〈3〉女難(いちなん)去って、また女難(いちなん)

「それは、それは。

 大変だったねぇ。

 まさか、学園のマドンナと謳われる庵野田あんのだ先輩に、そんな一面がったなんて。

 私、驚いちゃった」

「あ、ああ……」



 言う割にはテンションも笑顔も変わらないな……と思ったのは内緒にしてだ。

 母神家もがみやと俺は現在、校医の先生の外している保健室へと来ていた。



 そして、来て早々にベッドをポンポンと叩かれ、座ることを命じられた。

 それに従い、母神家もがみやに捲った腕や足を診てもらいなが現状報告をしていた。



 ……余談だが。

 上裸にまでなる必要はったのだろうか。



「うん。問題、し。

 にしても、意外と鍛えてるねぇ」



 文化部の割には整っている方だと自負する胸板に、母神家もがみやが軽く触って来た。

 俺は気恥ずかしくなり、目を逸らした。



「……輪っかにフィットするゲームを、妹に勧められてな。

 これでも毎日、欠かさず進めてる」

「あれ?

 エイくん、妹さんたっけ?」

「あ、ああ。

 去年、出来できたんだ。

 ちょっと、わけりで」

「ふーん。

 ってことは、義妹さん?」

「ん……まぁ……。

 ギマイ、ではあるかな……」

なんで片言ってかカタカナ?」

「いや、そっちこそ何故なぜ気付きづいた」

「あはは。

 私には、なんでもお見通しなのです。

 とまぁ、冗談はこれくらいにして」



 俺の上半身に触れるのをめた母神家もがみや

 どうやら、チェックは無事に済んだらしい。

 こっそり少し惜しみつつも立ち上がろうとすると、母神家もがみやに体を戻された。



「ダーメ。

 まだ終わってないですーだ」

「ん?」

「こーこ」



 意図を掴めず困惑する俺のズボンを、母神家もがみやがツンツンと突っつく。



 ……おい。まさかとは思うが……。



「さーて。

 下も、脱ぎ脱ぎしましょうねー」

「案の定かぁぁぁぁぁ!!」



 いやな予感通り、上着だけに飽き足らず、有ろうことか。

 極めてナチュラルに、お手の物と言わんばかりにサラッと、下半身まで診察しようとしたのである。

 両足だけならともかく、腰部は隠したい。



「い、いやいやいや!

 それは、流石さすが不味まずいだろ!

 クラスメートのライン、超えてるだろ!」

「平気、平気ぃ。

 私、医療志望で、そういうの、本で見慣れてるから」

「天職じゃないか!!

 何この、リアル白衣の天使!!

 一生、通い詰めるか入院し続けたい!!

 って、そうじゃない!

 君じゃなくって、俺の問題!!

 そもそも、足なら今、診ただろ!?」

「うん。

 だから、私の個人的な興味」

「『見返り』って、そっち、そういう!?」



 ここに来て、最後の最後で、まさかのイレギュラー発生。

 しかし、こればっかりはいくなんでも気不味きまずいので、どうにか避けたい。



 本音を言えば見てしい所だけど!

 ほんの少し!



「ほ、ほら!

 俺、足はトレーニングしてないから!

 腕メインだから!」

「あのゲーム、どっちかってーと、足メインだよね?

 戦闘に関係無い所でも要求されまくるし。

 少なくとも、序盤は」

「さては、あのゲームやり込んでるな!?!」

だぁ。

 エイくんったら、いけない子だなぁ。

 現役の女子高生に、そんな無粋な質問するなんて。

 罰として、前を見せてもらうの、決定ー」

「ここは、保健室であって、お風呂じゃなーい!!

 健全の代名詞たる場所だぁぁぁ!!」

「安心して。

 痛くしないから。

 優しく、するから……」

「話を……どうか、話を聞いてくれぇぇぇぇぇ!!

 俺のよこしまな欲望を、満たさないでくれぇぇぇぇぇ!!」



 てか立場、逆じゃないか!?

 なぁ!?



