〈3〉似た者同士の爆風(ばくろ)大会

 ついに来たる、告白けっせんの日曜日。



 ともすれば不謹慎かもしれない来校理由に萎縮しながら、校門を潜り。

 ぐ、真剣に部活動に勤しむ学生達の声で賑わう校庭を、罪悪感を覚えながら通りぎ。

 擦れ違った先生達に、抵抗を持ちつつも適当に言い分けして躱し、廊下を渡り。

 けれど、相手に気取られぬよう、なるべく物音を立てず、静かに慎重に、歩を進める。



 そうして俺は、目的地へ。

 彼女の待つ舞台へと辿り着いた。



 我ながらめずらしいことに、ノックも、入室確認の一言も、RAINレインでのメッセージもいまま。

 俺は足を踏み入れた。



 壁に持たれ掛かり、開けた窓から流れる風で、カーテンと共に髪を靡かせ、こちらに一瞥をくれると、再び青空を見上げ。

 結織ゆおりは、おもむろに口を開いた。



い天気だねぇ。

 絶好の告白日和だと思わなぁい?」



 アイコンタクトで話を振られるも、俺はえて答えない。

 結織ゆおりは、やや不愉快そうな、怪訝そうな顔色をしたまま、壁から離れ直立し、こちらにゆっく近付く。

 普段の、それまでの、のんびりした雰囲気は消して、厳かに。



「リアルで既読スルーなんて、あんまりじゃないかな?

 それでさ……なんで来たの?

 確かに、言ったよね? 私。

『これから付き合いたい子の元へ行って』って。

『私じゃなくて、二人のどちらかを選んで』って。

 そう、確かに伝えたよね?

 どういうもり?

 まさかとは思うけど、私にしたっていうんじゃないよね?

 真面目まじめなエイくんのことだから。

 態々わざわざ、きちんと誠意を見せるために、先にフリに来たとか?

 別に、そんな気を利かせてくれなくっても……」



 最後だけ、ややおどけた調子で言う結織ゆおり

 対する俺は、依然として、閉口したまま。

 ここに来て結織ゆおりは、狼狽した様子ようすを見せながらも、なんとか取り繕おうと試みる。



「ほ、ほらっ。

 私って、ラスボスだしっ。

 沢山、漫画とかアニメとかゲームとかでラブコメに触れてるエイくんだって、知ってるでしょ?

 この手のキャラってさ。

 大抵、負けヒロインっていうか当て馬っていうか友人止まりっていうか、そんな感じしない?

 確かに王道だし、需要とインパクトはるかもだけど。

 やっぱりヤンデレって、どうも勝ち目が薄いっていうかさっ「間違ってない」」



 結織ゆおりの言葉を遮り。

 俺はやっと、言葉を紡ぐ。



なにも間違ってないよ。

 その認識も。

 この場所に来た目的も。

 君に対する、俺の気持ちも。

 俺は今、今日……君に告白する。

 そのためだけに、そのためにこそ。

 ここに、来たんだから」



 俺は、結織ゆおりを睨む。



 もう逃げない。

 そして何より、逃がさない。結

 ゆおりも、この千載一遇のチャンスも、逃しはしない、逃してなるものか。

 そう、訴えるように。



 そんな俺の覚悟の幾ばくかが伝わったのか、あるいは急に正面切られて戸惑ったのかしれない。

 結織ゆおりは、かすかに気不味きまずそうに、それ以上に不思議そうに、不可解そうに、うつむきながら、俺に尋ねる。



なんで……私、なのかな?

 私って、ほら。

 恋愛とは無縁そうではないにせよ、一般的なカップルとは正反対な。

 隷属関係みたいなのを望んでる駄目ダメ女だよ?

 駄目ダメな人にこそ骨抜きに、興奮させられる、残念な人種だよ?

 昨日だって……それなりに楽しんどきながら、最後の最後でエイくんを一方的に突き放した、絶対零度人間だよ?

 人選ミスだよ。やり直す……」



 自虐をめ、結織ゆおりは俺の両腕をつかみ、懇願する。



「そうだよ!

 一旦、リセットしよ!?

 今からでも遅くないよ!

 ユウ先輩かキヌちゃん、どっちかの所に行こっ!

  ねっ!?

 二人も、エイくんのこと、大好きだもん!

 少し拗ねたりするかもだけど、きっとぐに許してくれる、分かってくれるよ!

 ほらっ! さっきみたいに、私をフッてたことにしてさ!

 私に諭されてあやまちに気付きづいたのを、遅刻理由にすればいんだよっ!

 ねっ!? そうしよっ!?

