第34話.ポチタマ


「将軍その方は?」


 結局離して貰えず、そのまま既に出陣準備をしている軍営舎の中で位の高そうな軍人さんに声を掛けられる。


「ポチだ。仲良くしろ」


 いやタマだって言ってましたやん、何時から私はポチになったのさ。

 まぁ、国家の犬である事に違いはないけれども。


「黒猫です。陛下より同行を命じられました」


「! 貴女が……」


 仕方がないので自分から自己紹介すれば、軍人さんの目に理解の色が浮かぶ。


「私はレオニートと申します。スヴァローグ様の副官を務めております。階級は大佐です」


「よろしく」


「よろしくお願いいたします」


 お互いにペコりと頭を下げ合っていると、暇を持て余したのかスヴァローグ将軍が私の頬を指で突つき始めた。


「あの、なんですか?」


「ワシも構え」


「出陣する為にやる事があるんじゃないですか?」


「ワシやる事ない」


「さいで」


 この将軍、本当に自由人だな。

 レオニート大佐の方を見ても、申し訳なさそうにするだけで止めてくれないし。


「――スヴァローグ将軍!」


 どうしたもんかと考え込んでいると、聞き覚えのある声が背後から響いて来た。

 もしかしてもしかしなくても、また一緒に仕事することになるのかな。


「二等補佐官のアレン・ロードルです。黒猫殿のサポートをするよう、陛下より申し付けられました」


 スヴァローグ将軍が振り返ると同時に、身体の向きを変えられた私は、そんな言葉と共に礼を取るアレン様を視界に収めた。


「陛下より、くれぐれも黒猫殿に変な事はさせないように言い付かっております」


 そう言って彼は私をスヴァローグ将軍の手から奪い取る。

 なるほど、陛下はきちんと私を守ってくれるらしい。


「黒猫殿、勝手に触れてしまい申し訳ございまさん」


「いいよ助かった」


 にしても本当にこの人は堅物だなぁ、いちいち謝らなくても良いのに。

 逆に妃として会うと全然謝らないどころか、凄まじい皮肉を言って来るんだけどなぁ。

 お前が今丁寧に対応してる相手はあの毛嫌いしてる妃やで、って言ったらどんな顔するんだろう。


「おぉ! 息子よ、こんな所で会えるとは!」


「は? いや、私は将軍の息子ではありませんが……」


「何を言っている? お前が私の息子な訳がないだろう」


「……」


 横に居てビキッという音が聞こえてきそうなほど、アレン様のこめかみに大きく青筋が浮かんだ。

 完全に苛立ちを覚えた筈なのに、それでも無表情を保てるアレン様は流石だなぁ。


「おいタマとポチ、何をしている? さっさと行くぞ」


「……誰の事だ?」


「多分、私とアレン様の事ですよ」


 だってタマで私を、ポチでアレン様を指差してましたもん。

 タマからポチへ、そしてまたタマへ……私の呼び方も安定しねぇな、これまた変わるんじゃないか。


「将軍! 私の名前はポチではないし、彼女の名前もタマではありません!」


「レオニート何をしている! 早く朝食を用意しろ!」


「将軍、朝食どころか昼食も既に済ませております」


「ほー、いったいいつの間に……」


 アレン様が唖然呆然としているのが見える。

 分かる、分かるよ、気持ちはとてもよく分かる……初見だと面食らうよね。

 私だって予め陛下やベルナール様から聞いてても「なんだこの変なおじさん!?」って驚いちゃったもん。

 あとレオニートさんは普通に名前呼びなのが解せぬ。


「もしや痴呆が入って……本当にこの方の指揮で大丈夫なのか?」


「ずっと昔からこんな感じらしいですよ」


「黒猫殿、それは真か?」


「陛下とベルナール様が言ってました」


「ならば疑う事はできまいが……」


 まぁ不安だよね、軍事に関する事になるとシャキッとしだすらしいけど、こんなやり取りを見せられると到底信じられないよね。

 言動がマジでボケ老人というか、奇人変人の類いというか……真面目に軍の指揮が出来るとは思えない。


「陛下とベルナール様がこの人しか居ないって言うくらいですから、信じてみましょう」


「そうだな、黒猫殿の言う通りだ。私如きが陛下の采配を疑うなど、あまりにも不敬だ。後で反省文を書こう」


「真面目か!」


「……黒猫殿?」


「あ、いや、なんでもないです」


 やべっ、思わず妃の時と同じテンションで突っ込んじゃった。


「コホン! ……今回の出陣に影響のない範囲でお願いいたしますね」


「それは勿論だ。迷惑は掛けないと誓おう」


 咳払いで誤魔化しつつ、真面目な返答を聞いた直後に前方から声が掛けられる。


「おーい! 早う来んか!」


「いつの間にあそこまで……」


「とりあえず呼ばれているので行きましょう」


 大きく手を振り私達を呼ぶスヴァローグ将軍の下へとアレン様と二人で急いで赴く。


「ポチタマ、ワシが来いと言ったら直ぐに来い」


「分かりました」


「承知しました」


 あぁ、もう、ポチとタマで確定なのね。


「それでは手の空いている者だけでミーティングを行う――二人も参加せい」


 なんだ、真面目な用事か。そういった事なら仕方ないね、仕事だからきちんと対応しよう。

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