〈4〉テスト→デート→テンペスト

「お、お風呂、頂きました……」 

「頂かれちゃいました♪」

「お風呂をね!?」

だなぁ、もぉ。

 分かってるよぉ。

 むしろ、他になにに聞こえたっていうのかな?」

結織ゆおり……。

 狙ってるだろ……」

なんことやら。

 それより、ほら、こーこ。

 早く来て。髪、乾かさせて?

 そしたら、明日がくぎょうに差し支えない範囲で、お喋りしよ?」

「……お喋り、だけか?」

「あははっ。

 ボロが出て来たねぇ。

 まぁ、えず、お座りなすって」

「あ、ああ……。

 お邪魔、します……」



 例の爆風ばくろ大会を経て、夜。

 俺は、ご両親不在の中、結織ゆおりの部屋に招かれ(ラフで可愛かわいらしい部屋着にドキッとした)。

 彼女と一緒に本を読んだり映画を観たり、一緒に料理に行ったりと、この前の焼き直しみたいな、けれど似て非なる時間を過ごしていた。



 そして、夜。



 二人っきり。

 年頃の男女。

 お風呂上がり。

 気心の知れた間柄。

 ネグリジェ。

 なんちゃって告白の直後。

 という、朝チュン疑惑が浮上する、この状況に、我ながらドギマギしていた。



 が、ずっと固まっているわけにもいかないので。

 結織ゆおりの示した通り、ベッドに座る彼女の横に並ぶ。



「もぉ。

 ちーがーう。

 こっち」



 トントンッと、結織ゆおりが自身のひざを軽く叩く。



 こ、これは、流石さすがに境界線を越えてるのでは。

 いやでも、背いて結織ゆおりを怒らせる方が……。



「じゃ、じゃあ……。

 失礼、します……」



 結織ゆおりが自分からアピって来た以上、問題はかろう。

 そう判断し、俺は結織ゆおりの膝の上に座るのだった。



 ……為桜たおに鍛えてもらって、ちゃんと体型維持してて、かった。



あっつ!!」



 などと他所よそごとに耽っていたら、ドライヤーを鼻にかけられた。



 弱だったからかったものの!



「ふんだ。

 今、一緒にるのは、私だよ?

 こんな時くらい、私のことだけを考える甲斐性、気概を見せてよ」

「す、すまん……」

「分かればよろしい。

 じゃあ、乾かしてくね」

「頼む……」

 


 出鼻を挫きこそしたものの、それ以降は特に滞りく進んだ。

 そして、ドライヤーの電源を落とした、正にそのタイミングだった。

 結織ゆおりが後ろから、俺に抱き着いて来たのは。



「……結織ゆおり

 ……どうかしたか?」

「……呼んで……」



 俺が心配すると、更に強く、ギュッと。

 結織ゆおりは俺を抱き締めた。



「私……。

 君に名前を呼んでもらえると……。

 すごく、ドキドキして……安心して……。

 最高に、うれしい……。

 こんなふうに、サービスしたくなるくらいに……。

 だから……もっと、呼んで?」



 結織ゆおりの手に自分のを重ね、俺は返す。



「……結織ゆおり……」

「……はい……」

「……結織ゆおり

「……はい」

結織ゆおり……」

「はい……」



 さながら確認するように、俺は彼女を呼んだ。

 生きていることを、一緒にことを、きちんと好き合っていて。

 同じ未来を見詰め、目指していることを、確か合うように。

 


 好意を持ってる異性に、こんなふうに言ってもらえると、応えたくなるのが、男としての性分で。



結織ゆおり

 今日は、ことった?」

「うん。

 未希永みきとくんと、心を開き合えた。

 ……幸せだった。

 やっぱりこの人は、私と似てて、通じ合えてるんだ、って」

「俺も、幸せだったよ。

 でも、結織ゆおり

 どうせだったら、喜びよりドキドキの方が、勝っててしかったな……」

「それは、君の今後の活躍次第だよ、彼氏候補くん」

「そっちも活躍してくれよ、彼女候補さん。

 ヒロインが魅力的じゃなきゃ主人公だって本気出せないんだから」



 あははっ、と笑ったあと

 俺の肩に、結織ゆおりは顔を乗せた。



「……ありがとう。

 私の心を、解放してくれて。見付け出してくれて。

 私に、君の恥ずかしい部分も、見せてくれて。

 私を……選ぼうと、してくれて」

 


