第24話.侯爵令嬢


「さて、作者を探すとしますか」


 偽妃からただ今絶賛売り出し中の黒猫へと戻り、改めて小冊子を見聞する。

 使われている紙の材質から産地は帝国の北部だと推定、同時にインクの色合いから原材料は北部にある一部の山岳地帯からでしか採れない物であると判明。

 芸術についてはさっぱりなので作風や画風から作者を特定する事は出来ないが、小冊子を構成する物質から居住地を絞り込む事は出来る。


「北部の男爵領が怪しいかな?」


 帝都なら国中の品が揃うので偽装目的で特定の地域原産の物で固める事も出来るけど、そんな事をせずともバラバラの産地で作ってしまえば特定は困難になる。

 またブラフにするにしても、どのみち帝都中の店舗で北部産の紙とインクの購入者を調べるだけなので、むしろ身バレに近付く。

 これらから推察するに、この小冊子の作者は北部産の紙とインクしか手に入らない環境に居るという事になる。


「北部の大貴族の所領や、交易の拠点になり得る都市や街、村を除くと……必然的に男爵領になるんだよね」


 大貴族の領地は言わずもがな、交易の拠点として様々な物が集まる地点では他の地域の紙とインクを手に入れる事も出来るかも知れない。

 紙とインクが北部産の物しか売っていない店を総当りして、それらの記録から取引量の多い順から探って行けば良いだろう。

 一番手っ取り早いのが印刷所からの追跡なんだけど……やっぱり何処で印刷されたのか記載はされてないな。されてたら簡単だったんだけど。


「まぁ、こんな不敬の塊みたいな本を印刷しましたとか、馬鹿正直に書かないよね」


 とりあえず北部の男爵領が怪しいって事で、現地に向かう前にこの小冊子をくれた令嬢のところに行きますか。




「動くな――」


「――ッ!?」


 深夜、自室で一人机に向かって何かを書いていたご令嬢の背後に忍び寄り、素早く口を塞ぎながら首筋に刃を押し当てる。

 突然の衝撃に驚き、抵抗しようとするも刃の冷たさを首に感じてかそう間を置かずに大人しくなった。


「ぷはっ!」


「お前には聞きたい事がある。振り向かずに答えろ」


 数秒ほど無言で待機したのち、口を自由にしても騒がないと判断して尋問を始める。


「な、なんですの? 私は家の事は何も知りませんから、お父様が何かしていたとしても答えられる情報はありませんわ」


 へぇ、結構冷静に対応するんだ。


「お前に聞きたいのはこの小冊子の事だ」


「そ、それは!? ……あわ、あわわわ……ど、どうしてそれがアナタの手に? あれほど見付からない様にと申しましたのに! いったい誰がヘマしましたの!? どうしましょうどうしましょう! 不敬罪で縛り首ですわこれ! おっ死ぬしかねぇですわこれ! オラッ! アナタの刃を借りましてよ!」


 あっ、ごめん、全然冷静じゃなかった。

 何とか死のうとする令嬢を押し退け、手に持っていた刃を隠したら何故か向こうが絶望の表情を浮かべる。


「ここで家に侵入した賊に殺される悲劇の令嬢ではなく、不敬罪という不名誉を被ったまま死ねという事ですのね」


「……私が探しているのは作者であってお前じゃない」


「ふっ、私が同志を売り渡すと思いになって?」


 あっ、そこは普通に仲間とか庇う感じなんだ……なんか凄い敵を見る目で睨まれてら。


「この小冊子が北の男爵領で作られた事は分かっている」


「どうしてその事を!?」


 うん、まぁ、様子がおかしいだけでやはり素人か。

 瞳孔や脈拍を見た感じ嘘は吐いてないっぽいし、これで確証が一つ得られたかな。


「さぁ、これの作者は何処に居る?」


「くっ、アナタのような素性の知れない方に教えられる事は何もありませんわ! 殺すなり憲兵に突き出すなり好きになさい!」


 うむむ、困った……ここまで頑なだとは思わなかったな。何が彼女をそこまでさせるのか。


「そもそもアナタは誰ですの? 憲兵ならもっと堂々と取り調べる筈よ! ……はっ! まさか、アナタ……」


 おっと? 私の正体に何か心当たりでも――


「――シル×ベル派の人間ね!」


「しるべる」


「私たちベル×シル派を陥れようと!」


「べるしる」


 困った。彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。

 これは……なんだ? なんの符牒なんだ? クソう、何がただ今絶賛売り出し中の黒猫だ! こんな事も分からないなんて暗部失格じゃないか!


「……なに? アナタ何も分からないの?」


「……私はただ上の命令で来ただけだからな」


 ここで下手に知ったかぶりをしても意味はない。

 相手は本当に自分達の言う事が理解できるのかと虚実を織り交ぜて会話するだろうし、そこで引っかかっためちゃくちゃな情報を持ち帰らされても面白くない。

 ならばここは正直に分からない、知らないと伝える事で相手の出方を窺おう。


「……ふーん?」


「余計な事は考えない方が良い。この件はベルナール様からの命で動いている。今ここでお前が吐かなくてもいずれバレる事だ」


「ベルナール様が動いているの!?」


 はいここで権力者、というか上司の名前を使って脅しておく。

 別にここで名前を出して、彼女が「ベルナール様に脅された!」とか騒いでも証拠は何もないし、むしろ「こんな不敬な印刷物を配っていた」とカウンターパンチを貰うだけ。

 それよりも「本人、もとい権力者に目を付けられた」という情報の方が重要だ。

 これで逃げられないと悟って素直になってくれたら楽なんだけど。


「……って事は漏れたのは妃様からね、なら良かったわ」


 はて、偽妃からベルナール様本人にバレるのが何故良かったになるのだろうか。


「派遣されたアナタは何も知らないみたいだけど、ベルナール様はきちんとあの小冊子に隠したメッセージに気付いてくれたのだわ」


「もっと理解できる様に話せ」


 もう一度刃をチラつかせてみるも、今度は全く怯む様子も混乱する様子も見せず、堂々とした態度で彼女は――マルシャル侯爵の娘であるアンゲリカは要求を口にする。


「――妃様になら教えても良いわよ」


 うーん、どう受け取ったら良いものかな。

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