 


「はい。

 問題、りませんっと。

 私としては、このご褒美が終わっちゃうのは、少し残念だけど。

 ところで、エイくん。

 なんで、隅っこで体育座りして、こっちには背中しか向けずに泣いてるの?」

「……誰の所為せいだと?」

「えー。

 私、言ったよ?

『隅々まで調べるから』って」

 


 母神家もがみやの言葉通り、俺は彼女から距離を置いていた。

 すべての原因は、ベッドの上で足を組み、それでいてスカートはきちんと守ってる母神家もがみやるというのに。



 あれから数分後。

 かろうじて防げはしたものの、そもそも下着を見られかけ、あまつさえ身包みを剥がされかけ。

 精神的ダメージは、想像するにかたくない。

 


 今日は、厄日か……?



 などと落ち込んでいたら、母神家もがみやの腕が俺の胸を挟んだ。

 これ……紛うことく、バック・ハグでは……?



「心配いよ。

 私から、したんだもん。

 犯罪には当たらない、当たらない」

「……はたから見れば、そうでもなくないか?」

「誰かの意見、感想、目線なんて、知らないよ。

 エイくんからしたら、どうなの?

 ご不満?

 それとも、不愉快?」

「学校一の女神たる可愛いクラスメートに甲斐甲斐しく介抱されて、あまつさえ抱き付かれといて、そんな巫山戯ふざけこと抜かす愚か者がたら、有無を言わさず成敗してくれる」

「あはは。

 可愛いだなんて。

 お世辞でもうれしいなぁ。

 でも、暴力は、ダーメ。

 もっと平和的に行かないと私、許しませんよぉ」

「イエス、マム!!」

「素直で結構。

 ところでさ、エイくん」



 俺を抱きしめる力を少し強め、俺の耳元で、母神家もがみやは続けた。

 


「エイくんはさ。

 先輩を恋人的な意味で好きになりたかった。

 だから殊更、ショックだったんだよねぇ?」

「まぁ……」

「エイくんも、年頃の男の子らしく、異性に興味津々?」

むしろ、人一倍有ります!

 そこにかけては当方、誰にも負けない自信と情熱があります!!」

「わぁ。

 積極的で、可愛いぃ。

 じゃあさ、エイくん。

 私じゃ、駄目ダメなのかな?」

「え」



 一瞬、何を言ってるのか、分からなかった。

 しかし、近くで感じる母神家もがみやの温もりが、言葉が、吐息が、両腕が、全てを物語っていた。

 これは、現実、真実だと。



いくら、男子に関心がるからってさ。

 好意を寄せてない相手に。

 ここまで迫らないし、気を許さないよ。

 私……エイくんの、エイくんだけの、特別になりたい。

 エイくんと、私。

 互いに、両方の一番いちばんになりたい。

 エイくんは……私じゃ、ご不満?」



 誰よりも優しく、眩しく、たくましく、美しく。

 いつも穏やかに、暖かく見守ってくれている、母神家もがみや



 今、俺の知る中でねんごろな関係で結ばれている三人(一人はすでに除外されたも同然)の内の、一人。

 一緒にると、心がポカポカして癒やされる、陽だまりみたいな女子。



 そんな魅力的な子にアプローチされて、断る道理はい。

 先輩同様、まだ恋愛対象としては見られていないけど、きっと、好きになれるに違いない。

 ならば……答えは、一つ。



母神家もがみや

 俺と……俺と、付き合ってくれ」



 そこまで行き、覚悟を決し目を開けた俺は、ハッと気付きづいた。

 母神家もがみやが持っているスマホで、録音アプリが起動していたことに。

 


