第20話.舌禍
「――と、いう事でブルニョン伯爵領は一時的に皇室預かりとなりました」
陛下の私室にてベルナール様が詳細に事の顛末を報告していく。
ここには陛下とベルナール様と私しか居らず、まぁいつもの裏を知るメンツのみが集まっている。
そんな中での報告会やら簡単な相談と打ち合わせやらを行っているのだけど――
「……足が痺れたんですけど」
「もう少しそのままで居なさい」
「えぇ〜!」
「うっかりハニトラ避けを忘れた貴女が悪いです」
それを言われると弱いんだよなぁ……ちくしょう、私がうっかり『お、陛下も上手くやっとるやん』とか考えて裏方作業に集中しちゃったのが悪いのだから。
そのせいで最優先は陛下の身で、さっさと差し向けられたハニトラ要員を追い返してからガサ入れするべきだったと再教育を受けている。
具体的には後ろで両手を縛り、正座した上で膝の上に何個もの重りを乗せられる形で……いや、やっぱりこれちょっとした拷問だと思うんですけど? お仕置の範疇を超えてませんか?
「まぁまぁ、きちんと失態以上の働きはしたのだからそれぐらいで許してやれ」
「……はぁ、そうやって甘やかさないで下さい」
面白がる陛下の私を擁護する発言にベルナール様は眼鏡を外し、目元を揉みほぐしながら呆れた様な声を出す。
お疲れの様だなとは思いつつも、しかしながらその様子がまるで――
「――今のベルナール様マジでお母さんみたいでしたよ」
「ぶはっ!」
陛下が思わずといった様子で吹き出しているけど、本当にそう見えたのだから仕方がない。
「……どうやら重りがまだ足りないみたいですね」
「嘘です! ごめんなさい! お母ちゃん許して!」
膝の上の重りを落とさない様に正座状態でベルナール様の足元へと擦り寄り、そのままオイオイと泣きながら許しを乞うてみせる。
「――母の愛を知れ」
静かに告げられたその一言と共に追加される重り――
――ズンッ!!
「――お"っ"?!」
一気に脚へと掛かる負荷と、骨が軋む音……あまりの重量故か落とした瞬間に微風が頬を撫でた気がするも確証はない。
ちょっとした重り程度と侮り、今まであった私の余裕を一気に削り切ったそれは何とまさかの自然採掘される物質の中で世界で一番重いとされる金属イリジウム、その大きなインゴットを数本束ねた物である。
「……ほう、レアメタルではないか」
陛下の言葉が示す通りイリジウムは非常に希少な金属であり、世界全体で年間採掘量が4トンに満たないというレア中のレア物である。
何故ここにそんな希少な物があるのか? ……はい、私がベルナール様に提出したからです。
「ブルニョン元伯爵がプラチナの鉱床を発見したのにも関わらず国に未申告でして、必然的にプラチナの精錬時に得られる副産物であるイリジウムも隠し持っていたという事です」
「税収が少ない癖にやけに羽振りが良いとは思っていたが……はっ! こんな大事を見逃していたとは俺の目もまだ帝国全土を網羅していないらしい」
「……長らく周辺諸国の代理戦争の舞台となっていたのです、まだ把握し切れていない事は多いでしょう」
先ほどまであったおふざけモードを一変させて張り詰めた空気を出す陛下と、苦々しい表情で『これで終わりではない』と告げるベルナール様。
不幸中の幸いなのはブルニョン伯爵領が帝国内地にあり、他国からの直接的な干渉に晒されづらい事だろうか……それでも元伯爵だったあの豚がいくらか流した分があるだろうけれど。
プラチナと、イリジウム……二つの戦略資源が知らず知らずの内に仮想敵国に流れていたとか笑えないだろう。
「――あの、そろそろ本気でヤバいんですけど……」
そして私も真面目に笑えなくなってきているんですけど、そろそろ本気で助けてくれませんかね?
流石に鉄の約2.8倍程度の密度がある物質を大量に置かれ続けると潰れちゃうんですが。
「頬にキスしてくれたら助けてやろう」
「陛下!」
「やりますやります! それで解放されるなら!」
「レイシーも安請け合いしない! 見なさい陛下を! 冗談で言ったのに驚いているではありませんか!」
えっー! 陛下から言ってきた癖にー!
私は悪くねぇ! 社会が悪いんだ! オラ間違ってねぇ!
「はぁ、全く……話が進みませんし、私をお母ちゃんと呼んだ罰はこの程度にしておきましょう」
「やったー! ……………………あれ? メインは陛下を放置した事じゃなかった?」
「……もちろんそうですが」
「いやいや、素で忘れてたでしょ(笑)」
ベルナール様マジウケる。
「貴女は舌禍という言葉をご存知ですか?」
「何かの符丁ですか?」
「こういう事です」
――ズンッ!!
「――お"っ"?!」
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