 そうすべきだよ!

 それしかいよっ!

 私も一緒に、謝るからさっ!」



 俺は無言で結織ゆおりの腕を握り、彼女を離した。

 それを拒絶、否定の意味だと察し、困惑と悲しみの混ざった表情の結織ゆおり



 ……どうやら、切り札を出すしかいらしい。



 出来できれば、もっとあと、それこそ最後の辺り。

 あわよくば、墓まで持って行きたかったんだがな。



 俺は複雑な心境のまま、自分の机の上に、持って来た鞄を起き、ジッパーを開け。

 状況が読めずにいる結織ゆおりに、簡潔に頼んだ。



結織ゆおり

 中を見てくれ。

 中に入ってる物を、取ってくれ」



 相変わらず当惑しながらも、結織ゆおりは指示に従い。

 俺の机の前、俺の横に立ち、鞄の中を見る。



「……え……」



 そして、絶句しながら、中に手を入れ、中身を取る。



 手紙だ。

 淡いピンクの、手紙。

 そして……黒と、水色の手紙。



 合計3枚。

 それぞれの髪色、イメージカラーを想起させる手紙。

 明らかに三人に因んでいる、ラブ・レター。



「……どういう、こと?」

「どうもこうもい。

 見ての通り、俺は君達に、告白しようとしていた。

 無論むろん、全員にってんじゃない。

 特に親しくしてくれてる異性、君達3人と触れ合う、時間を共有する。

 その中で一番、好きになった相手に、ここぞって時に、送ろうと思っていた。

 俺の日課は、ラブ・レターを書くことでな。

 いつ何時、何が起きようとも、どこに誰といようともぐに、きちんと行動に移せるよう

 その時の発見や気分に合わせ毎日毎晩、したため、鞄に常備していた。

 先週、俺の部屋に来た時を覚えてるか?

 あの時、俺が慌てていたのは、これが原因だ。

 こんなの、はたから見れば単なるドン引きグッズ。

 未来の俺から見ても黒歴史に他ならないからな」 

「あ、あはは……確かに、そうかもね。

 これは、ちょっと引くなぁ。

 いくなんでも、真面目まじめぎるっていうか、慎重過ぎるっていうか。

 優柔不断で強欲っていうか、用意周到で重ぎるっていうか」

「最後だけは、君が言うか?

 その真偽については、別の機会に審議するとしてだ」



 強引にならない程度に、結織ゆおりから3枚の手紙を回収し、重ね。

 俺は結織ゆおりを見詰める。



「……結織ゆおり

 改めて、言わせてもらう」

「……はい」



 俺の、こんな一面を知っても、まだ俺を嫌わないでくれる。

 それでいて、きちんと自分の気持ちも伝えてくれる。

 俺に合わせて、心の準備を済ませ、今直ぐにでも抱き締めたくさせるくらいに、いじらしい様子ようすを見せてくれる。



 やっぱり、俺の思った通り。


結織ゆおりは、素的すてきな女性だ。



 だからこそ。

 俺は、今日という時をいずれ、とんでもなく後悔するやもしれない。

 なんであの時にこそ、結織ゆおりと付き合わなかったって。 



「俺は、君に告白する。

 自分の願望、理想を明らかにした三人と時間を共にし、取り分け楽しかった、気になった、普通だった。

 けれど、その所為せいで殊更、不満、不完全燃焼だった君に。

 でも、その前に。

 いや……そのためにこそ」



 やや焦らした口調でげ。

 次の瞬間。


 

 俺は結織ゆおりの前で、なん躊躇ためらいも未練もく。

 くだんの3枚のラブ・レターを、一思ひとおもいに破った。



「ちょっ……!?」



 思わぬ展開に面食らいつつ、俺のてのひらに散らばった、ラブ・レターならぬヤブレターの欠片かけらを拾おうとする。

 そんな結織ゆおりを止め、俺は窓の近くまで歩き、外に欠片かけらをばら撒いた。

 ヤブレター達は、風に乗って、程なくして何処かへ運ばれて行った。



「もう必要いんだ。

 書くのも止めた」

なんなの……?

 今日のエイくん、今までと違う……ううん。

 今までよりも、謎ぎるよ……?」

「……かもな。

 もっとも、その感想、俺は数日前の君達全員に、そのまま返したいんだがな。

 ところで、結織ゆおり



 ここに来た時の結織ゆおり真似マネするかのごとく、壁に背中を預け腕組みをし、俺は言う。



「そろそろ、本題に入ろうか。

 俺は確かに、『君に告白する』と言った。

 でも、『告白する』とは、断じて言ってない。

 何故なぜなら……その前に、今の君をフラなきゃいけないからだ。

 徹底的にではないにせよ、今の俺達に出来できる範囲でな」

「何、言ってるの……。

 私に告白したいから、今の私をフる……?

 全然、分からないよ、エイくん」

「だろうな。

 当然の反応だよ。

 だから、これより説明する。

 俺の持論、仮説をな」



 壁から離れ、入口の前まで移動し、結織ゆおりに背中を向けつつ、俺は語り始める。



「そもそも、一連の騒動についてだが。

 冷静に考え直してみれば、引っ掛かる点がいくつかる」

「1つ。

 君達が全員、俺を好いてくれているという、あまりにご都合主義な展開」

「2つ。

 恵夢めぐむ先輩に当てられたと取れる君はさておき。

 事情を知らないとおぼしい依咲いさきまでもが、同日に連続して、俺に告白して来たという、実に作為的な流れ」

「3つ。

 他の2人の、取って付けたような要望と比べて、君の願望がいたく強烈だったという。

 露骨にズレている、偏った、意味深でしかないパワー・バランス」

「そしてなにより、4つ。

 タイムリーかつ即座にRAINレインで『ニアカノ同盟』を結成し。

 最年長であり、普段は冷静な方である恵夢めぐむ先輩を差し置いてみずからリーダー役となり、全員に指示、提案を出し。

 そのくせ何故なぜか自分よりも他の三人を何かにつけて優先してばかりいる、君の行動。

 この一見、バラバラらしき謎ポイントに、俺は一つの共通点を見出した。

 それが、他ならぬ君だ。

 母神家もがみや 結織ゆおり



 目線だけ運んだ先で捉えた結織ゆおりは、押し黙って、やや不機嫌そうに、こっちを見ている。

 さっきまでみたいに、質問したり、冗談めかしたり、場を和ませようともしない。



 思った通りビンゴか。

 そう受け取った俺は、続ける。



「さて。

 ここから先はくまでも、単なる思春期高校生の、説得力も根拠もリアリティも乏しい、ひたすら痛いだけの、妄想染みた、極論染みた見解だ。

 少しでも異なる点がったら、いつでも申し出てくれ。

 甘んじて訂正、撤回しよう」



 逆に言えば、「こちとら確固とした自信を持った上で、色々と恥ずかしいのを忍んで言ってるんだから、正解なら、悪いが清聴しててくれ」ってことなんだが。

 結織ゆおりは、そこら辺も汲み取ってくれたらしく、コクっとうなずいてだけくれた。



ず大前提として。

 君は俺を憎からず思ってくれていた。

 異性としてか人間としてか、クラスメートとしてかタイプとしてかは定かじゃないが、少なからず好意を持ってくれていた。

 しかし、後ろに下がり常に他者を立てたがる、君の悪いくせがネックとなった。

 だからこそみんなこと、誰も呼び捨てにはせず、あだ名で呼んでた。親しい振りして、自身の無さにより、実は壁を作ってた。

 さっきみたいな、『負けヒロイン』だとか『友人止まり』だとか。

『てんで本命が靡いてくれないんで一旦お試しで付き合ってみて、嬉しいし楽しいし幸せだったけど、行く所までは行けなくって結局、別れちゃって、紆余曲折を経て何やかんやで本命と結ばれたから祝福する側に回って、結婚式でウエディングケーキ作ったり、何年後かに子供同士がカップルになったりする』っていう、そういう固定観念がな」

「そこまで具体的に言ってないし、確実に色んな作品が混ざってるし、なにより怖いんだけど……」

すなわということに他ならない。

 論破。

 ただ、『気持ち悪い』とまでは言わなかったのは評価に値する」

さっきの発言と矛盾してる……。

 卑怯者……。

 あと、思ってはいるからね……口にはしてないだけで……」

「意見するなら、もう少し考えて物を言ってくれ。

 次に行くぞ」

「もう勝手にしてくださぁい……」



 少し投げやりになりつつ、結織ゆおりは自分の机に腰掛け、足をブラブラし始めた(無論むろん、スカートは鉄壁である)。

 聞いてはくれるらしいので、俺は再開する。



「前述の通り。

 君は、『告白したいけど、自信と勝算が無いから出来できない』というジレンマを抱えることとなった。

 そこで思い付いたのだ。

 だったら、自分に強いくせを付け、それよりもわずかに劣る属性を付けた引き立て役を用意し、俺に一斉告白こうげき仕掛しかけ。

 それぞれにデートを執り行い、その上で自分を選んでくれるようなら、その時は彼を信じようと。

 どうだ?」

「あー……今は、発言してもい流れ?