「はい。

 言質、頂きましたっと」



 母神家もがみやは俺から離れ、俺からの了承を記憶した思しきスマホを、愛しそうに抱き締めた。



「ごめんね、エイくん。

 私としても、こんな手段は取りたくなかった。

 でも……こうするしか、かったの。

 私の胸で騒いでる不安を、取り除くには」

 振り返った先に母神家もがみやは、泣きそうな顔で、そう弁解した。



 なになんだか、よく分からない。

 全然、なに一つ、飲み込めない。

 けど……これは、もしかして……。



「俺……嵌められた?」



「ううん。違うよ。

 ちゃんと、本気。

 だからこそ、証拠がしかったの。

 私……こう見えて、不安で一杯なの。  

 本当ほんとうはいつだって、何もかもが怖くて仕方ない。

 だから、証明してしかったの。

 私を受け入れようとしてくれる君の声が、言葉が。

 何度でも聞けるように。

 励ましてくれるように。

 私を、いつもの母神家もがみや 結織ゆおりに戻し、直し、治してくれるように」

母神家もがみや……」



 俺が彼女の名を呼ぶと、せきった様子ようす母神家もがみやは、再び俺に抱き着いて来た。

 先程までとは違って、まるでなにかを確かめるかのごとく、強く。



「……おにぶさん。

 ちゃんと、『結織ゆおり』って呼んでよ。

 それが、私。

 君との関係を進めたいと切に願う、本当ほんとうはか弱いのにほんの少しの勇気を出した、彼女候補の。    

 私の、名前」

「……」



 ……分かってる。

 こんなの、話が出来でき過ぎてる。

 このままスムーズに個別ルートなんて、普通過ぎて有り得ないと。



 大方おおかたこのまま、ドSな女王様気質を露わにし、笑顔で揺すりをかけて来る流れだろう。

 そしてそのまま、なんやかんやあって、いずれはきちんと結ばれるという黄金法則だ。

 


 ……だったら、えて乗ろうじゃないか。

 仮にこれが演技だったとしても、ここまで迫真めいている以上、この姿とて最早、彼女の一部なのだから。

 こんな一面もるのなら、きっと近い内に、彼女を人生のヒロインに仕立て上げたくなるに違いない。



 となれば……もう、迷いはい。



「……結織ゆおり

 俺と、付き合ってくれ。

 俺を……男に、してくれ」



 俺がストレートに伝えると、結織ゆおりは俺から離れ、嘘偽りい、満面の笑みと嬉し涙を見せた。



 あ、あれ?

 もしかして、行けちゃう?


 このまま平穏無事に、恋人ルートに直通出来できちゃう!?



「……はい。

 私、誠心誠意、尽くすから。

 君が、私の理想……ヒモになれるように」

「ああ。

 俺も、君に見合うヒモになれるよう、より一層、精進する」



 なんだ。

 普通じゃないか。



 それもそうだ。

 庵野田あんのだ先輩の時みたいなことが、そうそう連発、頻発するはずい。



 ちょっと物足りない気がするが、これはこれでりだ。

 これからは、彼女の想いに応えるべく、彼女が付き合ってて申し分無い、どこの誰にいつ紹介されても申し訳無くない、恥ずかしくない。

 そんな、立派なヒモに……。



 ーーん?



「……ごめん、母神家もがみや

 ちょぉっと、確認させてしい」

「だからぁ。

 私は、『結織ゆおり』だってばぁ」

「すまんが、その話はあとだ。

 それより君、今、なんと?」

「『ヒモ』」



 はい、出ました、まさかの初手からの大正解!!

 通例通りなら、こういう場面ではかならず最初に外して場を和ませるというのに、そんな余裕すら与えてくれないと来た!!



 いやー!!

 無慈悲だなー!!



「おぉかぁしぃぃぃだろぉ!!」

「わー、厚切りー」

「思った、狙った!

 それでだ、母神家もがみや!」

「ふんだ。

 言い付け守れない悪い子と利ける様な口は持ち合わせておりませんーだ」

「分かった、もうい!

 じゃあ、結織ゆおり

 そもそも、『ヒモ』って、どういうことだよ!?」



 露骨に臍を曲げていた結織ゆおりが、キラキラした笑顔で振り向いた。



 えー、なにその笑顔!

 今までのが偽物に見えるレベルじゃないですか、だー!



 あと、いつの間にか眼鏡かけてる!

 ご丁寧に、チェーン付きの!

 あの、意識高そうな、如何いかにもセレブなモンペっぽいのが付けてそうなやつ

 それでいて、本家と違って、不快感が全く無くって、可愛らしくて、抜群に似合ってるとか、作画泣かせもい所だなぁ、おい!



