〈1〉変な粒揃い


 こと発端ほったんは、前日の朝、始業式当日。

 夢の中で念願の彼女と浜辺で追いかけっこしていた俺の意識は、頭に刺さった謎の物体によって現実へと帰った。



「……」



 夢を強制終了させられたこと

 そして、代わり映えのしない日常へと強制送還させられたこと

 図らずも二つの原因となった妹を、寝起きの割りには妙に定まった視界と思考で、俺は捉えた。



「……為桜たお

 い加減、ノックもせずに、鍵をかけてるはずの兄の部屋に無断で不法侵入する習慣を、どうにかしてくれ。

 そもそも、どうやって扉を開けたんだ」



 ゴスロリ衣装を身に纏い、眼帯はしない代わりに室内で漆黒の傘を広げて、わけくクルクル回す。

 そんな為桜たおは俺に向けて自作の占い道具、タオット・カードを見せ、ドヤ顔で返した。



「カード・キー」



 ……つまり、例によって例のごとく、あの薄っぺらいペラペラしたカード(無論むろんカード・キーではない)で、鍵穴に打ち勝ったらしい。

 天下の大泥棒ですら腰抜かすピッキング術である。



「……そうか。

 俺が知らない間に、カードはそこまで劇的に進化していたか。

 願わくば、世の悪人にまで作り方が広められんことを。

 で。このやり取り、何度目だ?」

「378回目」

「そうか。

 相変わらず、不出来できな兄と違って頭がいな」

「マジカル頭良い?」

「マジカル頭良い」

「マジカル感謝。

 ただ、訂正を求む。

 にいも、ママうえもパパうえもマジカル頭良い」

「そうか。

 可愛い妹がそう言うのなら、撤回しよう」


 

 下手なのを承知でツッコミつつ、今日も今日とてよく分からないまま、為桜たおオリジナルの形容詞を真似マネし、ご機嫌を取る。

 俺は額に刺さったままのカードを取った。

 そこには、ムン◯の叫びみたいなイラストが描いてあった。



にいの運勢、最強、最高、マジカル半端はんぱい。

 マジカルな悲願とて、成就もマジカル夢じゃない」

「そ、そうか……」



 その割りには、カードからはハッピーな気配がまったく、伝わって来んのだが……。

 依然として、おどろおどろしい上に、違いと内容が分からない。

 が、これで的中率はメジャーリーガーの打率並だったりするから、侮れない(為桜たおによる解説は必須だが)。



 惜しむらくはタイミングまでは分からないことだ。

 これは極端な例だがなんなら、月曜の朝に占われて、日曜の夜に的中したりするし。



「それはともかく、にい

 そろそろ準備しないと、マジカル危うし。

 為桜たおの知る限りにいは、残念無念、どんなミラクルも起き放題な人種では流石さすがにないはず

 このままでは、遅刻は免れない」



 一部の趣旨は取れないが、そんな助言を残し、為桜たおは優雅に傘を回転させつつ、俺の部屋を後にした。

 見た目や言動の通り、やや変わっているが気遣い屋な、何だかんだでい妹である。

 まぁ……人見知りな上に、わけって家でしか会えないのだが。



「っと」



 こうしてはおれん。

 折角せっかく為桜たおが起こしてくれたのだ。

 きちんとせねば。



 そう言い聞かせ、俺は早速、身支度を整え始めた。





「おっす、新甲斐あらがい

 今年も、同じクラスか。これで四年連続だな。

 引き続き、よろしくな」

「ああ。おはよう、七忍ななしの

 こちらこそ、不束か者だが、よろしく頼むよ」

「お前に嫁がれた覚えは無ぇ」

「奇遇だな。

 俺も、お前に嫁いだもりなど皆無だ」



 教室でゲームをしていた俺は、声をかけられたタイミングで画面を一旦、消した。



 七忍ななしの

 ものの数分で考えたっぽいや雑な名字しか与えられてなかったり。

 本職や俳優でもなく監督や、そこそこイケボだったおかげでファンが四百人近くるだけの、ちょっとラジオ配信アプリを齧ってる素人が、知名度とファンと理解者と趣味仲間を獲得したいがためだけにノー・ギャラで当ててそうな声していたり(実際その通りだが)。

 そんな感じの、必要に迫られたってだけの理由で急遽きゅうきょ、後付で設けられた様な、さほど出番無さそうな、挿絵とかにほとんど描かれなさそうな、これがアニメなら一時的にやたらと早口かつ棒読みなナレーションで紹介されてそうな、色んな意味で大して特徴的じゃない、そもそもキャラデザや髪色さえ固まってなさそうな、男子生徒Aとか男子生徒Bとか、ともすればエンドクレジットにさえ乗せてもらえず、その所為せいで担当声優さんがツイッタ◯でコソッと宣伝したりしないと気付きづいてもらなかったりしそうな、気の置けない知人である。

