第33話.スヴァローグ上級大将改め
「これでは……」
「しかし……」
「タイミングが……」
会議室に緊急招集された武官達の囁き声が何度も木霊する。
自分達の知らないうちに属州が一つ陥落している上に、二カ国の侵攻まで受けていたのだから仕方がない反応だとも思う。
今は反乱軍と敵国で睨み合いをしているけれど、これが何時まで続くかは分からない。ワレンティア属州を諦めて、二カ国が別の地域に進出するかも知れないのだ。
そうなると帝国が失う領土は属州一つだけで終わらないかも知れない。そうなった時に何が起こるのか。
少なくともワレンティア属州、もしくはその周辺に領土や権益を保持している貴族やその縁者、同派閥の者は黙ってはいないだろうとはベルナール様の言。
だからこそ、この場に集う彼は安易に「私に任せて下さい」とは言わないのだとか。
余りにも難しい状況であるのに、防衛戦である為に褒美として新しい領土を貰える訳でもない。その上、失敗したら激しい突き上げを各派閥から喰らうのが確定している案件だからだ。
「ここはやはり陛下に出て頂くしか……」
だからこそ、こういった意見が出て来るのも至極当然なのだろう。
大半の者が上座でふんぞり返る陛下の様子をチラチラと盗み見ている。そのうちの何人かの視線は後ろで黒猫として控える私に向けられているから、何かやましい事でもあるのかも知れない。
「いや、先ずは黒猫殿に偵察に行って貰うべきでは? 優秀な暗部なのでしょう?」
私を気にしていた人間からの意見。そんなに黒猫を遠ざけたいのか、そこまで露骨だとむしろ徹底的に調べたくなっちゃうのが私クオリティ。
まぁ、命令も無いのに勝手に他人のプライバシーを探るのとか絶対にダメだけど。
「彼女の軍同行は決まっていますのでお気になさらず」
「そ、そうでしたか……」
ベルナール様の一言によって提案者の目が泳ぐ。
まぁ黒猫の上司がベルナール様な訳で、目を付けられたくないのは一緒なんだろうね。
「――そろそろ本題に入れ」
今まで黙っていた陛下の発言により、場の空気が凍り付く。
「やる事は明白だ。敵軍の撃退と反乱の鎮圧、余力があれば逆侵攻――それだけだ」
この場に座る者たちが何か物言いたげな顔をして、けれども意見する事も出来ずに押し黙る。
彼らの顔には「簡単に言うんじゃねぇ」とか「それが出来れば苦労しねぇ」と書いてあるような気がしてくる。
「誰か総大将に立候補する者は居らぬか?」
その問い掛けに応える者は居らず、全員が周囲の者と顔を見合せて無言で譲り合う。
誰もが貧乏くじを引きたくはないのは分かるけれど、これだと普通に話し合っていては何時までも決まらなさそうだな。
時間を掛ければ掛ける程に事態は悪化していくと思うんだけど。
「誰も居ないのであれば――」
その時、部屋の外から凄まじい爆音でテンションの高い音楽が流れて来る。
アップテンポで思わず踊り出したくなるような、喧しすぎて頭が痛くなるような、そんな音楽に小気味の良い足音が追随する。タップダンスって言うんだっけ?
そんな賑やかな騒ぎは段々とこの会議室に近付いて来ており、陛下とベルナール様は疲れたように溜め息を吐き、他の者たちは何かを悟ったかのように遠い目をし始める。
これ、もしかして何も分かってないのは私だけか?
――バンッ!!
いったい何が起きるのかと、警戒して待ち構えていると、勢いよく会議室の扉が開かれ現れた派手な格好をした痩せぎすの老人が大声を発した。
「飯はまだかッ!!」
思わず布の下でポカーンと口を開けてしまう。
老人の派手な格好もそうだが、その発言の内容の意味不明さにも、先ほどまで軽快に音楽を奏でていたであろう楽器隊に手渡しで報酬金を渡した事にも、そして何事も無かったかのように陛下の隣りまでわざわざ椅子を持って来て座った事も、その一連の流れの全てが理解できない。
そして陛下の頬を指で突つきながらまた叫ぶのだ――
「――私の息子を何処にやったッ!?」
その不穏な内容に思わず陛下とベルナール様に視線を送るが、彼らは疲れたように眉間を揉んでいる。
「スヴァローグ、お前に息子は居ない」
「私に息子が居る訳ないだろう? 何を言っている?」
あかん、頭が痛くなってきた。
「スヴァローグ」
「なんだね? 坊やも飴が欲しいのかい?」
「お前を中級大将に降格とする」
「お手」
「下級大将に降格とする」
誰か私をこの不思議空間から助け出してくれないか。
「相変わらずシル坊は生真面目だな。気苦労が耐えなさそうだ」
「ならば少しは余の苦労を減らそうと努力してくれないか?」
「キエッーー!!」
うわっ、ビックリした!? なんで急に奇声を発したのこのオッサン!?
「スヴァローグ、お前を中将に降格とする」
「それで私の敵は何処に居る?」
コイツ、マジで人の話を聞かねぇな。
「ワレンティア属州だ」
「そうかそうか、ではこの娘を借りて行くぞ」
「えっ」
まだ何も返事をしていないのに首根っこを掴まれ、持ち上げられてしまう。
てかガリガリで筋肉なんて無さそうなのに、私を片手で持ち上げる力が何処にあるんだ。
「はァ、仕方ない……スヴァローグ、お前を鎮圧軍の総大将に任命する。暗部の黒猫を付ける故、早急に敵を撃退して参れ」
「おっけー」
返事が軽い。そしてマジで私はこの変なおじさんに同行しなきゃなのか。
まだ軍議の正式な解散を宣言されていないのにも関わらず、遅刻した上に場を荒らすだけ荒らしてスヴァローグ上級大将――改め中将は私を持ち上げたまま会議室を出て行く。
「おいタマよ」
「……それはもしかして私の事ですか?」
「黒猫だからタマだ。お主、暗部のくせに察しが悪いぞ」
「さーせん」
何故か勝手に変なニックネームを付けられ、よく分からないまま叱責を受けている。
「タマよ、三ヶ月で終わらせるぞ。暇を見て都度帰してやるゆえ、偽妃業務はその際にこなせ」
「それは良いですけど――」
あれ、なんでこの人は私が偽妃だって知ってんだ?
「陛下かベルナール様から聞きました?」
「ただの勘じゃ」
「……」
何処まで本気なのか分っかんねぇんだよなこの人。
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