「言葉の通りだよ。

 なにを隠そう。

 ママは、生粋の甘えられたがりなのです。

 だから、存分に甘えてくれるヒモが、大好きなのです」

「もう、そんな範疇に収まらないよね!?

 それもう、人間としても男としても恋人としても終わってるよね!?

 スポイルされ尽くしてるよね!?

 ていうか、そこまで行ったら高確率で、君を愛してなどいないと思うんだけど!? 」

「平気、平気。

 あなたの分も、ママがきっちりお金を稼いで来るから。

 あなたがくれなくても、足りない愛はママが全力で補う、むしろ上回るから」



 ……マジか。

 中々、強い。



 仕方ない。

 弱点、突破口を見付けるためにも、ここはもう少し、探るとしよう。



「……参考まで。

 あくまでも参考までに、聞かせてしいんだけど。

 もし仮に、俺が君の希望に答えたとしよう。

 そしたら、俺は毎日、なにをすれば?」

「簡単だし、沢山たくさんるよ。

 読書に、課金に、投資に……」

真面まともなの、一つだけじゃないか!!

 じゃあ、家事は!?

 買い物とかは!?」

「とんでもない。

 そんな危ないこと、させられないよ。

 今日みたいに、怪我けがでもしたらどうするの?

 それに、なにか事故や事件に巻き込まれる危険性だってる。

 エーちゃんは、ずっとお家になきゃ、メッだよ」



 ついには呼び方まで変わった!?

 なんか、すごく子供っぽくなった!?

 てか!



「そしたら学校は!?」

「そんなの、辞めちゃえばいんだよ。

 なんなら、今日にでも。

 大丈夫。安心して。

 ママ、エーちゃんだったら、どんなふうに変わっても、変わらなくても、死が二人を分かつまで、変わらずに愛してみせるから。

 高校中退も、無職も、浪費家なのも、むしろご褒美、スパイスだから。

 それに、エーちゃんの家族には上手いこと口伝てして、きちんと了承を得た上で、この町を出て、人気のい山奥にでも一緒に住むから、なんの心配も気兼ねもいよ。

 ただ、長生きはしてもらいたいから、健康に関してだけは不自由を強いるかもだけど、なるべくエーちゃんの好みやスタイル、リズムに寄せるから。毎日、メディカルチェックするけど。

 あと、ナース系YouTube◯だから、家でエーちゃんを監、察しながらお仕事出来できるし」

「さては前々から緻密に計画してたな!?

 あと今、確実に、すんでで『監視』って言おうとしてた!

 限り限りギリギリ、『観察』って言い直した!

 ただ、将来の夢は素敵だと思います!!

 視聴数、ガン上げさせたい!!」

「まぁ。

 ママのお手伝いしてくれるなんて、エーちゃんは本当ホントい子ねぇ」



 くっ……しまった!

 つい、また本音が!

 あーでも、頭撫で撫で、気持ちすぎる……。



 このまま、溶けてしまいそうだ……。

 なんもかんも忘れて、結織ゆおりと一緒にたくなって来る……。



 そう……名付けるならば、優檻ゆおりモード。

 どこまでも優しく、なによりも優れた、鍵穴も開けるすべい、まるで鳥籠のような状態。

 それが、今の結織ゆおりだ。

 こんなに歪んでるのに、外出禁止や監視、健康管理を除けば基本的に自由ってんだから、恐ろしい……。



「けど、我慢だ!

 俺は、普通の恋がしたいんだ!

