第23話.暗部の鉄則
「もう既に妃への茶会や食事の誘いが増えて来ていますね」
いつもの就寝前の報告会でベルナール様は開口一番にそんなセリフを吐く。
妃への茶会や食事の誘いと言われて思い出すのはあの小冊子の事で――あかん、ベルナール様と陛下の顔がまともに見れん。
「嗅ぎ付けるのが早い奴らだ」
「妃への贈り物も増加しており、毒物の混入やら盗聴の魔術具やらが仕掛けられております」
「大丈夫なのか?」
ベルナール様の報告に眉を顰めた陛下が私へと振り返る。
陛下の顔から目を逸らしつつ、問題ないと伝える為にそれらにどう対処したのかを身振り手振りで伝えていく。
「毒物は仕掛けられた物を全くそのままお礼としてお返ししておき、盗聴の魔術具は金属製のシェイカーに入れてめちゃくちゃ振ったので今頃は鼓膜ビリビリだと思います」
焼き菓子に毒が仕込まれたのなら、全く同じ物を『この前のお礼ですわ』と何食わぬ顔で渡せば相手は頬を引き攣らせてくれる。
そしてぇ! 盗聴の魔術具に対してはぁ! 金属製のシェイカーに入れて思っ切りシャカシャカ振ってやれば、盗聴していた相手の鼓膜を破壊できるって寸法よ! 気分はバーテンダーだぜ!
「お前……」
「盗聴するのが馬鹿らしくなりません?」
「なるとは思うが、同時にまた凄まじい恨みを買っていそうだな」
私の顎に手を伸ばし、無理やり視線を合わせようとする陛下の力に抗いながらファイティングポーズを取り、勇ましく宣言してやる。
「来るなら来い」
「そうか、物理的に消すのが一番難しいのか」
「えぇ、このタチの悪い娘に恨みを晴らそうと思っても返り討ちにされるのがオチです」
私と喧嘩しようってんなら買うぜ! お代はお前の命で結構だ!
「……それと、先ほどから何をしているのですか?」
「レイシーが目を逸らすのだ」
「陛下が無理やり顔を覗き込もうとするのです」
「……」
このままじゃ埒が明かないと、少しばかり本気を出してその場から離脱する。
しまった! という顔をする陛下には悪いが、私の全身を抱き締めて拘束していなかったのが仇になったな!
少しでも余裕や隙間さえあれば私はその場から脱出できるのだ!
「陛下、もしやレイシーに何かしましたか?」
「待て待て、何かあったのはレイシーの方だろう? お前の顔も直視できん様だぞ」
「ほう?」
やっべ! ベルナール様の眼鏡が光ってる!
「レイシー、私に何か隠し事でもしていますか?」
「い、いや、別に……なにも……」
隠し事と言われて脳裏に浮かぶ小冊子の中身で――そのあまりの内容に顔が熱くなるのを感じる。
「レイシー?」
「いえいえ! ホントに! 本当になにもありませんでした!」
「……ますます怪しいな」
眼鏡を光らせたベルナール様と、眦を吊り上げた陛下に部屋の隅へと追いやられる。
ここから逃げる事は簡単だ。でも逃げたら絶対に後が怖くなるだろう。
かと言ってこのまま追求を躱せるとは思えない……今ここで素直にゲロっちゃうか、逃げ出して未来の私へ丸投げするか、どうするか。
「素直に吐き出さないと減給しますよ」
「そんな!」
「嫌ならさっさと吐き出しなさい」
うぅ、こんなのってあんまりだよ……チラチラと大人二人の顔を覗き見しながら、モジモジとしてしまう。
こんなのどう切り出せば……そもそも切り出して許して貰えるのだろうか。
「あの……」
「ん?」
この場で一番権限を持っている陛下に取り成して貰うべく、彼の服を指先でちょっとだけ摘んで顔を見上げる。
「不敬になっちゃいませんか?」
「――」
「陛下?」
減給されるのも嫌だが、内容を伝えて「不敬罪! 死刑!」となるのもまた嫌だ。
挟み撃ちにされた気分で瞳に涙を溜めながらそう尋ねてみれば、何故か陛下は凄く驚いた表情で、そして嬉しそうな顔をする。
「内容に寄るだろうな」
「やっぱり、そうですよね」
「だからほら、言ってごらん? 私はレイシーが何を言おうと許すぞ」
「マジっすか!」
陛下からその言質を取れたって事はもう勝ち確じゃないか? 大丈夫だよね?
「今の言葉遣いも含めて割と不敬な態度を取ってませんでしたか?」
「ベルナール、少し黙れ。我が妃が自覚したかも知れぬのだぞ」
「……多分それ勘違いですよ」
陛下とベルナール様がよく分からない会話をしている間にも、部屋に放置しておけずに持っていた小冊子を懐から取り出す。
「いや〜、お茶会でこれを頂いてから陛下とベルナール様の顔がまともに見れなくて見れなくて」
「? なんだこれは?」
「本にしては薄いですね」
お二方の顔を見る度に笑いが込み上げちゃって、などと言いつつそれを二人に渡す。
「ふむ、まぁ見てみるか――」
にしても陛下達はどんな顔をするんだろ? 自分達がモデルになったラブロマンスなんて読む機会あるのかな?
芸術とかには詳しくないけど、パッと見で凄く美麗な絵が描かれていて、デフォルメされていながらきちんと「あぁ、陛下とベルナール様だな」と分かる程度に特徴を捉えている素晴らしい物だった。
内容はちょっと、その……私にはまだ早い世界だったけど、それでも作者の技術と情熱と拘りを感じられる一品だと感じた。
「……何してるんですか?」
バサッと小冊子が落ちる音に思考の海から戻ってみれば、何故か泣き崩れている陛下と遠い目をしているベルナール様が居た。
「私の勘違いだったのはこの際だ、良しとしよう! 私がモデルの物語が作られるのも慣れている! でも、でも――何故よりにもよってお前の相手なんだベルナールッ!!」
「一応言っておきますけど、私も被害者ですからね?」
「皇帝では不服か!?」
「陛下は錯乱されているようだ」
疲れ切った溜め息を吐き出したベルナール様が、頭を抱える陛下を置き去りにくるりと私に向き直る。
その時には既に疲労し切った様子は何処にもなく、いつもの政敵を前にした輝く笑顔を浮かべていた。
自然と私の背筋も伸び、その場に跪いて次の命令を待つ体勢になる。
「レイシー、この小冊子の作者を見つけ出し、必ずや私の前に連れて来なさい」
「サー! イエッサー!」
「そしてこの小冊子は燃やすように」
「サー! イエッサー!」
笑顔で怒るベルナール様には逆らわない――これ、暗部の鉄則だから。
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