第27話.情報提供
「さて、ではそろそろ私は政務に戻るとしよう」
「結局居なくて残念でしたね」
「……そうだな」
あれから色んな場所を見て回ったけど、秘密の恋人達とやらは見掛けなかった。
定期的に庭師以外の人間が訪れている痕跡はあったけど、生身の人間はついぞ見付からず残念である。
あーあ、妃演技の参考にでもなるかなって思ったのにな。
「それでは、
「任せて下さいな」
途中から私たちを尾行している存在に陛下も気付いていたらしい。
まぁね、動きも素人のそれだったし、尾行っていうより話し掛けようとして、やっぱり止めて、を何度も繰り返しているような感じだったしね。
恐らく用があるのは私だけど、陛下とイチャイチャしているから邪魔しちゃ悪いとでも思ったのかもしれない。
「お妃様、こんなところに居たのですか」
陛下を見送って少しその場で待っていると、意を決したようにその相手が話し掛けて来た。
「あら、アンゲリカ様? どうかなさいました?」
「あ、いえ、お妃様が戻って来ないので様子を見ようと」
「それは申し訳ございませんわ、お客様方を放置してましって……」
「いえいえ、そんなに時間も経っていませんので構わないでください!」
実際に席を立ってから五分も経ってないし、お茶会はまだまだ続くから直ぐに戻ればそこまで礼を失する事もないだろう。
でもそれにも関わらず、陛下と消えた妃を追って来たという事は――
「あの、お妃様は情報提供の件を聞き及んでおりますか?」
まぁ、妃の私に用があるとすればそれだよなぁ。
「えぇ、聞き及んでおりますわ」
「私が情報提供する前に、陛下とベルナール様は作者の事をどのようにお考えかお聞きしても宜しいでしょうか?」
緊張に震える声による問い掛け、恐怖が見え隠れする面持ちで口を固く結んで私の答えを待つその様子から、これが彼女にとってとても重要な質問だと分かる。
百戦錬磨の古狸と日々舌戦を繰り広げている陛下とベルナール様本人に尋ねても、その本心なんて小娘には推し量れない。
だからこそ、二人と近く、それでいて腹芸なんて出来なさそうな妃にこの件に対して二人がどんな様子か尋ねたいと。
けれどもまぁ、これは言い方を悪くすれば陛下が退けた先帝の娘を匿い、情報提供するにも人を間に挟み、かと思えばその人物に陛下の考えを聞き出そうとするって事で……かなり危ない橋を渡る行為だ。
「陛下とベルナール様は作者の方を保護したいとお考えです」
「……それは、本当に? 処刑するつもりではなく?」
初対面の時にも思ったけど、この子ったら変なところで度胸が凄いな。
「これは内密の話なのですけれど、陛下が今の地位に就いたのは、その作者様による呼び掛けがあったからというのも大きいんですよ」
「まさか……」
「本当ですよ。なので安心して話してください」
ケケケ、これで貴様も一蓮托生だぁ!
一応信頼を得られるようにと、話しても良い許可は取ってあるけど、この知らない方が身のための情報をお前にもくれてやる!