 断じて、不通の恋じゃないんだ!」



 結織ゆおりの魔手から逃れ、距離を取り、闇落ちしかけながらも、必死に反抗心を示す。

 結織ゆおりは、頬を膨らまし露骨に不満そうな顔色を見せた後、苦笑いした。



「もう、しょうがないなぁ、未希永みきとは…」

「アウトォォォォォ!!」



 こうして、◯戸史明チックな台詞セリフが決定打。

 特別な想いを寄せかけていたクラスメートは敢えなく、問答無用で、とんでもないダメ女認定されるのだった。



 ……思い返してみれば、告白の時点で、それっぽい場面ふくせんったな。

 致命的かつ徹底的、決定的過ぎる。





「明日まで、時間をくれ」。

 そう頼み込み、どうにか優檻ゆおりモードの彼女を宥め、帰宅した。



 靴を脱いだタイミングで、為桜たおが駆け寄って来た。

 エプロンをしている所から察するに、調理中だったらしい。



 為桜たおがキッチンの守護神を務めてくれて、本当ほんとうに助かる。

 なんうちには、俺や両親も含め、真面まともに料理の出来できる人間が、彼女をいて他にないのである。



「……にい。お帰り。

 マジカルお疲れ?」

「……ちょっとな。

 心配させて悪い。

 ぐ着替えて来るよ」

「……ゆっくりで、い。

 夕餉なら、もう出来てる。

 暖め直すのみ」

「そっか。

 じゃあ、素直に甘えとく」



 安心させるべく妹の頭を撫でたあと、俺は自室に戻り、ベッドに倒れた。



 えず、しばらく休むとしよう。

 まだ、制服から着替えてもいし。





「……ん……」



 気の抜けた声と共に、目が覚めた。

 いつの間にか寝落ちしていたらしい。



 確かに、精神的に疲弊していたのは事実だが、ここまでとは……。

 これが冬なら、確実に風邪を引いていただろうに……。



「……ん〜?」



 ところで……俺の部屋の枕って、こんなに柔らかかったっけ?

 それに、なんか妙に良い香りが……。



「あ。

 起きたぁ?

 おはよぉ、エイくん。

 さっきりぃ」



 柔らかくて当然である。

 何故なぜなら、ママ味マシマシの超絶美少女、母神家もがみや 結織ゆおりの膝枕だったのだから。



「うわぁぁぁぁぁ!!」



 とんでもない真似マネをしていた事実に気付き、飛び起きた俺は慌てて土下座する。

 もりだったが、結織ゆおりに止められた。



「今のも、私が勝手にやってただけ。

 驚かせちゃって、ごめんねぇ?

 ちょっと、用がったから、お邪魔させてもらってたのぉ。

 済んだし、もう帰るねぇ」

「お?

 あ、ああ……」



 よく分からないが、そう言って立ち上がり、背中を見せ去ろうとする結織ゆおり



 あと、「なんで俺んの住所を?」とかは聞かない。

 多分、先生に聞いたんだろう。

 うん、そうに違いない。

 これ以上は、追求するまい。



「あっ……ま、待ってくれ、結織ゆおりっ!!」



 そこまで思い至ったタイミングで、俺は大声で結織ゆおりを呼び止めた。



 叫んだことか、その声量か、あるいは両方に驚いたのだろう。

 結織ゆおりわずかに肩を揺らし、こっちに体を向けた。



「な、何?」

「あー、いや……」



 今更ながらバツの悪さを実感した俺は、結織ゆおりではなく天井を何となしに見上げながら、躊躇ためらいがちに質問する。



「一応、確認なんだが……。

 俺の鞄、漁ったりしてない、かな?」


 予想外の内容だったらしく、結織ゆおりしばらくポカンとした後、丁寧に口元を隠しながら上品に吹き出し。

 背中の後ろで手を組み、やや前のめりになって、興味津々な様子ようすを見せた。



「なぁに?

 見られちゃ恥ずかしい物でも入ってるのぉ?

 クラスメートにぃ?

 異性にぃ?

