〈Ⅱ〉波嵐(はらん)の当日(デート)
〈1〉恵夢と巡る物語
「……はい。確かに、読ませて
あなたの読書感想文、及び入部届」
ザッと目を通し終えたタイミングで、
「
これからも大切に培って
「あ、ありがとう、ございます……」
憧れの相手に労いの言葉をかけられ、
膝の上に手を置き、綺麗な姿勢で座っていた先輩は、ふと立ち上がり、俺の肩に触れた。
「三年間、待ち焦がれただけはあったわね」
「……気付いてたんですか」
「当然でしょう。
思った通り、面白くて可愛い子。
そして実に、
「何それ、詳しく」
言葉の真意を確かめようとするも、唇に人差し指を当てられ、口封じをされてしまう。
そのまま先輩は、俺に背中を向け、少し距離を取った。
「あらあら。
お年頃なのは分かるけど
『文芸部に入る以上は、
確かに小説は好きだ。
けど、男子高校生らしく、優しくて可愛い彼女も
ましてや相手は、あの
この中学、高校に通う男子なら、誰もが知っていて、目が合っただけで赤くなったり、悪戯な行動の全てに一喜一憂させられる
これで、恋に落ちない自信は
けど、先輩の意図は取れないが、どうやら先輩は部活内恋愛をしたがっていない
となれば……この部活に所属し、先輩と恋仲になる。
その
「先輩っ!!」
「な、
覚悟を決め
先輩は、少し驚きながら振り向いた。
「
俺が先輩を好きになるのは、NGって
「ええ、まぁ……望ましくはないわね」
「だったら」
一歩、前に踏み出し、そして踏み込んだ。
「先輩が、俺を好きになったら。
部員としてではなく、異性として気に入ってくれたら。
そしたら、俺と付き合ってください。
それなら、契約違反にはならない
だって、そんな
やや呆気に取られた、少し間の抜けた顔をする先輩。
「あなた……
まさか、こうもあっさり、仕込んでいた隠しルート、第三の選択肢を見抜かれるなんてね。
未曾有の緊急事態よ。
大抵の子は、
それが第一関門だなんて、知らずにね。
でも」
俺に近寄って来た先輩は、俗に言う顎クイを
突然の展開に、俺は堪らず目を逸らしてしまった。
「読解力といい。
あなたは、今までの子とは、ちょっと違うみたい。
それとも、単なる
いずれにしても、興味が尽きないわ」
言いながら先輩は、俺の胸、心の辺りを人差し指で滑らかに撫で、最後にツンツンと可愛らしく突っついた。
不覚ながら、ドキドキし
「その調子で熟読し、熟考し、解き明かして御覧なさい。
もし、あなたに、
まぁ……あなたに、それが可能であればの話だし。
仮に成し得たとしても、それからは誤答を繰り返し、私を退屈させる
知らなかった。
予想だにしなかった。
先輩に、こんな魔女みたいな面が
お
「それ……かなり厳しくないですか?」
「そうかしら?
常に心に飢えを抱え、それを紛らわす
女性とは、そういう生き物なのよ。
あなたも、覚えておくと
後学の
もしかしたら、
「……
その、お祈りメールみたいなの。
こちとら三年間も、先輩と文通みたいな
てか、もし縁が無くっても作り出すし。
それでも足りなければ、今度は運を呼び込みます」
「今の内に、覚悟しといた方が
俺は多分、先輩が言う所の前者。
今までの柔な連中とは、一味も二味も違います。
何せ、年季からして上回ってますから」
「そうだと助かるわね。
こちらとしても。
白馬の王子様。
なんて本気で信じ、願う
丁度、切望していた所だもの。
今の所、あなたが
打算は有っても、悪意は覚えないもの」
「先輩……!!」
ひょっとして、オーケーのサインでは?
そう捉え、抱きしめようとすると、ヒラリと躱された。
そうして、地面とキスする俺の
「たっぷり楽しませて
あなたの、
ただ、ご注意なさい。
こう見えて
だから、伏線やヒントを
この話だって、
「だとしてもっ」
口を拭い、立ち上がり、面と向かって言い切る。
「俺は、屈しませんよ。
先輩が幾度も俺を罠に嵌め、弄ぼうってんなら。
先手の予測は敵わない代わりに、俺は何度だって、その度に先輩の言葉、心を読み取り、読み込んでみせます。
先輩を、読了し、魅了してみせます」
「楽しみにしてるわ。
末尾で待ってるわよ……アラタくん」
夕日に照らされる部室で、初めて先輩と
ここから俺達の、文芸部員としての関係が始まり、生まれたのだ。
※
「うむ。
手前味噌かつ簡易的ではあるが、中々の
そうは思わんか? アラタ」
「……ソーデスネー」
「
その、驚くべき電話が
シャキッとせぬか、シャキッと」
あっさりと物凄い
「……じゃあ、シャキッとした上で聞きますけど。
今日って、俺と先輩のデートの日ですよね?」
「そうだ」
「じゃあ
朝から勝手に俺の部屋に侵入した挙げ句。
俺の耳を甘噛みして強制的に目覚めさせただけに飽き足らず。
こんな恥ずかしい、キザったらしいエピソードを元ネタに、加筆修正とモノローグを付け足し改良を加えた自作ノベゲーのシーンの視聴を余儀なくさせられ。
あまつさえ、感想を求められてるんですかね?」
「長いな」
「あんたが早朝からアポ無しで噛ましてくれた自己中謎ムーブのオンパレードに比例した、順当かつ適正かつ最小なボリュームだよ!!
そもそも、今回は確実に俺の声だった!!
寝起きでも分かる
どういう
「
部室で普段から日夜、熱く議論を繰り広げているだろう」
「おい!
盗聴、流用してたっていう、容易に想定されるってか唯一、導き出せる、最悪かつ最低な答えを、サラッと仕込むな!!
自分にしか非が
「うむ。
「例によって、流されるぅー!!
そんで、
一体全体、どういう
その格好!!」
ショートケーキ仕立てのメイド服て!
背中パックリて!
しかも、鼻とか谷間とかクリーム塗れて!!
どうせ、またあれだろ!?
ピシゲのシチュに憧れて再現したとか、そういうオチだろ!?
てか、和風美人の
「うむ。
存分に堪能すべく、勝負服にて馳せ参じた次第である」
「大変、目の保養です、ありがとうございます!!
「
「あざっす!!
準備万端かよ!!」
調べてみたら、
それも何枚も。
「で?
先輩は今日、俺と何をする
「うむ。
よくぞ聞いてくれた」
苺のメイド姫と化した
いや、マジックかよ。
どんなトリックだよ。
無駄に
「アラタ。
我は、考えた。そして、改めた。
確かに主は、未成年。
仮にも18歳以下の青少年にピシゲを薦めるなど、大人のする
……この前は、すまなかった。
話が急過ぎたな」
「
そう。そうだ。
こういう人なんだよ、
悪戯好きで、思わせ
おまけに最近、無類のピシゲ好きだと。
一年にも渡って、冗談混じりではあるもののアピってたのに、やっぱ
正直、幻滅しかけてた。
でも、それだけじゃない。
驚かされた
現に今回だって、自分の悪い部分を反省し、謝罪し、改善に努めようとしてくれた。
夢見すぎだろって。
恋心と憧れを一緒にすんなって。
でも……そこら辺を踏まえた上でも、やっぱり俺は、
嫌いにさせて
「
顔を上げ、期待の眼差しを向ける。
「だから、用意した。
18禁には当たらない、18禁チックなアニメのDVDを。
共に観よう。
そして熱く、厚く語り合おうぞ」
「でぇすぅよぉねぇぇぇぇぇ!!」
……うん。
※
「あなたじゃなきゃ
こうしてると、プラネタリウムみたいだな。
そんな
天井に映る『ましろアルバム2』を一気見し終え、プロジェクターを切り。
また横になっていると、唐突に
そういえば、今は
バースト絡みではないからか。
「あなたは、
あなたは、
明日は、どこまで話そうかしらって。どこまでだったら、乗ってくれるかしらって。
そんな
そんな時間が、好き。
あなたといると……毎日、飽きないの。
楽しくて、楽しくて。
大切で、大好きで、仕方ないのよ」
「
名前を呼ぼうとして、ハッとした。
俺が振り返るより先に、こっちを
蒸気した頬。
潤んだ瞳。
緩み切った、幸せそうな笑顔。
そんな状態の
次に
「正直……3人の中で最も不利なのは、
年上だし、先輩だし、部長だし、
でも……だからこそ。物語の話をしている時は、心から楽しみ合いたい。願わくば、他の二人と
触れ合っていた指を、
形はともかく、こんなにも俺は、
そんな喜びで、無性に泣きたくなる。抱き締めたくなる。
けど……今は、耐えなくては。だって、まだ二人との予定が残ってる。それに、まだ先輩が喋ってる。
「……平気? 落ち着いた?」
気付けば彼女は、途中で遮られたからか、少し困った
「す……すみません。
……はい。平気、です……」
「ううん。気にしないで。
ごめんなさい。ちょっと、攻め
こうでもしないと
「……そんな
でも、役得なんで、こういうのはガンガンしてください。先輩さえ、良ければ。
「……そう?