「それなら良かっ――あれ?」
安堵したようにホッと息を吐き、ついでこの情報の危険度に気付いたのか徐々に顔色を悪くさせるアンゲリカ様に「これで仲間だね」という意味も込めて手を握る。
「さぁ、今は他に誰も居ません。話してください」
「え、あ、はい」
「――つまり、アンゲリカ様が出会えたのは偶然であると」
「はい」
アンゲリカ様と作者の出会いは全くの偶然だった。
数年前に北部の避暑地へと訪れた際に、大人の目を掻い潜って一人で冒険していた彼女と、軟禁されていた部屋から顔を出していた作者と目が合いその場で意気投合。
作者の境遇を知ったアンゲリカ様が何とか手助けしようとするも、あまり良い手が思い浮かばない。
何度も作者の部屋の窓に近い木に登り、小声で話し合うも最終的には趣味の話に逸れてしまう。
「そこで閃いたのです――趣味の本に暗号を仕込むのはどうかと」
「そこがよく分かりませんわ……」
どうしてそこで「よし! 陛下とベルナール様の濡れ場を描こう! そこに暗号を仕込もう!」になるのか分からない。
もっと他にやりようがあったと思う。その場でメモを渡すとかさぁ。
「男爵様は北の大公家の完全なる言いなりで、メモ用紙になり得るような物は渡されておらず、私が持ち込もうにも当時の私は大の勉強嫌いで……」
「あー、まぁ、タイミングが悪かったんだね」
「はい、なので陛下とベルナール様の濡れ場を描いてはどうかと」
「やっぱり分からない」
分からん、さっぱり分からん……彼女達の思考が読めない。
「その、普段は喋る事も許されない作者様ですが、陛下やベルナール様の悪口なら発言を許可されていた様です」
この情報だけで男爵が私怨たっぷりの馬鹿って事は分かった。
後はそうだな、親分である大公家に対するおべっかもあったのかな。
「なので、陛下とベルナール様を侮辱する内容の本を描けば外に流出させる事も出来るのではと……後はまぁ、ずっと自由な発言も許されない軟禁生活に少しでも楽しみをと思いまして」
事実として、開き直ってあの小冊子みたいな物を監視されながら作成したら「そこまでするのか……」とドン引きしつつも、陛下達の評判を落とせると男爵自ら率先して流出させたらしい。
「うーむ、一から説明されても何で成功したのか分からない作戦だ……」
「そこはほら、私達の情熱の勝利ですわ!」
そっかぁ、情熱の勝利なら仕方ないね。
「それで、もしも仕込まれた暗号に気付いた方が居たら私が見極める事になりましたの。あの暗号に気付けるのは陛下やベルナール様以外にも複数人居らっしゃる筈ですから、彼らまで味方なのかも分からないので」
後半の「陛下の味方には、先帝の血筋を絶やすべき」という意見をお持ちの方も居るというのには納得した。
けれど、彼女が見極め役を買って出た理由が分からない。
「どうしてかしら? 悪いけど、適任とは思えないわ」
あくまでも中立という実家の関係から陛下やベルナール様本人であっても、本当に作者を救ってくれるのか信頼関係が築けていない。
今も陛下とバチバチにやり合っているであろう、父親のマルシャル侯爵と違って腹芸が出来る訳でもない。
優れていると言えるのは、下手したら自分が不敬罪や反逆罪を疑われて死ぬかも知れないのに、たった一回か二回しか会った事のない友の為に身体を張る友情と度胸だけ。
そんな彼女が、見極める役に適任とは口が裂けても言えない。
「その通りです。適任だから選ばれたのではなく、私しか選択肢が無いから仕方なくというだけなのです」
「他に協力者は居ないんですか?」
「お父様にもバレたらいけませんもの、居ませんわ」
「なるほど」
本当にダメでもともと、気付いて貰えると良いなぁ、バレたら死んじゃうなぁ……そんな穴だらけの作戦しか彼女達には実行できなかったのだろう。
自らの力で動かせる物は殆ど何も持たない小娘二人だけで、むしろよく陛下達に届けられたなという感心すら抱いてしまう。運が良かったとしか言い様が無いけれど。
「事情は分かりました。その作者様は男爵領に居るので確定ですのね?」
「恐らくは……今も彼女の小冊子が流れるのは男爵領からですわ」
「分かりました。では今夜にでも陛下とベルナール様にお伝えしておきますね」
「どうか、よろしくお願いいたします」
私に対して深々と頭を下げるアンゲリカ様を見て、もしかしたら長期出張になるのかなと遠い目をしてしまう。
ただまぁ、こんな手段しか取れないくらい切羽詰まってたんだろうし、ちょっと頑張るかな。
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