第32話.困った奴


「――どう見る?」


 おそらくこの後で緊急の軍議が開かれるのだろうけど、その前に簡単な情報整理がしたいのだろう。

 伝令が部屋を去った後で短く問い掛けた陛下に対し、私とベルナール様の返事が重なる。


「「狩られてますね」」


 お互いに顔を見合わせ、そしてベルナール様に顎をしゃくられた事で私が説明役をする事になった。


「多分ですけど、反乱軍は最初この二カ国と通じていたと思います。だからこそ初動が早く、最初の伝令を潰す事が出来た」


 予め取り決めでもしていたのか、迅速な連携で都市の制圧と占領、伝令狩りを行う事が出来た。

 反乱軍だけでは伝令を狩るのは難しいが、二つの大国が加われば話は違って来る。

 単純に人手が増えるだけでなく、大国の軍隊にはそれなりのノウハウがある。仮想敵国である帝国の軍隊への理解は、時に帝国軍の上層部よりも深い。

 長年の諜報や研究で帝国軍の動きを熟知していた大国の軍が情報封鎖に協力してくれるのだから、反乱軍は帝国本土から援軍が来る前に速やかに事を起こせたはず。


「けれどそこまでやって、次はこの二カ国が邪魔になったのでしょう。完全に油断し切った彼らを背後から殴り、敢えて情報封鎖を解く。そうする事で帝国本土から軍が派遣され、二カ国に二正面作戦を強いる事ができ、また帝国軍は敵国の撃退が精一杯で反乱の鎮圧まで手が回らなくなる……そんな算段だと思います」


「他国の手を借りた独立は傀儡政権になりやすいですからね、利用するだけ利用して影響を完全に消し去りたかったのでしょう」


 ベルナール様の政治的な観点からの補足に「はぇ〜」などと声を出しつつ、あくまでも推測の域を出ないと念押しする。


「反乱発生から二カ国の侵攻がほば重なっていたこと、効率良く伝令が狩られていた事から反乱軍と二カ国が最初は手を組んでいた、もしくは何らかの密約をしていた可能性は高いとは思います。その後の仲違いの理由は知りませんけどね……ベルナール様の言う通りかも知れませんし、そうじゃない理由かも知れない」


「なるほどな」


「いずれにせよ、事態の収拾を急がねばねりません」


 頭が痛そうに眉間を揉むベルナール様にそっと陛下から頂いたお菓子を渡す。

 目を丸くし、次いで苦笑して私の頭を撫でながら食べてくれた。


「最低でも敵軍を帝国領土から追い出し、反乱軍を鎮圧、そのまま逆侵攻を仕掛けて二カ国と講和する……中々に難しいな」


「下手な者に総大将は任せられませんよ」


「私が出るか?」


「国内の反乱鎮圧ならいざ知らず、他国への遠征は避けたいですね」


「流石に軍隊と一緒に皇帝が長期不在は不味いか」


「えぇ、良からぬ事を考える者が出て来ます」


 ふむ、ベルナール様の目が無いと見て悪戯してしまう私みたいな人間が居るのかな?

 居たとして、私みたいに可愛げのある悪戯ではないんだろうから面倒臭いんだろうなぁ。

 私に任せてくれたら簡単に排除してあげるんだけど、排除したらそれはそれで困るのかなぁ。

 敵味方の、各派閥のバランス取りに苦慮するくらいだし、やっぱり困るんだろうな。


「私の代わりにこの難題を解決してくれる将か……奴しか居ないな」


「あの方しか居ませんね」


 示し合わせたように顔を見合わせ、そして同時に溜め息を吐き出す陛下とベルナール様に首を傾げる。

 多分同じ人物を思い浮かべたんだろうけど、私だけ誰の事を話してるのか全く分からない。


「とりあえずこの後の軍議に呼んでおけ」


「来ますかね? 少なくとも絶対に遅刻しますよ」


「だろうな」


 そしてまた揃って溜め息を吐く。


「あの、誰の事ですか?」


「レイシーはまだ会った事が無かったか? 国内で唯一不敬罪で罰せられた事のある将軍がスヴァローグ上級大将だ」


「……不敬罪で罰せられたのに上級大将なんですか?」


 不敬罪の最高形は死刑なのに、なんで軍を除籍されていないどころかほぼ最高位に居座ってるんですかその人。


「スヴァローグ上級大将は四十六年前に帝国軍に入隊してから二十八回の降格、十一回の除隊、三回の追放、五十八回の勲章褫奪、七回の死刑判決、十一回の懲役刑合わせて百八十三年、十五回の禁固刑合わせて二百十七年、二十回の謹慎、その他諸々の処分を自らの戦功により取り消しや免除、恩赦などを受け、最終的に上級大将の地位に就いている変人です」


「やばっ」


 変人の一言では済ませられないくらい色々やらかしてる人物じゃん、レイシーちゃんの悪戯が可愛く見えてくらぁ。


「本当にその人は大丈夫なんですか?」


「……軍隊を率いれば本当に凄いんですよ、兵士達からの人望も厚いですし」


「なら何でそんなに処分を……」


「時と場所を弁えず、言葉を飾らない人ですからね。特に先帝陛下には嫌われていましたよ」


 御前会議だろうが、外交の場だろうが、大事な式典だろうが関係なく先帝を真正面から批判し、詰り、その度に罰を与えられ、そして反乱や敵国の侵攻が起きる度に恩赦で解放されて将軍に戻されるという事を繰り返していた人物らしい。

 そしてそれは今の陛下の世になっても変わらず、対外的には冷酷無慈悲の魔王で通っている陛下としても、TPOを弁えない言動には罰を与えるしかなく……しかし今回のような事態には必要な人材なので何だかんだ赦しを与えて解放していると。

 しかもそういった言動だけでなく、素でめちゃくちゃ変人というか、日常的に奇行を繰り返す困った人物とのこと。


「なんていうか、めっちゃ扱いづらそうな人物ですね」


「ですが使わざるを得ないほど優秀ではあるんですよ」


「お疲れ様です」


「貴女も他人事ではありませんよ」


 ははーん、さては私と組ませる気だな?


「話を聞いた後だと絶対に嫌なんですけど、意思の疎通が出来るとは思えないんですけど」


「大丈夫です。子どもには甘いですから」


「そういう問題なんですか?」


「ちょっと誘拐する癖があるだけです」


「ヤバいじゃないですか」


 やめさせろよ。


「危害は加えられない筈です。そこは多分大丈夫です」


「猛獣か何か?」


 しかも多分とか、めちゃくちゃ不安になるんですけど。


「今回は敵地に侵入しての情報収集が主になる筈ですので、顔を合わせる時間はそれほど長くならないでしょう」


「うーん、まぁそれなら……」


 それは完全に私の仕事だし、命令されたら断れないし……でもめっちゃ怖いなぁ。


「安心しろレイシー、何かあれば私を頼れ。皇帝が後ろ盾になってやる」


「これまでで一番陛下が頼もしく見えます!」


「……そうか」


「自分も大分不敬な言動を取っている自覚があるんですかね?」


 オラのバックには皇帝さ居るんだべ! 奇人だろうが変人だろうが掛かってきんしゃい!

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