〈2〉アンノダ先輩

1 ホームルームを終える。



2 七忍ななしのと挨拶して別れる。



3「忘れ物、ぁい? やっぱり、私も付き添おっかなぁ」と心配する母神家もがみやを安心させ礼を言い丁重に断り調理部に向かわせる。



4「今日は気分が良いので部活行くでござるで候ですでやんす」とサラッと無断欠勤を表明した多矢汐たやしおに、「そんな反社会因子は好かん」とえて突き放し職場に送る。



 という一連のルーティンを終え放課後、俺は文芸部のドアを叩いた。



 俺より先に部室にた先輩は、緑の髪と称すべき綺麗な黒髪を、窓から入る風に躍らせながら、読書に没頭していた。



 実に絵になる姿に目と意識を問答無用で奪われる。

 そんな俺を、その切れ長で真っ赤な両目が捉えた。



「……アラタくん。

 来ていたのね。

 なら、声をかけてしいわね。 

 たった一人の部員、可愛い後輩であるあなたまで手放してしまうのは口惜しいわ。

 あなたに寂しい思いをさせた所為せいで」

「そんくらいじゃ離れません。

 むしろ、ちょっと残念なくらいです。

 もっと眺めてたかったです」

「あら。

 お上手じょうずね。

 クッキーしか出ないわよ」



 栞を入れ、本を閉じ、こちらに微笑ほほえみ、俺の席の前にお菓子を置いてくれる先輩。

 それを「ここに座れ」という意味だと受け取り、なるべくピシッと座る。



 不意に、先輩が俺に近付き、頬を刺して来た。

 俺の緊張を解そうとしてくれたらしい。



 堪らず、仰け反る俺。

 先輩は、口元を隠しつつ、再び笑った。 


 

「本学期も、よろしくね。

 あたしすでに志望校がA判定なので、卒業するまでは入り浸る所存だから」

「あ……は、はい……。

 こちらこそ……」



 これじゃ為桜たお多矢汐たやしおの二の舞じゃないか……。

 恥ずかしくなった俺は、穴が有ったら入りたい気持ちを抑え、蒸気した顔を必死に冷まし、何食わぬ顔で声をかける。



「先輩、これを。

 大分遅れましたが、誕プレです。

 体調は、もう戻ったんですか?」

「ありがとう。

 い子ね。

 頂くわ。

 お陰で、いつも通り。

 ずっと無下むげにして、ごめんなさい。

 どうしても、一人でいたかったのよ。

 あたしの姿が、とてもじゃないけど、人様に見せられる物ではなかったから。

 あなたには特に、ね」

「そ、それは……。

 俺が、部活の後輩だから?

 それとも……異性だから?」

「うふふ。

 さぁ? どうだったかしら。

 忘れちゃったわ」

「先輩、物忘れ激しぎでは……?

 何回目ですか、この会話……」

「あら?

 あたしは、挨拶のもりだったのだけれど?」

「酷い……」



 話を戻そう。

 軽く触れた通り、連絡こそ欠かさず取り合っていたが、先輩と対面するのは、実に8日振りなのである。

 何故なぜかは不明だが先輩は、自身の誕生日、4月2日辺りからしばらく休んでいたのだ。



 4月に切り替わる前日から『明日から病気により、暫く休部とします』とだけ聞いた俺。

 そのまま、スマホのアプリで『お見舞いに行きたいです』という旨を伝えた。

 が、『ありがたいけど、気持ちだけ頂くわ』と敢え無く却下されてしまったのだ。



 おまけに、それから8日間。

 電話も断られたので、メッセージでしかやり取りが出来できなかった。

 そんなわけで今、こうして、先輩の気に入ってくれそうなブックカバーと栞をプレゼントした次第である。

 

 

 好んではくれたらしく。

 早速、指定席まどに戻り、使い心地を確かめる。

 ……と思いきや、そのまま読み耽り、無言になってしまった。


 

