような輩がるのよ」

「ここにるじゃあないかーぁ。

 この、ボォクこそが、新時代の常識、新時代の定石。

 そう。なにを隠そう。

 この、ボォクこそが」

「アラタくん。

 これ、庵野田あんのだ 巡瑠めぐる

 誠に遺憾ながら、あたしの姉よ」

「あ、ども、初めまして。

 新甲斐あらがい 未希永みきと

 恵夢めぐむさんの後輩で、彼氏候補です」

「そ、それは、言わなくてもよろしい……。

 けれど、まぁ……。

 ……ありがとう」



 あー。

 嬉しいの隠し切れずに恥らって照れてる恵夢めぐむさん、マジ眼福ー。



 ところで、えと……巡瑠めぐるさん?

 は、なんでまた落ち込んでるの?



「……なんということだ……!

 なんてネタバレをしてくれたんだ、恵夢めぐむっ!

 ここは、是が非でも隠して彼に、この、ボォクの名前を当てさせる流れだろう!?

 君は、ラブコメ、萌えという物を、何一つ、てんで分かっちゃあいないじゃないか!」

「知らないし、さっきの発言と矛盾してるわよ?

 おまけに、あたしに普段ネタバレしまくってるのは、姉さんの方じゃない。

 あたしは、ネタバレを好まないのに」

「悪趣味、下劣極まりない!」

本当ほんとうよね、アラタくん。

 よく言ってくれたわね、偉いわ。

 ご褒美に、ナデナデしてあげる」

「わーい」

「あら。

 珍しく素直ね。うふふ。

 あ。忘れてたけど、姉さん。

 姉さんは攻略対象じゃないわ。

 ぽっと出よ?」

「そんなことはどうでもい!」

「あ。

 否定しないんだ。流すんだ」

「君のツッコミも、どうでもい!

 それより、君!」



 ガシッと俺の両肩を掴み、切願する巡瑠めぐるさん。



 あれ?

 もしかして、ややこしいルート、イベント突入した?



「やり直そう! 今直ぐ!

 さぁ、早く!

 もう一度、この、ボォクと、運命的に出逢ってくれたまえ!」

いやです。

 二度と出会いたくないし、関わり合いたくないです」

「ぐあっ!?

 この、ボォクが……!?

 この、ボォクが、袖にされた、だとっ……!?

 こんな屈辱、人生で……!!

 ……まぁまぁったな」

「あなた、何なんですか?

 本当ほんとうに」

「あら。

 かったわね、姉さん。

 年中無休で彼女募集厨のアラタくんが珍しく奇跡的に自分からフった、記念すべき第一号になれたわよ?」

恵夢めぐむさん、今サラッとひどい蔑称、与えませんでした!?」



 誰上手うまっ!!

 てか、別に悪くないからっ!

 思春期男子として、至って普通、健全だからっ!!



「まぁ、過去など即座に水に流そう、それこそが、この、ボォク!

 君が、新甲斐あらがい 未希永みきとくんか。

 お噂は兼ね兼ーぁね」

「ハーレクインでも社交界でもないんだよ。

 それは置いといて、初めまして、お姉さん。

 恵夢めぐむさんには、いつもお世話になって、それ以上にお世話してます。

 そして、永遠にさようなら。

 金輪際こんりんざい、面ぁ見せないでください」

「……そんなに世話なんてさせてないわ。

 ていうか、アラタくん。

 なんで姉さんには、ぐにタメ口でツッコんでるのよ。

 あたしでさえ、一年も要したのに」

「清◯だって、サンビー◯さんはともかく、フォルゴ◯に対しては、最初から呼び捨てだったでしょ?

 それと一緒です」

「ふふっ。

 この、ボォクを、の高名な絶世の美男子、イタールィアの英雄と称するとは。

 中々、見所がるじゃあないか」

「褒めてねぇよ」

「ま、益々、雑に……。

 しかも、UR級の雑さ……」



 あ。

 今度は、恵さん……じゃなくて恵夢めぐむさんが落ち込んだ。

 面倒だな、この姉妹。

 やっぱ、今日は帰るか。



恵夢めぐむさん、おやすみなさい。

 また学校で、恵夢めぐむさんのお家以外で、会いましょう。

 それでは」

「待たーぁれよ、未希永みきとくん」

「あんたが俺の名を呼ぶな。

 俺まで馬鹿バカになる。

 親からもらった名が廃る」

「見上げた根性だ!

 益々、気に入った!」

「ドMか、手前てめえ

「おいおい。

 この、ボォクをあまり怒らすなよ?

 この、ボォクには、取って置きの切り札がるんだぜぇ?

 そう……恵夢めぐむの思い出話、withアルバムさぁっ!」

「寄越せ、早くっ!!」

「ハーッハッハッハァッ!

 しければ、ここまで来て力尽ちからずくで奪ってみたまーぁえ!」



 ちっ、逃げられた!

 折角せっかく恵夢めぐむさんの秘蔵ショットを手に入れる、絶好の機会だというのに!



「アラタくん。

 あんなの、無視していわ。

 そんなに見たいなら今度、持って行くし、なんなら差し上げるわ」

うれし恥ずかしエピソードは?」

「そ、それは駄目ダメよっ!」

「しからば、却下です!

 行きますよ、恵夢めぐむさん!

 早く、あのフォルゴ◯を引っ捉えないと!」

「あー、もうっ!

 なんで、こうなるのよぉ!?

 姉さんの、ネタバレ魔ぁ!」

「悪口の弱さと矛盾さと可愛かわいさっ!」



 なにはともあれ。

 こうして俺と恵夢めぐむさんは突如現れた、謎でもなんでもない変人姉と追いかけっこを開始した。



巡瑠めぐる

 何時だと思っている!

 近所迷惑も考えろ!

 少し外で反省してなさい!」

「父上ぇ!

 何故なぜですか!?

 父上ぇっ!!」



 二秒で終わった。

 それはもう、アイドルロード編並の即オチだった。



 庵野田あんのだ家のご両親は、普通っぽくて安心した。



 いや、むしなんで、娘はこうなったんだよ。

 隔世遺伝?

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