じゃあ……」
俺の言葉で上機嫌になってくれたらしく、
俺も、それに倣った。
「前向きに検討してみようかしら。
あと、リクエストが
公序良俗に則る範囲で、応えるわ」
「何卒、
ところで、上げてから落とさずに、もう少し隙を見せてくれても、
「
この状態で、あなたと、それも二人きりで
「その割には、
「何人たりとも、本心と本能には抗えないもの。
仕方が無いわね。
素直に
「
普段の
どっちにしても手厳しい上に、向こうからは一方的に攻められるという不平等っ
好きになり甲斐、オトし甲斐の
「……
ちょっと、
リクエスト」
「光栄ね。
何かしら?」
「今だけ……今だけで、
呼び捨てに、してくれませんか……?」
思わぬ注文だったのか、
しかし、やがて愛しそうに目を細め、口を開く。
「……『
大好きよ」
「っ……!!」
ヤバい。何この人、何この人、
両手塞がってさえなきゃ、
「あら? どうしたの?
み、き、と……」
「アドリブ込みでなんて、頼んでない……」
「それは、あなたの落ち度じゃなくって?
もう熟知してるでしょうに。
「魔女……。
男の純情を弄んで悦に入る魔女……」
「お褒めに預かり、
ところで、
あなたのオーダーの分、
という
「しかも後付で新ルール追加……」
多分、露骨に
そんな
「……
……『
「〜っ!!」
反撃を仕掛けると、
へっへーんだ!
こっちは最初から加筆してやったぜー!
「な、なるほど……。
これは、その、
……中々どうして、むず痒いわね……」
「ん? どうかしたか?
め、ぐ、む」
ギロッと、こちらを睨む
負けじと、表情を作る俺。
それが、悪戯合戦、開始の合図。
「
「
何だかんだと言いつつ、
「そりゃ付き合うさ。
別の意味で付き合いたいからな」
「それは
ラブコメコースのみならず、激アツコースやキマシタワーコースもご所望なのかしら?
別に構わないわよ?
万が一に備えて、今日も準備済みだし」
「案の
あと、出来ればもっと、違う意味で入念にしてて
……確信した。
俺、
※
その
またしてもムードとかけ離れた雰囲気で時間を過ごした
夜の帳が降りたタイミングで俺は、大人びた私服に着替え直した
「ありがとう、アラタくん。
素敵なナイトっ
「そりゃ……それが
「うふふ。
可愛い子。
道中も、とても楽しかったわ。
あなたと
退屈とは無縁ね」
「当たり前でしょ。
めっちゃ奇異な視線で見られましたが」
「そうね。
あの人達、全員、フリーなのかしらねぇ?」
「それ以上深追いすると確実に刺さるし刺されるので止める
それじゃあ、おやすみなさい。
失礼します」
「ええ。
おやすみなさい」
玄関前での最後の会話を終え、俺は
「おぉーっとぉ。
ダーァメじゃあなーぁいか、ハンサムくん。
「はい?」
この、
「無視かい?
ツーゥレないなぁ、ハンサムくーぅん」
「おわっ!?」
体を反転させられた!?
と思いきや、視界を埋め尽くさんばかりのイケメン顔っ!?
眩しいぃぃぃっ!!
「だ、誰ぇ!?」
謎の中性的イケメンは、顎クイし、指で唇を塞ぎながら、俺の顔を
「ちっ、ちっ、ちっ。
いけないなぁ、ハンサムくん。
この、ボォクの正体
想像、読解、察知。
もっと、クールに、スタイリッシュにならないとねーぇ。
この、ボォクみたいに、ね。
ウイットに富んでないと、今時のルェディーは落とせないぜーぇ?
