第21話.お蔵入り


「さて、おふざけはここまでにして本題に入りますよ」


「あし……あしが……」


 生まれたての仔鹿の如くプルプルと震え、やっと解放された我が足を撫で摩りつつ悶絶する。

 ベルナール様マジで容赦がねぇ、全然お仕置を緩めてはくれなかった。久しぶり過ぎてガチ切れラインを見誤ったか。


「レイシーも関係があるのか?」


「えぇ、勿論ですとも」


「……お?」


 一人で『あんよがじょーず! あんよがじょーず!』と遊んでいるとコチラへと意識が向けられる。


「……貴女は何をやっているのですか?」


「あ、いや〜、そのぉ……足が痺れてから遊んでました」


「「……」」


 やめて! 陛下と二人してそんな可哀想な者を見る目で哀れまないで!


「コホン! ……えー、今の皇室ではブルニョン伯爵領の面倒は見切れません」


「無理やり本題に入ったな」


「多分面倒になったんすよ――ぴっ!」


 ひぇっ! めちゃんこ睨まれた!


「そのため早々に次の領主を決めねばなりません」


 ここはもうそっと陛下の後ろに隠れ――膝の上に乗せられてしまったわ。


「あの」


「黙って話を聞くがいい」


「えー」


 まぁ、仕方ないか。一介の暗部如きがこの国の最高権力者の手を払える筈もなく、ここは素直に大人しくベルナール様の話を聞こう。

 何やら本当に重大な話で、どうやら私の仕事とも関係があるみたいだし。


「その事をいち早く掴んだ貴族達がロビー活動をしてくる事が予想されます」


「……面倒だな」


「えぇ、もう全くもって面倒です」


 うーん、政治に関しては全くと言って良い程に分からないんだけど、陛下とベルナール様が揃って顔を顰めているという事は本当に面倒な事態なんだろうな。

 具体的に何がどう面倒なのかは定かではないけれど。


「未だに敵味方の判別も終わっていない段階で、ブルニョン伯爵領の様な要地を適当な者に任せられる筈がありません」


「当初の予定では適当な者でも構わなかったんだが……」


「重要資源が眠っていた様ですので」


 プラチナとかイリジウムの事かな? 確かめちゃくちゃ珍しい物質なんだっけ?

 そんな物が見つかっちゃったから適当な奴に適当に任せる事が出来なくなったと……ここまでは付いて来れるな。

 価値ある大事な物は身内だけで囲いたいよね。うんうん。


「皇室管理とするには距離が離れておりますし、大量粛清の余波でマトモな人材も少ない現状では難しいでしょう」


「しかし腹黒い貴族達に任せるのもな」


「業腹ですが、ここは採掘権の何割かを握る程度で我慢するしかないかと」


 ふーん、本当は自分達だけの物にしたいけど難しいのか。

 そういえばベルナール様も信用できる人が少ないって言ってたね。ここで影響が出るのか。


「どの家に任せるかが問題だな」


「えぇ、その通りです――そこでレイシー、貴女の出番です」


「お?」


 急に話が飛んで来たぞい。


「身辺調査でもすれば良いんですかね?」


「その程度はコチラで何とかします。貴女の役目はお茶会です」


 ふむふむ、なるほど……私の役割はお茶会、と……


「……ベルナール様、もしかしてもう眠いんですか?」


「くくっ、そうか眠かったのか」


 何がツボにハマったのか、陛下が面白そうに笑いを噛み殺しながら私の頭を撫でてくる。


「悪ノリしないで下さい」


「すまんすまん」


 まぁ、とりあえず話を聞いてみようか。


「はぁ〜……いいですか? ブルニョン伯爵領と隣接する家にとっては領地拡大のチャンスであり、領地を持たない宮廷貴族は領主に成れる絶好の機会に他ならず、その他の大貴族達も自らの傘下に領主貴族を増やそうと子飼いの者を推薦して来るでしょう」


「……むむ?」


「要は土地とそれに付随する利権が欲しい者たちが群がるという事だ」


「それとお茶会に何の関係が?」


「……お前は本当に政治に疎いのだな」


「すいません。私の教育不足です」


「良い。元々そういう用途で育てた訳ではないのだろう?」


 なんだろう、よく分からないけど私の出来の悪さが話題に上がっている気がする。


「ザックリと分かりやすく説明すると、陛下が唯一溺愛しているらしい妃を通じて取り入ろうとする動きが出るだろうという事です」


「ふむ……」


「数多の家の令嬢達が貴女をお茶会やら夜会やら食事会に誘い、そこで丸め込んで陛下に口添えして貰えれば他の家よりも一歩リードするかも……という事です」


「えっ、めんどい」


 なんだそれ……私と仲良くする事が目的ならまだしも、遠回しに陛下にお願いしてと要求されるのを断らなくちゃいけないんでしょ?


「断れないのですか?」


「全てを断る事は出来ません。皇帝であっても無視できない大貴族からの誘いはもとより、あまり妃が社交に出て来ないというのも問題です」


「うへ〜」


 本当に出ないといけないのか……これも偽妃業務の一環なのだろうけど。


「いいですか? 決して言質だけは取られてはなりませんからね?」


「……うっ、はい」


「……本当に大丈夫ですか?」


 恐らくだけど、今の私は凄い嫌そうな顔をしているのだろう。

 そのあんまりな様子にベルナール様も不安に顔を覗き込んでくる。

 ……はぁ、育ての親に変な心労を掛けさせてはダメだな。


「ふふっ、いざとなれば秘策があります!」


 ベルナール様を安心させる様に、ドヤ顔で胸を張りながら自信満々に告げる。

 これさえあれば……まぁ、殆どのお茶会は無事に終える事ができるだろうというものだ。


「ほう? その秘策とはどんな内容ですか?」


 よくぞ聞いてくれました! さっすがベルナール様だ! 空気が読める!


「それは勿論この私が大爆笑になること間違いなしの漫談を披露する――」


「却下です!」


「そんな?! 相手から遠回しにお願いされて、気付かないまま言質を取られる前にコチラから一方的にまくし立てて終了時間まで相手にターンを回さない完璧な作戦なのに?!」


 何故即答なのです!? 少しくらい考えても良いじゃないですか!?


「ダメに決まっているでしょう!!」


「何故ですか?!」


「お茶会は交流の場であってネタ披露の会ではありません!」


「で、では新ネタの『妃と豆』はいつ披露しろって言うんですかッ!!」


「そんな物はお蔵入りですッ!!」


「酷いッ!! ベルナール様の鬼畜眼鏡ッ!!」


「なんですってぇ?!」


 痛い痛い痛い! ベルナール様が頬を引っ張る!


「……お前らは仲が良いなぁ」


 陛下の呆れた様な声が聞こえた気がしたけど、そんな事よりも早くベルナール様の拘束から抜け出さねば――!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る