 これは、ドジか、ネタか。

 どっちとも取れるから、判別しづらい。

 ただでさえ、しばらく話せなかったし。


 

 先輩に、のっぴきならない事情がったのか分かるし、これは仕方しかたい。

 とはいえ、だ。

 不満や疑問が残っているのは事実。

 そうして出来でき気不味きまずい空気を打破すべく、俺は話題を変えた。



「先輩。

 俺、『ましろアルバム2』、全ルートの攻略、終えました。

 すごく面白かったです」



 気を取り直し素直な感想を届けると、先輩は少し目を大きくさせ、間もなく悪戯に微笑ほほえんだ。



「あれを読破したの?

 隠しルートも含めて?」

「はい。

 まさか、他のヒロインを攻略しないと裏ルートが見られないとは、思いもしませんでした。

 俺が素人だったこともあり、かなりの時間を要しましたが。

 それを補ってあまほどに、すべてのシナリオ、ヒロインは魅力的でした」

「へぇ。なるほど」



 扇子を閉じるような綺麗な所作で本を閉じた彼女は、窓から降り。

 何故なぜか胸の前で手を構え、俺の元へ迫って来た。



「なら、その思いが胸を熱く焦がしている内に、とくと語り合いましょう。

 あなたに推薦した『ましろアルバム2』が、如何いかに素晴らしく、尊く、爪痕を残した怪作なのか。

 そして、真の戦犯は誰で、あなたの推しは誰なのかも。

 あなたの中に眠る感想、感情を存分に、すべあたしに吸い尽くさせて頂戴ちょうだい



 そう語る先輩の目は、いつも通り、悪戯心と探究心に満ちていた。





「あなたは、ゆきな派なのね。

 まぁ、そう来るとは思っていたわよ。

 あなたの性格を判断材料としてかんがみるに、アラタくんに一葉かずはは合わないから」

おっしゃる通り。

 あの破天荒かつ言葉足らず、衝動的な所は、好ましく思えませんでした。

 でも正直、それを差し引いても拮抗してましたよ。

 本当に、い勝負でした。

 読めて良かったです。

 お教え頂き、感謝します」



 向き合う形で座っていた俺は、最後の回答を終えた頃合いで立ち上がり、頭を下げる。



「こちらこそ。

 あなたに読んでもらえ、あまつさえ楽しんでもらえたのは、僥倖ぎょうこうの極みだわ。

 うれしい限りよ。

 なまじ、あれは名作なのは間違い無いけれど、人を選ぶから。

 それで?

