第42話.変な感じ


(あれは――)


 恐らく別働隊――森の外周を回って私を捜索していたであろう者たちが、川で騎乗動物に給水しているのが見える。


「――うおっ?!」


 なのでバレない様にゆっくりと近付き、そのまま水中から手を出して余所見をしていた兵士を掴み引きずり込む。

 水中を警戒していなかったのか、簡単に事は成せた。


「ガボばば!!」


 相手は鎧を着ていて重量があり、水中では身動きが取りづらい状況にある。

 今が深夜なのもあって水中での視認性は酷く悪く、突然の事による混乱もあって自分が何処に居るのかも判断が付いていない。

 相手が平静さを取り戻し、自分の現在位置を確認する前に、一足先に地上へと上がり足を奪う。


「すまんね、乗せてくれるかい」


「ま、待て!」


 軽く水気を落とし、敵が乗っていた騎乗動物へと跨り、そのまま走らせる……向かうは敵の拠点があった場所だ。

 疾走する騎乗動物の背の上で装備を整え、周囲に耳を澄ませる。


「……戦闘音が聞こえない」


 私が敵の本隊を森に釣り出してからだいたい2時間から3時間程が経過している。

 戦闘音が聞こえないという事は、もう既に決着は付いたという事だろう。

 敵の拠点には傷病者ばかりとはいえ、防衛戦力が全く無い訳でもないければ、アレン様がスヴァローグ将軍から貸し与えられた寡兵は少ない。

 勝てたのか負けたのか、ここからだとよく分からないな。


「――黒猫ォ!!」


「お? もう追い付いて来たの?」


 がなり響く怒声に振り返ってみれば、背後の森から松明を掲げた騎兵が多数飛び出して来るのが見える。私が森で足止めしていた敵の本隊だろう。

 即興とはいえ、結構な数のトラップも用意してた筈なんだけどな。

 それらを掻い潜った上に、もう私の狙いや行き場所まで推測して全軍で反転して来たのか。


「待ちやがれェ!! 散々コケにしてくれやがったなァ!? 絶対ぇ許さねぇ!!!! お前の■■ピー■■ピーして■■ピーしてやるッッ!!!!」


「いやキレ過ぎだろ」


 いやまぁ、捕虜にされたら拷問でも何でも何をされてもおかしくは無いけどさ……仮にも立場のある軍人が大義名分も建前もなしに、大声で怒鳴って良い内容じゃないだろ。

 そんなにキレるような事したっけ? 今までのトラップも特に珍しい内容って訳でもないと思うし……まぁ、ポーズだと思うのが妥当だろうな。

 こうして引き返して来た時点で冷静さは取り戻してるだろうし、それくらい『連邦の偉い人は黒猫に怒ってますよ』というアピールがしたいのか。


「恐らくは拠点が落とされていた場合の布石であり、そして落ちていなかった場合は兵たちの士気を上げる為の怒りに代わる訳か」


 見た目脳筋な癖して抜け目ないなアイツ。


「それはそれとして、アレン様は――っと」


 前方の拠点から兵士がわらわらと出て来るのが見える。

 彼らは敵か、味方か――


「――連邦の者たちに告ぐ! ここは帝国の大地!」


 そう声を張り上げるのは先頭に立つアレン様だ。


「侵略の芽は潰えた! ここにはお前たちの仲間は居ない!」


 彼はやり遂げたのだろう……数時間以内に寡兵で敵の拠点を奇襲し、落とすという難題を。


「……やるじゃん」


 まぁ? いつもトゲトゲしいのは偽妃である私に対してだけで、本来は陛下もベルナール様も認める若手有望株だもんね? それくらいやって貰わなきゃむしろ困るくらいだよ。


「轡を並べ、今すぐ森に帰るがいい!」


 威勢よく吠えるアレン様のすぐ隣に並び、動揺が見られる敵の本体へと視線を送る。


「……撤退してくれるだろうか」


「しなかったら次は命を奪りますよ」


「……そうですか」