 分かりづらいなぁ。

 あと、ドヤ顔止めてよ。

 つまり、何?

 エイくんは、すべて私が仕組んだって言いたいの?」

「いや。

 じゃなきゃ、不自然だろ?

 言っとくが俺は、なんの得意分野も能力も、秀でた性格や外見や声を与えられてない。

 友人への反抗心と見栄のみで声を女装させてるだけの、ラブコメに対しては激重長文を繰り出す、しがない一介の高校生だぞ?

 何故ゆえ、そんな奇跡が舞い降りる?」

「ラブコメに激重な所は、つい今しがた知ったんだけどね。

 でも、まぁ……大体は合ってる。

 確かに、あらかじめコンタクトを取って二人を唆して、入念に準備した上で、同日に告白するように仕向け、仕掛けたのは私だよ。

 で? それがなに?」



 プッツン、と。

 俺の中で何かがキレた。



 今まで絶えず、耐えて耐えて耐え抜いていた本音が。

 ひた隠しにしていた、荒々しいダーク、ダーティな部分が。

 せきり始めた。



「『それがなに?』……だとぉ?

 言ってくれんじゃあねぇか、いけしゃあしゃあと、小娘の分際でぇ……。

 この後に及んでなおみずからの大罪を微塵も理解してないってのかぁ……?

 舐め腐ってんなぁ、おぉい……」



 滅茶苦茶な速さと、イントネーション。

 がらっぱちな口調に、ドスの効いた低い声。



 決して人前では見せまいとしていた。

 心の声にも出さないレベルで固く封印していた。

 嫌いで嫌いで、変えたくて仕方なかった。

 キャラ変してない、深奥の俺が、目を覚ます。



「え、エイく、ん……?」



 流石さすがに危機感を察知したらしく、結織ゆおりが本気で焦り出し、机から降りようとする。

 が、それより先に、逃げようとする彼女を俺が捕まえ、追い詰め、壁ドンの態勢を取り、一思ひとおもいに叫ぶ。



「お前はなぁ……俺のテストを!

 一年にも長きに渡る、俺のテスト勉強を!

 受験勉強も就職試験も目じゃないレベルで、人生において最重要課題だった、俺の一世一代のテスト……告白をっ!

 台無しにしやがった、最低女なんだよぉっ!!」

「……はい?」



 なに

 この、最初の意趣返しみたいな流れ?

 てか、告白シーンで、これ?

 そもそも、ここに来てキャラ開放って、なに



 みたいに思ってそうだな。

 とか考えるだろうな。

 普段の、主にツッコミ専門の俺なら。



 だが、悲しいかな、今は違う!

 時折、やり取りの中に出ていた、欲望と本能に忠実な!

 思春期男子らしい、本当ほんとうの俺だ!




「『はい?』じゃねぇよ!!

 いか、よく聞け!!

 俺はこの一年、ずーっと、お前等の誰かと付き合いたいって切に願ってた!

 恵夢めぐむは憧れ以外の何物でもない、黒髪ミステリアス和風お姉様! しかも スレンダー!

 依咲いさきは庇護対象でしかない、ダメカワ天然飯上手うまハーフ後輩! おまけに同居系童巨!

 そして、お前! 一番、気に入ってた、気になってた、第一志望だった結織ゆおり

 フレンドリーなクラスメートで、依咲いさきついで豊満! 極めつけに聖母!

 あーもう、抱き締めてぇ飛び付きてぇ甘えてぇ耳掻きついでにフーフーしてしいってのは建前としてバリボー、バレリーを見上げてぇっ!!  

 一緒にプールとか海とか、なんならお風呂とか行きてぇぇぇっ!!

 つーか、何?

『割を食いがちな引っ込み思案な優しい系ヒロインは勝ち目が無い』?

 一般的な意見なんて知らねぇよ!!

 俺ん中じゃあ、東城◯も小野寺◯咲も桜井◯果も天見◯衣も神咲◯海も桜◯墨も高崎◯咲も氷芽川◯糸乃も二代目鳶一◯紙も園神◯袮も小木曽◯菜も高嶺◯花も好◯静も汐◯栞もレ◯も、登場した時点ですでに圧勝だってんだよぉっ!!」

「分かった、行くから、温水プールに!

 むしろ願ったり叶ったりだから!

 一旦、落ち着こ!? ねっ!?

 私が悪かったから!

 ごめんね、大事な告白の邪魔しちゃって!」

「言ったな!?

