第22話.腐敗


 ――この国の貴族は腐っている。


 数代前の帝位継承を巡った内乱とそれに起因する皇室の威信低下により、一時的に貴族達の権勢が皇帝のそれを上回った時代があった。

 その時代の皇帝は国が本格的に割れる事を恐れて何も出来ず、それは結果として地方分権を招き、貴族達の独立志向は高まっていった。

 それだけならまだしも彼らは自分達が贅沢をする為に民から搾取し、同胞の土地を侵略し、他国と手を組み帝位まで狙う始末だった。


 民が重税に苦しみ、初潮すらまだな女児が身売りをしている横で高価な砂糖をたっぷりと使った菓子を頬張る豚共がこの国の貴族である。


 いくら陛下が小麦の価格を下げる政策を行っても、それを不意にするかの様に買い占めや輸出量削減などを行って価値を吊り上げようとする。

 そんな豚共がかつての栄華を忘れられる筈がなく……陛下によって再統一された今も自分達の勢力を拡大させようと、一族の娘を使って暗躍する――その最前線がこのお茶会だ。


「コチラは遥か東方の地より栽培された茶葉で、香りも高く妃殿下も気に入るかと」


「私は西の国で流行りの菓子を持参して来ましたのよ」


 うん、大丈夫だ。ベルナール様に最低限叩き込まれたこの国の貴族の生態と人物名は頭の中に入っている。

 そしてベルナール様の言う通り、まさか陛下でさえ贅沢を自重している時勢に他国の高額な輸入品を見せびらかして来るとは。

 こういう時はあれだっけ、自分達はこれくらいの物なら難なく手に入れられるというアピールも兼ねてるんだっけ。


「なるほど、確かに香りが違いますね」


 堂々と睡眠薬を盛るとかやる気満々だねぇ……判断能力を奪おうって算段だろうか。


「あら、コチラは本当に美味しいですね」


 おや、この茶菓子は普通に美味しい。

 砂糖たっぷりで甘くて、それでいて小麦の風味が素晴らしい。贅沢な菓子だけはある。


「私も妃殿下に是非とも献上したい品があるのです」


「私だって素晴らしい物を用意したのですよ」


 ホント、みんな必死だなぁ。


「皆様の心遣いを嬉しく思います。後で陛下と一緒に確認してみますね」


 とりあえず献上されたドレスやら宝飾品やらは侍女達を経由してベルナール様へと届けて貰おう。

 何が仕込まれているか分かったもんじゃないし、もしも何かあればベルナール様なら適した対処をしてくれるだろう。

 しかしまぁ、ここまでは特に問題はない……予想通りならここからお貴族様の駆け引きとやらが始まるはず。


「それで、妃殿下にお聞きしたい事があるのですが」


 ほら来た。


「なんでしょうか? 私に答えられる事かしら?」


「それはもう、妃殿下にしか答えられない事ですわ」


 さて、付け焼き刃の一夜漬けではあるが、ベルナール様に急ピッチで叩き込まれたお陰で貴族達の迂遠な言い回しは予習済み。

 少し不安は残るが、言質を取られたとしても最低限の言い逃れが出来る範囲に留めておく事が出来るはず。

 さぁ、何時でもドンと来るがい――


「――陛下とベルナール様はどちらが攻めなのでしょうか?」


 ……ん?


「攻め、ですか?」


「はい。攻めです」


 ……攻め? 何の暗号だ? 陛下とベルナール様はどちらが攻めなのか? どういう言い回しなんだこれは。

 待ってくれよ、早速ベルナール様から教わってない言葉が出て来たんですけど。

 周囲を目だけでサッと確認してみれば他の令嬢方も特に疑問は感じておらず、私の答えを待っている様で……まさか本当に分かってないのは私だけなのか? 攻めとは何を意味しているんだ?