 話しながら、結織ゆおりは握り拳を作った。



「前も、言ったけどさ。

 私、実は全然、自信無いの。

 いつも、いつも、周囲の目や、皆からの印象を、絶えず気にしてる、臆病者なの。

 だから、少しでも好かれるために、万人受けしそうなスキルばっか、身に付けたの。

 コミュ力とか、お料理とか。

 取り繕うことで、みんなに取り入ったの。

 でも……それでも、不安で。

 好きな相手ほど、近しい相手ほどそばに常駐したくなった。

 私から離れられないように。

 私を放してくれないよう

 私しでは生きられないように。

 そのくせ、極度のものぐさ、ミザントロープ、エゴイスト。

 自分に自信がくせに、自分を可愛かわいがってばっか。

 自分から進んで近付くくせに、テリトリーに踏み込まれるのは不許可で。

 そんな自分がいやで、悔しくて、情けなくて、恥ずかしくて。

 変えたくて仕方しかたいのに、億劫がって、怖がって。

 万人に好かれたいのと同じくらいに、孤独にもなりたかった。

 そんな、相反する渇望を宿してしまったの。

 その所為せいで、みんなをリード、ブリードしようと企んだ。 

 手中に収めようと、術中に陥れようと。

 支配、洗脳しようとした。

 だから私は、ヒモがしいの。

 家族でも、義理でも義務でもない、便利な召使扱いしてくれる人。

 それならきっと、私を見捨てたりなんてしない、出来できないから。

 私の一部になって、私を一部にしてくれるから。

 ずっと……私と一緒に、一対でてくれるから」



 俺の胸に、手を這わせる結織ゆおり



 このまま、溶けてしまいたかった。

 一人に、一つに混ざって。

 結織ゆおりの不安を、少しでも解消出来できたら、って。



「私が、君や、『ニアカノ同盟』のみんなひどことを言ったりするのも、テストなのかもしれない。

 どれだけ冷酷に、意地悪く振る舞っても、それでも変わらずに私の隣に、そばてくれるか、っていう。そういう、実験。

 ……嫌な女だよね、私。

 サークラって言われても、否定出来できないや」



「……そうかもしれない」



 ポンッと結織ゆおりの頭に手を置き、コツンッと側頭部を当てながら、俺は紡ぐ。

 いつもの口調を崩し、少しでも優しく聴こえるよう、意識しながら。



「でもさ……本当ほんとうは人間なんて、誰しも、そんなもんじゃないかな?

 生まれてこの方、四六時中、年中無休で自信満々、純粋無垢な人なんて、やしないよ。

 だって、そんなんじゃ疲れるし、保たないだろ?

 人間には、良くも悪くも、心が備わってるんだから。

 不安定で、不案内で、不健全で、不可解で、不愉快で、不公平で、不透明で、不思議。

 だからこそ人間は、強くなりたいって思うし、誰かに惹かれたりするんじゃないかな?