 それともぉ……」



 勿体振った調子で話しつつ、胸に右手を上げ、頬を紅潮こうちょうさせ、目線を逸し、明らかに思わせりな顔色で。

 結織ゆおりは近付き、屈んで目線を合わせ、上目遣いをした。



「私に……とか?」



 たちまち桃色一色に染め上げられる空気。

 この場には俺達二人しかない現状。

 そろそろ恋人として成立しても不思議ではない関係性。



 自惚うぬぼれかもしれないが。

 告白するには好条件と明言して差し支えないピースは揃っている。



「そうだよ」とか。

 「君が好きだからだよ」とか。

 そんな簡単な、飾らない一言を届けるだけで。

 もしかしたら結織ゆおりも、受け入れてくれるやもしれない。



 惜しむらくは、今の俺の気分。

 それだけが、その理想的シーンへの、最大にして最後の砦、妨げとなった。



「……お生憎あいにく様。

 君だけに限らず全人類が、ドン引きし。

 SNSや風の噂を使って拡散させた暁には、尾ひれ背びれ腹びれ胸びれを付けずともたちまち、俺に社会的な死を齎し兼ねないほどの代物だよ」



 期待と空気に相応ふさわしくない、おまけに底意地の悪い言い方をされ。

 結織ゆおりは満面、朱を注ぎ、照れ隠しを狙ってか平静を失ってか、年相応に拗ねてみせた。



「な、何それ……。

 可愛くない……」

「俺は男だからな」

「そういう意味じゃないもん。

 エイくんの馬鹿っ。

 もう知らないっ。

 絶対ぜったい、後悔するよ?

 折角せっかくのチャンスだったかもなのにさっ」

「お気遣い、傷み入るよ。

 けど、残念だったな。

 後悔なんて、もうしてるよ」

「〜!!」


 

 またしても上、先を行かれたと思ったのか、赤みが薄れて来た両頬を、またしても染め上げた。

 日頃からイメージしていたが、どうやら結織ゆおりは、相手に生意気な態度を取られると気に食わないらしい。

   


なんか……今のエイくん、嫌いっ。

 なんで、そんなに得意気なの?

 エイくんにも、私達みたいに、隠してた一面があって、私が第一の目撃者になったとか?」

「さぁな。

 知らず知らずの内に、先輩の悪戯癖くせが移ったか。

 ともすれば、寝起きで頭がろくすっぽ回ってないからか。

 もしくは、自室にるがゆえにリラックス、曝け出しているから。

 かもしれないな」

「また、そうやって、はぐらかす。

 あーあ。なぁんか、面白くない。

 やっぱり帰るね。

 このままだと私、エイくんのこと、本気で嫌いになりそう」

「そうか。

 けてな」

「あははっ」



 顳顬こめかみに怒りマークを浮き出させ、分かり易く普段とまるで違った笑みを、結織ゆおりは見せた。



「一体、誰の所為せいなのかなぁ?

 ちょっとは困ったり、申し訳なさそうだったり、止めようとする気概を見せてしかったなぁ。

 幻滅まではしてないけど、ガッカリだなぁ。

 エイくんは、自分を看て、着替えさせて、膝枕までして、なんならさっきは命さえ救ってくれた恩人を、夜に一人で放り出すんだぁ?

 彼女を、お家までどころか、玄関まで送ることさえ、しようとする素振りさえ見せない、悪いおにぶさんだったんだ?

「君なら、ちょっとオーラ出せば大抵の男は尻尾巻いて逃げ出すだろうに。

 それに、さっきの件については、感謝してるし、すでに対価も払ったはずだが?」

「そういう問題じゃないって熟知して言ってるよね揶揄からかってるよねよう馬鹿バカにしてるよね?

 私のヒモになる云々とは関係無く、レディーに対するマナーを教育しなきゃかもね」

「その時は精々せいぜい、お手柔らかに頼むよ」

「保障は致し兼ねます。

 べー」



 両目を閉じ舌を出し、結織ゆおりは今度こそ背を向けた。

 彼女には申し訳無いが、その後ろ姿を目の当たりにして、俺はようやく、安心した。 



 何分、今は時期尚早、あまりにタイミングが悪かったのだ。

 彼女に、心を開くには。

 


「あ。そうだ、エイくん」



 安心していたのも束の間。

 結織ゆおりは、ドアノブを握ったまま、いつもの間延びした調子で振り向いて来た。



「ごちそうさまぁ。

 実に美味しい腹筋だったよぉ」



「……は?」

 なにやら謎のメッセージを残しつつ、彼女は去った。



 数秒後……俺は、真相に辿り付いた。

 みずからを包む違和感いわかん

 そして、テーブルの上に綺麗に畳まれた制服により。



「み……見られたぁぁぁぁぁ!!」



 


