第30話.冊封
「――以上を以て、ブロン男爵を極刑に処す」
陛下の御前に引き摺られて現れたブロン男爵の口は塞がれており、それは勝手な反論も釈明も許さないという上層部の意思の現れである。
そしてこの国に於ける極刑とはただの死刑ではなく、激しい拷問と凌辱によって衰弱死するまで追い詰めるという意味を持つ。
それを言い渡された男爵の顔は絶望に染まり切っており、悲壮な目でこの場に居並ぶ貴族の列から一人の人物を――ドルレアック大公へと助けを求め続けていた。
「連れて行け」
「〜〜!」
最後まで足掻き、大公へと何かを訴えかける男爵ではあったが、当の大公本人は素知らぬ顔で周囲の貴族達と「馬鹿な事をしたものだ」などと会話していた。
気配を消し、気付かれないようにこの場の貴族達の動向を探ってはいるけれど、やっぱりボロを出すような愚物はこの場の高位貴族には居ないっぽい。
やはり先々帝の兄であり、先帝の後ろ盾でもあっただけあって大公は狸だね。
「続いて支配者空白の領地について」
その言葉が響くと同時にざわめきがピタリと止む。
「レオノーラ皇女殿下は前へ」
先日救出したばかりの作家先生が静々と陛下の前に出て、そして跪く。
救出直後の狼狽えようや、陛下やベルナール様と久しぶりに顔を合わせた時の死にそうな表情などは既になく、そこにあるのは一人の帝室として威厳と誇りのある面差しだった。
ポンコツな部分しか目に入っていなかったから、そんな顔もできるんだとちょっと不敬な感想を抱いてしまう。
「お前を臣籍降下させ、新たにヴァレット公爵家を創設する事を許す。領地はヴァレリア地方を与える」
「謹んで拝命致します」
ヴァレリア地方とは元ブルニョン伯爵領の一部であり、レアメタルの産出地域でもある。
自分の派閥の人間に戦略資源を握らせる事が出来る上に、政治的にも意味を持つこの采配に陛下だけでなくベルナール様も心做しかいつもより笑顔な気がする。
そして本当に一瞬だけ、微かにだけどドルレアック大公の表情が崩れた。
それもそのはず、先帝陛下の一人娘を陛下が冊封する事には多大な意味がある……らしい。
政治的なあれこれはよく分からないけど、これで先帝を支持しており、陛下に反発心を持っていた貴族達の心は大分折られるとの事。
レオノーラ皇女――じゃなかった、レオノーラ公爵が帝室の血を引く他の高位貴族家から婿を取れば、まだ陛下から玉座を奪い返せるチャンスはあった。
しかしレオノーラ様本人がそれを拒絶した為、彼らはレオノーラ様を然るべき時になるまで拘束しておく必要があった。
陛下を追い落とす準備ができた時、レオノーラ様を無理やり娶っていずれかの先帝派の公爵以上の貴族が即位するという筋書きだ。
それまでレオノーラ様の存在は陛下に隠し通さなければならないし、世間に認められる様に正式な婚姻を結ぶまで清らかな身体で居て貰わなければならない。
だからこそ、大公は今周囲を抜け目なく観察している。誰がブロン男爵と自分の繋がりを陛下に暴露したのかを探るため。
レオノーラ様を奪い返されたという失点は、同派閥の貴族によるものと彼は考える……何故なら彼らは味方であると同時に、同じ玉座を狙う敵でもあるからだ。
まぁ、つまりは玉座の奪還も簒奪も、今この時を以て非常に難しくなったという事だね。
ベルナール様から丁寧に説明されたお陰で何となく理解できたけど、理解できたが故にやっぱりまだまだ陛下の敵って国内に多いんだなと溜め息せざるを得ない。
そしてそういった事情を頭に入れて周囲を見てみると……安堵している人も居れば、苦々しい顔をしている人も居て、そういった微妙に表情を隠せない人達の交友関係を探れって事なんだろうね。
「新しい貴族の誕生に祝福を!」
次の一手を、これからの展開を考えながら各々が拍手を繰り返す。
様々な思惑の入り交じった祝福の中を、レオノーラ様は笑顔で退場していった。
「……さて、私もお妃様に戻るかな」
私にとって話が難しい上に、妃へのヘイトが向かい過ぎるこの場でイチャイチャ演技をするのはリスクが大き過ぎたけど、それらが終わったら周囲を脱力、ないしは油断させる為に盛大にやれって言われてるんだよね。
気は進まないけど、上からやれと言われれば逆らえないのが暗部所属の悲しいところだ。
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