 意地張ったり、格好かっこ付けたり、着飾ったり。

 時に、そういうのを全てかなぐり捨てて。

 弱い所も黒歴史も、隠しておきたい秘密も、大嫌いな自分も、なんもかんも曝け出して。 

 そうしてようやく、心からの言葉、変わらない本音を見つけ出して、ありのまま届けて。

 その果てに、やっと付き合って。

 それからも、幾度と無く、擦れ違って、衝突して、落胆して、失望して、失恋しかけて、号泣して。

 けれど、やっぱり離れ難くて。

 仲直りして、打ち明け合って、打ち解けて、笑い合えって、好き合える。    

 人間なんて、そんなもんだよ。

 そんなふうにして、ずっと生きて来たんだから、今更そう簡単には変えられないよ。

 だからさ」



 結織ゆおりの手を取り、キュッ……とにぎって。

 俺は、懇願する。



「これからも俺に、君を好きでさせてよ。

 俺も、君に嫌われないよう、ゴールに向けて進み続ける。

 走って、走って、時に歩いて、稀に休んで。

 今度は全速力で、一直線に走るからさ。

 どうか、これからも、俺を。

 君のそばに、置いてくれないかな?」



「うん……」



 恋人繋ぎをフライングして、うれし涙を流しながら、結織ゆおりは願う。



「まだ、答えは出せてないけど。

 この関係に、気持ちに、名前は付けられないけど。

 どうか、『恋』で、『両想い』であってしい。

 だから、それが判明するまで。

 ううん……突き止めてからも。

 私を、君のそばさせてください。

 関係かたちが変わっても、年を取っても。ずっと、ずっと。

 君のそばで、笑わせてください……」



「……お願いします」 

「……されました」



 やっと少しだけ重なった、溶け合った、二つの、二人の心。



 恵夢めぐむさんと依咲いさきには悪いけど。

 改めて、痛感した。

 今、俺が一番求めてるのは、結織ゆおりだって。

 


「ところでさぁ、未希永みきとくん」



 ビクビクッ!!、と俺の体が、拒絶反応でも示すふうに震え。

 思わず飛びのき、彼女から離れた。



 な、なんだろ……。

 すごく、凶兆が見える……。



「は、はい……」

だなぁ。

 そんなにビクビクしないでよぉ。

 簡単な質問に応えてもらうだけだからぁ」



 ゆ、誘導尋問の間違いでは……?

 と思ったのはさておき。

 結織ゆおりは、黒いオーラを放つ笑顔を見せる。



 そういえば笑顔って、昔は恐怖の象徴だったらしいね。

 ピエロ恐怖症だっけ?



未希永みきとくんさぁ。

 キス、したよねぇ。二人とぉ。

 私に、無許可で。事後報告もく」

「え?

 まぁ、確かにした……というか、されたが」



 あれ?

 でも、なん結織ゆおりが知ってて、あまつさえ気にして……。



 ハッと、たちまち我に返った。だが、すでに手遅れ。

 目の前には、今にも赤く染まった包丁を見せびらかしそうな、物々しい覇気、邪気を放出する結織ゆおりが、にこやかに立っていたのだから。



「ふーん。

 したんだぁ。やっぱり。」

「い、今の、鎌かけ……!?

 それに、『した』んじゃなく、『された』……!」

「どっちでもってか、どうでもいよ。

 それより、未希永みきとくん」

「は、はいぃっ!?」



 トンッと胸を小突かれ、ベッドに倒される俺。

 そして、馬乗りになる結織ゆおり



 あ、あれ?

 今月だけで何回目だ?

 あと、今更だけど、逆じゃない?



「してよ。

 私に。

 キス」

「え?」

「『え?』じゃないよ。

 だってさぁ。私、二人と違って一週間もお預けされたんだよぉ?

 この一週間、未希永みきとくんとのデートを大義名分に、仮病使って休みたいのを必死に耐え続けてたんだよ?

 それくらいのサービス、してくれてもいんじゃないかなぁ?」

「じ、自分で後回しにしたんじゃあ……?」

うるさいなぁ。

 さっきもだけどさぁ。

 今、そういう話、してないよね?

 ここで大事なのは、私が最後尾だったってことだけなの。

 なんで分からないの?

 だからさぁ。せめてものお詫びとして、未希永みきとくんから、私に、キスしてよ。

 やり方や場所は任せるからさ。昨日のデートみたいに、リードしてよ。

 誘導リードして、認識リードしてよ。

 いくら私が真正の駄目ダメ女だからって。

 それくらいの願望は人並みにるんだよ?」

「は、はぁ……。

 ……昨日も昨日で、そんなにリードしてなかったよーな……」

うだつが上がらないなぁ。

 ハッキリしてよ、未希永みきとくん。

 ねぇ、未希永みきとくん。

 本当ホントに、分かってるのかなぁ?

 君は今、恋人候補としての岐路に立ってるんだよ?」



 ツンと俺の胸、心臓の辺りに人差し指を当て、かすかに爪を刺し、結織ゆおりは扇情的に続ける。



「今、私達がやってるのは、デートであり、テスト。

 これは、君にとってだけじゃなく。

 恵夢めぐむ先輩や依咲いさきちゃん、私にとってのトライアルでもあるんだよ?