 要するに、残念ないじられ役ポジの、良いやつである。



「……なんか、すっげー適当かつ一気に説明された気がするんだが……」

「仕方ないだろ。

 お前、いつ次の出番が来るか、ともすれば喋れるかどうかすら怪しいんだから。

 きちんとクレジットされてるだけ、ありがたいと思ってくれ」

「へーへー。

 で?」


 俺の横の席である七忍ななしのは、背もたれに腕を乗せ椅子を揺らしながら俺に問う。



「相変わらず、意外な趣味だなぁ。

 お前、パッと見、お硬そうだし実際、真面目まじめなのになぁ。

 現に今も、俺と話すためにゲーム止めてるし」

「ん?

 そうだな。確かに、この手の物は、今まで触れたことが無かった。

 先輩に薦められるまでは、な。

 それに、これは普通だ。

 人と話す時は目を合わせないのは、非常識だろ」

「今時、スマホ見ながらの会話なんて、日常風景なんだが……」



 俺にツッコミつつ、七忍ななしのはゲーム画面を見て、わずかに引いた、引き攣った顔色を見せた。



 まぁ……気持ちは分かる。

 なんせ、俺が今プレイしているのは、ギャルゲー。

 コンシューマー版なので、未成年が遊ぶに相応ふさわしくないシーンや画像こそ無いが。

 い印象を持たれにくいのは否めない。



「一応、断っておくが。

 なにも、それっぽい要素が主じゃないぞ?

 きちんと泣ける、燃える展開に力が入っていて、初心者の俺でさえ続きが気になる。

 流石さすがは、庵野田あんのだ先輩。

 我が文学部の部長を務めているだけの慧眼はる」

「……お前ん部活とこ、もうお前と先輩しか残ってなかったよな?」

「ああ。

 部を存続させるための幽霊部員なら、お前も含め、3人るけどな。

 去年だって入部希望者は多数、たよ。

 全員、門前払いにされがな」

「そりゃそうだろ。

 あん時ゃ全員、先輩だけが目的で、文学にも部活にも明らかに興味い男子達だったもんなぁ。

 そりゃ、追い出されるて」

「誤解を招く発言は慎め。

 みなが、『1冊分のレポート』という、温ま湯みたい試験を突破出来できなかったのが悪い。

 俺なんて、あらかじめ流れを読んでいたから、入部届と一緒に初対面の時点で、入学式よりも先に出したってーのに。

 まったく、嘆かわしい。

 よもや、ここまで活字離れが深刻化してようとはな……」

「その真偽はさておきだ。

 どうなんだよ? その後」



 級友の質問の意図が取れず、俺は首を傾げた。

 そんな俺の心境を汲んでくれたのか、男士は具体的に述べ始める。



「いや、さ。

 先輩って、めちゃくちゃ美人じゃん?

 でもって放課後は毎日、そんな先輩と二人っきりなんだろ?

 そのゲームみたいなの、わけ?」



 確かに、庵野田あんのだ先輩は美人だ。

 長身で、イメチェンやアクセサリーをあまり用いない、シンプルな黒髪ロングの似合う和風寄りの綺麗系。

 中性的な声と外見により毎年、並み居る強敵たちを余裕で跳ね除け、文化祭のミスターコンでは2年連続、全票を獲得し圧倒的大差で優勝している猛者。

 竹を割ったような性格は、男の俺でも憧れるほど格好かっこい。

 それでいて、口調は女性的というのが、また悩ましい。

 厳しい所もるが、それは本当ほんとうに文学、延いては物語を愛しているからであり、別に人柄が悪いわけでは断じてい。

 イベントを大事にしており、ハロウィンにはお菓子か一杯に入った箱を準備してくれたりもした。



 ……もっとも、悪戯好きな先輩らしく、開けると徐々に不気味な音を立てて下がって来る仕様になっていたのは正直、肝を冷やしたし。

 俺がビクビクするさまを静かに悦に入っていたのは、あんまりだと思うが。

 


 余談だが、悪戯が絡むとポテンシャルを発揮して器用になるのは、反則だと思う。

 普段は創作物にしか興味がくせに。



ってたまるか。

 俺達は健全に部活をしているだけだ。

 色恋沙汰になど、ならんわ」

「ふーん。健全、ねぇ。

 そう言う割にはさぁ」

 やや拗ねながら、七忍ななしの俺の使用していた携帯ゲーム機に、意味深に視線を向ける。



「……なんだ?」

「お前が遊んでるゲームのヒロイン。

 なんみんな、妙に大きくね?