 拮抗していた理由とは、なに

 先程さきほどの話から察するに、性格面ではなさそうだけれど。

 となれば容姿……ようは、胸部?」



 思わぬ展開となり、俺は無意識に目を逸らし、ついでに瞼を閉じた。



「せ、先輩……。

 そういう類は……」

「この場にはあなた以外に、あたししかないわ。

 その、他ならぬあたしが、君の答えを、それだけを今、切望しているの」



 スカートの上に置いた手を強く握り、先輩は懇願した。



「あなたが人一倍、礼節を弁えているのは熟知してる。

 紛うことく紳士であると、あたしとて心得ているわ。

 あるいは、この学校で一番いちばんに。

 ただ……大事なことなの。

 それこそ、今日からのアラタくんとあたしの関係を、大きく変えるほどに。

 だから……無理を。

 あたしとアラタくんの恥を、承知でお願い。

 どうか、教えてはくれないかしら。

 ともすれば逆転勝利につながったかもしれない、その答えを」

「先輩……」



 憧れて止まない、庵野田あんのだ 恵夢めぐむ先輩。

 これまで、いくつもの名作への架け橋となってくれた先輩。

 ゲームを敬遠していた自分に、「ノベゲーとて、立派な小説よ」と真っ向から伝え、偏見の無くなった新たな世界へ導いてくれた先輩。

 そんな大恩ある先輩に、ここまで言われて断っては、男が廃る。



「……引きませんか?」

勿論もちろん

「幻滅したり、気不味きまずくなったり最悪、廃部か退部になったりしませんか?」

「誓うわ」



 ……最低限の確認は済ませた。

 なら……あとは、俺の気持ちの問題か。

 そう思った俺は、覚悟を決め、偽りい真実を述べる。



「……正解、です」



 俺とて年頃である以上、そういう意味で異性に興味を持っているのは、事実。

 が、こんな中途半端、曖昧な返答で誤魔化ごまかすのは、男として情けないかもしれない。

 けれど、これ以上は、今の俺にはかなわない。

 時代錯誤なのは百も承知だが、これが本心である以上、仕方しかたい。



 下品な話をするにしても、なるべく上品に、間接的に、ボカして。

 これが俺の信条の一つなのだから。

 


「……なるほどな」



 ふっと、いやな印象が微塵もい笑みを浮かべ、先輩は天井をボーッと眺め、しばらくして立ち上がり、窓とカーテンを締めた。



 あ、あれ?

 なんか空気が、流れがおかしい。

 あと先輩、なんか雰囲気が変わったような……。



 なんで今、男装コンの時みたいな感じに……?

 あのモードは、コンテスト以外では見せたことかったはずなのに……。



「……先輩?」

 ただならぬオーラ、気配に気後れしつつも尋ねる。

 先輩は背中を向けており、心情は取れない。



「思った通り……ぬしは生粋の変わり者だ。

 興味はおおいにるが、それを可及的かきゅうてき綺麗に伝えようとする。

 どうやら、ぬしと初めて出会った時から、我の見立てに狂いは無かったらしい。

 ぬしは完全に、こちら側の人間……すなわち、我の同士だったというわけだ」

「……すみません。

 さっきから、話が取れないんですが。

 てか、どうしたんですか?

 口調とか、一人称とか、二人称とか、イケボとか」



 振り向かせようとした俺の手を避け、先輩は少し歩き、なおも表情は隠したまま、続ける。



「『この部活に入る以上、あたしを活動目的にはしないでしい。

 あたしよりも本を、物語を、取り分け登場人物達を慈しんでしい。

 その、たった一つのルールを、あなたは絶対ぜったい確守出来できる?』」

「え?」



 唐突な過去話、平時への逆戻りに、俺は面食らう。

 先輩はやっとこちらに顔を見せてくれた。

 その表情は、これまで見て来た中でもっとも、真顔という表現に釣り合っていた。



ぬしが入部する前に、そう問うた。

 そしてぬしは、こう答えた。

 『全力は尽くします』と。

 覚えているだろうか?」

「え、ええ。

 勿論もちろん

「その気持ちは、今も変わらぬか?」

「ま、まぁ……一応」

「そうか……」



 今度は顔を綻ばせ、我が子の成長を喜ぶ母がごとく、うれし涙を流す先輩。

 さっきから一体、なにが起こっているんだろうか。



「……アラタ。

 我は先週、晴れて18歳となった。

 ゆえに、大人の階段を登り、夢にまで見た新世界、理想郷への切符を手に入れたのだ。

 そして、そこで確認、確信した。

 やはり我の思考、嗜好は間違っていなかったのだと」



 そこまでヒントを出され、俺はハッとした。



「もしかして……

 先輩が一週間以上も休んでたのは……!?」

「ああ。

 恥ずかしいが、没頭していたのだ。

 やっと手に入れた、念願の魅惑に酔いしれていた。

 病気というのは、あながち間違いではない。

 なんせ、『気』を『病』んでいたのだからな。

 自分の誕生日が春休みの間で、実に助かった」



 それって、詭弁じゃあ……?

 そう言い返したいのを我慢し、俺は答えを、真意を問う。



「……一体、なんなんですか?