 他の二人は、合格ラインに到達したかもしれない。

 でも、言っとくけど私、倍率高いよ?

 そもそも、癖の強さは攻略難易度に比例、直結するからね」

「な、なにが言いたいんだ……?」

「つまりはさぁ、未希永みきとくん」

「ひぃっ!?」



 俺の体をキャンパスに見立て、爪を立てた指を、縦横無尽に動かして行く結織ゆおり

 こそばゆい上に、物凄い誘惑力。



 こ、これは……。

 いつオトされても、誰も何も言えないのでは……?

 


「これからの君の選択、コマンド次第で、私が外方そっぽ向いちゃうかもしれない。

 逆に、君のアクション次第で、私を完落ちさせられるかもしれない。

 分かる?

 ともすれば、ここで未希永みきとくん、一気に本懐を遂げられるかもなんだよ?

 今直ぐ、私を物にして、理想も妄想も、正念も邪念も、余さず私に、ぶつけられるかもな大チャンスなんだよ?

 だったらさぁ……制限時間内。

 私の気が変わるまでに、せめて動かないとって。

 そういう思考に、ならない?

 私と、付き合いたいんでしょ?

 だったらさ……私をその気に、虜にさせるだけの男気を、気概をさ。

 未希永みきとくんも、きちんと私に示してよ。

 じゃないとさぁ……不平等だよ。

 信じられないよ」



 正論で。

 それ以上に、正気だ。



 今度こそ、確実に。

 さっきみたいな、心理戦めいたやり取りじゃない。

 


 だったら。

 俺に出来できことは、一つしか無いじゃないか。



「……本気、なんだな?」

「どうやら、未希永みきとくんも決心したみたいだね。

 普段の未希永みきとくんなら、ここで確実に『訴えられたり』とか、興を削ぐこと、言うもんねぇ」

「俺だって、その場のノリとか若気の至りとか、そんな無責任な建前で、彼女欲しいとか言ってるわけじゃない。

 切望してるからこそ、口にしてるんだ。

 それに、いくら鈍いからって、今の状況を斜めに受け取るほどじゃあない」

「それを聞いて安心したよ。

 私だって、同じ。

 こんな大切なこと、誰にでも委ねるわけじゃない。

 君を選んで、託して、正解だった」



 結織ゆおりは、俺の体から離れ、隣で横になった。



 これは、つまり……。

 合図に、違いない。



「……最終確認だけどさ。

 キスの場所って、知ってる?」

「……ああ」

「そっか。

 じゃあ、話は早いね。

 自由にしていいよ。

 なんなら、キスじゃなくても。

 全部、君に任せるよ。

 もっとも、ここら辺を熟知、踏まえた上で違えたら……。

 ……容赦、しない」



 フワフワした空気から一転。

 最後だけ、殺伐とした語気で告げる結織ゆおり



 俺も気を引き締め直し、深呼吸し、起き上がり。

 結織ゆおりの体の前に立ち。



 けれど、そこまで。

 それ以上、先に動けなくなってしまった。

 


 確かに、俺は決意した。

 結織ゆおりに、男としての誇りを示そうと。



 しかし……どう、どの辺りまで?

 結織ゆおりの指示通り、キスまで?

 しくは、それ以上?

 はたまた、負けイベントのごとく、流すのが最適解なのか?



 まだ俺達は、普通のクラスメートで。

 親しき仲にも礼儀ありなわけで。

 恋人同士ですらないわけで。



 世間一般では子供に該当してこそいるものの。

 人間の産まれる仕組みを理解し、分別も付けられる年齢で。

 


 つまり。

 結織ゆおりには悪いが、選択肢が出て来ては消え、あるいは見失ってしまう。

 アクション以前の、分厚く巨大な壁に阻まれてしまい、身動きさえ取れずにいた。



 というか……なんだ?

 この、なんのフラグもく降って湧いた、恋のABCのC手前、みたいな状況は?

 未だに受け入れられずにいるのだが。

 


未希永みきと、くん……?」



 固まり尽くしていた、機械みたいな体と思考。

 それが、まるで幾億年りかのごとく動き出した。



「あ、い、いやっ!

