第28話.救出


「黒猫殿、此度は一緒できて嬉しく思う」


 そう言って手を差し出すのはアレン・ロードル二等補佐官である。

 いつも通りの生真面目な顔に、何処か尊敬が見え隠れする眼差しを送ってくる彼にビビりながらも握手をしてやる。

 その途端一瞬だけとても嬉しそうな表情を浮かべ、続いて怪訝な顔をする彼に首を傾げる。


「……意外と小さい?」


 小さいお手てで悪かったなこの野郎。

 こちとら幼少期まで栄養不足だった上に、この歳まで厳しい訓練漬けでまともな生育環境になかったんだよ。


「すべき事は」


「承知しています。黒猫殿が救出後、私は速やかに貴人を連れて離脱します」


 にしてもコイツ、陛下とベルナール様がが重用するだけあって本当に優秀なんだな。

 こんな秘密裏の任務に同行するだけでなく、専門外の仕事に対して文句一つ言わず、それどころかきちんと理解して予習復習バッチリしてるんだもんな。


「よろしい」


 今回の任務は男爵邸の裏山にアレン補佐官を待機させ、私が潜入。

 陛下の姪っ子さんを連れ出す事が出来たら即座にアレン補佐官へ預け、私はとんぼ返りで証拠の隠滅、または陽動に従事する。

 流石に護衛対象を連れたまま痕跡を一切残さず逃げ切る、なんて私でも無理だからね。


「では行ってくる」


「お気を付けて……あの妃にもこのくらいの優秀さがあれば」


 後半の小さな呟き、本人の耳に入っとるからな。






「やっぱり不自然なくらい厳重だな」


 ただの田舎貴族の屋敷にしては見回りの数が多く、犬まで連れて歩いてる。

 二階から上の窓にはもれなく鉄格子が付いてるし、敷地を囲う塀に反しが付いてるのは良いとしても、外側じゃなくて内側に付いてるのはどうよそれ。

 男爵がビビりなのか、作家先生を逃がさない為なのか分からないけど、ここまで厳重だと何か隠している事が容易に察せられる。


「ま、この程度なら朝飯前なんですけどね〜」


 さっさと敷地内を突っ切り、見回りの交代を見計らって裏口から屋敷内に侵入、そのまま前を歩く兵士の死角を縫うようにして横を通り過ぎる。

 アンゲリカ様から教えられた物と屋敷の間取りはそんなに変化はしていないみたいなので、常に自分の位置を把握しつつ階段を登っていく。

 最上階の三階に辿り着いたところでそっと気配を探ってみれば、女性が一人だけの部屋、その部屋の前に陣取る二人の成人男性、女性の部屋の両隣の部屋にも何人か人が詰めているのが分かる。


 やっぱり見張りが厳重だな。扉の前だけでなく、両隣の部屋からも監視されているのだろう。

 女性を助け出すには、先ずはこの階に居る全ての人間を秘密裏に行動不能にしなければならない。


「――ま、やってやれない事はないけど」


 即座に気配を極限まで消し、壁の僅かな凹凸を頼りに指の力のみで天井まで這い上がる。

 踊り場の天井から三階通路まで進み、暗闇の中を慎重に這って進み、人間の死角である真上から見張り二人へと奇襲――意識を奪い、そっと音を立てずに床へ寝かせる。

 続いて隣の部屋の扉をノックする。


 ――コンコン


『あ? 交代にはまだ早ぇぞ』


 ――ガチャ


 扉が開かれると同時に跳ね起きるように男の鳩尾へと鉄板仕込みの拳を、音が出ないように、衝撃を全て逃がさないように、訓練された通りに抉り込む。

 白目を剥いて意識を失った男性をその場で支えながら姿を隠す壁として、懐から取り出したゴム弾を室内の起きている人間のこめかみ目掛けて指弾で射出する。

 扉を開けた男性を素早く寝かせながら、ゴム弾で意識を刈り取った者たちが床に倒れ込んで音を立てさせる前に無音で駆け出す。

 傾いた彼らの身体を支えて勢いを殺し、ゆっくりと寝かせる。


「……」


 周囲を確認し、ゴム弾で気絶させた一人が覗いていた物を確認すれば……隣の女性の部屋を見る事が出来た。目標の人物はまだ起きているらしい。

 それが確認できたところで、室内で睡眠作用ある香木を焚き、逆隣の部屋へと赴く。

 先ほどと全く同じ手順で室内の人間を無力化したところで、堂々と真正面の扉から女性の部屋へと足を踏み入れる。


「誰!?」


「騒ぐな、陛下の使いだ。お前を救出に来た」


「……うそ、本当に?」


 机の前で何かを一心不乱に描きまくっていた女性は、確かに陛下と血の繋がりを感じさせた。

 天窓から差し込む月光に照らされた彼女の紺色の髪は、陛下の黒にとても近い色合いをしていて、何よりも暗闇で妖しく光る瞳が全く同じだった。


「あぁ、お前の暗号にベルナール様が気付いてな」


「ほ、本当にあの馬鹿げた作戦が成功したと言うの……」


 その思わずといった様子で漏れた呟きに、馬鹿げた作戦という自覚があったのかと呆れた目になってしまう。


「馬鹿げた自覚はあったのか」


 やべっ、思わず声に出ちまった。


「いや、なんていうか、その……当時は自暴自棄になっていて、ノリと勢いというか……ただ息抜きの娯楽が欲しかっただけというか、小さなお友達の厚意を無碍に出来なかったというか……」


 うわっ、凄い勢いで言い訳しだした。


「はっ! 待てよ、作戦が成功してしまったという事はアレが本人達の目に――あぁ〜! 死にたい死にたい死にたい!」


「ばっ! まて! 静かにしろ!」


 急に頭を掻き毟って叫び出す彼女の口を急いで抑え、落ち着けと宥めてみるも……死んだ魚の目をしたまま元に戻らない。


「お前、本当に皇女だったのか?」


「殺せ……いっそ殺してくれ……」


「おーい、レオノーラ皇女殿下〜?」


 耳元で名前を呼んであげればビクッとして瞳に僅かながら生気が戻る。


「久しぶりにその名前で呼ばれたわ」


「……意識が戻ったならいい。ここから脱出するぞ」


「……わかったわ」


 動き易いようにレオノーラ皇女をおんぶで抱え、布で落ちないように縛る。

 耳元から聞こえる「いやいや! 本人達にどんな顔で会えば良いのよ!」という駄々が非常に五月蝿い。

 一応小声で呟く程度に抑える自制心はある様だけど、周囲の音が探りづらくなるからマジで勘弁して欲しい。

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