第26話.はマジ?
宮廷の中庭で開催されている大規模なお茶会に参加している私は、まだ開始からそれほど時間も経っていないのに既に帰りたくなっていた。
「私の家に任せて貰えれば――」
「本来ならばあの領地は我が家の――」
「妃様とは仲良くなれると思っていて――」
まだ前の人の話が終わっていないうちから次々と声を掛けられ、誰が何を言っているのか把握が困難で適当な返事が出来ないというか、把握しても返事をする暇が無い。
誰か一人の話に集中しようとすれば残りの者が一斉にそれを妨害しようと、あの手この手で私の気を引こうとする。
本来であれば数十人の話を一斉に聞き分ける事など造作もないのだが、この場に居る全員が同じ事を――領主が空白となった元ブルニョン伯爵領を得ようと似たようなアピールを間断なくするものだから誰が誰やらで。
「皆さまの熱意はしっかりと伝わりました」
「では……」
「えぇ、こんなにも多くの方々が陛下のお役に立とうと張り切っていたとお伝えしておきますね」
その場に居並ぶ全員の顔に「そうではない」という不満が浮かぶ。
その他大勢ではいけない。何処そこの誰々が……そう、陛下に特定の家や個人を推して貰いたいのだからさもありなん。
でもごめんなさいね、私の一存で勝手な言質は与えられないの。
「――ぽっと出の女が随分と調子に乗っているようね」
多くの人間の話し声が飛び交うこの場に於いて、その声はやけに大きく響いた。
途端に止むざわめき。誰もが緊張した様子で周囲を盗み見て、そして声の主にそっと視線を向ける。
わざわざ顔を動かさずとも大勢の意識が何処を向いたのかなんて、私はすぐに把握できてしまう。
おそらく声の主はリンクベルク公爵家の令嬢――ディートリンデ様だろう。確か陛下とも遠い親戚だったはず。
「何処の出かも分からない、実家の後ろ盾も無い貴女がどうやってシルヴェストル様に取り入ったのかは分かりませんけど、政治にまで口出しできるほど偉くなったと勘違いするには早すぎるのではなくて?」
えっーと、つまりお飾りの妃が陛下への窓口として機能しているのが気に食わないと。
現にこうして大規模なお茶会を開いて、様々なご婦人や令嬢方と駆け引きめいた事をしているのを見れば、調子に乗って野心を持ったと思われても仕方ないかもね。
本来ならばこの国で正室でも側室でもない、何の権限も持たないただの妃は後宮に閉じ込められるだけだから。
まぁ、あまりにもお茶会やらのお誘いが多すぎて「何とかいっぺんに! せめて回数を減らせませんか!」とベルナール様に泣き付いた結果の苦肉の策がこの大規模なお茶会なんだけど。
「いずれ私は陛下の正妃となる。その時になってもただのお飾りの妃が出しゃばると邪魔なのよ」
「そう言われましても……」
はてさて、どうやって返すのが正解なんだろうか? リンクベルク公爵家は味方寄りの中立だから、あんまり陛下の妃が派手に言い返して関係悪化しましたーとかになったら困るんだよね。
さりとて、ここで何も言い返さず舐められるとそれはそれで色々と危うくなって困るんだっけ。
かっー! お貴族様の社交ってのはめんどくせぇなー! 勝手に弱みとか握って脅すのってダメですかね。
「誰を選ぶかは陛下のお心次第でしてよ、リンクベルクのご令嬢」
「アンゲリカ様」
と、ここでまさかの援軍である。アンゲリカ様はマルシャル侯爵家の令嬢で、あの例の小冊子を私に手渡し、何やら陛下の姪っ子の居場所を知っていそうな方だ。
確か妃様に――今の私になら情報提供できるとか言っていたけど、まさかこんなところで味方してくれるとは思わなかったな。
「陛下なら私を選んでくれるという確信がありますわ」
「あら、随分と過剰な自信がお有りですのね」
「陛下の治世を支えるのに我がリンクベルク家の力は必要不可欠。賢い者なら当然理解していますわ」
「なるほど、お妃様と違って自分の魅力に自信がございませんのね」
「なんですって!? 口を慎みなさい!」
さーて、と……どうしたものかな?
この口論をこの場の上位者として仲裁しなければならないんだけど、そのバランスが難しい。
味方してくれたアンゲリカ様に対する配慮は勿論のこと、敵対したディートリンデ様を蔑ろにし過ぎれば器が小さいと見られて角が立ってしまう。
そして身分の高い二人の口論に困っている他の方々の為にも、なるべく早く仲裁しないといけなくて……うがっー! こんなん私の仕事じゃねー!