 これは、その……!」



 時間切れか。

 愛想尽かされのか。

 そう思い、必死に取り繕うと試みる。



 が、ご覧の通り、見るも無惨な始末だ。



 嘆かわしい。

 穴がったら入りたいとは、このことよ。

 常日頃から『彼女欲しい』などと、あれ程までにほざいておきながら、なんたる体たらく。

 これでは、流石さすが結織ゆおりも。



 などと、自己嫌悪に陥っていた、正にその時だった。



 ギュッと。

 キュッと。

 結織ゆおりが、俺の手を握ってくれたのは。

 しかも俗に言う、恋人繋ぎで。

 


「ゆ、お……り……?」

本当ホント……君はダメ可愛いなぁ。

 折角せっかく、君に少なからず好意を寄せている子が。

 こんなに勇気出して、曝け出して、据え膳よそう、よそおってるってのにさ。

 まぁ……そんな君だからこそ、こんなにも愛しいんだけど」



 俺の困惑を、緊張を和らげるように、目を閉じながら、穏やかに、たおやかに語る結織ゆおり



「大丈夫。

 言ったでしょ?

 未希永みきとくんは、私が見込んだ男なの。

 ちょっと暑苦しくって、時代錯誤で、そそっかしくって。

 いつだって、ぐで、真剣で、真面目まじめ

 でも、本当ほんとうは、異性に興味津々で、ちょっと偉そうで。

 私に似てて、それでいて、やっぱり優しい。

 そんな君に出会って、初めて思った。

 この人となら、特別な関係になれそう、なりたいな、って。

 それこそ、身も心も捧げたいと、本気で、シンプルに思えるほどに。

 だからさ」



 グイッと俺の手を引っ張り、自ら覆い被せる結織ゆおり

 その顔は、真っ赤に染まっており。声も手も、震えていて。



 一杯一杯なのだと。

 本当ほんとうに俺にすべてを任せるもりなのだと。

 流石さすがの俺でも、察知した。



「お願い……。

 お願い、だからぁ……。

 これ以上、言わせないで……。

 もぉ……焦らさないでよぉ……」



 そんな、色んな意味で惹かれる顔、見せられたら……。

 そんな、愛しくて仕方が無くなる、懇願されたら……。

 もう……逃げられない。

 男として、色々と決めなくては。



 ピタッと、結織ゆおりの頬に手を触れる。

 そして、冷静さを取り戻し持ち返した心で、告げる。



「……すまない。

 少しだけ……目を閉じて、じっとしててくれ。

 ぐに……終わらせる、から……」



 俺の言葉を受け、結織ゆおりは俯きながら、小さくうなずき、顔を逸し、瞳を閉じた。

 手を離した俺は、みずからを鼓舞し。

 そして、ついに。



 結織ゆおりの瞼、顎、手首、てのひら

 順番に、ゆっくりと、キスをし。

 ベッドから、降りた。



「……終わったぞ。

 目を、開けてくれ」



 俺が告げると、やや残念そう、けれど演技だと分かる様子で、結織ゆおりは目を開けた。



「あーあ。

 こういう時は、王子様のキスで目を覚ますのが、セオリーなんじゃないかなぁ?」

生憎あいにく、そんな大層な身分じゃなくてな」

「ふーん。

 その割には、未希永みきとくんにしては随分ずいぶん、攻めてたみたいだけど?

 まぁ……私はキス以上でも、一向に構わなかったけど。

 未希永みきとくん限定で、ね」



 まるで婚約指輪を自慢するかのごとく、結織ゆおりが左手を挙げ、クルクルと回転させながら見せ付けてくる。



 も、もしかして……!

 俺は、とんでもないミスをしでかしてしまったのではなかろうか……!?



「じっ……自由にやれと言ったのは、君だろ!?」

「そうだけどさぁ。

 まさか、ここまでとはねぇ。

 余程よほど、私にご執心なんだねぇ。

 ママとしては、うれしい限りだけど」

「またそうやって、揶揄からかってからに」

「もぉ。

 怒らないでよぉ。

 それより、ほら。早くしてよ」



 苦笑いしつつ、なにやら催促して来る結織ゆおり

 話が読めず、俺が疑問符を浮かべていると、待ち切れなかったのか、結織ゆおりが自分から動く。



「……もうい。

 しばらく、じっとしてて。

 今度は、私の番だから」

「え?

