第18話.傍から見れば瀕死


「――レイ、シー……か?」


 なんとビックリ! 振り向いた先には我らが陛下が居たとさ! ……ってなんでもう居るんですか? 早過ぎませんか?

 私がわざと攫われてからまだそんなに時間は経っていませんよね? ヨシフ中将が来るまで間が空いたとはいえ、まだ日も昇ってないですよね?

 私の想定では陛下が目覚める前の早朝までにはこっそり戻るつもりだったんですけど……ていうか私が攫われた事に気付いたとしても、なんで陛下本人が来ちゃってるんですか?

 いや確かにもしもの時は助けに来る的な事を言ってましたけど……まさかそれで?


「……誰だ、誰にやられた?」


 そんな事をつらつらと考えていると、真っ青な顔をした陛下がフラフラと私の下へと歩いてくる。

 火事と魔獣という周囲の状況すら無視して、冷酷無慈悲の魔王と呼ばれる陛下らしからぬ弱々しい表情を私に向ける陛下。

 そのあまりに異常な様子の原因が思い当たらず、どうしたものかと悩んでいるとついに陛下が私の目の前に立つ。


「……」


「……陛下?」


「……」


「あのっ――ムギュっ?!」


 脈でも測ってやろうかと伸ばした手ごと思いっ切り両手で顔を潰されてしまい、思わず変な声が出てしまったわ。

 本当にいったいこの方はどうしてしまったのかと、困った様に眉尻を下げながら陛下の顔を見上げる。


「……生きて、いるのか?」


「へ? いや、生きてますけど?」


「何故それで生きている?」


「それでって、なにが――あっ!」


 やっべ〜! 陛下の視線を追って自らを見下ろして見れば穴だらけに血塗れという、とんでもない惨状だったわ!

 そうだよ! 私を今包んでいる布は敵の武器でビリビリだし、敵の血でビショビショなんだった!

 これ傍から見れば私が滅多刺しにされて流血しまくってる様にしか見えなくね?! これやばくね?!


「あっ、いや! 違っ! 違うんです! これは私の血ではなくて……えっと、その……とにかく無事です! 無傷です!」


「……無傷?」


「はい! この通りピンピンしております!」


 自らの無事を示す様に両手を広げ、そのまま上下にぶんぶん振るのに合わせて陛下の目にも光が戻ってくる。


「レイシー、紛らわしい格好はするんじゃない」


ふいまひぇんすいませんわひゃりまひたから分かりましたからはにゃひてくらはい離してください


 不覚! 腕を伸ばしていて無防備な頬を摘まれてしまったわ!


「脱げ」


「はい?」


 ヒリヒリと痛む頬を摩っていると、陛下からとんでもない指令が下されて思わず聞き返す。


「他の者が混乱する。代わりに私の外套を羽織れ」


「あぁ、なるほど」


 言われて納得したのでいそいそと布を脱ぎ捨てた瞬間――視界が暗くなり、浮遊感が襲い来る。


「わひゃ!」


「やはり自分の大事な物は自らの手の内に収めないと安心できんな」


 この感覚は……あれか、また陛下に抱き上げられたのか。

 本当にこの人もよく飽きないね、そんなに私を抱き上げて何が楽しいのだろうか。


「……偽物、だったんだよな?」


「あ、ジョンのこと忘れてた」


 あー、ちょっとややこしい事になってきた……陛下は仕事熱心だから、人の居ない所でも演技しようする癖がある。

 そして今回は私の事を偽物だと思っている――最初は本物と思って攫ったけど――ジョンが近くに居た。

 本物だと思ってた偽物が本物だった、みたいなどんでん返しの連続で混乱している今の内に上手いこと誤魔化せないかな。


「誰だこやつは」


「大事な情報源です」


「そうか……」


 さて、どうやってこの局面を切り抜けようかと考えていると、陛下がおもむろに持っていた槍で一番近くにいて飛び掛って来た魔獣の心臓を貫き、そのまま捻りを加えながら手元に引き戻す事で心臓だけを抜き取るという神業を魅せる。

 何をどうやったかは分からないが、私という人を一人片手で抱き上げながら、残りの腕一本だけで槍という長物を操ってみせ、正確に急所を貫いて特定の部位だけを抜き取るという恐ろしい技術を涼しい顔で披露した陛下は、そのまま抜き取った心臓が付いたままの槍の穂先をジョンの目の前まで持って来る。


「――お前は獣か、否か」


「人間であります!」


「では無駄に吠えず黙っていろ」


「はっ!」


 うっわ、ジョンが脂汗を流しながら自主的に恭順したよ……なるほど、これが魔王の威か。


「陛下! お一人で先行しないで下さい!」


「遅い!」


 ひぇっ! 頑張って追い付いて来た護衛隊長のユーゴ様に対して「遅い」の一言だけって……こ、この人本当に魔王だったんだ!


「アレン!」


「ここに」


「妃を任せる。傷一つ付けるな」


「御意」


 そう言って陛下は少しばかり名残惜しそうに私を下ろし、アレン様へと託す……ちょっと一瞬だけアレン様に睨まれたのは気のせいだと思いたい。

 どうせ『またコイツは余計な手間を』とか思ってるんだろうけど、気のせいったら気のせいだ。


「ユーゴ、そこな芋虫は先行した黒猫が捕縛した重要参考人だ。殺すな」


「了解です」


 哀れジョン、君は芋虫だってさ……いや、私が鎖でグルグル巻にしてそのまま引き倒したのが悪いんだけど。


「おぉ、さすが黒猫殿だ……お前も少しは見習ったらどうだ」


「……」


 すまんな、アレン様……その黒猫殿っていう奴は私の事なんだ。言わんけど。


「さて、私は今非常に機嫌が悪い」


 あ、機嫌が悪かったんですね……それってもしかして、私が穴だらけの血塗れの格好で陛下をビックリさせたからとかじゃないですよね? ね? ……ね?


「――ユベールが喚び出した精霊が消火を終える前に片付ける」

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