 どこがとは言わんけど。流石さすがに教室では」

「なっ……!?」



 言われてみれば、七忍ななしのが言う通り、俺が見て来たゲームの少女達は一様に、豊かな体をしていた。

 しかし。



「俺の憧れ、尊敬する人物だぞ!?

 そんな理由で、俺に薦めるわけ無かろうがっ!」



 起き上がり、前のめりになり、声を荒げる。

 それはもう、状況が状況、場所が場所なら、胸倉を掴んでいたかもしれない勢いだった。

 やにわに静かになった教室中から奇異の目を向けられても、しかるべきである。



「エイくん?」

 現時点でも俺の知る限りでも一人しか使っていない、少し変わった呼び方。

 それが決定打となり、俺の中の沸々とした怒りは急激に冷めた。



 あわや友人との仲が決裂しかけるピンチを救ってくれたのは、思った通り。

 クラウン・ブレイド付きのピンクのミドル・ヘアと、オレンジ色の垂れ目が特徴的な人物だった。



母神家もがみや……」

「あはは。

 吃驚びっくりしちゃったぁ。

 急にお邪魔しちゃって、ごめんね?

 でも、みんなの前で、そんなにおっかない、っきな声を出すのは、ちょっと不味まずいんじゃないかなぁ?

 感心しませんよー。なんちゃって」

「……すまん」



 このクラスのみならず学園の聖母と呼ばれる女子、母神家もがみや 結織ゆおり

 にこやか、穏やか、おしとやか。

 それに起因してか、語尾に「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」を中々の頻度で用いるが、なんだか嫌な感じはしない。

 親しみ易く広量、気遣い屋で敏く、しっかり者でミステリアス。

 常に相手に合わせて言葉や口調を考え、変えてくれるので、凄いと思う反面、少し怖い。

 冗談混じりで「みんなのママ」を自称するが、それが抜群に似合うほどに大人びている。

 冗談半分で、「子持ち」とか「年齢詐称」とか「転生者」とか「時間遡行者」とか「不老不死」とか言われても、自然と納得するどころか、しっくり来るほどに。

 調理部に所属しており家事万能で、毎日の弁当は美味おいしそうな上に栄養バランスが完璧で、彩りも鮮やか。

 それでいて、ほぼ毎日、分けてくれるお菓子は、G◯DIVAもかくやといった絶品さ。

 ポワポワ、フワフワとした柔らかい華やかなオーラを普段から放ちながらも、怒った時は本気で怖い笑みを浮かべる。

 どの道、遅かれ早かれ自白を余儀なくされるためいずれにしても嘘や言い訳がまったく通用しない。



 とまぁ、そんなこんなで。

 庵野田あんのだ先輩と拮抗出来できほどに印象深い少女。

 我が後の誇る三大美女の1人である。



「反省出来できて、偉い、偉い。

 次からは、気を付けようね。

 折角せっかく、友達になれたんだから。

 あんまり仲悪くしちゃ、めっ! だよ」



 言いつつ俺に近付き、頭なんぞ撫でる母神家もがみや

 なんてーか……むず痒い。

 慣れたとはいえ、さっきまでとは違う意味で、気不味きまずい。



「ゴンくんも。

 あんまり変な話、振っちゃ駄目ダメだよ。

 ただでさえエイくん、真面目まじめなんだから」

「は、はい……ごめんなさい……」

「分かればよろしい。

 じゃあ、二人共。喧嘩けんかも程々にね。

 それと、本年度もよろしく。

 お邪魔しましたぁ」



 満足したらしく、ペコリと頭を下げ母神家もがみやは俺達の前から離れ、再び女性陣と話に花を咲かせ始めた。

 まるで何事も無かったかのように、自然に溶け込んで。



 ……悪い、母神家もがみや。やはり、ちょっと怖いぞ、君。 

 あと、七忍ななしのの名字から閃いたとはいえ、『ゴンくん』は中々のセンスだと思うぞ?