 言質録ったかんな!?

 確約したかんな!?

 スマホで隠し撮りしたかんな!?」

「隠せてないっ!」

うっせぇ知ってらぁ!

 そして、違ぇ!!

 告白の邪魔をしたことじゃない!

 思春期男子校生の純情な感情を空回りさせ踏みにじったことに、俺は憤慨してるっんっだぁっ!!」

「懐かしいよ!? ネタが!

 神曲だけど!」

「分かってんじゃねぇか!

 はい、カラオケ行くの決定、拒否権ゼロ、無遅刻無欠席でどぞ〜!!

 そうじゃねぇ!!

 お前は本当ホントに、なにも分かってねぇ!

 さっきも言ったろ!?

 こちとら一年間も、お前等の勉強してた!

 外面、内面、趣味、得意分野、タイプ、口癖、フェチズム、デリケートな部分を除外してその他諸々!」

「プライバシーは!?

 あと、良かった!

 そこまで把握されてたら、いくなんでも金輪際こんりんざい、もう関わらない所だった!」

「親しき中にも礼儀有りの精神に則っただけだ!

 お前等を構成するあらゆる要素を、俺は絶えず、訴えられない範囲で研究してた!!

 来たるべき聖戦、すなわち恋人テストを危な気無く、難無く、確実にパス出来できよう、着実にお前等を予習復習してた!

 にも、かかわらずだ!

 ようやく猛勉強が報われそうになったタイミングで、ドMでもドSでも腐女子でも露出狂でもねぇ徹頭徹尾、中途半端な、一発屋、出オチもい所な、ただ正反対ってだけの、意外性皆無な、美味しいだけの設定、揃いも揃ってあと乗せしやがって!!

 挙げ句の果てに、ファボってたお前がレベチ、カテチでドギツい属性、持って来やがって!!

 全員、恋人的な意味でキュンキュンさせるの、難しぎんだろっ!!

 略して『キュンムズ』だ!!

 おかげで、こっちのプランは台無しだ!

 俺はこの一年、テコ入れされた所為せいなんの意味も無くなっちまった、恋人候補達たち宛の手紙を複数、肌身離さず持ち歩いてただけの、ただただ痛い、いたわしい変人にランクダウンさせられちまった!

 あー不憫ビンビン!

 俺、可哀想!!

 同情するよ、過去の俺!

 一人だけならいざ知らず、よもや全員たぁ、さしもの俺も想定外だったなぁ!!

 もし仮にここがフィクションの世界で、俺が主人公だってんなら!

 こんな傍迷惑でい加減で、シリアスがてんで仕事してなくって、ギャグと一過性の面白さに全フリしてて、行き当たりばったりでばっちりとばっちりな、自己満足に浸りたいだけの話書いて、他者の恋愛に外から割り込んで陰で眺めてニヤニヤしてるような作者、今ぐにぶちのめしてやりてぇよ!!

 全部、お前等の所為せいだよ!

 責任取って全員、俺の面倒、見やがれってんだ!

 こちとら、ハーレムも余裕で圏内、守備範囲内だってんだよっ!!」

 


 思いの丈を一頻りち撒けたことで、対人用ツッコミ型な俺を取り戻した。



 と同時に、結織ゆおりの端正な顔がぐ近くにったこと、彼女に怖い思いをさせてしまったことにテンパり。

 俺はぐ様、結織ゆおりから距離を取り、全力で土下座した。



「ご、ごめんっ!!

 本当ホントにごめんなさいっ!

 無かったことにはしなくていから、出来できれば忘れてくれ!!

 頼む!!

 この通りだ!!

 俺の出来できことなら、なんでもするからっ!!」

「無理だよっ!?

 そんな勢いじゃなかった!

 爆風だったもん、完全に!

 てか、『最低女』って!

 幾らなんでも、『最低女』って何!?

 否定はしないし出来できないけど、そこまで実際に言うことくない!?

 エイくん、めっ!

 しばらく猛省してなさい!

 また爆風にならないよう、観察しながらお折檻です!」

「ははーっ!!」



 結織ゆおりの命令に従い平伏すと、彼女は唐突に静かになった。



 もしかして、鞭とかじゃないよな……?

 とビクビクしていると、なにやら物音が聞こえた。

 顔を上げると、何故なぜか彼女は教室中、そして近くの廊下の窓さえ全開にしていた。



「ゆ、結織ゆおりさん?

 これは、一体……?」



 不貞腐れた顔色で腕組みをしつつ、結織ゆおりは俺を見下ろした。



 分かったのは、ただ一つ。

 俺にはドM属性までは備わっていないという、どうでもいけど喜ばしくはある事実だけ。



「って、言おうとしたんだけどね?