『カイせん

 ちーっす。』



 女性に着替えさせられた辱めで悶え苦しんでいた俺のスマホに、メッセが入った。

 呼び方から察せられる通り、多矢汐たやしおである。



 もっとも、多矢汐たやしおは複数のアカを持っていて、『雑談用』『ゲーム用』『仕事用』といった具合に使い分けているのだが。

 余談だが、普段の自由さに反しRAINレインでは、必要の無い句読点を付けている所が、地味に好きだったりする。



「……」



 こういう時、気の抜けた多矢汐たやしおと話していると、無性に心が安らぐ。

 多矢汐たやしおは性格、そして後輩、年下というのも手伝い、三人の中でも断トツで、気楽に話せる相手なのである。



『お疲れ。

 どうかしたか?』

 普段通りに戻れた俺は、雑談用のアカで多矢汐たやしおとトークを開始する。



『いえ。

 新アカ作ったので、登録をばと。』



 多矢汐たやしおの言葉通り、新しいアカのIDと思しき文字、数字の羅列が送られて来た。

『オッケー』と返し、俺は早速、登録し。



『ガヤしお用』

「……うん?」

 謎の名前に、戸惑った。



 ……ガヤしお

 なんことだ?

 答えが見付けられずにいると、続けざまに何かが飛んで来た。

 これは……動画?



『気が付いたら、同じリプライ、リプレイ、リフレイン

 そして、いつも同じ 悶え死ぬ

 諦めずに、「負けぬ、明日は」と挑戦するけど

 朝(すぐ)に、沼に落ちるよ



 相手に好意(きぼう)があれば、楽に個別ルートまで着くけど



 何回やっても何回やっても、エラーまんま他推せないよ 

 オチる言葉は、何回やっても避けれない

 後輩(うしろ)に回ってマウント取っても

 いずれは年を詰められる

 内部捜査も試してみたけど

 恥ずかしがってちゃ意味が無い



 だから、次は絶対、告る(かつ)為に

 サキは、良い勘だけは最後まで取っておく』 



 自白しよう。

 俺はこれまで、多矢汐たやしおのマニアックな発言の意図や元ネタを、ほとんど取ること出来できなかった。

 いや……マニアであるのを除いても、彼女の言動は不可解な物ばかりだった。



 にもかかわらず。

 今回のは、これまでとはダンチで難解だった。



「つまり……どういうことだ?」



 俺の言葉に反応してか突然、大きな音を立て、ドアが開く。

 そして、そこから出て来た偽妹ぎまい……多矢汐たやしおが、俺の胸に飛び込んだ。



「師匠……!

 師匠、師匠師匠……!! 師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠っ……!!

 愚かな自分を、許すっス……!

 自分は、もう、辛抱なりませんっス……!



 良く言えばクール、悪く言えば機械的な普段の印象とは正反対に、俺に甘える多矢汐たやしお

 そのまま彼女は、俺の胸に手を当て、目を潤ませながら、こちらを見詰める。



 ……あれ?

 もしかして、三度目の正直?

 今度こそ、本当ホント本当ホントに、正真正銘、告白パターン入ってたりする?



 よっしゃ、やった!

 いや、もう、今度こそは固いでしょ!?

 むしろ、確実でしょ!



 流石さすがに、ここまで来たら確変、見当違いってのは有り得ないでしょ!?

 精々せいぜい、「実は甘えん坊だったー」とか、「子犬系だったー」とか、その程度でしょ!?

 


 などと浮かれていた俺は、忘れていた。

 二度あることは三度ある、という諺も存在していたのだと。



 そして、多矢汐たやしおの頭に巻かれた、謎の鉢巻。

 そこにデカデカと書かれた、『推し変、担降り、同担拒否』の文字。



「……師匠。

 お願いっス。

 自分は決して、倒れないし、倒せないし、他推せないし、多推せませんっス。

 だから、師匠。

 どうか自分の、一番いちばんに……最推さいおしに、なりなさいましっス!!」



 期待に満ちた眼差し。

 蒸気した両頬。

 胸から伝わる温もりと鼓動。

 けれど、やはり違う解釈。



「……もう……無理ぃ……」

 真意を問う気力もく、そのまま俺は失神した。



 今日は、やはり厄日だったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る