 あ……。

 は、はい……」



 く分からないが、えず言われた通り、静止する。

 結織ゆおりは、俺の前に立ち。なんと、俺の服を脱がしに始めた。



「ゆ、ゆゆゆ、ゆおりさんっ!?」

いから。

 君のアクションに最低限、合わせるから。

 ギリ友達の範囲で、抑えるから。

 その代わり、しばらく見ないで、喋らないで。

 あ……喘ぎ声とか、『もっと、もっとぉ』的なのだったら、特別に許可するよ」

「わ、分かっ



 答えようとしたら、結織ゆおりに手で口を塞がれた。

 これくらいも、アウトですか……。



 仕方しかたいので、指示に従い、黙ってされるがままの俺。

 そのまま上裸にされ、大人しくベッドに寝させられる。



 ゆ、結織ゆおりの香りが……!?

 残り香が……!?



 なんかもう、これ、色々と不味まずような気が……!?



 って、俺!

 このタイミングで、『女の子だけ着衣状態の方が一周回って扇情的(byめぐむ)』とか、余計なこと、思い出すなぁ!!

 いや、思いっ切り実感してるけど!



「じゃあ……行くよ?」

 


 端的に宣言すると、結織ゆおりず鼻、手の甲。

 恵夢めぐむさんと依咲いさきにされた箇所に、やや長めにキスをした。

 まるで、上書きをするかのように。



「これで、打ち消し、浄化は完了と。

 次はぁ……」



 別に、呪いとかでは無いんですが……。

 とは口が裂けても言えない俺。



 結織ゆおりは、首筋、胸、二の腕、そして腹部に、口付けをした。



 が。

 なんだか、少し痛いし、さっきより長いよーな……。



「少し、我慢してねぇ。

 本当ホントは麻酔使いたいんだけど、まだ無免許だからさぁ」



 それ以前に、キスのために麻酔使うとか、前代未聞なんですが。

 というのはさておき。



 続いて結織ゆおりは、俺をうつ伏せにし、背中、腰、太腿、そして臀部に、またしても時間をかけて接吻をした。



 も、もしかして今日、半ズボンだったのって、このため!?

 てか、罷り間違えばパンイチだった!?

  恥ずかしがり屋な俺を気付きづかって、短パンで譲歩したパターンですか!?



「そうです。

 これでも私は、我慢した方なのです。

 なんなら、褒めさせてあげよっか?

 それも、特別に許すよ?

 ね、ねぇ? どうなの?

 そろそろサイレントもキツいんじゃないかな?」



 あ、悪魔だ……。

 俺が必死に堪えてるのを、楽しんでる……。



 結織ゆおり……!

 なんて恐ろしい子……!



「さて、と。

 じゃあ、そろそろデザートにしよっかな。

 これが終わったら、楽にしていいよ?」



 結織ゆおりは、俺の靴下を脱がせ。

 脛、足の甲、足の裏に、短めのキスをした。



「お疲れ様。

 釈放です」

「はーっ……」



 部屋の主から承諾が降り、俺はそのまま、結織ゆおりのベッドに突っ伏した。



 つっかっれったぁ……。

 あー、マジしんどかったぁ〜……。



「よく耐えたねぇ。

 偉い、偉い」



 解放されたにもかかわらずしばらく動きたくない衝動に襲われている俺の頭を、結織ゆおりが優しく、愛おしそうに撫でる。



 本当ホント……。

 こうしてだけいれば、可愛かわいいのにな。



 でも、まぁ……なんだ。

 こっちのが気楽だなんて思ってる辺り。

 やっぱり俺も、彼女よろしく、どこかズレてるんだと思う。



「よっと。

 ちょっと、お手を拝借」



 などととぼけつつ、結織ゆおりが横に寝転がり、腕枕をして来た。 

 意味が違うのだが、ツッコんだら負けだと思う。



「それにしても、勿体無いことするなぁ、君は。

 折角せっかく、あのまま私を、君の物に出来できそうだったのに」

「それこそ、勿体無いだろ。

 もっと、付き合うまでのプロセス、プロットを大切に、緻密に練らないと」

「まぁ、君はそういうタイプだよね。

 なんせ、一年間も、告白テストために勉強し続けてたんだから」

「言っとくけど。

 それを台無しにされた件に関しては、依然として根に持ってるからな?