 その新世界、理想郷というのは。

 そして、そこで確かめた答えというのは」



「百聞は一見にかず。

 論より証拠だ」



 なおも引っ張り、先輩は自身の鞄から、箱のようなにかを2つ取り出し、テーブルの上に置いた。

 と言っても、それぞれの手に隠されているが。



ず、これを見てくれ。

 ただし、ひっくり返すなよ。

 裏側は、まだぬしには二年ばかり早い。

 このゲームでも、箱でも」

「は……はぁ……」



 現状を把握出来できないまま、命令に従い。

 先輩の手に覆われていた、その正体を、肉眼で捉えた。



『ましろアルバム2』の……『エクステンデッド・エディション』?

 それに、もう片方……『フルケーション』?

 というゲームには、俺が先輩に貸してもらった作品のヒロインが、何人かた。



 それ以外に、特に鍵となりそうな物は見付からない。

 が、先輩に指示された以上、きちんと注意深く見なくては。



 タイトル。

 ……変化無し。



 キャラ。

 ……何人か知らない者もるが、それ以外は別段、怪しくない。



 マーク。

 ……『18』と書いてある。

 なるほど、18禁ということか。

 きちんと書いてるので、問題はいな。



「……ん?」



 ……待て。

 俺が先輩に借りたのは、確か……。



 ……あ、あれ?

 これって、まさか……?



「そう。

 ぬしの想像通りだ。

 これはPCゲーム、略してピシゲ。

 すなわち……大人向けの描写も含んだ物。

 我の、生涯の宝物だ」



 産まれたばかりの我が子にするみたいに、先輩はピシゲを抱き締めた。

 先輩の笑顔は、台詞セリフとは対象的に、どこまでも童心に満ち溢れて、キラキラと輝いていた。

 今まで俺が先輩と過ごして来た一年間の中でも断トツ、永久欠番、殿堂入りレベルで。

 もう少し状況が違えば、あるいは完全に落とされていたかもしれないほどに。



「って、違ぁぁぁぁぁうっ!!」



 限り限りギリギリで目覚めた俺は、先輩の肩を握り、訴える。



なんで、いきなり、そんな話になるんです!?

 そもそも先輩、まだ学生でしょ!?

 在校生であるうちは未成年扱いなの、知ってますよね!?

 年齢的にはセーフでも、イメージ的にはアウトなんじゃないですか!?」

なにを申す。

 一年生でありながら、ピシゲが趣味のラノベ主人公や、常に壁サー確保してる現役同人作家だってる世の中だぞ?

 我は、きちんと年齢は遵守した。

 まだ増しマシな方ではないか。

 そもそもの話、このゲームとて、我が実姉からの誕プレ。

 我が店に行ったわけでも、通販で購入したわけでもない。

 よって、我は無実なり」

なにこの姉妹ただただ怖いっ!!

 あと、和風美人から発せられる現代的カタカナのオンパレードがミスマッチぎるし、恐らく創作上での話ってことくらいしか掴めない!

 てか、先輩が休んでたのって、誕生日の2日前からですよね!?

 やっぱ不味まずいんじゃないですかっ!」

「初めの2日は、睡眠のためだけに充てた。

 我は子供の頃から、今か今かと、この時を待ち侘びていた。

 ゆえに、来たるべき聖戦に備え、幼少の時分より日々、鍛錬に励み備えていた。

 そして、手に入れたのだ。自分の好きな時に好きなだけ眠り、好きな時に起きる特技を。

 それを用い、残りの6日間を寝ずに過ごすべく、最初に48時間の睡眠を確保したのだ」

「お台場じゃない方の冒険王か、あんたはっ!

 ピシゲのためだけに心血注ぎ過ぎだろっ!

 ていうか、これまでのイメージ、損ないぎでしょ!

 さっきまでの、クールで悪戯好きで古風な、俺の憧れの庵野田あんのだ 恵夢めぐむ先輩は一体、どこに行ったんですかっ!?