 まぁ、えずいや。

 で? なに

 さっきの」

「あー、いやー……。

 ありのままの俺、かな……。

 っても、自分ですらドン引く一面だったから、固く閉ざしてた、ってーか……」

「ふーん。

 ようは、あれ?

 ああいう、『上からな自分がいやだから真人間って、悟られない、自認しないふうに装ってた』ってこと

 へー、そー。

 エイくん、私達のこと、一年間も、そんな風に見てたんだぁ。

 ずっと黙って、騙して、信じてくれてなかったんだ、嘲笑ってたんだぁ。

 へー」

「べ、別に信じてなかったわけじゃないし、嘲笑っては……」

「質問するなら、挙手してよ。

 一般常識さえ身に付いてないの?

 まったく……やっぱり、エイくんには再教育が大至急、必要だね。

 まだ気付いてないの? 大事なことに。

 私達は、似た者同士。

 口にするのも憚られる本性を厳重管理してる、いい人気取りの、欲望全開コンビだってこと

 これまでの言動や気持ちはさておき、私の趣味には、何一つ嘘偽りがかったってこと

 なにより、私は君を、ヒモではなく、その上位互換。

 干物染みたヒモ……『ヒモノン』にしたいってこと

「え?」



 結織ゆおりは謎めいた微笑みを浮かべつつ、俺の眼前を通りぎる。



「昨日は、ごめん。

 私、どうかしてた。

 あまりに身勝手だった。

 そして、ありがとう。

 本心を、曝け出してくれて。

 あんな恥ずかしい手紙ひみつまで、明かしてくれて。

 追追試になっちゃったけど……きちんと、合格してくれて。

 おかげで……私も、吹っ切れた」



 結織ゆおりは、深呼吸し、窓から身を乗り出し。

 そして。



新甲斐あらがい 未希永みきとくん……。

 ……好きだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」



 俺だけじゃなく校舎中……いや。

 この街どころか世界中、地球中、ともすれば宇宙中にさえ響かせようとする。

 普段の姿からは想像も及ぼないボリュームと元気で、彼女は叫んだ。



 校庭で練習していた運動部達。

 外で演奏していた吹奏楽部。

 そして他の教室や廊下、職員室にた先生達。

 そういったギャラリーが、何事かと、こっちを早くも窺っていた。



「エイくん……『くん』!!

 私は、君のことが好き!

 真面目まじめりして、年相応に色事に興味津々で、割と隠せていない所も、可愛くって、愛しくって、唆られる! 好き!

 最初は少し怖かったけど、偉そうに妄想一色な持論をり翳して、こっちには有無を言わせない所も、ゾクゾクする! 好き!

 そして、あんなに暴走しながらも、ストレートに下ネタを言わない、まだ理性を、上品さを、常識を限り限りギリギリ保とうと抗う、優しくて、ああだこうだ否定しつつも根っこは実直な所が、格好かっこい! 好き!

 心がっ!! 体中が、叫んでるっ!!

  過去も、今も、未来もっ!!

 私のすべてが、あなたこそをヒモノンにしたいって、タゲって猛ってるっ!!

 君の全部が……大っ大っ大っ大っ大っ大っ大っ大っ!

 大、大大大大大大、い大大大大だ大大大っ大大……!

 大大大大っ大大大大大大、大、大大!!

 大ぃ大大大大っ!!

 大大大大大大ぃっ、大大大大大大大大大大大大大大大大!

 大っっっ大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大っっっ……!!

 ぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!!

 好きぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃっ!!」



 五臓六腑を吐き出さんばかりの、文字通り、すべてを乗せた、全身全霊、魂のシャウト。



 結織ゆおりは、汗だくになりながら振り向き。

 両手を俺に掲げ、まるで抱き合うようなポーズで、嬉々として言った。

 呆気に取られている、俺に向けて。



「前言撤回する!

 君の言う通りだよ!

 私達、まだ出会ったばかり、始まったばかりだよ!

 偽りの私たちも、本当の私達たちも!

 お互いきちんと分かり合えてないまま、セーブもロードもコンティニューも出来できないのに、なあなあでくっついちゃうなんて、勿体ないよっ!

 どうせ歳取ったら、ここまで騒げない、はっちゃけられないんだからっ!

 だからさっ! あきらめずに、めげずに頑張ろぉよ!

 ひょっとしたら、また違った一面、ポテンシャルが掘り出せるかもしれない!