 遺恨は残ってるからな?」

「はいはい、失礼しました。

 でも、私だって、君に対して、悪い意味で思う所がいでもないよ?

 けど、まぁ……盲目的じゃないからこそ、長続きする、先を望める関係だってるし。

 きっとそれが、君の理想なんだよね」

「それは……」



 言われてみれば、結織ゆおりの言う通りかもしれない。



 恵夢めぐむさんみたいに、共通の趣味がって。

 それでいて趣向が似通っていても、いきなり一方的に押し付けられるのは、なんか違う。



 依咲いさきみたいに、好きな相手の希望や気分にばかり合わせ。

 騙されたり振り回されっ放しなのも、同じく違う。



 かと言って、昨日の俺と結織ゆおりみたいに、互いの願望にセーフティを施し。

 普通の恋人っぽく振る舞うのも、正しくない。



 恋とは、実に面倒で、理不尽で、まるで呪いのようで。

 恋とは、実に面白くて、面映くて、まるでまじないのよう



 知らなかった。

 一口に恋と言っても、実際の恋愛が、こんなにも奥が深いなんて。



 でも、考えてみれば、当たり前か。

 現実世界の恋愛が興味、趣深いからこそ、フィクションの恋愛も反映、繁栄されているのだ。



 まぁ……反対に、リアルで恋愛とは無縁の人生を送ったからこそ。

 憧れを全部乗せした結果、心惹かれるラブコメが誕生するという、複雑なパターンもふうだが。



「どうしたの?

 さっきから、コロコロお顔が変わってるけど?」

「いや……俺はまだ、恵まれてる方だな、って。

 ちょっと複雑だけどな」

なにそれ。

 変な未希永みきとくん」

 


 相手に求めるポイントは奇妙な上に手強い、難題美女達。

 けど、ひょっとしたら恋人になってくれるかもしれない相手が、周りに三人もるんだ。



 俺にはまだ、チャンスがる。

 普通かどうかはさておき、創作めいた最高の恋愛を、心ゆくまで楽しむチャンスが。



結織ゆおり

 これからも、よろしくな」

本当ホント……変な未希永みきとくん。

 こちらこそ、よろしくお願いします。

 早く私の、私だけの、ヒモノンになってね?」

出来できたらいな」

「しーまーすー」

「さーれーまーせーん」

「彼氏にだけど?」

「今ぐしろっ!

 いや、でも、やっぱ過程……あ〜っ!!」

「あははっ。

 やっぱり、未希永みきとくんは、ダメカワ系じゃなきゃなー」

結織ゆおりぃっ!!」



 そんな調子で、ゆったり、騒がしく、やっぱり肩透かしにイチャイチャしつつ。

 そのまま俺達は、やや経過してから、どちらからともなく、二人して寝落ちし、夜を明かし。



「ちょっ……!?

 何これぇぇぇぇぇぇ!?」



 翌朝、洗面台の前で、大量のキスマークを付けられていた事実に慌てふためき。



「あははっ♪

 やっぱり、気付きづいてなかった♪

 未希永みきとくん、本当ホントダメカワってる♪」 



 そんな俺を見て案のじょう結織ゆおりは高らかに、心底楽しそうに笑うのだった。





 翌日。

 『ニアカノ同盟』の5人は、朝から部室に会していた。

 その目的は。



「パーペキでござりゃんす」

「お?

 多矢汐たやしおちゃん、もう出来できたの?

 見せて、見せて」

「敵襲確認。

 敵機撃墜ですます」

「ちょ、待っ……!?

 鞄はあかんて!」

「うーん。

 まぁまぁかなぁ。

 恵夢めぐむ先輩は、どうですか?」 

勿論もちろん出来できてるわよ。

 うふふ。にしても、面白い提案ね。

 今になって、こういうのを準備しようだなんて。

 一体、どういう風の吹き回しかしら?」

「べ、別に、そんな……」

「もぉ。

 未希永みきとくんてば。

 それ、遠回しでも何でもなく、肯定してるよぉ。

 ちゃんとしてよ。

 それでも、私のヒモノンなの?」

「なってないから!