 お願いですから普段の、数分前までの先輩に戻ってくださいよぉ!」



 先輩の体を軽く揺らしながら、懇願する。

 すると、それまで目を爛々と輝かせていた先輩がうつむき、表情が読み取れなくなってしまった。



「……そうか。

 この状態も、ピシゲを全力で享受すべく、作って来たのだがな……。

 そこまで、かけ離れているか……。

 確かに、今の我はぬしに、明らかに多大な迷惑をこうむらせている……。

 これは、とんでもない失態だ……」



「せ、先輩?」



 なにも、そこまで落ち込まなくても……。

 そう声をかけようとして、思い留まった。



 気付きづいたのだ。

 俺が先輩を元通りにしようとしているのは、先輩のためではなく、俺のためなんだって。



 正直に打ち明けよう。

 先輩や七忍ななしのにあんなことを抜かしながら。

 俺はすでに、先輩を異性として、一人の人間として、恋愛的な意味で好きになりかけてた。

 ギャルゲーで例えるなら、個別パート手前にまで差し迫っていて、もう少し好感度を稼げば確実にオトされていた。

 


 とどのまり……この現状は俺の、独善的で大人気ない、先輩と意思など度外視した、単なる我儘でしかないのではないだろうか。



 俺は我が身可愛さ、自分が傷付きたくないあまり。

 先輩が切望し、折角せっかくようやく手に入れたチャンスを、積年の夢を、未来への可能性を、摘み取ろうとはしてまいか。



 そんな自分の幼さ、浅慮さに嫌気が差し、やにわに恥ずかしくなって来た。

 


 人に理解されにくい趣味でも、彼なら受け入れてくれるのではないか。

 そんな期待、信頼を裏切られたからか、先輩は俺から離れ、再び窓際に移動した。

 俺は、そんな先輩をぐ見られず、かといって逃げ出すのも卑怯なので、無言で立ち尽くしていた。


 

 そうして静寂に包まれることおよそ1分。

 このまますべてが終わるのでは……という恐怖、絶望を、他でもない先輩がみずから打ち破った。



「ふむ。あい分かった。

 すまぬ、アラタ。

 しばし、こちらを見ずに待たれよ」

「は……はい…」



 理由も行動も不明なまま、俺は先輩の支持に従い、床やテーブルを眺め続けていた。

 その間、どうにか打開策を見付けんと、必死に頭を回していた。



「……待たせた。

 我を見てしい」



 数分後。

 了承を得たので、決意を新たに、俺は顔を上げる。

 ただし、目は開けていない。

 肝心の気持ちの準備を怠ってしまっていたのだ。



「し、失礼します……」

 やや経ってから、俺はようやく開眼し。



「髪ぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃっ!?」

 堪らず、奇声を発した。



 開けた視界で待っていたのは、何と、この短時間で短髪となった先輩の姿だったのだ。



 驚きのあまりに腰を抜かし、立てなくなる俺。

 そんな俺に対し、ショート・ヘアとなった先輩は、それまで俺に向けていた体を反転させ、何故なぜか背中を見せた。

 一体、なんの意図が……ん?



「隠してる……だけ?」



 俺の至らぬ発言により失われたと思われた、先輩のいのち

 そのトリックは、なんことい。

 ただ服の内側に入れただけだったのである。



 真実を目の当たりにし、安心と倦怠感に同時に包まれる。

 そんな俺に、先輩は手を差し伸べてくれた。



「名付けて、兄野田アニキモード。

 これなら先程までみたいに、違和感いわかんを禁じ得なくはあるまい?」

「いや、まぁ……確かにイメチェンは成功してますが……」



 なんだか、根本的な解決には至っていないような……。

 ていうか、本題もんだいはそこじゃないような……。

 と思ったが、また拗れそうになっても困るので、口を噤んだ。

 なにはともあれ、事無きを得たのだから。



 にしても、この姿の先輩の魅力たるや、凄まじいな。

 ミスコンでのタキシードも中々の破壊力だったが。

 まさか、髪型や口調を変えただけで、こうも軽々と凌駕するとは……。

 本当ほんとうに、ポテンシャルの高い人だ……。



「さて。

 ぬしと対面して話せるようになったことだし。

 そろそろ、本題に入るとしよう」



 言いざまに先輩は、俺の目の前まで移動し、俺の両手をにぎって来た。



 ぐ見詰める、キリッとした両目。

 興奮、緊張を示す、呼吸音と吐息。

 てのひらから伝わる、柔らかい温もり。

 鼻孔を擽り脳を刺激する、芳醇な香り。

 味覚以外のすべてが、先輩に魅了され、支配される。



 これは……もしや、あれか?