 最初の潜入工作の時にどうして指揮官を全員行動不能にしなかったかっていうと、捕虜を管理する人員が居ないからに他ならない。

 指揮官を全員暗殺し、混乱したところを奇襲するのでも良かったけど、それだと逃亡兵が拡散してしまう。

 反乱が起きたばかりの属州に、そんな危険分子をばら撒く事態は出来れば避けたかった。

 だからこそ、これだけの兵たちを纏め上げてご帰宅して貰う為に頭は残しておいた。彼らには綺麗に撤退して貰いたい。

 でもまぁ、このまま拠点を取り戻す為に戦闘を開始するっていうのであればそれはそれで構わない。

 出来れば命を奪う行為は避けたいけれど、仕方がない。乱戦の最中に指揮官を暗殺していくだけの、レイシーちゃんにとっては簡単なお仕事でことは片付く。

 逃亡兵の拡散やら、様々な問題は生じるけれど……何時までも敵国の軍に帝国領土をほんの少しとはいえ占領され続けるよりは断然良い。


(さて――)


 お前なら気付けるだろう? 赤獅子ちゃん?


「……撤退していく様ですね」


「敵のボスはキレっぽいですけど、頭は悪くないみたいですからね」


 少し逡巡したみたいだけど、最初の潜入工作や森での追いかけっこで私の隠密性は分かってるはず。

 戦闘ともなれば辺りに血や汗やら様々な匂いが満ちて自慢の鼻も使い物にならない。そんな状態で私の暗殺を防げないと考えたのだろう。私もプロとして暗殺を成功させる自信がある。

 それに可能性は低いけれど、今こうしている間にもスヴァローグ将軍率いる本軍が迂回して連邦内に入っているかも知れない事にも気付くだろう。


「……ふぅ、助かりました。あのまま戦闘に入っていれば全滅も有り得ました」


「こちらこそ、まさかこんな短い時間で本当に拠点を落とせるとは思いませんでしたよ」


 もしもアレン様が失敗してたら、またあの赤獅子ちゃんをおちょくって時間稼ぎをしないといけないところだった。

 仕事が減って嬉しい気持ちと、今度はあの猫髭を引っこ抜こうと考えていたから残念な気持ちと心が二つある。

 まぁ、仕事が減った事を素直に喜ぼう。


「では私はこれで」


「どちらへ?」


「陛下からの援軍を案内し、陛下に報告を届け、そのままスヴァローグ将軍の下へ」


 恐らく援軍はもう帝都から出発してる筈だから、途中で彼らと合流して正確なここの場所と道順を教えて、そして帝都に居る陛下へと報告を届けて、そのままスヴァローグ将軍と合流するべく幾つか国境を超える……こうして考えるとレイシーちゃん大忙しだな。


「……私も付いて行っても?」


「……なぜ?」


「陛下より黒猫殿サポートをするよう申し付けられているからです」


 あ〜、そういえばそんな事も言ってたな……確かスヴァローグ将軍の無茶振りから庇ってくれるというか、防波堤というか、代わりの生贄になるように命じられてたんだっけ。

 それになのにスヴァローグ将軍と私が揃ってる場に居合わせないのはダメだと思ったのか。コイツ本当に真面目だな。


「まぁ、付いて来れるなら……」


「! 絶対に足は引っ張らないと誓います!」


「お、おう」


 なんか、温度差があるような気がするな……まっ、いっか!


「すぐにこの場の指揮の引き継ぎを行います。十分ほどお待ちください」


「急がなくて良いですよ」


「お気遣いありがとうございます」


 私に礼を取って、そのままアレン様は拠点の中へと走り去ってしまった。


「……アレン様に丁寧な対応をされると、なんか……こう……変な感じがするな……」


 これ本人に言ったら凄く思い詰めた顔して『私に何か至らないところがあったのでしょうか?』とか詰めて来そうだな。

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