 ドン引きったり、ギャップ萌えで惚れ直したりするかもしれない!

 未来は、謎と可能性、個性とフェチズム、夢と希望に満ち溢れてる!

 早く来て、見付けてって、笑顔で手招きしてる!

 私達は、似た者同士!

 片方がプラス、ボケ、キャラブレしてる時は、もう片方はマイナス、ツッコミ、ブレーキ!

 どっちも爆風ばくろ大会してたって面白い!

 相性ピッタリじゃん!

 恵夢めぐむさんと未希永みきとくんは理想的な年の差カップルみたいだし、男同士で盛り上がってるみたいで、友情っぽくって、目と心の保養だし!

 依咲いさきちゃんと未希永みきとくんは、ツッコミとボケを代わる代わるにしてる夫婦漫才コンビみたいだし、ひそかに付き合ってる推しと限オタ感もる!

  どっちも、阿吽の呼吸な私達の次に、息が合ってる!

 そうだよ!

 オリミキもミキオリも、メグミキもミキメグも、サキミキもミキサキもっ!

 全部違ってる特別なご馳走、デザート、最上級の特上メインディッシュだよっ!

 だからさ! 行こうよ、全力で!

 果ての果てまで、全速力で!!

 騒いで朗らかに、自由に一目散に、時々ダラダラしながら、駆け抜けようよ!

 きっと、その先に、ニアカノ同盟のみんなが納得する答えが、新しい関係がっ!

 理想の相手が見付かるよっ!」



結織ゆおり……」



 馬鹿バカげてる。

 絶対ぜったい、どうかしてる。

 どう考えたって、普通じゃない。

 

 だってさ。

 仮にも青春ラブコメ謳って、看板背負ってんだぜ?

 

 

 こんな、開き直って、恥も外聞も無く、一般向けの自分をかなぐり捨てて

、周囲が卒倒、そっ閉じしそうな、意味不明な怪文書を、高らかに周知してる結織ゆおりが。

 謎めいてて、演技派で、気まぐれで、計算高くて、稀に意地悪で、ドSな振りして揶揄からかって悦に入る結織ゆおりが。

 他のキャラを一通り制覇してでしか辿り着けない隠しルート、あるいはアペンド、コンシューマー版でようやく個別ルートが設けられ攻略対象に昇格したヒロインみたいな性格をした、回りくどい結織ゆおりが。



 今までで断トツで、可愛く輝く、なにより愛しい。



 ようやく、本当に出会えた、理想の女性に見えちまうなんてさ……。



「……ああっ!!」



 止まないうれし涙を袖で拭い、俺は結織ゆおりと、手を合わせる。



「とことん付き合ってやる!

 絶対ぜったいに導き、叩き出してみせるっ!

 折衷案でも、ましてや妥協案でも代替案なんかでもない!

 ニアカノ同盟の理想を余さず逃さず溶かさず透かさず全部乗せした、最高の、文句無しの!

 満一致のハッピーエンドをなぁ!

 覚悟しろよ、結織ゆおりっ!」

「もうしてる!

 君を、みんなに、一番に私に愛される、人類史上最強のヒモノンに、してみせるっ!」



 すっかり打ち解け合った、俺と結織ゆおり

 これで、偽物の結織ゆおりはフッた。



 こっからが本番。

 本当の、恋人テストだ。

 


「ところでさぁ、未希永みきとくん」

「ん?」



 え? 何?

 まだ続くの?

 ずぶの素人が書いた二番煎じにしては、まぁまぁい着地点だったと思うんだけど?



「これ、なーんだ?」

「え? スマホだろ?

 『geate《ゲート》』でライブ配信中で、コメントとスパチャと風船でにぎわってるな」



 なんだ。

 別に、なんの変哲も



「……え゛」



 次の瞬間。



師匠ししょぉぉぉぉぉっ!!

 師匠のドン引きる本性を見抜けなかった、未熟な自分をお許しくださいっスゥゥゥゥゥッ!!

 後生、後生っスからぁぁぁぁぁ!!

 せめて、結婚式には呼んで欲しいっスゥゥゥゥゥッ!!

 あわよくば、自分と先輩の結婚式にぃぃぃぃぃ!!』

「逆、逆ぅぅぅぅぅっ!?

 ちゃっかりしてるぅぅぅぅ!?

 あと、後生の無駄遣い止めろ、インペルダウ◯のLEVEL6囚人かぁぁぁぁぁ!?」

『貴様ぁぁぁぁぁ!!

 よくも……よくも、我の目を搔い潜って、イチャイチャとぉぁぉぉぉ!!