「どちらが攻めなのか、ですか」


「はい。どちらが攻めなのでしょう」


 待て、待ってくれ……十年間の特訓や、これまでの仕事で得た経験から大体の意味を予測してみせるから。

 攻めだろ? これはつまりどちらが優位なのかって事じゃないか?

 うーん、陛下とベルナール様なら表向きは陛下の方が立場は上で優位と言えるけど。


「……そうですね、いつもはベルナール様が陛下に対して強く出ており、それを陛下は面白そうに笑いながらおおらかに受けております」


 まぁ、どちらが攻めているかと言われたらベルナール様かな?


「まぁ!」


「あらあら」


 おっ、合ってたか? 基本的にいつも怒ってるベルナール様と、そんなベルナール様を揶揄いながらドッシリと構えている陛下っていうのがいつもの光景なんだけど。

 しかしこれって言って良いのか? 特に問題は無いよね? むしろ何でこんな事を聞くんだ?

 いや待てよ、こういった事から陛下やベルナール様の仲の良さを探って付け入る隙が無いか調べているのでは?

 なるほどレイシーちゃんにも政治が分かって来たぞ。ここはむしろ陛下とベルナール様の親密さをアピールすれば良いんだろ? 任せろい!


「それはもう、陛下が幼少の頃よりの付き合いの様でベルナール様はまるで母親の様に接しております」


 ベルナール様はみんなのお母ちゃんだからね、間違ってはいない。


「まぁ!」


「なんと!」


「しかし母親の様な方が攻め?」


「私はこれはこれでアリでしてよ」


 むっ、母親みたいな方が攻めだと何か問題があるのか?


「ベルナール様はよく陛下を叱っておいでですから……」


「……なるほど、母親タイプの余裕のない攻めとおおらかな強気受け――という事ですわね?!」


「えっ? うん? ……多分そう、部分的にそう」


 え、これマジで何の話なんだ? お貴族様の会話が全然分からん。異次元過ぎる。


「もう皆様ったら、妃殿下が戸惑っておられますよ」


「あらいけない」


「申し訳ございません」


「あぁ、いえ……気にしてませんよ」


 しかしなんだ、多少面食らったがこの感じだと特に問題も無く終わりそうだな。


「やはり最終的な決定権は陛下が持っているという事ですわね」


「妃殿下は陛下とは今も仲睦まじいのですか?」


 お、こういった質問の返しなら分かるぜ!

 あれでしょ、陛下とのラブラブアピールをすれば良いんでしょ?


「えぇ、実はこのお茶会に来る事も反対されまして」


「まぁ、そうなのですか?」


「皆様には申し訳ないのですが、私自身も少しの間でも陛下と離れるのが心苦しくて……」


 何だったらそんな妃殿下を哀れに思って早く切り上げても良いのよ? という打算込みで演技をする。

 まるで初恋の誰かを想って悩む乙女の様な――いや知らんけど――面持ちで艶めかしく溜め息を吐いてみる。


「まぁ、でしたらこれを差し上げますわ」


「……これは?」


 なんだこの無駄に薄い小冊子は。

 本というには厚みがなく、贈り物の目録というには厚すぎる。

 そして何よりも表紙から内容が判然とせず、表題すら書かれてはいない。


「よろしいですか? これは自分の部屋に戻った後こっそりと読む物ですのよ」


「ほう」


 ほほう、なるほどなぁ……? レイシーちゃん分かっちゃったぞ!

 これは要するに陛下やベルナール様に秘密で、妃へとお願いやら要望やらをしたためた私信の束って事だな?

 内容によっては妃も陥れる事のできる陰謀の書って訳だ! こりゃ即座にベルナール様行きだな!


「こんな素晴らしい物を、ありがとうございます」


「良いのですよ」


「陛下やベルナール様に見付からないようにお願いいたしますね」


 念押しするって事は相当だな。いったいどんな内容なのか、自室に戻るのが今から楽しみになって来やがったぜ。




 その日の夜、妃の自室から小さな悲鳴が聞こえたとか、聞こえなかったとか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る