「――私の妃を困らせるのは何処の誰だ?」
この場において、絶対に聞こえてくる筈のない低い声に思わず凄い勢いで振り返ってしまう。
「へいか?」
「シルと呼べと言ったであろう」
なんで貴方がここに居るの? という驚きを無理やり呑み込んだ私の唇をそっと指で撫で、何処からそんな声を出すんだというくらい甘ったるい声を耳元で出されて――なるほど、任務の演技をしろという事だな? 大天才のレイシーちゃんは気付く。
「あっ、えと……シル様が何故ここに?」
「ここ最近はあまり落ち着いて話せなかっただろう? お前の顔が見たくてな」
「嬉しいです。……私も、シル様に会いたかった」
私の頬を撫でる陛下の手に、自らの手を重ねて淡く微笑んで見せれば周囲から黄色い声が上がった。
よしよし、バカップル演技は上手くいっているようだな? ケケケ。
「それで、私の愛おしい妃を困らせたのは――其方らか?」
「め、滅相もございません!」
「私はただお妃様の味方をと!」
「ほう?」
ディートリンデ様が余計な事を言うなとアンゲリカ様を睨み、直後に陛下から視線を向けられて顔色を悪くする。
なに大事にしてんねんという陛下へのツッコミと、顔色がコロコロと変わるディートリンデ様おもしろっという感情が混在して気を抜くと口元がニヨニヨしちゃう。
「シル様、なんでもありませんわ」
「良いのか?」
「これは私が楽しいお茶会の席での戯れですわ、私は何も困っておりません」
席を立ち、背後にアンゲリカ様とディートリンデ様を隠しながら陛下と向き直る。
ここでリンクベルク公爵家やマルシャル侯爵家と関係が悪化したら困るのは陛下、ひいてはその後始末に忙殺されるベルナール様だ。
陛下はグチグチと嫌味を言われるだろうし、私だって八つ当たりされたり、馬車馬のように働かされるかも知れないのだから、この程度の事は気にしなくて良いのだ。
「……ふっ、そうだったな、お前は私の腕の中で守られてくれるような弱い女ではなかった」
「わっ! 陛下!」
そんな事を言いつつ急に私を抱き上げるのは何故なんですか?
今は妃モードだから、分かってても避けられないんですよ! 周囲から不審に思われるから!
「すまないが、少しの間だけ借りて行くぞ」
「へいっ、シル様! お客様方を放置しては!」
「私の短い休憩時間の間だけ付き合ってくれ。それくらいならば、お前達も許してくれるだろう?」
「え、えぇ! それはもちろん!」
私が返事をするよりも先に、周囲の方々が口々に許可を出していくのが解せぬ。
まぁ、陛下から頼まれたら断れないっていうのもあるんだろうけど、皆の目が異様に輝いてるのが理由が分からなくて怖いんだよね。
「……陛下、急にどうしたんですか?」
「いやなに、マルシャル侯爵の娘を一目確認しておきたくてな」
「あぁ、なるほど……でもそれなら私を連れ出す必要もないのでは?」
お茶会の会場から離れ、中庭から一旦建物を突っ切って裏庭まで来る必要が何処に?
てかなんだこの道……裏庭にこんな場所があったんだ。
「お前の顔が見たかったというのも本当だぞ?」
「はいはい、今は演技を見せる相手も居ませんよ」
ほほう、生垣が複雑な迷路のようになっているのか。色とりどりの花も咲いてて飽きない道だ。
「なんだ、お前は知らんのか?」
「知らないって、何がですか?」
この隠れた名スポットに何か秘密でも――はっ! もしかして陰からベルナール様が抜き打ちチェックでもしているのか!?
「……ベルナールは見てないぞ」
「なぁんだ」
突然周囲をキョロキョロし出した私へと、心底呆れたような視線を向けながら陛下が言う。
よく私の思考が読めましたね、なんて言いつつそっと口笛を吹いてみたり。
「実はな、ここは――」
秘密を共有するかのように、声を潜める陛下に合わせて私も顔を寄せて耳を寄せる。
「秘密の恋人達の待ち合わせや、逢瀬に使われる場所らしい」
「はマジ? じゃあ今も秘密の恋人が居るかもじゃん! 出歯亀しようぜ!」
「……」
「ほら早く早く! 陛下も一緒に探しましょう!」
何だか凄く残念な子を見る目で見られている気がするけど、何だかんだ陛下も付き合ってくれたので気のせいだな!
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