もっと、理知的に。
情熱的にならなきゃ、あだっ!?」
やにわにフェードアウトし、地べたに伏すハンサムさん。
見上げた先には、
「……
姉さん」
「姉さんぅぅぅぅぅ!?」
え!?
この、やったらめったらキラキラしてる、
女性!?
「……いたたたた……。
ご挨拶だなーぁ、
この、ボォクは、ちょっと自己紹介しようとしただけじゃあないかーぁ」
立ち上がり、ズボンを払いつつ、ケロッと返すお姉さん。
……タフだな、この人。
特にメンタルが。
「どこの世界に、出会い頭に顎クイする
「ここに
この、ボォクこそが、新時代の常識、新時代の定石。
そう。
この、ボォクこそが」
「アラタくん。
これ、
誠に遺憾ながら、
「あ、ども、初めまして。
「そ、それは、言わなくても
けれど、まぁ……。
……ありがとう」
あー。
嬉しいの隠し切れずに恥らって照れてる
ところで、えと……
は、
「……
ここは、是が非でも隠して彼に、この、ボォクの名前を当てさせる流れだろう!?
君は、ラブコメ、萌えという物を、何一つ、てんで分かっちゃあいないじゃないか!」
「知らないし、
おまけに、
「悪趣味、下劣極まりない!」
「
よく言ってくれたわね、偉いわ。
ご褒美に、ナデナデしてあげる」
「わーい」
「あら。
珍しく素直ね。うふふ。
あ。忘れてたけど、姉さん。
姉さんは攻略対象じゃないわ。
ぽっと出よ?」
「そんな
「あ。
否定しないんだ。流すんだ」
「君のツッコミも、どうでも
それより、君!」
ガシッと俺の両肩を掴み、切願する
あれ?
もしかして、ややこしいルート、イベント突入した?
「やり直そう!
さぁ、早く!
もう一度、この、ボォクと、運命的に出逢ってくれたまえ!」
「
二度と出会いたくないし、関わり合いたくないです」
「ぐあっ!?
この、ボォクが……!?
この、ボォクが、袖にされた、だとっ……!?
こんな屈辱、人生で……!!
……まぁまぁ
「あなた、何なんですか?
「あら。
年中無休で彼女募集厨のアラタくんが珍しく奇跡的に自分からフった、記念すべき第一号になれたわよ?」
「
誰
てか、別に悪くないからっ!
思春期男子として、至って普通、健全だからっ!!
「まぁ、過去など即座に水に流そう、それこそが、この、ボォク!
君が、
お噂は兼ね兼ーぁね」
「ハーレクインでも社交界でもないんだよ。
それは置いといて、初めまして、お姉さん。
そして、永遠にさようなら。
「……そんなに世話なんてさせてないわ。
ていうか、アラタくん。
「清◯だって、サンビー◯さんはともかく、フォルゴ◯に対しては、最初から呼び捨てだったでしょ?
それと一緒です」
「ふふっ。
この、ボォクを、
中々、見所が
「褒めてねぇよ」
「ま、益々、雑に……。
しかも、UR級の雑さ……」
あ。
今度は、恵さん……じゃなくて
面倒だな、この姉妹。
やっぱ、今日は帰るか。
「
また学校で、
それでは」
「待たーぁれよ、
「あんたが俺の名を呼ぶな。
俺まで
親から
「見上げた根性だ!
益々、気に入った!」
「ドMか、
「おいおい。
この、ボォクをあまり怒らすなよ?
この、ボォクには、取って置きの切り札が
そう……
「寄越せ、早くっ!!」
「ハーッハッハッハァッ!
ちっ、逃げられた!
「アラタくん。
あんなの、無視して
そんなに見たいなら今度、持って行くし、
「
「そ、それは
「しからば、却下です!
行きますよ、
早く、あのフォルゴ◯を引っ捉えないと!」
「あー、もうっ!
姉さんの、ネタバレ魔ぁ!」
「悪口の弱さと矛盾さと
こうして俺と
「
何時だと思っている!
近所迷惑も考えろ!
少し外で反省してなさい!」
「父上ぇ!
父上ぇっ!!」
二秒で終わった。
それはもう、アイドルロード編並の即オチだった。
いや、
隔世遺伝?
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