第31話.反乱
「――見ました? 大公のあの顔!」
陛下と全力のイチャイチャ演技で会場を冷えっ冷えにしたのが数分前のこと、今は貴族達を解散させて裏側に引っ込んで陛下とベルナール様と三人で反省会と打ち合わせをしようというところだ。
そこで私は先ほど見た景色を、ものすっごい顔で私と陛下を睨み付けてから去って行った大公を話題に挙げる。
自分の知らないところで企みを潰され、先帝の娘を陛下が冊封するという政治的にインパクトのあるイベントを自分に根回しもなく行われ、子飼いの貴族家も一つ減らされ、その上目の前でイチャイチャ演技という名の茶番を延々と見せ付けられた大公のあの顔よ。
「恐らく次善の策に陛下の妃に親族の誰かを出す提案をして、見掛けだけでも臣従を示しながら現政権下での権力拡大を目論んでいたのでしょう」
「まぁ、陛下と妃がイチャイチャしてるところに出せる提案じゃないですもんね」
嫁とイチャイチャしてる男性に空気を読まず「新しい嫁とかどうすか?」とか聞ける訳ねぇよなぁ……まぁ、空気を読まずにイチャイチャしたの私達の方なんだけど。
あと大臣の後ろでアレン様が相変わらず私を睨んでて気まずかったけど。
やーねー、数日前は一緒に仕事した仲なのにねー?
「我が妃ほど愛らしい者など居らぬからな」
「へいかー? 今舞台裏っすよー?」
なんで私を抱き上げるんですかー? 最近はもうなんか慣れて来ましたけども。
「急に誰か入って来るかも知れないではないか」
「まぁ、確かに緊急の報告とかあるかも知れませんけど……」
「だろう?」
チラッとベルナール様を確認してみれば、頬を引き攣らせながらプルプルと震える手で眼鏡を直していた。
これはセーフなのかな? 好きにさせとけって事? よく分からんから目を逸らしとこ。
「おい」
逸らしとこ。
「それにしても、元ブルニョン伯爵領を何とかしたのは良いが、また新たな空白地域が出来てしまったな」
「ブロン男爵領の事ですね」
「あぁ」
元ブルニョン伯爵領も全てレオノーラ様が統治する訳ではないし、今回極刑に処されたブロン男爵が治めていた領地もまた支配者不在の空白地域となってしまった。
何の旨みもない田舎領地であるため、今度こそ適当な貴族に任せても良いけど、それだとほぼ九割の確率で大公の派閥から出てしまう。
北部地域は大公の影響が根強いため、ブロン男爵領も元々は大公領から分離した領地でもあるため仕方のない事ではあるのだが、それだと自分の影響下の貴族を御しきれなかった大公へのケジメを内外に示せない。
また、大公の影響下にある地域に楔を打ち込む意味でも、陛下の味方でなくとも別の派閥の貴族に任せたい。
そんな思惑が陛下とベルナール様にはあるらしい。色々と考えなきゃいけない人は大変だね。
「リンクベルク公爵か、マルシャル侯爵か、それともロードル伯爵か……いずれかの派閥が望ましいな」
「その中ですとマルシャル侯爵かロードル伯爵ですね。リンクベルク公爵の権勢がこれ以上強まり、敵対するドルレアック大公の発言力が低下し過ぎるとリンクベルクの令嬢の輿入れが決まってしまうかも知れません」
「それは避けたいな」
明確に敵対するドルレアック大公の発言力が低下し、味方寄りの中立であるリンクベルク公爵が大きくなるという、単純に聞けば「別に良いじゃん」と思ってしまう事でも陛下やベルナール様の意見は違うらしい。
結果として敵が弱まり、味方が強くなるだけでも、バランスを取らねば政治は務まらぬというから頭が痛くなる。
陛下もベルナール様も、まだまだ若い筈なのに大変だなぁ。
「おい、早くも他人事の顔をしているぞ」
「……この子は昔っから政治や人の機微を察するというのが苦手でして、専ら暗殺や工作、情報収集ばかり上手いんですよ」
「なるほど、難しい事は……余計な事は考えずに命じられた事だけを忠実に遂行するのだな」
「そうとも言えますね」
お? 何やらレイシーちゃんの話をしてます?
「ほーれ」
「むぐっ……美味しい」
後ろを振り返ったら口に焼き菓子を突っ込まれ、仕方ないのでそのままモグモグ食べる。
やはり皇帝陛下が頂く物だけあってめっちゃ美味しい。
「……何の警戒心もないな」
「毒が入っていようが、泥に塗れていようが食べますよ」
「食べさせたのか?」
「勝手に拾い食いするんです」
「本当に野良猫みたいだな」
飲み込んだと思ったらまた口に入れられ、様々な味のバリエーションに感動を覚えてしまう。
「何だか見てるこっちが脱力してしまうな」
「引っ張られないで下さいね」
「分かった分かった。……元ブルニョン伯爵領の残りはマルシャル侯爵に、元ブロン男爵領はロードル伯爵に人選を任せよ」
「御意」
追加分を飲み込むと同時に口の周りを拭い、そして陛下の胸に手を置いて枝垂れかかる。
「お?」
目を丸くする陛下と目が据わるベルナール様に視線だけで「違う違う」と伝え、そっと部屋の扉を見る。
それだけで全てを察してくれたのか、陛下は私の頬を愛おしげに撫で、ベルナール様は簡単に身嗜みを整えた。
「お休みのところ失礼いたします! 緊急のご報告です!」
「入れ」
ドアをノックする音に続いて、焦ったような兵士の声。
陛下が許可を出すと勢いよく扉を開き、入室すると同時に跪く。
まさか本当に緊急の報告が来るとはなー、などと呑気に考えつつベルナール様に「聞いても良いのか」と視線で問えば「構わない」と返ってくる。
これはあれだな、内容によっては私を働かせる気だな。
「ワレンティア属州で反乱が発生! 総督府は撤退! その隙を突いてシバ将国とロムルス連邦が属州を得んと進軍! 反乱軍が両軍を撃退して睨み合いが続いております!」
う、うーん? なんだ、その変な状況は?
というか報告の第一陣が届く前に色々と起こり過ぎじゃない?
「なぜ反乱が起きた時点で報告を出さなかった?」
「……は? 私で五人目ではないのですか?」
「……お前が一人目だ」
あちゃー、これはあれだね、情報封鎖されちゃってるね。
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