第15話.ドナドナ
「……どちら様ですか?」
とかすっとぼけてみるも、私の内心は「よっしゃ引っかかったぁ!」という大喝采でいっぱいだった。
いやね、あからさまに陛下の弱点――と周囲は思ってる妃――が目立つ場所に置いてあったらそりゃ手を伸ばすよね。
だって陛下が邪魔で邪魔で仕方がないんだし? もしかしたら言うことを聞かせられるかもとか、あの豚伯爵なら考えちゃうだろうなって。
あと次いでに連れて行かれる場所次第ではコイツらの拠点の一つを暴けるかなっていう、ちょっとした希望的観測もある。
帝国法では違法薬物と人身売買は極刑だと定められているから、さすがの伯爵もバレるのは不味いと今回だけは部下の言う事をちゃんと聞いてるらしくて予定を変更してるらしいんだよね。
長距離の尾行の準備を万全にして待機していたというのに、肩透かしを食らった私の気持ちが分かるか?
「お前が妃なのは分かっている。悪いが面倒な皇帝を排除する為に役立って貰う」
「私如きで陛下が何か言う事を聞くとも思えませんが? この国の皇帝ですよ?」
「……それを決めるのはお前じゃない」
うっそだ〜! 君も内心では「妃の一人如きで要求を飲むはずがない」とか思ってるんでしょ〜?
特に裏側を知る私からしたら本物の妃ですらない、ただの暗部に所属する新人だから切り捨てるのも容易だって分かってる。
つまりお前達はエビでタイを釣ろうとしているのだよ! ……無能な上司を持つと大変だね。
「仕方がありませんね、さぁどうぞ」
「……やけに素直だな」
「ここで暴れても良い事なんて何もありませんから」
「賢明だ」
という事で手のくるぶし、その小指側の豆状骨の部分をくっ付けてそのまま前に差し出す。
少し訝しんだ様子だったけど、コチラがただの女性だと思ったのかそのまま縄で縛っていくブルニョン伯爵の部下。
……馬鹿め! 腕を縛る時は手首の裏側が合わさる様にするのが基本だ!
ククク、これで私は腕をクルッと半回転させる事で出来た隙間から何時でもこの拘束を解く事が出来る。
要は貴様は拘束した気になっているだけで、その実は私をフリーにしているのさ! ガハハ!
「大人しくしてろよ」
「……はい」
そんな事を考えてたら肩に担ぐ様にして、雑に持ち上げられた。
陛下以外に抱きかかえられるっていうのも、なんだか新鮮だな。
とりあえず袖から忍ばせておいた豆を落としておく。
これに陛下達が先に気付いてくれれば良いんだけども。
というかコイツ私の上半身を後ろ側にして担いでるから、私が途中で痕跡を残し放題なんだけど……分かってるのかな?
それとも本当に不本意な人攫いだからわざと隙を晒してる? ……いや、裏側の人間がそんな私情を挟むとは思えない。
単純にブルニョン伯爵の金払いが悪くて、相応の働きしかしていないって言われた方がしっくり来るかも。
……あ、いや、別の可能性の方が高いな。
「さぁ、大人しく乗ってろ」
「いたっ」
へいへーい! 女性を馬車に乗せる時はもっと優しく乗せるもんだぜ! 陛下みたいにな!
「……」
てかこれただの荷馬車だな……クッションも何もないから走り出したら痛そう。
「出発するぞ」
とりあえず動き出したので乗り心地の悪さは意識外に追いやり、芋虫の様にもぞもぞと動いて端に寄る。
そのまま荷馬車に掛けられた帳の隙間から豆を落としていく。
……馬鹿め! 私は妖怪豆食い布女やぞ! これくらいするに決まっておろうが!
「ククク……」
ガッハッハッ! 夜道で豆を辿るという苦行を陛下達に課してしまうが、まぁ最悪一人でも抜け出せるから問題なし!
「……一人で抜け出せる、筈なのにな」
なんでこんな回りくどい事をやってんだろ、私は。
別に当初の予定でも一人で勝手に攫われて勝手に帰って来る予定だったのに、なんでこんな助けを求める様な事をしてるんだろう。
いや、確実に悪事を暴くという意味では陛下達にも現場を目撃して貰うのは良い事だし、私の生還率も99%から99.9%になるから悪い事もないんだけど。
『もしもの時は必ずお前を助けに行くと誓おう』
……本当に、来てくれるんですかね。
『もしもの時は助けに行くって』
『本当に? 本当にお兄ちゃん来てくれる?』
『だってお前、目を離すと直ぐに死にそうだし』
結局あの時は来てくれなかったのに、なんでまた期待してるんだろうね……いや、陛下とお兄ちゃんは別人だけど。
というか、いつ誰が死んでもおかしくないあの場所に居た頃とは違うんだ。
多分何処かで死んでしまって来たくても来れなかったお兄ちゃんと違って、むしろ陛下はこの国の皇帝として私を何時でも切り捨てる筈だ。
私はこの国にとって使い捨ての道具に過ぎない……そう、教えて貰っただろ。
「……ま、これは任務の一環だからね」
何かを期待してるんじゃなくて、より良い結果を雇い主に齎す為の小細工に過ぎない。
今の私は哀れにも出荷されていく子豚なのだよ。
「豆を食っていただけなのに――ある妃に襲いかかる悲劇の実話」
「……静かにしてろ」
「帝国暦514年 アナタはこの物語の目撃者となる」
「……静かに」
即興で演劇の番宣風の語りをしていたら二度も注意されてしまったわ。
「なんだこの妃……」
なんだこの妃とか言われてしまったわ。
「ねぇ、これ何処に向かってるの?」
「……黙ってろ」
「おじさん彼女居る?」
「……遠慮がねぇのか?」
だって退屈なんだよ〜!
ずっと乗り心地が最悪な荷馬車の中でじっとしてるのって辛いんだよ〜!
「古今東西ゲームしない? お題は豆でどう?」
「お前ちゃんと妃だよな? 本物だよな?」
「妖怪豆食い布妃とは私の事よ」
「やべぇ奴に絡まれちまった……」
失敬な! むしろやべぇ奴に絡まれてるのは私の方だろ!
こちとらお前という人攫いに捕まってるんだぞ! おい!
「……はぁ、いいから静かにしてろ」
屈辱にも呆れられてしまったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます