第25話.姪っ子
「――との事らしいんですが」
とりあえず「返事を貰って来るまでに余計な事をしたら小冊子をコピーしてばら撒く」と脅しを掛けてから、ベルナール様の元へととんぼ返りしたのが今である。
そして後になって「この脅しで一番困るの陛下とベルナール様じゃね?」と気付いてしまったのは秘密である。
バレたら絶対に折檻が確定する最重要機密に指定し、墓場まで持っていく所存。
「困りましたね、アナタが余計な事を知らなくて良いのですが」
「んなこた言われっでも、オラだって困るだぁよ」
「なんですか?」
「なんでもないです」
なんでもなくはない。ベルナール様が私は別に知らなくても良い事と判断しているのなら、私は本当に知らなくても良いんだろう。
暗部に所属している身からすると、そんな知らなくても良い情報を知らされてしまう方がよっぽど困る。
「――拷問でもしますか」
「マルシャル侯爵が黙ってないと思いますけど」
いや別に黙らせる事の出来る弱みの一つや二つ握って来いって言われれば、そりゃあ命令に従って探って来ますけどね。
「冗談ですよ。マルシャル侯爵は数少ない『敵ではない』と確認できた貴重な大貴族ですからね」
「味方な訳でもないところに涙が出てくらぁ」
「お黙りなさい」
無言でお口にチャックのジェスチャーをして静かに控える。
「仕方ありませんね、偽妃に出張って貰いましょう」
「えぇ……」
「嫌そうな顔をしない」
だって私が知らなくて良い事まで知っちゃうんでしょ? それにまた「べるしる」だの「しるべる」だの意味不明な単語を捲し立てられるんでしょ?
「い、嫌すぎる……」
「遂に声に出したなコイツ」
今まで出すとしても顔までだったもんね……
「まぁ、別にそこまで大袈裟にする程でもないんですけどね」
「なんでぃ、驚かせやがって」
「一応言っておきますけど、私は貴女の上司ですからね」
「すいません」
割とガチトーンで叱られたので本日二度目のお口にチャック。
「知らない方が良いっていうのは貴女を余計な政争に巻き込みたくはなかったというだけで、巻き込まれてくれるなら便利なので働いて下さい」
「鬼! 悪魔! ベルナール様!」
弱気にならないで! もっとその親心を貫いて! 娘をもっと大事にしてよ! 大丈夫大丈夫! 母は強しだから!
しかし私の想いも虚しく、返ってきたのはバチくそ痛い拳骨だった。
「マジで痛い……」
曲がりなりにも痛みに対する訓練を積んできた私が悶絶するって、マジでどんな拳をしているんだこの人。文官じゃなかったのかよ。
「さて、では真面目な話をします」
「はい」
拳骨を落とされ、未だにヒリヒリと痛みを主張する頭頂部を撫で擦りながらベルナール様の言葉を待つ。
「陛下が自らの兄を排して皇帝に即位したのは知っていますね?」
「はい」
陛下が齢十五の時に先帝陛下だった兄君を武力でもって排し、そのまま玉座に就くやいなや半ば内乱状態だった国内を自ら軍を率いて再統一した傑物だというのは有名な話だ。
暗部じゃなくても、一般人だって当然のように知っている。この国の英雄だし。
「その先帝陛下には現皇帝陛下とそう歳の変わらない娘が居ました」
「おっと?」
「圧政を敷く父君に嫌気が差し、圧政に苦しむ民に心を痛めた彼女からの呼び掛けに応じてシルヴェストル陛下は蜂起なさったのです」
「わお」
あれ、これって……本来なら極限られた一部の人間しか知る事の出来ない裏側なんじゃない?
これマジで私が知らなくて良い情報じゃん、冗談抜きで知って得する事ないよこれ。
「しかし帝位を巡るゴタゴタで彼女の行方が分からなくなりました」
うーん、争いに巻き込まれて死んじゃったとかかなぁ?
私はまだ修行中だったけど、ベルナール様とか周囲の雰囲気がとても慌ただしかったのは覚えてる。
「落ち着いてから手を尽くして捜索しましたが見付けられず、生存を絶望視していたところにあの小冊子です」
「全然意味が分かりません」
話が繋がらない。なんで行方不明の陛下の姪っ子さんと小冊子の話が同時に出るの? 繋がってるのは陛下とベルナール様だけだよ。
「あの小冊子には私たちと密かにやり取りしていた際の暗号、符牒などが使われていました」
「マジで? 中身のインパクトが凄すぎて全然気付かなかった……」
「私と陛下の不祥事が堂々と描かれていますからね、先ずそこに驚いて不自然な言い回しなどに気付けないのでしょう。貴女もイラストを直視できなかった様ですし、かなり有効な手だったと評価できます」
「なんか悔しい」
ただ今絶賛売り出し中の凄腕暗部こと黒猫ちゃんが、こんな手に……インパクトのあるモノに視線を誘導させて、隠したい部分から目を逸らさせる簡単な手に引っ掛かるなんて悔しい。
なんだろう、凄くとても悔しい。語彙力が無くなるくらい悔しい。確かに陛下とベルナール様のゴニョゴニョには驚いちゃって直視できなかったけど、まさかそんなしっかりと確認すれば何かしらの符牒かもと気付けたかも知れないなんて。
流石は陛下の姪っ子さんである。次は負けない。
「まぁ、彼女の趣味も多分に含まれているでしょうが……」
「……」
ついでとばかりに付け足された情報に思わず真顔になる。
「コホン! とりあえず彼女の手掛かりが簡単に得られるのでしたらそれに越したことはありません。マルシャル侯爵令嬢の言う通り、偽妃として情報を得てください」
「了解しました」
「お茶会も忘れずに」
「……うす」
次回のお茶会はまともな物でありますよーに!
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