 個別ルートに入った感じか?

 あるいは……告白……!?



「アラタ……いや。

 新甲斐あらがい 未希永みきと

 ぬしの実直さを見込んで、折り入って頼みがる」

「……はい」



 いや、これ、もう完全に入ったでしょ!?

 間違い無く、告白パターンでしょ!?

 それ以外、有り得ないでしょ、起こり得ないでしょ!?

 


「この数日間、挟んだ休憩の中、絶えず考えていた。

 ともすればぬしならば、こんな我をも受け止めてくれるのではなかろうかと。

 ぬしとなら、人に言うのをはばかられる趣味ことも、共有出来できるのではないだろうかと。

 もし……もし、本当ほんとうに。

 そんな身勝手が、自由が、都合のいだけの夢が、許されるのであれば。

 ……どうか、お願いだ。

 我の望みを、共に叶えてしい……」

「……お申し付けください。

 なんなりと」

 


 もう俺、全っ然、受け入れるよ!

 なるべく譲歩するよ!



 俺、知ってる!

 ラノベやノベゲーで見た!

 この手のキャラって、あれでしょ!?

 多分、「実は独占欲強かったー」とか、「性格最悪な面を隠してたー」とか、「正体はドMかドSだったー」とか、そういうパターンでしょ!?



 もう全然、オッケー!

 先輩、優しい所も少なからずるし、美人だし、何より趣味合うし!

 今更、どんな一面出されたって、引いたりはするかもだけど、物理的に距離取って離れたり、あまつさえ逃げ出したりなんて男らしくない真似マネ、しな



新甲斐あらがい 未希永みきと

 我の、同士となってくれ。

 我と共に、はち切れそうなバスト、バーストを愛してくれ」



 ……。

 …………。

 ……………………。



「ーーはい?」



 思わぬ展開、要望により停止していた思考が戻った頃。

 俺は、ともすれば馬鹿丸出しな素っ頓狂な声を上げることしか出来できなかった。

 先輩は、そんな俺を嫌悪する素振りなどまったく見せずに今一度、ぐに言い放つ。



「アラタ。

 我の、同士となってくれ。

 今よりも、ぬしを愛するために」

「……」



 やっべ、どうしよ。

 どうやら、聞き間違いではなかったらしい。



「……すみません。

 ちょっと、確認させてもらってもいですか?」

「うむ」

ず、あの……同士?

 ってのは、その……恋愛関係、とかではないと?」

「……ふむ」



 俺の質問に対し、先輩は顔を横にスライドさせ、顎に手を置き、情報を整理、照合させる。

 そして、しばらくして、再び俺と対面した。


 

「……それは、あれか?

 主《ぬし

》は我と、行く行くは契を交わす間柄になりたいと?」

「ですね」

ぬしは、我に恋慕しているのか?

 今までの言動は、リップ・サービスではなかったと?」

「では、ないですね」

いなだと?

 では何故なぜ、かような問答を?」

「よくるじゃないですか。

『お試しで付き合ってみたり、偽のカップルを演じてる内に、本気で好きになる』っての。

 俺は現時点で先輩のこと、人として尊敬しています。

 てことは、このまま、より親密な中になれば、例えばトライアルで付き合えば、ガチで好きになれると思うんですよ。

 自信がります!!」



 最後に、気持ちのままに力強く叫びアピールする。

 先輩は少し困ったふうに苦笑いした。



「我ながら、自分は一風、変わっていると自負していたが……。

 ぬしも中々、どうして楽しいな」

「お褒めに預かり、光栄です」



 執事っぽく胸の前に手を当て、格好かっこ付けてみせ、更に先輩を笑わせたあと、俺は軌道修正を試みた。



「それで、先輩。

 答えは?」

「残念ながら、主の言う通り、恋愛関係とは異なっているな。

 そもそも、考えてしい。バースト鑑賞という趣味を持つカップルなど、成り立つと思うか?」



 先輩に従い、俺は想像した。



 つまり、あれだ。

 人目の無い場所(俺の自室など)でお宝本について七忍ななしのと熱く語り合ったりするのと似たことを、先輩と?