 許さんっ! 断っじて、許すまじ!

 けしからんっ、もっとやれっ!

 あとで目の前で実演してもらうからな! 部長命令だ!

 それと、アラタ! ミキたんになって、我にも壁ドンしろっ!

 なんなら、頬か鼻にチュチュッパチャップスしろぉっ!!』

手前てめ一生黙りやがれ和風美人気取り百合豚がぁ!!

 俺だと一目で分からないレベルでコスるのと、あとで俺に動画や画像おすそ分けすると誓うってんなら、仕方しかたく是が非でも喜んでやったらぁ!!』

未希永みきとー。お母さんよー。

 素敵な奥さんが見つかって良かったわねー。

 早速、為桜たお恵夢めぐむちゃんも誘って、親睦会で、呑んじゃってるわー。

 素敵な肴、ありがとねー』

『お父さんだー。

 いやー、母神家もがみやさん。

 今後ともうちの息子を、どーぞよろしくー』

『こちらこそ。

 未希永みきとくんみたいなタフで、心にも欲望にも理性にも常識にも忠実な子だと、我が家も結織ゆおりも安泰で助かるので』

『あらあら、結織ゆおりちゃん、楽しそうねー。

 若いって、いわねー。

 ママ、パパと出会った頃を思い出しちゃったわー。

 久し振りにパパと、夜の大運動会しちゃおうかしらー』

本編初登場のっけから駄目ダメだ、このダブル親子!

 あと、呑ますなよ!? 二人には呑ますなよっ!?

 未成年だかんなっ!?

 チョコレートボンボンも駄目ダメだぞっ!?

 この手のジャンルだと、ほぼ確実に酔っ払うからなっ!?」

新甲斐あらがい手前てめえ!!

 なんだ、さっきの公開告白!」

「祝福でも罵詈雑言でもない大して面白味も問題も無い極めて平凡なコメント引っさげてまったく期待されてない記憶されてないお前だけ現着すんな七忍ななしのくせに生意気だぞスワローキーック!!」

なんで俺だけ、ぐえっ!?」



 殊更目立ってるネーミング・センスには一切触れてない、現場ちかくたお前が悪い。

 


 それはともかく、もう滅茶苦茶だよっ!

 何もかもカオスだよっ!

 本当ホントシリアス向かねぇなぁ、この話!



「それは全面的に賛成だけど。

 それはそうとして、未希永みきとちゃん」

「わー」



 はい、忘れた頃に、新呼称と共にやって来ました、最早懐かしい優檻ゆおりモードだー、優檻ゆおりモードだー。

 教鞭が様になっているー。



「『取って付けたような中途半端な設定だなんて大ぼら吹いたお詫びに、なんでもします』……ねぇ。

 い心掛けね。

 やっとヒモらしくなって来たじゃない」

なんか都合く改変、解釈されてる!?

 てか、ドSっぽいしドMっぽいとか、何それ!?

 いね、いや、良くないっ!

 俺は平凡だ……少なくとも今は、常識人だ、自制しろぉ……!」

みじめね。

 よって素敵よ。

 あぁ……い、いわぁ、堪んない。

 ゾクゾクしちゃう……。

 さぁ! もっと……もっと、ダメンズなさいっ!!

『一生食わせてくれ、結織ゆおり』って、涙ながらに縋り付きなさぁいっ!!」

「心得たっ!!

 じゃなくてっ!

 だが断る!!」



 こうして俺は、猛ダッシュで逃げる。

 伸縮自在のプラスチック教鞭と、両家と依咲いさきと先輩とつながってるスマホを掲げた結織ゆおり

 あとは、駆け付けて来た学生や先生達ギャラリーの群れ。

 ついでに七忍ななしのから。



 どうやら、ムズキュンでキュンムズな日々は。

 俺達の恋人テストは、まだまだ続くらしい。


 余談だが。

『ライブ初挑戦だった結織ゆおりが設定をミスった所為せいでアーカイブが残らなかった』

『居合わせたリスナー達が、どれだけ語彙力フル活用しても、スクショ投稿しても、なんなら録音したボイスと映像をフルサイズで流しても(「結織ゆおりにも無許可だったらしいが最後のはいのか?」と思ってたが案のじょう、アカウントと共に消された)まったく相手にされなかった』

 という背景により、余談だが、くだんのライブは物凄いことになった。


 

 具体的には、トレンド一位になり、『geate《ゲート》』どころか全ラジオアプリ史上最高のスパチャ、リスナー、コメント数を記録し。

 それでいて、話題にこそなったものの、知る人ぞ知る幻の配信となったのであった。

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