 野原ひろ◯似のペットのサルじゃあるまいし。



「……ま、まぁ、なんだ。

 急に騒いで、悪かった」

「お、俺も……。

 すまんかった……」



 互いに頭を下げ合い、取り敢えず仲直りを済ませる俺達。



 そのままチラッと伺うと。

 俺達の方を見ていた母神家もがみやは、こちらに微笑ほほえみかけて、親指と人差し指で小さく輪を作った。



 ……見守られてたな。確っ実に。

 授業参観かよ。



「さーせん、カイせん

「おわっ!?」



 抜き打ちテスト染みた母神家もがみやの監視をパスし安堵していると、後ろから、またもや一人しか使われていない呼ばれ方をされた。

 驚いた拍子に、注意を受けたばかりだというのに、またやかましくしてしまう。



 振り向いた先には、少し小柄で、まだ制服に着られてる感が拭えない、如何いかにも後輩チックな美少女。

 学校でもバイト先でも、そして今日から部活でも後輩に当たる、多矢汐たやしお 依咲いさき



多矢汐たやしお……。

 存在感消すのは止めてくれって、いつも言ってるだろ……」

「これくらい、サキにはお茶の子サイダまるンです。

 というのは建前で、これは生まれ付き無意識に出来できようになっていた、サキの特殊スキル。

 決して抗えぬ運命であるがゆえに、微力なサキ程度では、ジーッとしてなくてもドーにもなりまカイせん

 以上の事から判断するに、カイせんに適応して頂く他無い現状でありんす、悪しからず」

「……全然、悪いと思ってないだろ。

 そもそも、改善する気、皆無だろ」

「バレましたか。

 流石さすがはカイせん

 サキにあだ名で呼ばれるだけはありますですね。

 △□☓でごぜぇやす。

 パチパチパチパチパチンガー」

まったく……それより、今日から部活の件、くれぐれも頼むぞ?」

「存続すべく、部員として連ねるための名前だけを貸す件でスネーク?

 こっちとしても願ったり叶ったりなので、すでに届けて来てマ◯ターク。

 幽霊部員として、今日から誠心誠意、全力でサボり、遊び尽くす所存ディスタンス」

「いや、言い方。

 あと、ダラけることにかけての並外れた情熱よ」



 こんな調子で本日も、なんだかズレてる、成り立っていない、あるいは人聞きの悪い会話をする羽目になる俺。

 にしても、この子といい、妹といい。

 俺の周囲に居る年下達は何故なぜ、こうも突然、現れられるのか……。



 と、やや不思議に思いつつ、沈んでいた気持ちを切替え。

 改めて俺は多矢汐たやしおと向き合った。


 

 左右非対称なアイス・ブルーのショート・ヘア。

 エメラルド・オーシャンを想起させる、常に眠たそうな瞳。

 未だに中学生、酷い時は小学生にさえ間違えられる童顔、そして声。

 ランドセル背負ってても違和感いわかん皆無な程の幼さ。

 制服の上から着込んだ、何故なぜ落ちないのか不思議なレベルでダボッとした、肩出しカーディガン(萌え袖)。

 大和撫子を体現した庵野田あんのだ先輩とは対象的に、西洋人形のような可愛さと儚さを兼ね備えており、いやでも庇護欲が掻き立てられる。

 無口なようでいて、話を脱線させたり、意図的にギャグやネタを混ぜたり、必要以上に長かったり、表情やポーズが豊かだったり、スタンプ多用したりするギャップ。

 あと、何故なぜかは分からんが、俺を慕ってくれているらしく、妙におべっかを使ってくれる。

 そんな感じの、これまた謎めいた後輩である。 

 


「わ〜♪」

依咲いさきちゃんだ〜♪」



 可愛い物に目が無い女子達に発見され、髪型を弄られたり、頬を引っ張られたり、写真を撮られたりする多矢汐たやしお

 様式美なので、特に驚く素振りも見せず、変わらない調子で語り出す。

 ちなみに、角度に合わせポーズや決め顔、目線は準備している辺り、気乗りはしているらしい。



 余談だが、うちはエスカレーター制。

 さら多矢汐たやしおは数日前まではバイトというていで姉の手伝いに駆り出されていただけ。

 早い話、この教室を訪れるのはともかく、高校の面々とは顔馴染みだったりする。



「カイせん

 どうか、お願いですます。

 このサキめに、力を貸しなさいませ。

 今日を生き抜くために、カイせんの力が必要不可欠なんでさぁ」

「……意味深な言い回しは止めろ。

 今日はなんだ?

 シフトか?

 はたまた、原稿か?」

「全部でござる。

 テヘペローナ」

「ちったぁ反省、学習しろ……」

「皆勤賞ー」

「誇るな、威張るな、楽しむな」

 


 思った通り、またしても忘れ物か。

 最初こそ不可解だったが、彼女の分までオーナーが俺に託したのは賢明な判断だったと、今では理解出来できる……。

 ここまで忘れっぽいのに、仕事絡みのデータ自体は全て暗記してるってんだから。

 本当ほんとうに、よく分からん思考回路、記憶力、性格だ……。

 


いか?