 それは、その……なんてーか……。



「……アラタ。

 ぬしは一つ、誤解をしている。

 我は別に、同性を特別な意味で見ているわけではない。

 バーストという、太古の昔より現代に受け継がれて来た芸術、女体の神秘を愛で、追求し、恩恵に預かりたいだけだ。

 きちんと異性に興味はる。

 初恋も経験済みだしな。

 主以外に」

「がっ!?」



 サラッと止め級のダメージをもらい、俺は跪いた。

 が、彼女の発言に一つの可能性を見出し、立ち上がる。



「異性に、初恋……?

 てことは……俺にも、ワンチャン」

「あ。ごめん。

 それは、まだ無理。解釈違い。

 そもそも、ここまでオープンにした上で付き合うとか、あたしにはハード過ぎるもの。

 それに、そういうのは、きちんと相思相愛になってからでないと。

 少なくとも、リアルではね」

「ぐふぅっ!?」

「何より、今のあたしは恋愛ROM専であって。

 混ざりたい訳でも仲介役や緩衝材を担いたいわけでも。

 ましてやヒロインや主人公、恋する側でもされる側でもないのよね」



 と思ったら、追撃を受け、今度は俯せとなった。

 もうこれ、鬱伏せだわ。うん。



 てーか、そこまでか……。

 一瞬で正気に戻るほどに防衛本能が働き、見えないイエローカードを翳し、きっぱり正論で説き伏せるまでに、NGか。



 ところで今、なんか髪が勝手に動いてたような。

 いや、クマド◯かよ。



「傷心中に悪いが、アラタ。

 ぬしにとって、ぬしだけの昇進の特権。

 受け取り、行使してはくれまいか?」

「何ちゃっかり、自分だけ得しようとしてるんですか……」

「アラタくんは……こういうの、お嫌いかしら?」

「ぐぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!!」



 なんだよ、それ!

 チートじゃんかよっ!



 麗人モードから、急に大和撫子モードに戻って、しおらしくなって、女の子座りをして恥ずかしがりながら視線を反らし胸に左手を当て、極めつけに西木野真姫◯ばりのイジリストになって、肩にかかった綺麗な黒髪をクルクルするとか!



 男心を擽られて然るべき過ぎるだろっ!!

 そりゃ、可愛ぐぁわいってなるわ!!



「くっ……!」



 いかん……この状態の先輩、ちょっと破壊力が高過ぎる。

 下手ヘタに同士としての俺を欲するようになったばっかりに、本気過ぎる。

 このままでは屈服し、完落ち、陥落するのは時間の問題。

 いつ理性が崩壊し、恋人としての自分、先輩を捨てるとも知れない。



 この状態は……実に、思わしくない。

 危険過ぎる。



 背に腹は変えられん……!!

 止むを得ん……!!

 ……格なる上はぁっ!!



「失礼しまぁぁぁぁぁっす!!

 うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉっ!!」



 三十六計逃げるに如かず。



 昔の人って、実にい言葉を残してくれてて偉大だよね♪

 本当ホントにピンチな時は、男らしくないとか、気にしてられないよね♪



 と、やや変なテンションになりつつ、先輩にお辞儀したあと、俺は全速力で部室を去り、外の窓を開け。

 そのまま、勢い良く飛び出した。



 仕方ない。

 こうでもしないと、きっと先輩は、俺を追いかけて来る。

 そしたら、二重の意味でメンブレ中の俺は、同士化だきょうしてしまうかもしれない。

 それは、是が非でも避けたい。

 少なくとも、まだ今は。



 ところで。



「無策だったぁぁぁぁぁ!!