 くまでも可能性の一つだから!」

「あなた達……随分ずいぶん、仲良くなったわね。

 もしかして、もう……?」

「し、してないから、何もっ!

 駄弁ってたら寝落ちしただけだから!」

「よーっし、新甲斐あらがいも書き終わったな!

 じゃあ、最後は、俺が!」

「最後は、四人で書こっ♪

 みんなの思いは、きっと一緒だもんねっ♪」

「カイリョー」

「『了解』、だってさ。

 俺も了解。

 恵夢めぐむさんは?」

無論むろん、承知よ。

 うふふ。やっと、部活らしく、同盟らしくなって来たわね」

「いや、俺は!?

 俺は、どうなの!?

 俺は、仲間じゃないの!?」

「あ、すみません。

 この同盟、男子禁制なので」

多矢汐たやしおちゃん!

 こういう時だけ、普通な喋り方でマジレス、止めて!?

 てか、だったら新甲斐あらがいは!?」

未希永みきとくんは、ほらぁ……バビってるしぃ♪」

だよ、それっ!

 じゃあ、俺もバビって来る!」

「……歴史上、類を見ないんじゃないかしら……?

 ここまで寂しい、みっともない、嫉妬塗れでバビる男子高校生……」

「あー、はいはい。

 えず、やかましい七忍ななしのは放っといて」

「おーーーっし。

 行ぃこうぜぇ」

「「「「せー、のっ!!」」」」

「あー!!

 本当ホントに、除け者にしやがったぁ!?」

「はい、じゃあ次、写真撮るよー♪

 ほら、七忍ななしのくんも♪」

「い、いの!?

 俺も!?

 撮影係じゃなく!?

 っしゃぁぁぁぁぁっ!!」

「おまっ……!

 センターは、流石さすがに俺に譲れっ!!」

「ここで呼び方変わってることに悲しいほど気付きづがないのが、七忍ななしのさんが七忍ななしのさんたる理由ですよね」

「確かに。

 それくらいは即座に見抜いてしい所ね」

「うーん……戻しちゃおっかなぁ……」

「ねぇ、さっきからなんの話!?」

七忍ななしの

 じっとしてろ!

 花形が映らないだろ!?」

「ここで、そういう表現、発言をサラッとするのが、カイせんですよね」

「意味が少々、異なっている気がするけれど……まぁ、気分がいし、見逃すとしましょう」

「花だなんて、そんな……えへへ……。

 照れちゃうな……。

 事実だけど……」

「ねぇ、ねぇ。

 なんか、俺と新甲斐あらがいの扱い、ダンチじゃない?」

「扱ってもらえるだけ、ありがたいと思いなんし」

「……依咲いさき

 君が言うと、重みが違いぎるぞ?」

「それは失礼。

 それはそうと、えいやー」

「い、いさささ依咲いさきさん!?

 なぜ、腕を!?」

「あー、サキちゃん、ずるーい。

 じゃあ、私はぁ」

「ゆ、ゆおっ、結織ゆおりっ!?

 な、何故なぜ、上からバック・ハグを!?

 思いっ切り当たってますが!? 頭と肩に!」

「左腕、か。

 まぁ……なにもらえなかったよりは、増しマシかしらね」

「め、恵夢めぐむさんまで!?

 なんなんですか!? 一体!」

「なぁ。

 俺、やっぱ帰りたいわ。

 今直ぐに」

「まぁまぁ、そう言わずに。

 それじゃあ、撮るよー♪」



 こうして俺達は、気持ちを新たに『ニアカノ同盟』を発足し直し。

 俺達の気持ちを証明するように、それとは部室の額縁に、写真とセットで大切に保管されたのだった。 



 未来なんて、分からない。

 この中から誰を選ぶかも、誰と恋をするかも、誰が抜けるかも、誰が泣くかも喜ぶかも。

 何もかもが不鮮明だ。



 けど……俺達は、突き進む。これからも全力でデートし、テストする。



 そして、遠い未来に。

 これを高らかに持ち上げたり、話題として持ち出して、いつだって盛り上がれる笑いぐさにするんだ。



 この一年は、今までの人生で格別、一番いちばんの宝物だった、ってな。

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