 俺とて、常に君を助けられるという保証は出来でき兼ねん。

 突然の病や、家庭の事情。

 最悪、事件や事故に巻き込まれるケースも想定し得る」

「カイせん、不在……。

 完全に詰んだ……。

 およよヨドン◯……」



 急に気分が悪くなったかのごとく装い、女子達を離しフラフラし始め、後ろに倒れる多矢汐たやしお

 俺は、特に動じる色も見せず、ことも無げに、教室のフローリングに代わって、その体を両手で静かに受け止める。



 ……死にかけの振りしながら、スマホを見ずにピッタリなBGMを流せる辺り、器用だなぁ、本当ホント




「カイせん……今まで、お世話かけました。

 どうか、サキの亡骸は拾ってやってくださいまし……。

 決して、忘れないでください……。

 サキと過ごした、あの、尊き日々の数々を……」

「一年と一ヶ月だけだけどな。

 安心しろ。

 死なんから」

「そっか……。

 ……そう、でやすね……。

 カイせんが忘れない限り、サキは不死身です……。

 サキは、カイせんの記憶、心、瞳、過去の中で、生き続けるです……。

 カイせんが止まらねぇ限り……サキも、その先にいますからよぉ……。

 止まるんじゃねぇですぞ……」

「確約する。

 俺のすべてをもって、君を死なせやしない。

 話を戻すが、不測の事態というのは、どうしても訪れる。

 ゆえに、常に入念な確認と準備を怠らずにだな」



 次の瞬間。

 退場ごっこをしていた多矢汐たやしおは、俺の鞄から、多矢汐たやしお用のスペアの仕事用具を回収し、教室を出る。



 この間、わずか3秒である。

 こやつ、変な所まで妹にそっくりだな。



生憎あいにく、カイせんことはさておき、サキはお説教が嫌いでがす。

『理念よりもリネン寄り』が、サキの座右の銘。

 サキの道を阻む物は、何人たりとも躱してみせるでざんす。

 ホワチャー。みんな逃げろホーイ」

「いや、戦えよ。排除しろよ」

「サキは、まだ♪ 16だからぁ♪

 御免つかまつる」



 何やらわけの分からんことを言いつつ、これまた珍妙なポーズを取る。

 かと思えば、ギャルみたいな口調で、折り畳んだ腕を口元まで運び上目遣いまで行う、りっ子をする。

 そして最後に、急に平時のテンションに戻る。

 そのキャラのジェット・コースター、テンションの落差、計算不可能さ、不可解さに思考が追い付く辺り、俺も彼女の奇行に耐性が付いて来た模様もようだ。



 余談だが、これだけは言っておこう。

 君、まだ15だろ。 



「そんなこんな、なんやかんやで、あんたのお宝、頂いたぜ。

 もうここには、用はりまセンキュー。

 では、カイせん。アデューですわ。

 アラ・ガーイ。まぁた遊んでやるぜー」



 やはり明らかに元ネタありきな発言を残しつつ。

 俺のツッコミなど物ともせぬまま、多矢汐たやしおという、小さいくせに破壊力抜群な嵐がぎ去った。



「……新学期早々、またしても騒がせた。

 今回は、こちらにさほど落ち度は無いがな。

 重ね重ね、失礼した」

 クラス中に侘び、着席する。



 ふと机を見ると、メモ用紙が置いてあった。

 ご丁寧に、上に文鎮代わりの飴までセットだった。



『ご褒美でそうろう

 劇場じゃあないけど、サキの恵みをありがたく受け取れです。

 P.S.ゲーム病の予防にはならないかもです。

 追伸 仮になったとしても、サキがかならずやマキシマムテキでクリエイティブかつノベルティックに助けるので、ご安心なさいませ。

 おまけ やっぱりならないでください。熾烈な戦闘に備えすでに封印したはずの、欠片かけらばかりの良心が痛むので』



なんじゃ、そりゃ……」

 苦笑いしつつ、俺は手を合わせ「いただきます」を済ませ、サキの恵みとやらの飴を頂戴ちょうだいした。

 そんな俺に対し、キャラを食われ、すっかり忘れ去られていた七忍ななしのが、遠い目をしながら言った。



「……お前の周りって、変な粒揃いだよな。

 羨ましいような、そーでもないような……」

「コメントは控える」

「いや、それ、遠回しの肯定……」

 


 取り敢えず精々せいぜい、ゲーム病とやらには、くれぐれも気を付けるとしよう。

 詳細は不明だが。

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