 うわぁぁぁぁぁ!!」



 困惑していたとはいえ、なんの算段もく、三階から飛び降りるという暴挙に出た俺を、誰かがキャッチしてくれるとか。

 そんなご都合主義が、起こるはずく。



 迫り来る地面との正面衝突、及びそれによる大怪我けがは、免れないだろう。

 だって俺、運動神経、良くないし。

 文化部だし。



 あれ?

 詰んだ?



 父さん。

 母さん。

 為桜たお

 多矢汐たやしお

 母神家もがみや

 先輩。

 ついでに、七忍ななしの



 すまない、みんな

 先立つ不幸を許してくれ。



 などと心中で辞世の句を読み上げていると突如、一階……調理部の窓が開き。

 そこからピンクの弾丸が飛び出して来て。



 時代ときを越える想いが如く。

 強く、優しく、暖かく、がっちりと、俺を抱き止めてくれた。



吃驚びっくりしたぁ……。

 怪我けがぁい?

 エイくん」

「あ、ああ……お陰様で、無傷だ。

 世話をかけた、母神家もがみや

 恩に着る」

本当ホントだよ。

 やんちゃなのはいけど、ちょっと度が過ぎるよぉ?

 私がなかったら、どうなってたか……」

「いや、うん……それに関しては少々、腑に落ちないんだが……」



 何故なぜ、こうも簡単に、男をキャッチし、あまつさえヘナヘナと倒れたりもせず、地に足付けて平然と立っていられるのか。

 いや……それ以前に何故なぜ、こうも容易く、タイムリーに現れてくれたのか。 



 まぁ……母神家もがみやだからだろうなぁ。

 恐らく、俺の叫びを聞き、駆け付けてくれたのだろう。



 ただ、その……なんだ。

 流石さすがにこの歳で、同級生の異性にお姫様抱っこというのは、恥ずかし過ぎる……。



「アラタくん!!

 無事っ!?」



 割とでもなんでもなく物凄いことをしたのに普段と変わらず穏やかな母神家もがみやに戸惑っていると。

 不意に、上から庵野田あんのだ先輩の声がした。

 見上げれば、普段通りの先輩が窓から顔を出し、こちらを見ていた。



 ヤバい!!



母神家もがみや!!」

「よく分からないけど、了解。

 逃げればいのかなぁ。

 お任せあれぇ」

「違ぁう!

 降ろしてくれっ!」

「平気、平気ぃ。

 こう見えて、日頃の家事で鍛えてるから。

 それに、よく言うでしょ? 母は強しって。

 このまま先輩を撒く為に、どこかに運んじゃうね。

 エイくんは、そのまましばらく、頭を冷やしてなさい。

 それが私に無断で、私より早く死のうとした報いです」



 あ。

 これ、マジギレ中だー。

 何言っても駄目ダメやつー。

 ですよねー。

 


「……はい」

「分かればよろしい。

 取り敢えず、保健室かなぁ。

 念の為、エイくんの体を隅々までチェックしないとだしぃ」

「……好きにしてください」



 こうして俺は、母神家もがみやに身を預ける以外の選択肢を失った。



「アラタくん!!

 返事をなさい!」

「無事でーす。

 なので、失礼しまーす」

「分かったわ!

 答えは明日、聞かせてもらうわよ!

 遅刻もサボりも厳禁よ!

 それと、くれぐれも前向きに検討して頂戴ちょうだいね!」

「理解力と適応力とあきらめの無さ!!」

「ストフ◯?

 まぁ、なんでもいや。

 なにはともあれ、保健室だね。

 事情聴取もしなきゃだし。

 それくらいの見返りは、期待していんだよね?」

「イエス、マム!!」



 こんな調子で二人とやり取りしたあと

 俺は、 問答無用で母神家もがみやに運ばれたのだった。

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