第45話.三行半
「――実家に帰らせて頂きます!」
いつもの夜の報告会が始まってすぐに陛下に三行半を叩き付け、ベルナール様に『鬼姑』と書かれた紙をペタリと貼り付ける。
偽妃業務と並行して休戦協定の為の情報戦やら、破壊工作やら、色々とやっていたらあっという間に一ヶ月が過ぎ去った。
いくらこの天才レイシーちゃんが代え難い有能な人材だとしても流石に働かせ過ぎである。移動だけでも馬鹿にならない労力でござるよ。
もう拙者は働きたくない! 働きたくないでござる!
「……どうした急に」
「休暇を求める時はいつもこう言うんです。気にしないで下さい」
床を指差して私に『正座しろ』と命じながら、ベルナール様は陛下の疑問に答える。貼り付けた紙はゴミ箱に捨てられた。
抗議の声を上げようとして――眼鏡越しに睨み付けられてしまったので、そのままお口にチャックの仕草をしながら正座する。
「休暇か……そういえば最後に取ったのはいつだ?」
「レイシーを紹介する二週間ほど前でしょうか? 温泉地に行きましたね」
「あれは良かった。また行きたいものだ」
温泉、だと……!? 私が地獄の訓練をこなしている間、陛下とベルナール様は仲良く温泉を楽しんでいたと云うのか!?
「レイシーの休暇はどうなんだ?」
無言で『貴族の横暴を許すな! 温泉の独占反対!』と書かれたプラカードを掲げる。
「訓練中は週に一度は休暇を取らせていましたが……なんせ暗部所属となりましたからね」
コチラに視線すら寄越さず、ベルナール様は私から奪い取ったプラカードを膝で叩き割った。
「規則正しくとはいかぬか」
しょんぼりしていると陛下が飴玉を指で弾いてくれたので口でキャッチする。甘い。
「妃が急に居なくなる事も出来ませんし」
何やら話の流れが不穏で、休暇が取れなさそうな雰囲気なのでわざとガリボリと大きな音を立てて飴玉を噛み砕く事で言外の意思表明をする。
「……はぁ〜、仕方ありませんね」
やっと私に視線を向けたベルナール様が疲れた様に溜め息を吐き出し、眼鏡の位置を直した。
「貴女の力が必要な仕事はあらかた終わりましたからね、一週間ほど休暇を与えましょう」
「ぃやったーー!!」
勝利の舞を踊りつつ、ベルナール様に紙吹雪を散らしながらその周囲を彩っていく。
ベルナール様のこめかみに青筋が浮かんだのも気にせず、今度はデタラメにリコーダーを吹いて力が抜ける妙な音色を奏でながら、我らがオカンの周囲をグルグルとつま先立ちで細かくステップを刻み周回する。
「凄いはしゃぎようだな」
「家族を大切にしている様ですからね」
「……家族が居たのか?」
「えぇ、血は繋がっていない様ですが」
ガハハ! 待っていろ! お姉ちゃんがすぐにお土産を持って帰るからな――
「――いい加減に煩い!」
「――お"っ"!?」
脳天に振り下ろされる怒りの鉄槌――それは頭の先から脊椎を辿り、つま先まで衝撃を轟かせた。
何故私は忘れていたのだろう……そう、ママの拳骨はいつだって重く響くのだと――私は自らの墓石に『世界を獲れる右腕』と彫り込み自戒とした。
「本当に休暇が嬉しいようだな」
「はいはい! 休暇を実現させる為にもしなければならない事が山積みなのですが、おふざけはここまでで準備をなさい!」
「了解であります!」
素早く部屋の中を片付け、本来は顔を合わせてすぐ出すべきだった調査報告書などの束をベルナール様に手渡して再度拳骨を貰いつつ、陛下の机に置かれていたお菓子を毒の有無で仕分けし、ベルナール様の眼鏡を光が反射して眩し過ぎるくらい磨き上げて三度目の拳骨を喰らい、天井裏と柱の中に隠れていた工作員を拘束して部屋の隅に積み上げ、ソファの裏とカーペット下に仕込まれていた盗聴の魔道具をシェイカーに入れてストロボ効果が発生するほどの速度でシェイクして相手の鼓膜を破壊し、ベルナール様を七三分けにして四度目の拳骨を頂戴して――
「どんな訓練を施したんだ? 量産化できないのか?」
「突然変異です」
「そうか……」
あぁ、忙しい忙しい! でもこの忙しさも休暇の為なら辛くはない!
待っててね、弟たち、妹たちよ……お姉ちゃん頑張るからね!
暗部所属の新人工作員です。初任務として皇帝陛下の偽妃を演じていたら溺愛されてしまいました。……これっておかしくないですか? たけのこ @h120521
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