第19話.主従揃ってうるさい
――陛下が槍を振るう。
ただそれだけで建物を燃やす火は散らされ、魔獣の首が飛んでいく。
コツコツと、我が物顔で庭を散歩するかの様に歩む陛下に合わせて槍の暴威もまた移動する。
まるで陛下の周囲にだけ局所的な暴風が吹き荒れているかの様に火が吹き散らされ、血飛沫が舞い、肉片が飛び散っていく様は正に魔王そのものだった。
「もう全部あの人だけで良いんじゃないかな」
「全てを陛下に任せ切りにしようとは何という不忠者。それでも妃の一人か」
やべっ、声に出てた……隣のアレン様にめっちゃ睨まれてしまって肩身が狭いでござる。
「ではアレン様も参戦されては?」
「陛下からの命令を放棄しろと……?」
「あっ、いや……すんません……謝ります、謝りますからその目辞めて下さい。怖いです」
アレン様めっちゃピキってんじゃん、完全におこじゃん……正直すまんかった。大して深く考えずに喋ってた。
「にしても陛下って本当にお強いですよね〜」
よし、ここは話を逸らして誤魔化そう!
「貴様と違って忙しい中でも鍛錬を欠かさないのだ」
「アレン様もあの陛下に稽古へと誘われるんですよね、さぞかし優秀なのでしょう」
よしよし、上手くいっているぞ……若干ディスられてるのが気になるが、表向きの偽妃はその認識で構わない。
それにアレン様が優秀らしいって事に偽りはないんだ。
実際に彼はこの若さでよくやっている方だと私も思う――
「……なんだ急に、気持ち悪い」
「貴様〜?」
我、一応妃ぞ? この国に一人しか居らん妃って事になっとるんやぞ?
そんな重要人物が褒めてやってるんだから感謝の言葉の一つでも捏造してみせんかい!
「余計な口は叩かず、黙って陛下が無事に戦いを終える事を祈ってみてはどうだ」
「……そうですね、では陛下の唯一の伴侶として夫の勝利を神に祈りましょう」
仕方がないなぁ……まぁ、これも偽妃業務の一環って事でやってやりますか。
という事で殊勝な雰囲気を醸し出し、両手を胸の前で組んで気持ち優しい声色を意識して出してみる。
「全身が総毛立った」
「貴様〜?」
お前さっきからなんなの?! 私にどうしろって言うの?!
あぁ、そうですか! そっちがその気ならコチラにも考えがありますからね!
「あぁ、神の啓示です……次にアナタが目覚めた時、枕元には秘蔵の春画がジャンル別に仕分けされて置かれている事でしょう……でしょう……でしょう――」
最近絶賛売り出し中の黒猫ちゃんがお前の性癖を丸裸にしてやるゾ☆
さぁ、数多の貴族の裏帳簿から本人も知らないホクロの位置まで暴いてきた黒猫ちゃんの実力を思い知るがいい!
「貴様はいったい何を……? 先ほどから様子がおかしいが、もしや我らが助けに来る前に怪しい薬でも嗅がされたか?」
「……」
……ちょっと、そこで本気で心配そうに覗き込まれると萎えるじゃないか。
「んんっ! ……この様な荒事は不慣れでして、少しばかり動揺していた様です」
「そうか、それは配慮が足らなかったな」
咳をしてから誤魔化し、即興で思い付いた言い訳を口にすると生真面目なアレン様はそのままそっと位置取りを変えて私を背に隠す。
視界いっぱいにはアレン様の背中があるのみで、徐々に拡がる火の手も陛下の暴虐による殺戮も全て私からは見えなくなる。
「……ありがとう存じます」
「ふん、陛下からの命令だからな」
「それは余計な一言だなぁ」
「何か言ったか?」
「別になにも」
どうしてそこで余計な一言を言ってしまうのか……結局いつものアレン様じゃないか。
「おや、建物の中なのに雨が降ってますね」
「ユベール殿の精霊だろう」
「なるほど」
確か陛下もユベール様の精霊が消火活動してるとか何とか言ってたね、と……室内に雨が降り出したのと時を同じくして陛下の方も片付いたみたいだ。
あれほど肌をビリビリと震わせる様な気配が消え、精霊の雨による鎮火も相俟って急に寒く感じられるほど。
「ユーゴ、腕が落ちたか?」
「陛下が腕を上げたんですよ、これ以上強くなってどうするつもりですか」
一人だけ人外の動きをしていた陛下に何とか付いて行ってたユーゴ様も凄いと思うけど、陛下はちょっと不満げらしい。
優秀過ぎる人に自分を基準とした働きを要求されると本当に大変そうだけど、まぁ頑張って。
「アレン、妃に傷は?」
「ございません。……ただ、こういった荒事や雰囲気に慣れておらず、少しばかり不安定になっているようです」
「あっ、ちょっ……」
「ほう?」
アレン様のバカバカバカ! そんな事を陛下に報告してどうするの?! これだから真面目過ぎる奴はダメなんだ!
「それは大変だ、早く我が妃を連れ帰り慰めねば」
「えっ、いやっ……」
いやいやいや、陛下は違うって分かりますよね?! ね?!
なんでニヤニヤしながらまた抱き上げるんですか?! 他の方の目があるここでは抵抗できないの分かっててやってますよね?!
「後の些事はユベールとユーゴに任せる。私は妃を安全な場所まで送り届けよう」
「はっ!」
「アレンは最寄りの直轄領まで馬を走らせ、待機している兵を連れて来い」
「御意」
あかん、どんどん逃げ場が無くなっていく――
「――レイシー、私はちゃんとお前を助けに来ただろう?」
「………………………………はい」
そう、言わると弱いっていうか、はい……はい……その、ね? ……ね?
「……愛い奴」
「……」
うるさい。主従揃ってうるさい。
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